承:承 ≪分断≫
地面に蹲ったまま、もうしばらく待つ。
「――――」
遅れて落ちてきた瓦礫が降り注ぎ、陸歩はそれを背中で受け止め続けた。
最後に雹のように小石がぱらついてから、ようやく崩落が収まる。
陸歩は自分に積もった岩石を力任せに押しのけ、抱えていた少女の安否を確かめた。
「キアシア? 無事か!?」
「う、ん……なんとか……」
目を回してこそいるが、目立った怪我はない。
落ちたときは陸歩が下になったのだ。受け身と持ち前の頑丈さでキアシアのクッションとなり、それからすぐに彼女を伏せさせて覆い被さって、岩の雨から守った。
陸歩が手を貸せばキアシアもすぐに立ち上がれる。
二人が少し動いただけでも、辺りには土埃が立った。口に手を当てて咳き込む。
「ここ……なに……?」
「あそこから落ちてきたみたいだな」
「え? ……うっわ」
見上げればはるか頭上に、天然の岩天井。そこに、ここからではほんの針で突いたような、小さな穴が見える。
相当な高さから落下したようだ。
「改めてぞっとするわ……」
「生き埋めにならなかったのは、ちょっとした奇跡だな」
さて、と辺りを見回す。
ここもダンジョンの一部には違いあるまいが、さっきまで歩いていた迷宮とはまた趣が違う。
成型された石の回廊ではなく、まるで鍾乳洞のよう。自然の産物に思われた。
前述の通り、天井はひどく高いため、閉鎖感はない。
突き出した岩は、一部が水晶のように透き通り、これが自ら発光している。得体は知れないが、おかげで光源には困らなかった。
明らかに、地図に記されていた六階層のどことも異なる。
もっと下か。
あるいはそもそも、次元的に異なった空間か。
荷物は周囲に散らばっており、多少の骨折りを覚悟すれば回収できそうだ。
瓦礫をどければすぐに鈴剣も見つかる。
……ただ、イグナとユノハの姿はない。
「まずいな……はぐれたのはまずい」
「リクホ、どうしよう……?」
「…………。とにかく、ひとまずは、っ、」
そこで言葉を切って、陸歩はぱっと顔を上げる。
「キア、今オレのこと呼んだ?」
「え? うぅん、何も言ってないけど」
「だよな」
さらに耳を澄ます。
――やはり勘違いでない。確かに名前を呼ばれている。
これは、イグナの声。
『リクホ様』
「イグナ。どこだっ」
『こちらに』
パタパタと飛んでくる、愛らしい赤い小鳥が一羽。
イグナの、ワスプだ。
陸歩が伸ばした手の、人差し指を立てるとそこへ留まり、鳥の姿でも彼女は恭しい。
『ご無事で何よ…です。キアシアさ…も』
「そっちこそ大丈夫か」
『はい。…ノハさん共々、こ…らも息災で…。……が、現在地…不明……』
小鳥から流れる彼女の声は、ひどくノイズまじりで不明瞭だ。
この環境が電波が通じにくいのか。それとも単純に距離が遠すぎるのか。
「なぁ、イグナたちは地上を目指せる?」
『……不可能では…いかと思われ…すが。リク…様と分断…たこの状況で…、残存エ…ルギーを鑑み…すと、飛行等の能…開放…リスクが高…、推奨さ……せん』
聞き取りづらいが、どうやら向こうも脱出は難しいらしい。
かく言う陸歩も、地上に戻る算段などつかない。神託者の翼に、飛ぶ力があればまた別だろうが、あれはあくまで象徴であるし。
『す…ませ…、リクホ様。そ……ろ通信が途絶…そ…です。
ユノハさんが…にか、言いた…ことがあ…そうで…ので代わりま…』
『…クホくん? 僕だよ。時間…無…らしい…ら手短に。
地上に戻る…は難し……思うな。それより…、ダン…ョンの最深部…は扉がある。それを使っ…帰る……が現実的だ…。最深部で落ち合お…』
「……いけんのか、そっちは」
『任せて。必ず辿…着…。君こそ来…る?』
「お前に遅れを取って堪るか」
『その意気…。…ゃあ、…た後で』
「イグナに手ぇ出すんじゃねぇぞ」
『そ…は保証で…な……ぁ』
『リク…様、いざ…いう…きの兵器開放…許可を』
「イグナに全部采配を任せる。最善と思うようにしてくれ」
『ありが――』
声が途切れた。
小鳥は眠るように陸歩の掌で丸くなり、彼はそれを懐へ納める。彼の高い体温に接していれば、バッテリーへのエネルギー供給になるから、またどこかで通信の機会も訪れることだろう。
キアシアに目をやると、彼女も神妙に頷く。
「後戻りは、出来ないってことね」
「そうなるな。悪いが覚悟決めてくれ」
「そんなの。始めっから、とっくに」
力強く笑う彼女に、陸歩もまた微笑み返した。
「じゃあ、荷物を拾い集めたら、ちゃっちゃと行くとするか」
「うん。――で、どっちに行くの?」
「あん? どっちって、そらお前、」
陸歩は右を見る。
鍾乳石・石筍の突き出る岩の天地がどこまでも続いていた。
陸歩は左を見る。
こちらも彩は岩自体のグラデーションのみで、似たような景色が、どこまでも。
陸歩はキアシアを見る。
「どっちに行きたいか、希望があれば積極的に取り入れていきたいと思う」
「……思ったんだけど、このチーム分けって、だいぶあたしたち不利じゃない?」
イグナのレーダー。
ユノハの『手順』。
そのどちらもを欠いた彼らに、あと頼れるものは陸歩の五感か、キアシアの幸運か。
「あーっと……イグナのワスプって、どっちから来たっけ?」
「えぇっ、わかんないわよそんなの!」
「んー……よっしゃ、じゃあこうしようぜ!」
可能なだけ平らな地面に目を付けて、陸歩は鞘込めのままの鈴剣を立てた。
そして手を離す。
ゆっくりと倒れた剣の、柄が差す先。
「こっちだ」
「……リクホさぁ、破れかぶれになってない?」
「んなこたぁない! 神託者の導かれ力を信じろ!」
意気揚々と鈴剣を拾い、行き先を改めて指し示すが。
その奥の岩場の影から、フシュルフシュルと獰猛な呼気が響く。
「…………」
現れるのは、後ろ足が車輪になった狼のバケモノ。熊のようなサイズだ。
それが四頭、さらに五頭目。
真っ赤な瞳が左右に二個ずつあり、そのどれもが眼前の人間二人を、害意でねめつけている。
「……リクホ、本当にこっち?」
「やっぱ、あっちにすっか」
あっさりと逆を指差す陸歩は、あんまり見栄え良くないが、今はキアシアもあえて否は言わない。
ただし、魔物たちは去る者は拒まないスタンスでは到底ないようで。
「キアシア、悪いんだけど荷物を集めるの、任せていいか」
「うん……それなら出来そうだし」
「役割分担だな」
鈴剣を、抜刀。右手に携えた白刃。
さらに神託者の翼も広げつつ、陸歩は左手を炎と化し、その掌へ光輪を浮かべた。
「オレは少しアイツらと、じゃれてくるから」




