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Dual Moon  作者: ヴィセ
3/7

第三章~幻のラムダ


 あれからさらに三日後。


 一時は失血死寸前だったマージュも、食事を取れるまで回復してきた。


 しかしまだ起き上がることは少し無理だった。




「本当に良いのかい?」


 そう尋ねるヴィーザにテュリは頷く。


 動けないマージュを放って置く事も出来ず、怪我が治ってからテュリの言っていた村へ行こうと話していた時、テュリは「人間は嫌いじゃないし、マージュの事は任せて。二人でいってらっしゃいよ」と言ってくれた。


「それにマージュが回復して歩けるようになるのはもっとずっと先よ?」


 そう考えるとテュリの申し出はありがたい。


 テュリがマージュを看ていてくれるのならと、ヴィーザはラドゥと二人で行く事にした。




「じゃあ、お願いしていいかな?」


 ヴィーザは自分たちがいない間、追っ手に見つからないよう小屋に目くらましの結界を張る。


「もう傷は塞がっている。後は食べて体力をつけるだけだから大丈夫だと思うが……」


 ラドゥは薬草などをテュリに細々(こまごま)と説明していた。


 この3日でラドゥに「少し」は慣れたものの、やはり近寄られるとドキドキする。


 何気ない動きも耳をピンと立てて、テュリはラドゥの行動を視線で追う。


 時折予想しなかった動きや物音を立てられるとと、ラドゥが気の毒になるほどビクッと反応してしまうテュリだった。


 そして(え~ん。やっぱり苦手だよ~)とテュリは心の中でべそをかきながらも、しっかりと看病に関することは覚えていた。



*☆*――…――*☆*――…――*☆*――…――*☆*――…――*☆*




 山の中にあるというその小さな村への道すがら、高原に吹く風は気持ちよかった。


 二人は休息をかねて立ち止まり、しばし、風を楽しんでいた。


 しかしその風に吹かれながらヴィーザは何かが気になるらしく、向かう方向へとは違う道を見ている。




「どうしたんだ?」


 その様子に気付いたラドゥがヴィーザに聞いた。


「いや、何かこちらから気になる魔力の波動が来るんだ」


 そう言うとヴィーザはその波動をまた感じるのか、目を細めた。

 

「私には何も感じないが?」


 ラドゥも同じようにそのヴィーザの気になる方向を見るが、何も感じられなかった。




「強い力を感じる……」


 ヴィーザは眼を閉じ、その感覚を捕らえようとしている。


「気になるのなら行ってみるか?」


 そのまま先に進むには、あまりにヴィーザの心を残してしまいそうだった。


 ラドゥは長年の友人のことゆえにその気持ちが分かる。


「いいかな。寄り道しても」


 ヴィーザは申し訳なさそうにしながらも、ラドゥの気遣いに甘える事にした。




 何かに引き寄せられるようにヴィーザは先へ先へと歩いていく。


 暫くすると朽ち果てかけた小屋に着いた。


「廃屋か?」


 ラドゥは不思議そうに穴の開いた屋根を見上げる。


 しかしヴィーザの感じる力はこの中から出ているようだ。




「誰も居ないらしいが……」


 ヴィーザはラドゥのその言葉を聞くと「いや、結界が張ってある」とここに誰かが居ると言った。


「しかし、これはどう見ても誰かが住めるような所ではないぞ」


 ラドゥは信じられないといった顔でボロボロの小屋を一瞥する。 


「入ってみれば分かるよ」 


 基本的な結界だったためヴィーザは「解呪」を詠み、結界を解いた。


 そのままヴィーザは何かに惹かれるように扉を開け、中に入っていった。




 中も外から見たのと変わらないほど荒れ果てている。


 しかし奥の方から声が聞こえてきた。




「誰じゃ!結界を解き、勝手に入ってくる奴は!」


 腹立たしそうなしわがれた声。


「あっ、すみません。勝手に入ってしまった無礼はお詫びします」


 ヴィーザは慌てて声のする奥に向かって非礼を詫びる。


 そしてその声の主が、自分を引き寄せるほどの魔力を発しているのを感じていた。




 程なく奥から老婆が現れる。かなりのよわいを重ねた“魔女”だ。


「なんじゃ、客か。めずらしい」


 突然訪れた二人に悪意が無い事は、老魔女には初めから分かっていた。


 ヴィーザはその魔女を見ると(この方は……?)と過去の記憶を手繰り寄せる。




「このわしに何か用か?」


 片方の眉を上げ、ここの主は答えを待つ。


 先ほど、老魔女を見てからずっと考え込んでいるヴィーザの代わりにラドゥが答えた。


「いや、用というか、ここから発せられている強い魔力の波動に、彼が引き寄せられたのだ」


 ラドゥはヴィーザを振り返り、老魔女に訪れた理由を説明する。




「あっ!思い出した。ひょっとして貴女は『幻のラムダ』様?」


 ようやく出てきたヴィーザの答えに、目の前の老魔女は大きく頷く。


「ひゃっひゃっひゃ。いかにも。おっと『様』なんぞは付けんでよいわ」


 久方ぶりに現れた客にラムダはようやく笑顔を見せる。


 


「ラムダ。ここで貴女にお会いできて光栄です」 


 ヴィーザは改めて礼を尽くし、ラムダに挨拶をした。


「お前さん方が生まれるずっと前に、この世に背を向けた偏屈者じゃて」


 そういってラムダは若い二人に向かい、声高く笑っている。




「ヴィーザ、この方はそんなに有名な方なのか?」


 ヴィーザと畑違いのラドゥは魔術関係の事については疎かった。


 目の前のラムダがいかに魔力と知己に富んだ魔女であるか、ヴィーザは説明する。




 ラムダは歴代魔王の信頼も厚く、重鎮されていた。


 だがある時から何を思ったか、ふっつりと世間から姿を消してしまったのだ。


 それがヴィーザたちの生まれる前であったため、ヴィーザも「幻のラムダ」としてその話を伝え聞くだけだった。




 まさかこんな処で会えるとは。


 ヴィーザはまるで少年のように、この伝説と化した魔女に会えた事を喜んでいた。




「話を戻すが、お前さんたち、わしに用があって来たんじゃないんじゃな?」

 

 一通りの挨拶を済ませた2人に、ラムダは改めて問いかけた。


「ええ、この近くにある村へ行く途中で貴女の魔力を感じたんです。それで引き寄せられてふらふらと此処まで……」


 ヴィーザはそう言って微笑む。


「ほう。その村に何をしに行くんじゃ?」


 ラムダは魔族が人間の村に何の用があるかと不思議がった。






「ふむ。人間を救う魔法のぅ……」


 二人はマージュを助け、その旅の手伝いをしようとしている事をラムダに話した。


「確か何百年か前に超命族の一人が前王に頼まれ、創り上げたはずじゃ」


 世間から背を向けたといっても、ラムダのその手の情報収集には怠りが無かった。


「では貴女はその魔法を創ったという超命族をご存知ですか?」


 しかし、ラムダは誰が創ったかまでは知らなかった。残念そうに首を左右に振る。


「そうですか。でもその魔法は確かにあるんですね」


 ヴィーザはその魔法が実在するというラムダを見る。


「正確には『лⅶджШ』という。この名は誰も知らんことじゃろう」




「それは……」


 ヴィーザにはその名前に綴られた魔呪言から、かなり大きな魔法であるのが判る。


「闇の若いの。お前さんは魔術が専門じゃ。この名前の意味が分かるじゃろうて?」


 ラムダはヴィーザを見てニッと笑う。


 その魔法の正式名称を聞き、ヴィーザは思わず息を呑んでいた。






「ところでお前さんたち何故、人間を救おうとしておるんじゃ?魔族であるお主等に関係はない事だと思うが……」


 ヴィーザたちはそう言われ、少し考えた。


「前王が人間を愛しておられた……からかな?」


 ラドゥもその言葉に頷く。


「そうだな。私もできるなら前王の願いを叶えて差し上げたい」


 二人が敬愛してやまなかった王の願い。


 ヴィーザとラドゥは自分たちがこの件に関わったのも単なる偶然とは思えなかった。


「ふぉふぉ。前王もえらくお前さんたちに愛されておったようじゃな」


 





 ラムダと別れ、再び来た道を戻り二人は村へと向かう。




 途中、谷にかかる橋を渡ろうとした時、「わーはっはっは。魔王様に逆らうのはお前達かぁ―――!?」と反対側の袂の茂みから“スケルトン”が現れ、二人の前に立ちはだかった!




「オレ様が始末してやる!覚悟ぉ――――!!」


 そう言うといきなりブンブンと、剣を振り回しながらヴィーザ達に向かって来る。




「うわっ!な、何?」


 ヴィーザは慌てて剣を手に取り、振り下ろされたスケルトンの大剣を受け止めた。




 キィ――――――ン……!




 だが鋭い剣戟音と共に、ヴィーザは相手の剣をいともあっさりと弾き飛ばしてしまった。




「……えっ?」


 弾いたヴィーザ本人は、訳が判らず唖然としている。


 ラドゥはあまりの展開の速さについて行けず、構えようとしたまま固まっていた。


 


「ウワ―――――ッ!あ、あんた強すぎぃ―――!!」


 スケルトンはヴィーザたちの前で両手を挙げ(まいった!)と降参ポーズを取っていた。


 骨だけの額や頬に、冷や汗が流れるのが見えるようだ。




「強いって……」


 ヴィーザは(それ以前の問題だと思うけど……?)と呆れていた。


 一体何なんだ?こいつは?




 いきなり襲われたヴィーザは剣を片手に持ったまま「貴様は何者だ!?」そう言いながら刺客に近づく。




「あわわわ……っ!」


 スケルトンは近づくヴィーザに合わせて後ずさりする。


「オ、オレの事なんか忘れて、愉しい旅を続けてくださ――――い!」


 弾き飛ばされた剣を拾い、そう言うとスケルトンは橋を勢い良く飛び降りた。




「あ、待て!」


 ヴィーザ達が急いで下を見ると、スケルトンは飛び降りた拍子にバラ撒いた小骨を必死で掻き集めている。


 その場に残された二人は下を覗いたまま、顔を見合わせた。




「えーっと……。あれも一応、現王の追っ手……かな?」


 毒気を抜かれ、ヴィーザの腹立ちもどこかへ吹き飛んでいた。


「そう……みたいだな」


 スケルトンが泣きながら走り去る後姿を見送りつつ、ラドゥは呟いた。


「と言う事は、早く超命族に会って魔法を発動しなければならないね」




 マージュだけでなく、二人にも現王からの追っ手が掛かっている。


 その事実だけは刺客=スケルトンから確認できた。







 テュリの言っていた村はまだそこにあった。ここには超命族の[魔封印]が張ってある。


 魔法力を使った結界と違い、特定の者にしか効力のないタイプで、ヴィーザ達上級魔族には効果の無い簡単な物であった。


 だが人間達を襲うのは下級魔族が大多数なので、それで十分村への侵略は防げる。




「超命族の結界?ということは、やはりこの村に超命族は訪れた事があるんだね」


 それを超えながらヴィーザはラドゥに説明する。


 少し、結界の抵抗はあったが二人は難なく村の中に入っていった。


 


「ま、魔族だ!」


「どうして中に?」




 人々に驚きは在ったが、ただ静かに歩くだけの二人に村人は逃げ惑う事はなかった。


 しかし自分たちを見ておののき、恐怖に怯える人間の姿を見るのはかなり辛いものがある。




 村の奥にある村長おさの家に着くと、出迎えた長にラドゥは超命族の事を尋ねた。


 ヴィーザは家の奥には入らず、戸口の付近で話を聞いている。


 人間を襲う事の多い“吸血鬼族”のヴィーザが訪ねるより、ラドゥが聞いた方が良いだろうという配慮からだった。




「長、私たちは何もしない。ただ昔此処に来たという、超命族の話を聞きに来ただけだ」


 突然現れた魔族に長は落ち着いて対応する。


 村を襲うならこうやって話になど来ないだろう。そう考えたからだ。


 だが長の家族は怯えて遠巻きに二人の魔族を見ている。




「超命族?おお、サヴァン様のことですかな?」


 ラドゥは入り口に立つヴィーザに振り向き、頷く。


「サヴァン様はこの近くにいるのか?」


「いやいや。此処にこられたのは近くに住む、えらい魔女様をお尋ねになるついでに立ち寄っていかれたという事ですじゃ」




 ヴィーザはその話をきいて(そうと解っていたらラムダに超命族の居場所を聞けばよかったな)と此処に来た事を少し後悔した。


 それに考えてみればラムダほどの魔女が超命族の居所を知らないはずはない。


 創った本人ではないが、その同じ超命族の“サヴァン様”に聞けば何か解ったかもしれないのだ。


 自分たちの出現で余計な心配を村人にかけてしまった。ヴィーザはそう反省していた。




「サヴァン様がここに来られたのはわしが生まれる前の事じゃて、話しか残っておりませんがのう」


 人間にとっては昔話になるほど過去の話だ。


 どこまで真実か判らないな。ラドゥは腕を組み考え込んだ。




「あのね。怪我をした猫を助けるためにこの村に来たってお話なの」


 長の側でじっと二人を見ていた少女は自分の好きな昔話をしているのを聞き、思わず口を挟んだ。




(怪我をした猫?ふふふ。テュリの事かな?)ヴィーザは思わずクスッと笑う。


 それにつられ、怯えていた少女もクスっと笑った。


 そして長から離れ、ヴィーザの元へ近寄っていく。


 そんな少女を母親は慌てて止めようとするがヴィーザが恐ろしく、動けなかった。


 すぐ側まで来ると立っているヴィーザを見上げ、少女はニコッと笑った。




「ねえ。他にどんなお話を知ってるの?」


 ヴィーザは側に来た少女の前に屈みこみ、話し始める。


「私に話して聞かせてくれないか?」


「うん。あのね……」


 


 こうしてヴィーザが少女と話している間にも、ラドゥは長と話を続けた。


「そのサヴァン様が何処にいるか、何か話は伝わってないか?」


「確か……この山を降りて、東の海峡洞窟を渡った先にある『悠久の塔』にいらっしゃるという話じゃが」


「『悠久の塔』、か……」




 ラドゥと長が話し終わっても、ヴィーザはまだ少女と笑いながら話をしている。


「ほほぅ。あの子は内気で人と話すのが苦手なんじゃがのう」


 そう言って長は自分の孫の行動に驚いていた。


 しかも相手は人どころか魔族である。


「お連れの方は不思議なお方ですな」


 子供の方がその本質を見抜く力があるかもしれんと、長は目を細め微笑んだ。




[ 第三章~幻のラムダ ]


END


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