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承:結 ≪手順≫

 門を(くぐ)ると、下へ向かって延々と伸びる幅広(はばひろ)の階段に遭遇(そうぐう)します。

 長すぎる上、途中で右に左に曲がりくねっているため、ここからでは先は見通せません。


 すん、とユノハさんは満足そうに鼻を鳴らしました。


「ダンジョンで(くだ)り階段見つけると、ホクホクするね」


「と、いいますと」


「極論を言うと、ダンジョン内での水平方向の移動は無駄だから。ゴールはいつも最深部。真っ直ぐ降下(こうか)できちゃえば、それが一番だ」


 道理(どうり)です。

 さっそくワタシは自分の機能でダンジョンを掘削(くっさく)移動可能か、電脳内でシミュレートし……結果になかなか厳しい(あたい)を弾き出しました。

 現代製のワタシは行動域に、市街地も密林も砂漠も寒冷地も宇宙空間すらも想定されていますが、さすがに何階層も連なる地下ダンジョンは構想に(ふく)まれていません。


 (あわ)せて思い出しました。

 リクホ様のお仕えし始めの頃のことです。

 ワタシが駆動鎧であり、また可変機であることを説明()()げた際、一番最初にリクホ様はこう(たず)ねられたのでした。

「ドリルは出来るか?」と。


 (いわ)く、ドリルは男の、いえ(おとこ)浪漫(ろまん)だそうです。

 そのときは単に不可である(むね)を伝えたのみでしたが。

 このような状況に今後も遭遇するのであれば、機能設計してワタシの変形形態に加えることを、検討しても良いかもしれません。

 何より、リクホ様がお喜びになると思うと。


 ユノハさんが階段を降り始めます。

 彼の踏みしめる足元がじゃりじゃりとなるのは、この階段もまた、巨大な塩の(かたまり)ゆえ。


「なんとも。(のど)(かわ)く光景だよ」


「階段の強度に問題はありませんか?」


「地面みたいにしっかりしてる。また(くず)れるってことはなさそうかな」


 それは何より。日に二度も落下するなど、御免(ごめん)(こうむ)りたいところですので。


「やはりこの塩は、ダンジョンがオーゼンフォリオをモチーフとしたのでしょうか」


「だろうね。――あぁ、なら他のダンジョンも、その周りの環境から内容が想像できるかも」


 ほどなく会話も途切れ、階段を降るだけの単調が続きます。

 何とも居心地の悪い時間でした。自分の足で歩いていないワタシにとっては、特に。

 これが相手がリクホ様であれば、沈黙に何の痛痒(つうよう)もないのですが。

 ユノハさんとなると、何か取り止めが無くとも話した方がいいのか、それとも静かにしているべきか、その判定も難しく、ちっとも落ち着きません。


 おそらくは、ユノハさんも、同じだったのではないでしょうか。


「――イグナちゃんさぁ」


「なんでしょうか」


「前と、ちょっと変わったよね」


 そんなことを、持ち出してくるくらいですから。


「そうでしょうか。自分では特に変化を観測していませんが」


「そうだよ。初めてあったときはもっとこう、計数と合理の化身って感じだったじゃない。そういう無機質で淡々としたとこに僕、惚れたんだけど」


「はぁ、左様で」


 全く興味のない情報ですが。


「ということは、そこから変化したというのなら、今のワタシへは興味が薄れていますか?」


「んーん。今は今で女の子してて可愛い」


「…………」


 発砲すべきでしょうか。

 真剣に悩みます。


 しかし先に、ユノハさんが続きを口にしたので、仕損(しそん)じてしまいました。

 何故と言えば、その口調が、あまりにも……寂しそうだった、とでも言いましょうか。


「イグナちゃんさ。君は、何に従って行動してるの?」


「無論、リクホ様の御意志です」


「本当に?」


 思わぬところで食い下がられました。

 それも、鬼気(きき)(せま)ると言えるほどの圧で。

 すぐ近くにあるユノハさんの横顔に()(かげ)は、光の加減と無関係に余りに濃く。

 彼の背中から飛び降りかけてしまったほどです。


「本当に、それだけ?」


「それだけです。徹頭徹尾、ワタシはリクホ様のもの。それ以外に何がありますか」


「……そっかぁ」


 もう一度、「そっかぁ」と繰り返してから。

 彼は晴れ晴れとした諦観(ていかん)を、表情に(のぞ)かせました。


「じゃあ君の道は、僕とは別なものなんだろう」


「意味がよく分かりませんが、当然です」


「うん。そっか。

 それでもね、僕は君が欲しいんだよ。イグナちゃん」


「拒否します」


「あっはは、そう言わずにさ」


 後は全くいつも通りの、軽薄なユノハさん。

 ログに留めるほどのこともないような浮ついた言葉で、ワタシをベタベタと褒めてくるのですが。それで逆上(のぼ)せるほどワタシは愚かでないのです。


 彼の戯言(ざれごと)に、適当な相槌(あいづち)を打っていると、ついに階段の終わりへ差しかかりました。

 そこには、また門。出口ということでしょう。

 あるいは次の入口か。


「この先はどうなっているのかなっと」


「少しお待ちを」


 こんなところでくだらないブービートラップに引っかかるのは絶対に避けたいので、安全確認にセンサーを働かせてみせますが。


「…………。サーチが効きません」


 周囲の素材は塩ですので、ワタシの五感であれば本来は、壁の向こうも(つまび)らかであるはずなのに。


「うん? 体調のせい?」


「いえ。これは……何らかの力場によって(さえぎ)られている、と判定されます」


「ふぅん?」


 けれどもユノハさんは、それで(ひる)むような人物ではありません。

 今度の門には手ではなく、(しつけ)の悪いことに足をかけるのです。


「僕は何でも大歓迎だ。せっかくのダンジョンだっていうのに、ここまで取り立てるべきものはケチな落とし穴一個。そろそろ血と命を()()たせるような危機に、出会いたいものさ」


「それにワタシを巻き込むのは止めて頂きたいのですが」


「もちろん。君にはどんな些細(ささい)な危険も近づけさせないよ、イグナちゃん? それが男の甲斐性(かいしょう)ってやつだ」


 言って、ユノハさんは門を蹴破(けやぶ)りました。


 飛び込んでくるのは目を焼く、圧倒的な光量。

 ワタシの目はすぐさま明順応(めいじゅんのう)します。

 ユノハさんも、それはどのような訓練によるものか、あるいは能力か、軽く頭を振っただけで(まぶ)しさをやり過ごしました。


 視界に広がる光景。


「これは」


「ほう!」


 心底(たの)しそうに、声上げるユノハさん。


 塩で出来た一本橋でした。

 (はば)には数人が並べるくらい十分な余裕はあるものの、左右は切り立った断崖(だんがい)になっていて、仮に落ちたりしようものならまず間違いなく助からないでしょう。

 そういう橋が、こちらからあちらへ、ずうっと伸びています。

 向こう側には、また新たな門。先へ進めるようです。


 が、間に()(ふさ)がる者、有り。

 ワタシたちの目を眩ませたのは、コレでした。


 塩の白と対照的な、真っ黒な甲冑(かっちゅう)に全身を包んだ、身長3.78メートルの騎士。

 (たずさ)えた両手持ちの剣はさらに長大で、騎士はそれを軽々と扱うのです。

 表情は分かりません。というか有りません。

 騎士には頭部が存在しませんでした。

 代わりに小型の太陽が浮いていて、光と熱を発散しながら、黒点の位置を流動させています。もしやあれが、知覚器官? それとも単なる飾りなのでしょうか。


 どういう意図で、そこに仁王立ちしているのか。

 まぁ明らかですね。


「いいぃじゃないかぁ」


 ユノハさんは好戦的に、粘着質(ねんちゃくしつ)に、裂けるように笑むのです。


「行く先も分からない地下で、待ち受ける門番。

 これこそダンジョン、その醍醐味(だいごみ)

 これは展開として、手順として非常に正しい」


 そしてワタシをそっと降ろしました。

 彼なりに気を(つか)ってか、座らせようとしてくるのですが、この状況で腰を下ろす気にはなりませんし、ワタシならば片足立ちでも十分バランスは維持できます。


「イグナちゃんはここで待ってて。僕のカッコイイところ見ててよ」


「はぁ。まぁ、見てはおりますが。リクホ様へ貴方の弱点を報告するために」


「んっふっふーん。目を皿にして探してね」


 橋へと踏み出していくユノハさん。

 その足取りは千鳥足と大差なく、肩を大きく左右に()すりながら、鼻歌さえも交えながら行くのです。


 対して騎士は、剣を大きく()ぎます。

 橋に深く刻まれる溝。

 まるでこれより先に踏み込むな、そういう意思表示のよう。


 しかしユノハさんは気にも留めません。

 あっさりと溝を(また)ぎました。

 それはすなわち、騎士の剣域に飛び込むと同義であり。


 その首めがけて、切っ先が襲いかかります。


 振り抜かれる刃。


 しかしユノハさんは健在。

 ワタシは電脳内で、リプレイを再生し(あらた)めます。

 騎士の剣は、まるでΩを描くように、空中を滑ってユノハさんの頭部を通り過ぎたのでした。


「残念無念、それは『正しい手順』じゃあない」


 彼の(あざけ)りは、大変耳に覚えがあります。過去に、リクホ様とワタシもそれを言われたことがありますね。

 (すで)に広げられた翼は、カゲロウを思わせる、薄く()(とお)る緑色。

 回路神セキュアより下賜(かし)されし権能が、発動しているのです。


 再び騎士が剣を振りました。今度は叩きつけるような縦一閃(たていっせん)

 その斬撃も、ユノハさんに触れるほんの手前で、見えない壁にぬるりと滑り、横に()れてしまいます。

 (えぐ)られるのは地面ばかり。


「またまた残念。

 さぁどんどんおいで。数を打たなきゃ正解になんか当たらないよ?」


 頭の代わりの太陽を、激昂(げきこう)に発火させた騎士は、猛然と剣を振り回しました。

 対してユノハさんは、何もしません。

 ただそこに(たたず)んで、不自然に自分を避けていく剣筋を見送っているだけです。


 彼の神威(しんい)を目の当たりにするのは、これで二度目ですが、やはり恐ろしい。

 こんなものは戦いにすらなっていないのです。

 神託者ユノハが一度(ひとたび)神威を解放すれば、相手はまず戦いに持ち込むことが難しい。


「お、」


 騎士の、最新の斬撃はこれまでにない成果を上げました。

 滑らずに、ユノハさんに(せま)ります。

 ただし、迫る、だけ。

 彼の皮膚の数センチ手前でピタリと止まり、それ以上はどう力を入れても進まないようでした。


「やるねぇ。たまたまだろうけど、一個正解したようだ。さぁ次は? どうするどうする?」


 回路神セキュアは、手順を(つかさど)る神。

 そしてその権能は、正しい手順を自在にし、相手にまで強要するのです。

 今、ユノハさんはその権能によって守られている。

 彼を斬りつけるためには、彼が設定した手順を踏まなければ、(かな)わない。


 それは『親指を立てる』ことか。

 『首を(かたむ)ける』ことか。

 それとも『片足が地面から浮いている』ことか。

 何か、(ひそ)かにユノハさんの中で決められたルールに従ってから剣を振るわなければ、斬ることが出来ないのです。

 それも一つではなく、彼が決めただけの手順を。


 結局、騎士はそれ以上どうともすることが出来ません。

 ユノハさんはその胸部装甲を、からかうように蹴りました。騎士がよろめきます。


 一つ手順を見破って、くぐり抜けたところで焼け石に水。

 次の手順によって、結局は(さえぎ)られる。

 それをまた突破したとて、また次が。

 かつてリクホ様とワタシも、大変苦しめられました。

 これほどまでに堅牢(けんろう)な防御力を誇る神威は、他にあるのでしょうか。


「なんだい、所詮(しょせん)木偶(でく)かい。全然だなぁ」

 

 そして――それは、(ひるがえ)って攻撃に回れば、恐ろしい破壊力を生むのです。


「しょうがないからこの僕が、()せてあげるよ。真に正しい手順ってやつをさ」


 ユノハさんが神球を取り出します。

 大きさも重さも自在なそれは、今は両手で(つつ)めるサイズ。

 彼はそれを右手で、淫靡(いんび)とも言える指付きで(もてあそ)び、激しく回転させます。


 虹色に明滅(めいめつ)を繰り返す、神球。

 あの指遣(ゆびづか)いの、一つ一つが彼の手順。


 ――例えばリクホ様の剣術のように、この世界では正しい動きには現実が追従する。

 ユノハさんの神威は、それを任意に作り出せるのです。

 『この動きをすれば』『この現実が引き起こされる』という関係を、自らの意思で構築できる。

 ワタシたちの世界に当てはめれば、新たな物理法則を生み出すが(ごと)所業(しょぎょう)であり、それはまさしく神の御業(みわざ)


 散々に手順を経られた神球を、ユノハさんは実に気楽に放りました。

 下手投げで、狙いも(ろく)に付けずに。

 ……それが、なんと凶悪な破壊をもたらすことか。


 緩い放物線を描きながら、神球は虹色から、真っ黒に染まっていきます。

 突如、球は捕食者の速度で膨張し、騎士をその足元まで(ふく)んで()()みました。

 かと思えば、ほんの極小の点に収束していくのです。

 後には騎士も何もなく、ただはっきりと『空間が(けず)()られた』後だけを残して、神球はまた虹に戻り、ぽとりと落ちました。


 よく懐いた獣のように、ぽにょぽにょと跳ねて返ってくる神球を受け止めながら。

 ユノハさんは、自らの手順に導かれた結果を眺めて。


「もう二、三、正しくてもよかったかなぁ……」


 そんな、彼にしか分からない美意識をぼやくのです。


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