承:起 ≪突入≫
「おっし。そんじゃ、ブリーフィング始めるぞ」
オーゼンフォリオでの拠点と定めた宿にて。
陸歩はテーブルに地図を拡げつつ、仲間たちの目を順番に見る。
イグナも、キアシアも、そしてユノハにも十分な覚悟が灯っており、同意するように頷いた。
「女帝様直属の諜報部が頑張ってくれたおかげで、ここのダンジョンの大筋が手に入った。……これ一枚でえらい値段するらしいぜ」
という羊皮紙が、計六枚。
それらをペラペラとめくりながら、キアシアが訊ねた。
「ってことは、六階層ってこと?」
「今のところ探索が済んでるのが六階層ってこと。その下は、七階でお終いかもしれないし、さらに三十階あるかもしれない」
「うへぇ……」
イグナはしばし、各地図を読んで電脳内に取り込み、立体図として構築し直していたが、やがてことりと首を傾げる。
「地図が全て、途中で途切れています。紙の面積の問題でしょうか」
「あー、それな。実はどこも広すぎて、端まで辿り着いてないんだと。だからどの階も、そこを専門にしている冒険者まで居る始末らしくて」
「……街の地下にこれほど広大な空洞があって、柱の配置がこの図の通りだとすれば、計算上は崩落しているはずですが」
それにはユノハが答えた。
「大方、内側で空間が歪んでるんじゃないかな。多分外から見るのと実際の広さとが、イコールじゃないんだよ」
「そういうものですか」
「うん。ここのは、地図があるくらいだから違うみたいだけど、僕が知ってるのは潜るたびに形を変えたし。頭の上に青空が広がってるフロアもあったよ。地下なのにね」
「まぁそういう摩訶不思議に挑もうとしてるってわけだな。どれくらい長丁場になるかは分からない。
……で、だ。ユノハ」
「うん?」
「お前って飯、食う?」
「……んーっと? 質問の意図が分からないなぁ。普通に食べるけど」
「じゃあ食料はキアシアと合わせて二人分だな」
なおさら意味が分からん、という顔をするユノハに、陸歩は肩を竦めた。
「オレとイグナは、熱さえあればエネルギーの補給は出来るから」
「うーん、便利っていうか、味気ないっていうか」
「可能なだけ荷物は減らしていきたい。水や食料なんかはダイレクトに嵩張るだろうし……迷宮内の生物って食べられたりしないか?」
キアシアもユノハも、ぶんぶんと全力で首を横に振る。
「いるのって獣じゃないでしょ、魔物でしょ。無理無理、料理になんて出来ない、したくない」
「ヤダね。絶対ヤダ。魂が穢れる。だったら自分の肉を削いで食べる方がマシだよ」
「あぁ、そう? そういうもん?」
となると四人の荷物に二人分の食料を詰める必要があるということだ。
一日三食で計算するならば、大よそで二十日分が運搬可能である、とイグナが示す。
「ひとまずは片道十日までは進んでみることにしよう。
ダンジョンがそれ以上に続くようなら、一度戻ってきて対策を考える。持ち込む食料を増やすには……」
「牛でも使うとか?」
「魔具なりカラクリなりを用意するとかね」
「人員を手配してリレー式に運ぶ、という手もあります」
「そのどれかしらだな。
幸い、六階までの道はこの通りだから、一日で辿れるってよ。案外、食糧事情は杞憂かもな」
陸歩は六枚の地図を横に並べ、それぞれの一か所ずつを指で差していった。
「下へはどこもこの、ホール状の部屋から降りるらしいぜ。真ん中に穴が開いてて、螺旋階段が伸びてるって――」
>>>>>>
「――って話じゃなかったっけ?」
ユノハに指摘されるまでもなく、陸歩ももちろん頭を抱えていた。
「……っかしいなぁ。密偵さん、裏取りのために二階までは降りてみたって言ってたんだけど」
曲がりくねった石造りの地下迷宮も、地図に従えば苦もない。
陸歩たち一行は、特に迷うこともなく、魔物と会敵することもなく、一時間とかからずに二階へと続くホールまで辿り着いた。
はずだった。
「階段どころか、穴もないじゃない」
「ない、よなぁ……えぇ、なんで? 塞がった?」
部屋の真ん中には、円形に模様の付けられた床が固くあるばかりで、話に聞いていたルートなど存在しない。
今まさにイグナが手をついて検めているが、やがて顔を上げて首を振った。
「継ぎ目もありませんね。後から封じたわけでもなさそうです」
「……地図、読み間違えたか?」
「いえ。間違いなくここです」
ははぁ、とユノハが曖昧に笑んでいる。
「さては僕ら、迷宮の悪戯心に嵌まってるのかも」
「オレたちに限ってかぁ? なんでまた」
「さぁ。なんでだろうね」
「……んで? キアシアはそれ、何してんだ?」
見れば彼女はイグナと同じように、いやそれ以上に頬まで擦りつけて床を調べているではないか。
正確には耳を当てていて、銃床で石畳を叩き、音を聞いていた。
「昔読んだ、冒険小説の真似。ねぇこの下、やっぱり部屋みたいだし、床ぶち抜いちゃえば?」
「キアシアちゃんって意外と過激だね。でも僕も賛成」
「…………。イグナはどう思う?」
「はぁ。いざとなれば工事もやむを得ないでしょうが、まずはアレを解くべきかと」
「アレ? 解く?」
彼女が指さす頭上を見上げる。
そこには天井いっぱいに、力強い筆致で、何か文言が書き殴られていた。
「……あんなん、あったっけか?」
「いえ。二分前までは存在しませんでした」
「嫌だなぁそういうの。……で、アレってなんて書いてある?」
「「「風が抜けるは、翼の先」」」
イグナだけでなく、キアシア・ユノハにも同時に答えられ、陸歩は何とはなしに居心地が悪い。
そろそろ読み書きくらい自力で出来ないと、格好がつかないところではある。
それはそれとして。
「つまり、なんだ。羽を出せば進める、って解釈でいいのか? 神託者の翼を」
「それでいいと思うよ。迷宮の悪戯は、僕とリクホくんが神託者だから作動したってのが濃厚かな」
さらにユノハに言わせれば、神託者用のルートが開かれる可能性も大だそうだ。
となるとせっかく用意してもらった地図も、地下二階層以降が全て無駄ということになる。なんとも勿体ない。
「まぁ仕方ない。翼を出すのはオレか、それともユノハがやるか?」
「二人同時にが、こういう時のお約束じゃないかな」
部屋の中央の円、その外周上に、それぞれ向かい合う形で立つ陸歩とユノハ。
イグナとキアシアもまた円状に立ち、神託者たちにそれぞれ頷く。
「それじゃあ、リクホくん」
「おう。――せぇ、」
「「のっ!」」
二人が翼を出した瞬間。
床が抜けた。轟音と共に。
「はっ――」
「や、ば、」
まずいと思っても遅い。
ホール内の床が総崩れ、逃れることも適わない。
四人はただ、落ちるのみ。
「――キアシアっ!」
「リクホ、」
瓦礫と共に落下しながら、せめて必死でキアシアを抱き寄せる。
イグナは、ユノハは。
二人の無事は祈るしかなく、陸歩は固く歯を食いしばり、自らの身体でキアシアを守るべく丸くなった。




