日本 中学生
思いっきり自分の話だぁ(笑)
「起きろ!一体何時だと思ってるんだ!」
私はたたき起こされた。そして条件反射で謝った。
「ごめんなさい」
そう言いつつ時計を見ると、今は7:00だった。私は布団をベランダにもって行き、干した。向こうで父親が兄をたたき起こしているのが聞こえた。今日は日曜日だ。
私はキッチンに立って手を洗い、朝食を作り始めた。母親はなにやら慌しくしている。
「ねえ、7:30に家でなきゃいけないんだけど!間に合わないじゃない!」
そういうことは昨日のうちに言っておいてほしい。私は聞こえなかった振りをした。
15分程で朝食ができた。サラダにバナナジュース、パンにゆで卵、ヨーグルトだ。普通のところじゃもっと豪華なのを出すのかもしれないが、普通がなんだか、私にはよくわからない。
「いただきます」
父親は会社での新人の失態を愚痴っている。最後はお決まりの、お前たちは楽でいいよな、だった。放っておくとキレるから、私は適当に相槌を打った。
母親はチラチラ父親を睨みながら朝食を食べている。
私は目を伏せた。そんな雰囲気の漂うこの家が、昔から大嫌いだった。そんなにいらいらするくらいなら離婚すればいいのに。
「今日大学のガイダンスがあるから、行ってきなさい」私は母親の声に、顔を上げた。もっと早く言えという言葉は飲み込んだ。
「今日は宿題があるし、明日は部活だし」「行きなさい。立川だから。」
言葉のキャッチボールというよりはドッチボールに近い。母親はそれだけ言うと立ち上がり、家を出た。
どこに行くのも勝手だが、帰る時間位は言ってくれないと夕飯の支度ができないのだけれど。
母親が残していった食器を運んで洗い、私は仕方なく大学のガイダンスに向かった。中一がそんなところに行っても浮いてしまうだけだと思うが。
*
私は特に行きたい大学はなくて、ぶっちゃけ高校にも行く気はない。
というか、できるだけ早く家を出たいから、中学出たら就職する気なのだ。できることなら小説で生計を立てたい。そんな私でも、中卒で就職できるところなんてそうそう無いのは、流石にネットで調べる前からわかっていた。
案の定出てきたのは、中卒不可、高卒不可の嵐。学歴が無くても給料がそれなりにもらえるところは、生本番、ゴムなしの水商売の類だけだった。
家を出られるならそれでも構わないのだけれど。
もっともこれは友達にも知り合いにも、勿論親にも話していない。
電車がゆっくりと立川駅に着いた。
夜になればチンピラとヤクザであふれかえる道も、今は学生が部活に行くのか歩いているだけだ。
都市は、そこにいる人によって様々な顔を見せる。
安全だなんていっている奴は、昼の顔しか知らないだけだ。冷たい風が頬にしみた。
私は塾を目指して歩いた。そこで現役大学生のチューター達が、ガイダンスを行っているらしい。地図を頼りに辿り着いたそこは、やたら大きい六階建てくらいのビルだった。
中にはいると、既に高校生くらいの人と大学生達でごった返していた。受付でアンケート用紙をもらい、405教室に向かった。大学選びの基準についてをぼんやりと聞きながら、今日の夕食を何にするか考えていた。
いつの間にか説明は終わり、ついでに今日の献立も決まった。配られたアンケート用紙に適当にマルをつけて提出し、私は教室から出た。プログラムによると次のガイダンスはいくつかあって、文学・語学について、理工学について、教育学について、法・政治学についてなどだった。興味は無いけれど家に帰ったら何をしたのか聞かれるのだから、一つぐらいは話を聞いていかないとまずいだろう。
適当に、目に付いた教育学についての教室に向かった。時計を見るとあと二分で始まることがわかり、一番後ろの端の席について、始まるまでの間本を読んだ。
*
話は終わった。
「そろそろ出ようかな……」私はそう一人ごちた。
取り敢えず話を聞いたということに嘘は無いし、まっすぐに帰らずに図書館にでも行けばいいだろう。
だけどなぜか私は個別相談室の前に立っていた。
このとき私は高校に…もしかしたら、大学にも…行きたかったのかもしれない。今となってはそんなこと、どっちでもいいことなのかもしれないけれど。
中はいくつかの机と資料の山があり、机と机の間には仕切りがあった。私は突然声をかけられた。
「相談に来たの?」
条件反射で頷いてしまったことを後悔しつつ見ると、その人は二十歳くらいの茶髪の人だった。逞しいより華奢に近い体躯。スポーツはやっていないだろう。
「こっち座って」
「…はい」
…なんてアホやってんだよ、自分。
話し出したのはその人だった。
「えっと…今高二、かな?」
「いや、中一です」
「なのに大学のこと考えてるの!?」
「いや、親が行けと。」
「あー。」
その人はそういいながらにやりと笑い、続けた。
「……ぶっちゃけ、行く気ない」
「なんでわかったんですかっ」
「今自爆したよね。…………俺も、そうだから。」
「え……………」
「俺、なんとなく高校行ってやることなくて大学行って。親嫌いだから一人暮らしして。君もそう思ってるんでしょ?」
ばれている。ばれ過ぎている。ちょっと考えてから、私は開き直ることにした。
「ええ。悪いですか」
「……なんでか、話す気ない?」
家族のこと、学校のこと、友達のこと、家を出て行きたいこと。私がそんな初対面の人に全て話してしまったのは、耐えられなかっただけではなかったと思う。ひょっとしたら自分と似ていると本能的に思ったからかもしれない。
*
その人は、私の話しを聞いた後、自分の話をしてくれた。
自分は浪人していたから、親に煙たがられていること。兄が引きこもりで、家庭内がギクシャクしていること。父親は高慢で、兄を許さないこと。母親はそれを見て見ぬふりをしていること。そして、将来への不安。
無理に笑って話していたけれど、それは笑っていられる話ではなかった。
そしてその人は、俺にもわかるよ、と言った。その人は一呼吸置いて、また私に尋ねてきた。
「まずは、どうしたいの?」
「生計を立てたいです」
「現実的だね……その次は?」
「アパートを、借りたいです」
「そのあとは?」
「特に無いですね」
「お嫁さんになりたいとか、子供作りたいとか、無いの?」
「はい。」
私はちょっと笑いながら答えた。誰の話だ、それは。
「将来の夢とか、叶える気は?」
「それはもう仕方ないでしょう」ほしい物があるなら、それなりの犠牲が必要なのだ。
その人は、少し躊躇うそぶりを見せた後、私に優しく言った。
「そっか……だけどね、俺は高校に入ったほうがいいと思うよ。すっげえ楽しかったから」
私は、答えない。
「じゃあさ、高校がすっごい楽しいところだと仮定してみて。それで、家を出られるけど高校に行けないのと、家は出られないけど高校行けるのと、どっちがいい?」
「……高校は、いいです」
働きながらちゃんといける高校なんて無いだろう。
「俺はそこまでは思ってなかったな……今はもう、親のこと、許してるし。」
「……どうやって」
「いや、可哀想だなあって、思ったんだ。そんな器ちっちゃくて。」
「………」
「完全にできてるわけじゃないんだけどね」
「…そこまですごい人には、なれないですよ」
「すごいってわけじゃないよ。でも、時間かければできると思う」
「そうですか」
「うん」
私は時計を見て、もう二時間近く経っていたことに気付いた
「うそ!ごめんなさい、こんなに遅くまで!」
「いいよ、別に。もう、大丈夫?」
私は黙ってうなずいた。
「じゃあ気をつけて帰りなよ?」
「はい、あの、ありがとうございました」
そう言ったらその人は、ちょっと笑った。そして私は塾をあとにした。
よく考えれば、会う人全員を傷つけているのは自分で、なのにも拘らず変われていないのは自分の責任だ。
そんな最低人間が、家を出たいとか言っているのはおかしいことだし、それはまともに人生生きて最善尽くして、なのに酷い目に遭っている人しか言うべきでないセリフだ。
自分で自分が嫌になってきた。
これまで自己嫌悪に陥ったりしたとき、自分の過ちをわかってるつもりだった。だけどもうそんなことは言えない。全部間違っていたのが自分で、全ての責任が自分にあると気付いてしまった今、もうそんなことは言えない。気付かずに、気付こうともせずにいた罪を、私は忘れていた。
町の喧騒に一歩足を踏み出した。
今ここにいるのは、不良学生とチンピラの端くれだ。
都市が姿を変えつつあった。
「変わりてえよ……」
高校行って、大学進んで、誰も傷つけないで、一人でいられるくらい強くなって、そして憎むことをやめたかった。溢れ出した涙を、下を向いて隠した。
生まれてきちゃって、ごめんなさい
誰にともなくつぶやいた言葉が外にふれた途端、妙に苦しくなった。死んで償うべきか、生きて罰を受けるか、どちらが正しいのかわからなかった。




