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Dual Moon  作者: ヴィセ
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第六章~忘れられた城



 本を無事に手に入れた一行は、渓谷に掛かる吊橋を渡ろうとしていた。


 その橋を挟み、西側には間近に目的の古城。


 そして東側には魔王の居城が遥か遠くの空に浮かんでいるのが見える。




「ねえねえ。あのお城?」


 無邪気にテュリは古びた城を指差した。


「そうだよ。あの城に着けば旅も終わるよ」


 立ち止まるとヴィーザは谷に吹く風になぶられ、頬にかかる髪を追いやる。




「でもどうして、あの城は存在を現しているんですか?」


 マージュは今までの厳重な結界などから、当然といえる疑問を抱いていた。


「ああ、それは……」


 あの城は前王の所持していた物で、前王の許しを得た者でないと入れないとヴィーザは説明する。


 城全体が一種の結界だとサヴァンは言っていた。


 だが前王に仕えていたヴィーザ達二人は、入るのに何の問題も無いという事だ。




「えー。じゃあ、私やマージュは入れないって事?」


 自分やマージュは置いてけぼりかと、テュリは少し拗ねた。


「マージュは本を持っているから大丈夫だ」


 ラドゥが言うには“本”が通行証になると言う事らしい。


「それにマージュがいなければ“大魔法”は発動できないぞ」


 あ、そうかとテュリは舌を出し笑った。




「テュリの場合は、私かラドゥに触れて一緒に入ると通れるらしいよ」


 入る方法をテュリに教え、心配しなくて良いとヴィーザはクスッと笑う。


「え?ほんと?」


 テュリはそれを聞き、(どさくさに紛れてヴィーザの手、にぎちゃお♪)などと考えていた。




「ヴィーザさん。ラドゥさん。僕ずっと聞きたい事があったんです」


 改まって二人に尋ねるマージュにヴィーザは「ん?なんだい?」と横を向いた。


「どうしてお二人は僕を助け、あまつさえ僕ばかりでなく人間を助けようとしてくれるんですか?」




「…………」


 そう聞かれ二人は黙って顔を見合わせた。




「何故って……。説明するのは難しいな」


 マージュからの質問にヴィーザは空を見つめ、言葉を探す。


「まず目の前の傷ついた者、マージュを放っては置けないよね」


 そこまではマージュにも理解できる。うんうん、と一緒に話を聞いているテュリも相槌を打つ。


 しかしそれだけでなく、何故魔王に逆らってまで人間を?


 魔族であるこの二人には損になりこそすれ、得る物はないはずだ。


 マージュはそれを知りたかった。何故そこまでして……?




「うむ。前王の願いだったと言ってもマージュには判らないだろうな」


 ラドゥもいい答えが出てこないようだった。




「前王って、その王に二人は仕えてたんでしょ?」


 確かそうだったはず。と、テュリは二人に確認する。


「そうだテュリ。そして私とヴィーザはその王を敬愛していた」


 ラドゥが頷いた。


「うん。人間をこよなく愛していらしたね」


 ヴィーザもそう言うと、ラドゥを見て微笑んだ。




「そして正直な話、私は現王に仕えるのが厭で旅に出た」


 思いがけずラドゥは自分が一族を離れ、職務を放棄し、ヴィーザと旅に出ている理由をもらす。 


「えー?意外!!」


 テュリは真面目だと思っていたラドゥが、そんな理由で役目を投げ出したとは信じられなかった。


 よほど人間を疎外する現王に我慢できなかったのだろう。


 テュリは今まで聞いた話を思い出し、そう考えた。


「そうなんだ。表向きは“修行の旅”とはなっているけどね」


 ヴィーザは理由を補足するとクスクス笑う。




「笑っているけどヴィーザはどうなの?」


 確かラドゥと同じ様に、ヴィーザも魔王に仕えていたとテュリは聞いている。


「私?私はラドゥのお供だよ。ラドゥ一人じゃ寂しいだろうと思ってね」


「嘘でしょ?他に理由があるはずよ」


 そんな単純な理由じゃないはず、と見透かすようにテュリはヴィーザをじっと見つめる。


 しかしヴィーザは笑っているだけで答えてくれない。


 その態度から本気か冗談か、テュリには判断がつかなかった。




「でも、そのお陰で僕は……、僕ら人間は……うぅっ……」


 2人の答えにマージュは涙を流し始めた。


「もう!まだ旅は終わってないでしょ?」


 


 ぱしっ!


 テュリの激がマージュの肩に飛ぶ。




「泣くのは全てが無事に終わってからにしなさいよ」


 両手を腰に当て、テュリはマージュを見つめていた。


「はい……」


 肩をさすりながら、マージュはなんとか笑みを浮かべ涙を引っ込める。




「そうだねマージュ。私たちの出会いは、偶然というより前王のお導きかな?」


 反対側に浮かぶ、今では主の替わった魔王の居城を見つめてヴィーザは何かを懐かしむような表情を浮かべた。


 そんなヴィーザを見て、ラドゥもしばし同じように空に在る城を見つめていた。




「あーもう。二人で世界をつくってる場合じゃないでしょ?」


 パンパン!とテュリは手を打って感慨に耽る2人を現実に引き戻す。

 

 『急がなければ』。そう言っていたのは自分だとテュリはヴィーザに迫った。


「わ、判ったよ」


 少したじたじしながらヴィーザはテュリを見る。

 

 そう。今は思い出に浸っている場合じゃない。




「さっきのマージュの質問だけど、上手く答えを言えなくてごめんね」


 ヴィーザは「欲しい答えではないだろうが」と謝った。


「とにかく同じ世界に住む人間にも、幸せになって欲しいと思っている」


 ラドゥも同じように上手く説明できないと、申し訳なさそうにしている。




「いいえ。僕はこうしてお二人と出会えただけで……」


 もう理由なんて聞かなくても、ヴィーザとラドゥが自分たちを助けてくれている。


 それだけで十分だった。 


 またマージュは鼻をすすり上げ、泣き出しそうになっている。




「ま~だ泣くの?」


 テュリに横目で睨まれ、マージュは慌てて涙をこらえた。


「でもマージュ。この二人に出会えた事がすごいラッキーな事は確かよ」


 表情を和らげテュリはマージュに微笑む。




「ええ!ええ!テュリさんにも会えました!」


 マージュはテュリの言葉にとうとう我慢できずに泣き出してしまった。


「ほんとに泣き虫なんだから」


 そう言ってテュリは止めるのを諦め、片眉を上げながら苦笑いを漏らしていた。




「さあ、あと少しだよ。マージュ」


「はい!」


 涙を拭くとマージュは元気良く返事をする。


 そしてヴィーザは最後に浮かぶ城に向かって少し頷くと、再び古城に向かって歩き出した。



*☆*――…――*☆*――…――*☆*――…――*☆*――…――*☆*




「やはりと言うか、当然と言うか……」


 ラドゥは城の入り口に立ち、堂々と待ち構える魔王の刺客にこう呟いた。


「テラーナイトのバンディウムか……」


 ヴィーザは厄介な相手が来たと、厭そうな顔をする。


「うわ……。強そう……」


 テュリもその見上げるような大きな身体に圧倒されていた。


 今までの相手とは比較にならないのは一目瞭然だった。




「ヴィーザにラドゥ。久しぶりだな」


 そう言って笑いながら、バンディウムは顔見知りの二人に挨拶をする。


 魔王近衛隊の中でも1,2を争う剣の腕を誇る騎士。


 そしてまた特徴として魔法が効かないという、魔法を使うヴィーザにとって最悪の相手だった。




「ははは。これはまた、可愛いお嬢さんが一緒なんだな」


 追跡情報には「元側近二人と人間」とだけ在ったので、バンディウムはテュリの存在を知らなかったらしい。


「え?『可愛い』って言われちゃった♪」


 こんな状況にも関わらず、バンディウムの言葉にテュリは素直に喜んでいた。




「バンディウム。ここへ私たちがくる事をどうして知ったんだ」


 ラドゥは落ち着いて考えると、ふとそんな疑問がわいてきた。


 だが「それは極秘事項だ」と、にべもなく返答を断られる。


  


「それよりそこの仔猫ちゃん。後ろでさっきから震えてる人間を引き渡して、この場から大人しく立ち去らんか?」


 バンディウムはテュリの後ろで、先ほどから事の成り行きを見ていたマージュを指差した。


「!!」


 自分を指摘され、更にマージュの震えは大きくなる。


 テュリは怯えるマージュを後ろ手で庇うようにして下げさせた。




「そ、そんな事出来る訳ないでしょ?」


 テュリは大きな声で叫ぶ。自分の保身の為にマージュを引き渡す事など論外だ。


「今なら魔王様も『咎めはしない』とおっしゃってくれているぞ?」


 そう言うと薄くバンディウムは笑った。


「私と戦うより、のんびり昼寝でもしたいだろう?ほら、その人間をこちらへ引き渡すんだ」


 しかしテュリはまなじりをキッと上げ、首を大きく横に振るだけだった。




「テュリの言う通り、到底出来ない相談だね」


 黙ってやり取りを聞いていたヴィーザはそう言い放つ。


 バンディウムの顔から笑みが消えた。


   


「ねえ、ヴィーザ。そういえばなんであの魔族、ここに入れるの?」


 テュリは小声で先ほど通ったゲートでの事を思い出し、ヴィーザに尋ねる。


 入る資格の無いテュリはヴィーザと手を繋ぎ、ようやくここへ入ってこれたのだ。




「彼は私と同じく代々の王に仕える身。ここに入れる条件は一緒だからだよ」


「って事は、かなり手強いわね……」


 勝てるかな?テュリは傍目には分からないが、少し弱気になっていた。


「いや、バンディウムの後ろに控えてるウィザード二人を何とかすれば……」


 ラドゥはバンディウムのサポートに同行している魔術使いを見る。


 セオリー通りあの二人さえ抑えてしまえば勝機はあると踏んでいた。しかし……。


 


「そうか。それでは仕方ないな。交渉決裂だ」


 おもむろにバンディウムは剣を鞘から抜き出す。


 大剣に近い刀身を持つその剣には、柄の装飾部分に一際大きな魔石がはめ込まれ輝いていた。




「あっ!あれは!!」


 ヴィーザはそのテラーナイトが手にした剣を見て、驚愕の声を上げる。


「魔剣ムーンライト!!」




 魔族の至宝の一つである「魔剣ムーンライト」。


 この剣はあの分厚いドラゴンの皮をアッサリと切り裂くことのできる、最強の剣の一つだ。


 現魔王はそんな剣を持ち出してまでヴィーザ達を阻止しようとしている。


 それほど“大魔法”が発動されるのがマズイ訳か。


 ヴィーザはますます、ここで倒される訳にいかないと唇を噛んだ。




「ふふふ。そう、魔王様から貴様らを倒すため預かった『魔剣ムーンライト』。この剣に切り刻まれる事を光栄と思うがいい!!」


 バンディウムはそう言うと、巨躯に似合わぬ電光石火の早業で先制攻撃を仕掛けてきた。




「危ない!ヴィーザ!!」


 ヴィーザに向かって振り下ろされた剣の切っ先を、ラドゥは片腕で受ける。


 勢い良く弧を描いて獲物を狙うやいばの軌跡は、正確にラドゥの腕を捕らえていた。




「ラドゥ!無茶よ!」


 その光景を見て、テュリはラドゥの腕が切り落とされたと思った。 真っ青な顔で悲鳴を上げる。


 だが剣はラドゥの腕を切るどころか、浅い傷を付けただけで跳ね返されていた。


 そしてその傷も瞬く間に薄くなっていく……。




「満月期にある人狼族を切り裂く事は『ムーンライト』をもってしても、無理だ」


 ラドゥは口の端を歪め、普段浮かべる事のない不敵な笑みをバンディウムに向ける。


「くっ!そうか、今は……!」


 人狼族の満月期。バンディウムはそのことをすっかり失念していた。


 


「ヴィーザ、バンディウムは私に任せてそっちの二人を!!」


 そう叫ぶと今度はラドゥの方から、バンディウムに向かって攻撃を仕掛けていった。


 己の体術と気功で相手を圧倒し、さらには満月という最強の武器を手にしたラドゥは、瞬く間にバンディウムを窮地へと追いやった。




*☆*――…――*☆*――…――*☆*――…――*☆*――…――*☆*




「む、無念……」


 バンディウムはそう言って倒れたまま動かなくなった。


「し、死んじゃったんですか?」


 マージュは恐る恐る近づき、倒れているバンディウムを覗き込む。


「いや。気を失っているだけだよ」


 そう言うとヴィーザも自分が倒したウィザード2人を顧みた。すっかり2人とものびている。


 2人同時に相手をするのは大変だったが、戦いに集中出来たのはラドゥがバンディウムを一手に引き受けてくれたからだった。


 又、テュリがマージュを安全な場所まで避難させてくれたお陰で、思い切り攻撃魔法が使えたというのもある。




「しかし、普通の魔族では満月期のラドゥ相手にここまで戦えない。流石魔族の中でも5指に入る腕の持ち主だよ」


 と付け加えると、ラドゥに向かってニコリと笑う。


「だが、こちらも満月期でなかったら勝てたかどうか……」


 ラドゥも楽に勝てた相手とは思わなかった。




 月の満ち欠けに深い係わり合いのある、人狼族と吸血族の能力ちからが最高潮になる満月期。


 二人は強力な追っ手を想定して、この時期にここへ着くよう計算していた。


 そう。どんな追っ手が来ようと絶対に負けるわけにはいかない……。




「ねえ、ヴィーザ」


「ん?」


 無事、戦いが勝利に終わってホッとしているヴィーザにテュリが話し掛ける。


「このバンディウムが持っていた剣って凄いの?」


 しているバンディウムの横に、無造作に転がる剣を見ながら、テュリが不思議そうに尋ねた。


 見た目は普通の剣よりちょっと大きくて、宝飾が綺麗な位にしか目に映ってないらしい。


「うん。何せ無敵に近い満月期の人狼族を唯一、傷つける事のできる剣だからね」


 そう言うと先ほど庇ってくれたラドゥの無茶振りに、ヴィーザは改めてゾッとした。


「そうなんですか」 


 マージュもよく分からないながらも感心しつつ、剣を見ていた。




「ヴィーザちょうど良いじゃない。その剣、貰っちゃえば?」


 お気軽な調子でテュリは転がっている剣を指差す。


「え?それは……」


 確かにこの剣は並みの剣とは違う。何せ魔族の至宝。


 ヴィーザは躊躇った。幾らなんでも……。




「そうだな。せっかく強い相手を倒したんだ。勝った記念にと貰っておけばいい」


 ラドゥもそう言って笑い、手に入れる事を勧めた。


「うーん。そうだね。一度剣に聞いてみるよ」


 そう言ってヴィーザは屈み込み、水平に剣を手にするとそのまま祈るように目を閉じた。




「ヴィーザは何やってるの?」


 テュリはヴィーザの行動を訝しがる。マージュも興味深そうに見ていた。


「ああいった力のある魔剣には、自分の手に納まってくれるか否か、剣に聞かなければならないらしい」


 ラドゥはそう返すと、目を閉じて剣と意識を交わすヴィーザをじっと見守る。




「剣自体に意思があって、自分の意に添わない相手が持つとまったく斬る事が出来なくなるそうだ」


 普通の剣との違いを説明しながら、あの“ムーンライト”は特に気難しいと、昔誰かに聞いた事があるのをラドゥは思い出していた。


「へえ、剣の方に使い手を選ぶ選択権があるんですね」


 マージュもそう聞いてヴィーザが選ばれるよう願った。




「…………」


 ヴィーザはなにやら困ったような笑いを浮かべている。


「どうした?だめなのか」


 まさかと思うが拒否されたのだろうか?結果を待つラドゥたちに不安がよぎる。




「いや。ムーンライトは私を受け入れてくれるそうだ」


 剣とのコンタクトを終え、ヴィーザは自分が剣の新しい持ち主になったと言う。


 最初収まっていた鞘を拾うと、ゆっくりと中へ剣を滑り込ませる。


「じゃあ、あの笑いはなによ」と眉を寄せるテュリ。 


 ヴィーザが剣の意思が伝えた事を苦笑しながら教えてくれた。




 剣が言うには『狭い宝物庫にずっと閉じ込められていて飽き飽きしていたのよ。自分は武器であって飾り物じゃないわ。で、やっと出番が来たと思ったら使い手は無骨なテラーナイト。また気がついたナイトによって魔王に返還され、宝物庫に戻るのはイヤ。それよりか綺麗な貴方にずっと使われた方がイイわ。貴方のようなステキな方が持ち主になってくれるよう、こちらからお願いしていいかしら?』との事らしい。




「そんな事言ってたの?」


 剣の癖にヴィーザの事気に入ったって?テュリは“ムーンライト”に密かにムッとした。




「ふ、ふーん。で、今剣はどうしてるの」


 剣を手にしているヴィーザを少し気にしながら、テュリは剣の状態を聞いた。


「もう表層面にはいないよ。今度こちらが呼びかけない限り、表に意識は出てこないはずだよ」


 ヴィーザの説明によると剣の意思とはそういうものらしい。




「そうよね。剣を使うたびに『あーだこーだ、使い方が悪い』なんていわれたら堪らないものね」


 テュリは普段はいないのかとちょと安心した。




 こうして新たな剣を手にするとヴィーザは「さあ、中に入ろう」と最後の目的地へと向かった。





[ 第六章~忘れられた城 ]


END

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