承:転 ≪負傷≫
通信が途絶してしまうと、胸に何か、どんよりとしたものが降りてきます。
ワタシはそれを、罪悪感、と判定しました。
このワタシはリクホ様のもの。……それなのに、自身の現状について報告を、怠ってしまった。
「いいんじゃないの。言ったところでリクホくんにはどうしようもないんだし。イグナちゃんはただ、彼に心配をかけないようにしただけで、それって普通のことだよ」
拾ってきたザックを地面に置きながら、ユノハさんが言います。
どういうことでしょう。まるで会話のよう。
「……ワタシは今、声には出していないはずですが」
ユノハさんは自慢げな笑みを浮かべました。
「回路神信徒はね、読むのが得意なんだ。僕くらい信心深いと、女の子の表情から内面もわかっちゃうの」
「なるほど。不潔なことです」
「いやいやいや! それはちょっと飛躍させすぎってもんでしょう!」
まぁ確かに、『普通のこと』との言葉は、いくらかの慰めにはなります。
さらにワタシは、自身についての状況報告などよりも優先して連絡すべきことがあったのだ、通信時間の限界のせいで伝えられなかっただけなのだ――そう電脳を納得させることにします。
荷物を検めていくユノハさん。
取り出した金属製の水筒は、一部がべっこりと凹んでいるものの、逆さにしても振っても中身が漏れてはこないようです。
乾燥穀物のパックは裂けてしまったようで、彼は困ったような呆れたような顔で、掌で掬ってまたザックの中へザラザラと落としました。
ナイフは鞘ごと折れているため、さっさと捨てていました。これはユノハさんの物なので自由ですが、ワタシは連想してキアシアさんの包丁の無事を祈ってしまいます。
「まぁ……ちょっとダメになっちゃってるところもあるけど、全滅ってわけでもないかな。大半は使えそう」
「これで全部……の、ようですね」
サーチを働かせますが、反応はユノハさんがかき集めた物だけ。
もっとも、現在のワタシは万全でないため、探査機能の精度には疑問がありますが。
「だね。イグナちゃんのリュックはないみたい」
「せめて、リクホ様たちの元にあるとよいのですが」
「こっちに向こうの荷物がないだけ、状況的にはマシかな。リクホくんはどうとでもするだろうけど、生身のキアシアちゃんが手ぶらで放り出されてたら、あんまりだし」
「それには同意します」
使えないものを未練なく廃棄したユノハさんは、何か不思議なことをします。
ザックを背中ではなく、身体の前にするのです。
彼の故郷には腹部を守る習慣でもあるのでしょうか、なんて。さっきまでは普通に背負っていたのに。
そしてしゃがんだ格好で、ワタシに背中を向けました。
「ほら、イグナちゃん」
「…………もしや」
「負ぶさってってば」
やはりそうなりますか。
しかし。抵抗があります。
かつて、および現在も、この人物から狙われている身としては。
リクホ様が彼を一時信用する方針であることは、分かっていても。
ワタシには拭い難く、割り切れないものがあるのです。
それはユノハさん自身も承知しているのか、目を眇めながら鼻でため息を吐きました。
「変なところ触ったりしないから」
「……ですが」
どうも、ノイズが合理的な判断を阻害していました。
杖になるものを探せば……そんな無駄なことを考えてしまいます。その程度で無視できる損傷度ではないというのに。
ユノハさんのため息は、今度は呆れを含んでいたように思われるのは、ワタシの気のせいでしょうか。
「イグナちゃん、その怪我が直るまでに、どれくらいかかる?」
「…………」
高所からの落下に際し、着地姿勢が十分でなかったことは、ワタシ自身認めるところではあります。
しかしあの角度で、あの質量の岩石が、あの数でワタシへ降り注いだのは、確率的に考えても不運を主張させて頂きたいものです。
ワタシの左半身は圧壊されてしまいました。
左腕はちぎれ、左脚は折れ曲がってしまった状態。顔の左半分も、恥ずかしいことに基盤まで抉れてしまって、ユノハさんから借りたスカーフを巻いて隠しています。
もちろんワタシには自己修復機能があります。
腕も包帯で結んであるので、ほどなくつながることでしょう。脚部か頭部か、どちらかを優先すれば、片方はそう時間をかけず直せるかと思われます。
が、それでも。
全快で計算すると。
「三十二時間は、必要かと」
「んーっと、そのサンジュウニジカンってのがどれくらいか分かんないけどさ。一日以上かかる? ……かかるかぁ。
じゃあさ。先へ進むには、これしかないんじゃないの?」
「それは……確かに」
回復まで休んでいく、などという選択肢はあり得ません。
リクホ様とこのダンジョンの最深部で落ち合う手筈としたのに、従者たるワタシが遅参などした日には、一生の汚点となってしまいます。
「…………。ユノハさん。聞いていたと思いますが、ワタシはリクホ様より、いざというときの全武装解放の許可を頂いています」
「んー、え? それって何、魔物が出たときの話とかじゃなくて、僕対策なの!?」
彼の背中へのっしりと身を預けました。
タイミングが不意打ちになったようで、お、とユノハさんが軽く息を漏らします。
あまりいい乗り心地ではありません。が、それは単に、ワタシの意識の問題。
「妙なところに触れた場合、警告なしで、撃ちます」
「しないってば。神に誓うよ。
にしてもさ、イグナちゃん」
「なんでしょう」
「君、いい匂いだね」
「…………」
「まった、今のもダメ?」
「だいぶ不快でした。次はありません」
「あらま。気を付けましょ」
ワタシも乙女の端くれですので、自らの体重を吹聴するような真似は避けたいものです。
が、それにしてもユノハさんの意外な怪力は、後にリクホ様へご報告差し上げるためにも、着目しておかなければなりません。
ワタシの総重量を、軽々と、息を詰まらせることもなく持ち上げ、悠々と歩く彼。
華奢な見た目に反し、なんという膂力でしょうか。
さすがに力比べならリクホ様にアドバンテージがあるに違いありませんが、この人も十分に人外じみています。
鍾乳洞じみた天然の悪路も、ものともしません。
そうしてワタシたちは、洞窟の奥を目指します。
そこにそびえる、門を。
先はどこへつながっているのか、白く巨大な門がありました。
その白は石の白でも、金属の白でもありません。
塩の白です。塩の門です。
「開けるよ、イグナちゃん」
「お願いします」
ユノハさんはワタシを降ろすこともなく、門に手を当て、力を込めました。




