第四章~悠久の塔
海底洞窟を抜けると外は午後の光に溢れていた。
「うぁっ……。ちょっとキツイな……」
ヴィーザは薄暗い洞窟から出て、闇になれた眼を「耐えられない」と言う様に手で陰を作り遮った。
「元々ヴィーザは陽の光には弱いからな」
そう言うラドゥはもうとっくに明るさに慣れていた。
まだ眩しそうにするヴィーザの手を取り、出口から上にあがるのを手伝う。
「そうだね。いくら闇を封じる[印]があっても苦手だよ」
そういってヴィーザは少し笑う。
本来ならこうした陽の光の下、吸血鬼族であるヴィーザは出歩くことは勿論、少しでも陽に当ると消滅してしまう。
それを防ぐため、ヴィーザには闇を封じる[印]が刻んであった。
しかしいくらその[印]を持ち、陽の光に晒されても平気になったとはいえ、元々は自分を消滅させる代物を苦手とするのは仕方のない事だろう。
ヴィーザの眼が光に慣れるのを待って二人は「悠久の塔」を目指し歩き出した。
旅慣れた2人にはそう遠い距離ではない。夕方近くになった頃、塔があると言われる場所へと到着した。
「方向はこちらであってるんだが……」
ラドゥは辺りを見渡す。
しかし伝えられている場所には木々が生い茂るばかりで、それらしき物は見えなかった。
「もう少し辺りを探してみるか?」
そう言って別の道を行こうとするラドゥ。
だが「待って。恐らくここで場所は合っていると」とヴィーザはラドゥを引き止める。
「何かがある。でも確かじゃ……」
そう言った途端、ヴィーザが見つめる方向に陽炎のような物が発ち、しだいにその姿を現してきた。
― 悠久の塔 ―
“超命族サヴァン”が居ると言う塔だ。
塔は姿を現しながら、入り口の橋をゆっくりと降ろしている。
「これは私たちを招いているのか?」
ラドゥはそのあまりにタイミングの良い招きに驚く。
まるで二人を待っていたかのようだった。
「たぶんね。さあ行こうか」
目の前にそびえ立つ塔を見上げ、ヴィーザ達は招きに応じ橋を渡っていった。
そして見上げるその塔の上は霞がかかり、一番上がよく見えなかった。
中に入ると橋は上がり、再び[魔封印]が張られるのをヴィーザは感じ取った。
(この強力な封印じゃ誰も存在を知らないのも頷けるな)
この塔はかなりの魔術修行を積んだヴィーザでさえ、僅かに存在を感じるだけで見る事は出来なかったのだ。
二人は長く続く上階への階段を昇っていく。
しかし体力的には今は充実した時期なのでまったく問題はなかった。
階段を昇りきり、最上階らしき場所に着くその頃にはすっかり夜になり、月も空で輝いていた。
目の前に広がる部屋は、如何にも研究者が住まうたたずまいだった。
光源は何なのか程よい光で室内は覆われ、壁際にはおびただしい本と研究用の機材、道具、材料などが多数並んでいる。
ここで数多の魔法が生み出されているのだろうか。
そう思いながらヴィーザは部屋の中央を見た。
そこには目を見張るほど大きな水晶が空に浮かび、柔らかな光を放っている。
「へえ……。見事な水晶だね。傷どころか一点の曇りもないね…」
部屋に満ちる光はこの水晶が発するものだろうか?
そう思いながらヴィーザがその水晶に見とれていると、ラドゥが肩を軽くたたく。
「ん?」
呼ばれてラドゥの視線の先を辿ると、部屋の隅にある窓から外を見ている少年がいた。
年の頃は人間の子供の10歳前後だろうか。
(こんな処に子供が……。サヴァンの愛弟子かな?)
幼少の頃から学ぶために内弟子になる事は良くある事だ。
そう思いこの塔の主の所在を尋ねるため、ヴィーザは声を掛けようとした。
「悠久の塔へようこそ。ヴィーザにラドゥ」
そう言いながらその少年は二人に振り向く。
珊瑚のような赤い髪と、ルビーのように紅く透き通る瞳をした少年は優しく微笑を湛えていた。
「なぜ私たちの名を?」
まだ名乗ってはいない相手に自分たちの名を呼ばれ、ヴィーザは驚いた。
「その水晶が教えてくれました」
少年はヴィーザの横にある水晶を示す。
「と言う事は……君がサヴァン?」
まさか?と言う風にラドゥが聞き返した。
「そうです。改めまして。サヴァンです」
サヴァンは二人に軽く会釈する。
「どうかしましたか?」
あまりの意外性に何も言えない二人。
永い時を重ねた老齢な人物。何時の間にかそんな想像が先に立っていた。
そういえば村で聞いた話には、サヴァンの容姿について何も語られてはいなかった。
サヴァンはそんな二人をニコニコと笑って見ている。
そしてこの状況を楽しんでいるようにも見受けられた。
「あ……いや。サヴァンが、まさか……」
こんな子供だとは思わなかった。とは言えるはずは無い。
ヴィーザは続く言葉を飲み込んだ。
しかし「いいんですよ。こんな子供とは思わなかったでしょう」とサヴァンはその先を続けた。
「でも、1万歳は超えています」
「いち……。と言う事は、君からしたら私たちの方が遥か子供と言う訳か……」
本人を目の前にしてもヴィーザは信じられない様子だ。
「いえいえ。ライフスケール、種族の違いです。私も超命族の中では見た目通り、まだまだ子供ですから」
にっこりと笑うサヴァン。
「しかし驚いたな。ラドゥ」
「そうだな。正直、先ほどから驚きっぱなしだ」
普段は物事に動じないラドゥも珍しく呆気に取られている。
「そうそう。お二人がここにいらした理由も解っています」
こう云われヴィーザはハッとした。そうだった。驚いてばかりはいられない。
「なら話は早い。『лⅶджШ』を創った超命族に会わせてくれないか?何処に行けば会える?」
同族なら何か知っているだろう。ヴィーザはそう思いザヴァンに尋ねた。
「貴方の目の前にいますよ」
サヴァンは悪戯っ子のようにクスクスと笑っている。
「創ったのは君だったのか……」
ヴィーザとラドゥは顔を見合せ、苦笑いするしかなかった。
「今宵は月がとても綺麗ですよ。よく見える場所に移りませんか?」
サヴァンは二人が頷くのを見ると先に立ち、階段を上がっていく。
塔の屋上に出ると今夜は満月だった。蜂蜜色の光がそこにいる全員を包み込む。
「前王ともこうして一緒に月を愛でました」
サヴァンはそう言って、今はいない前王を思い出していた。
ヴィーザ達もあの慈愛に満ちた前王を思い浮かべる。
「一つ聞きたいんだが……」
ラドゥは疑問に思っていたことを口に出した。
「あの大魔法を創ったと言ったね。ならどうして自分で発動しないのだ?」
もっともな事である。創ったら使う。なぜそうしない?
「そうですね。そう出来たならどんなに前王が喜ばれるか……」
サヴァンに苦悩の表情が浮かぶ。
「なぜダメなんだい」
ヴィーザもそれは思っていた。
回りくどい事なぞせず、自ら発動すれば話は簡単だ。
「我々超命族は非常に強力な魔法を創り出せます。しかし自分でそれを使うことは出来ないのです」
「え?使う事が出来ない?」
意外な答えに二人はまた驚く。
「結界などは魔法とは違いますので使えますが、ヴィーザ。貴方が使うような魔力を伴う魔法は、私には使う能力がないのです」
「考えればそうだよね。いくらでも悪意を持って強大な魔法を創っては使えたら、世界はすぐに破滅する」
このヴィーザの言葉でラドゥも納得がいった。確かに言う通りだ。
「ですので創ったあの『лⅶджШ』も人間が使おうとしない限り私にはどうにもできないのです」
そして前王もサヴァンも人間の寿命の長さを忘れていた。
人間に手渡した“大魔法”が月日の流れにより有名無実となっても、サヴァンは超命族の掟により手が出せなかったと臍を噛む。
「そうだったのか」
ヴィーザは話を聞いて、なぜ今まで使われなかったかがようやく、分かった。
「さっきの上での話は本当のことなのかい?」
階段を降りながらヴィーザは「信じられない」といった様子でサヴァンに確認する。
ヴィーザ達はあれからザヴァンに“大魔法”の魔法を発動させる手順や場所などを含め、詳しい内容を聞かされた。
そしてその全容を知ると、先ず「そんな事ができるのか?」と言う疑問しか出てこなかった。
「ええ。前王もそれが人間のためだと……」
「そうかもしれないが……」
ラドゥもヴィーザと同じく魔法の内容を聞き、困惑してた。
「しかしそうといって一度乗りかかった船だ。マージュのためにも降りるわけにはいくまい?」
そう言うとヴィーザに向かって小さく笑う。
ラドゥは一度やりかけた事を途中で放り出す真似はしなかった。
「そうだね。前王の願いでもあるしね」
ヴィーザも同じく受けた信頼を裏切る事は出来ない。
それがどんな結果を招き、自分達がどうなるか分からなくても……。
二人は最後まで、この“大魔法”に付き合う覚悟を決めたようだった。
「貴方がたには辛い思いをさせてしまいますが、よろしくお願いします」
部屋に戻るとサヴァンは二人に深々と頭を下げた。
本当なら自分も一緒に行って手伝いたい。
しかしサヴァンはここを離れるわけにはいかなかった。
それについて行っても足手まといになるだけだと十分自覚していた。
「そうそう。マージュに私からお土産があるんです。彼に飲ませてあげてくださいね」
薬棚へ行き、取り出してきた小瓶に入った“秘薬”をヴィーザに手渡す。
「必ず飲ませるよ」
ニコリと笑って受け取ると、しっかりと割れないよう仕舞い込んだ。
「それと……」
ラドゥに言付けたのは“呪守”だった。
「マージュの身を助けてくれるはずですから」
一緒に行けない自分の代わりにと、その小さなお守りにサヴァンは祈りを込めて渡す。
「確かに預かったぞ」
そういってラドゥもサヴァンからの気持ちを込めた品物を受け取った。
そしてヴィーザ達が帰ろうとしたときサヴァンが呼び止めた。
「皆さん気をつけて。それと急いでください。水晶が魔王は二人が関わったと知って躍起になったと告げています」
「分かった有難う。急いで終わらせてくるよ」
そして二人は急いで小屋へと戻った
*☆*――…――*☆*――…――*☆*――…――*☆*――…――*☆*
「ただいまマージュ。ごめんねテュリ」
そう言ってヴィーザ達は小屋に入る。
「あ!お帰りなさい。ふふふ。その顔は何か良い事あったって顔ね」
テュリはヴィーザ達の明るい表情を見てすかさず言った。
「うん。超命族に会って大魔法の事を聞けたんだ」
「え?本当ですか。あたた……」
マージュもヴィーザの言葉を聞き、ベッドの中から起き上がろうとするがまだそれは無理だった。
「あー、ちょっと目を離すとこれだから」
テュリはベッドへ駆け寄り、再度マージュが横になるのを手伝う。
二人が留守の間、テュリとマージュは随分と打ち解けたようだ。
「そうそう、マージュにサヴァンからお土産を預かってるんだ」
そう言いながらベッドの枕元にある椅子に座ると、ヴィーザは小瓶を取り出す。
「えーいいなー。ねね、私には?」
何を取り出したんだろうと、テュリはヴィーザの手元を後から覗き込んでいた。
ちゃんとお留守番してたのに~と、テュリは自分には何も無いのが不満そうだ。
「うーん。テュリ宛には預かってないな」
ヴィーザは振り返ると事も無げに、素っ気無くそう言った。
「えー。冷たいなー」
テュリは「いじわる~」そう言ってヴィーザの肩を軽く揺さぶる。
そしてヴィーザはテュリに解らないようこっそり笑っていた。
「ははは。いい子でお留守番していたテュリには私が“いい子いい子”してあげよう」
ラドゥは冗談でそう言ったがテュリは「えー、ヴィーザならいいけど……」と本気にしているようだった。
「ふふ。仕方ない。テュリには途中で手に入れたイヤリングをあげるよ」
何時の間に取り出したのか、ヴィーザの手の中に一対の耳飾が煌いていた。
「えー!やったーー!!」
それを見たテュリは大喜びである。早速ヴィーザから受け取ると、鏡のある場所へ走っていった。
「身体は起こせるかい?」
「ええ。助けてもらえば何とか……」
ヴィーザは“秘薬”を飲ませようとゆっくりと傷に負担をかけないよう、マージュを起こす。
ようやく起きて座るとマージュは蓋を開けた。
甘い、いい香りが鼻腔をくすぐる。
「なんだかいい匂いですね。…本当に薬なんでしょうか?」
“秘薬”と言うのでもっと凄い臭いを想像していただけにそこにいる皆、拍子抜けした。
そしてマージュはそまま一気に飲み干す。
「ひ、ひっく!??」
その“秘薬”はまるで、以前いたずらで飲んだキツイ酒の様に熱く、焼ける様な液体となってマージュの喉を駆け抜けていった。
「うわ!わーっ??」
居ても立ってもいられなくなり、マージュはベッドを飛び降り、所狭しと駆け回った!
「X#○△☆□◇~!!」
言葉にならない叫びを上げ、飛び跳ねる!
「ちょ、ちょとヴィーザ!マージュに何を飲ませたの??」
あまりのマージュの様子に不安なったテュリはヴィーザを問い詰めた。
「な、何って、サヴァンにもらった薬だよ」
テュリの剣幕に押されながらもヴィーザの目はマージュから離れなかった。
ラドゥは口を開け、唖然と見ている。
ドタッ……!
派手な音をたて、マージュは再びベッドへ倒れ込む。
「はあ…は…はあ……」
息も絶え絶えだ。
「まあ、いきなり全力疾走すれば無理ないかな……」
秘薬の即効性に驚きながらも、ヴィーザはマージュに尋ねる。
「マージュ。気分はともかく、身体の調子はどうだい?」
「は……い?身体……ですか……?」
息も収まるとマージュはすっくと立ち上がった。
「あ、あれ?さっきまであんなに傷が痛かったのに、もう何とも無い?」
マージュは信じられないといった様子で、自分の身体をペタペタとあちこち触っていた。
その言葉を聞きラドゥは「すまない」といって服をめくり、背中に負ったマージュの傷口を見る。
綺麗さっぱり、跡形もなくなっていた。
「すごい効き目だな……。あの傷だと動けるようになるのに一ヶ月以上かかると見ていたが…」
ラドゥが感嘆の声を上げる。
しかし、ここにいる魔族全員(いくら効果があろうとも、自分に何があってもこの薬だけは飲みたくない!)と思っていた。
[ 第四章~悠久の塔 ]
END