第二章~香木の樹
―猫族の村―
その村に着くと辺りには当然の事だが猫で一杯であった。
散歩する者、日向ぼっこする者と思い思いにみな過ごしている。
中には人もいたが、どうも猫族が人型になっているらしかった。
皆、耳が猫の形をしているのですぐに分かった。
のんびりとした雰囲気の村に、のんびりとした様子の吸血鬼族が混じっても一向に違和感はない。
むしろ一瞬で溶け込んでしまったようにも見えた。
「さて、この中の誰かが知っているはずなんだが…」
あたりを見回し、そしてヴィーザはすぐ傍を、ぽてぽて道を歩いている黒ぶちの猫に聞いてみた。
「あ、ごめんね。ちょっといいかな?」
黒ぶちは立ち止まりヴィーザの前にちょこんと座る。
「にゃあに?僕にご用?」
ヴィーザを見上げる緑の目は、呼び止められた好奇心にきらりとしている。
「ここに“超命族”に逢った事がある女の子がいるって聞いて来たんだけど、知らないかい?」
そう言うとしゃがみ込んで黒ぶちと視線を近くにした。
「“超命族”…?う~ん…っと僕、聞いたことあったけ?」
思い出そうとしばらく黒ぶちは小首をかしげる。
「あー!そうそう。前にテュリが逢ったって言ってたにゃ」
やっと思い出したのか小さな口を大きく開けて、ヴィーザにあった事のあるという仲間の名前を告げた。
「テュリ?その子が逢ったんだね?」
「うん。テュリに話を聞くにゃら家にいるよ」
ヴィーザはお礼に黒ぶちの喉を擽ると、立ち上がってそれらしき建物を探しに歩き出した。
彼の言っていた家は猫族が共同で住む家らしく、とても大きな家だった。
人型サイズが通れるドアに加え、猫用の小さなドアがいくつも並んでいるのが特徴的だ。
玄関を抜け中に入っていくと、ホールに真っ白な猫が一匹座っている。
丁度身づくろいを終えたらしく、最後の仕上げに手を綺麗に舐めていた。
「ここにテュリって女の子が居るって聞いてきたんだけど」
他の猫も見当たらず、ヴィーザがその白猫に尋ねる。
「テュリ?テュリは私よ。何の用かしら」
振り返りながら答えた白い猫はテュリその人(?)だった。
(あらら?)
テュリはヴィーザを見た瞬間、内心ドキッとする。
「実は“超命族”に逢った時の話を聞かせてもらおうと思って…」
先を急ぐヴィーザは単刀直入に用件を切り出した。
「ふ~ん…」
テュリはまじまじとヴィーザを見ている。
(彼、闇の一族よね?なんで昼間から出歩けるのかしら?)
そんな疑問を抱きつつ、テュリはヴィーザの周りをぐるっと回る。
そして近くで顔をよく見ようと机の上に飛び乗った。
(瞳が青紫なんて変わってる…初めて見たわ。それにハンサムね。私好みだわ♪)
「??」
ヴィーザは何故自分が見つめられているのか判らなかった。
そしてじっーとヴィーザを見ていたテュリは何かを思いついたようだ。
「あなた、お名前は?」
「あ、ごめんね。名乗って無かったね。私はヴィーザ」
そう言ってヴィーザは慌てて名乗る。
「ねえヴィーザ。お話してあげてもいいけど…私ね、貴方の事気に入っちゃった。デートしてくれたら考えてあげる♪」
テュリはクスッと笑うと答えを待った。
「え?君とデート?今からかい?」
思いがけない条件にヴィーザは目を丸くする。
「そう、今から私と。イヤ…?」
そう言うとテュリ少し上目遣いにヴィーザを見た。
「悪いけど君と遊んでいる暇がないんだ」
つれない答えにテュリはついと背を向けた。
「あら、教えてほしくないの~?」
そしてテュリは肩越しに横目でちらっとヴィーザを見る。
思わぬ交換条件にヴィーザは少しだけ考えた。
「…仕方が無い。少しだけならいいよ」
ヴィーザは諦めたかのように返事をした。
テュリはデートに応じないと教えてくれそうもなかったからだ。
「やったー!支度をしてくるからここでちょっと待っててね」
そう言うとテュリは二階へと上がっていった。
「お待たせ~」
しばらくすると鮮やかなグリーン色をした、ショートヘアの活発そうな女の子が階段を降りてきた。
「テュリかい?」
一応ヴィーザは確認のため聞いてみた。
「そうよ」
ニコリと笑うテュリは白い猫の姿から人型に変わっていた。しかし耳は猫その物、そのままだった。
「せっかくのデートなのに猫の姿じゃつまんないもの」
確かに猫の姿のままでは単なる猫との散歩にしか見えなかっただろう。
しかもデートだというのに弓を背にしている。
「ところで、どこに行くんだい?」
片眉を軽くあげながらヴィーザはデート先について訪ねる。
「えーとね、ここから少し行った森なんだけど」
そう言うテュリの表情が少しだけ曇った。
「森、ね…」
訝るようにヴィーザが目を細めるが、森林浴がしたいなぁ~と、テュリが屈託のない笑顔でヴィーザを見るので、とりあえずそのままにしておいた。。
「早速出かけましょうか!」
テュリはヴィーザの腕を取ると上機嫌で森へと向かった。
「それで本当の目的は?」
森の入り口に着くとヴィーザは立ち止まってテュリに尋ねた。
「あれ~バレてたのー?」
舌を出して笑うテュリ。騙して連れてきたというのに、まったく悪気はないようだった。
そしてばれているなら、と素直にここへヴィーザを誘った理由を話し始めた。
「実はね、この森の奥に“香木の樹”って言うのがあって、その“樹”は猫族の宝なの。でも最近になってイヤな奴が現れて困ってたのよ」
そう言うとその”イヤナヤツ”の姿を思い出したのか、鼻に皺を寄せる。
「つまりは私に追い払うのを手伝えという訳だね?それをデートと偽って…」
ヴィーザは小さく息を吐くと、ちょっとだけ眉をひそめた。
早く終わらせて帰ろう…そう考えていた。
「あ!怒ってる?でもデートって言った方が楽しいじゃない」
悪びれる様子も無く、テュリは小さくウインクするとクスクス笑っている。
だがそんな軽い雰囲気の彼女とは対照的にヴィーザは真顔だった。
「じゃあ、さっさとそいつを追い出しに行こうか。この奥に居るんだね?」
そう言うとヴィーザは先に森の中へ入っていった。
「あー!待ってよー」
さくさくと歩き出した吸血鬼族の後を、慌ててテュリは追いかけた。
「やだ。本気で怒ってるの?」
足早に歩くヴィーザをテュリは「真剣に怒っているもの」と勘違いしていた。
テュリが追いついたその時、木々に止まっていたコウモリたちがヴィーザの姿を見て慌てて逃げて行く。
キーキー! バサバサ! ザザザ…!
「キャーッ!な、何?」
コウモリが飛び立つその音に驚いて、テュリはヴィーザに思わずしがみついてしまった。
「大丈夫。眷属のコウモリが私を見て、驚いて逃げて行っただけだよ」
ヴィーザは上を見上げ、逃げ惑う眷属たちを見ている。
(そうかコウモリは闇の一族を恐れているんだわ)
テュリはそう思いながら、庇ってくれるヴィーザにしがみ付いていたが、しばらくすると辺りに静けさが戻った。
「もうみんな行ってしまったよ」
「あー、いきなりでビックリしちゃった」
テュリはようやくヴィーザから離れたが(…見た目より意外とたくましい腕と胸だったわ。彼、着やせするタイプなのね♪)などと考えていた。
「ところでテュリ、相手はどんな奴なんだい?」
ヴィーザは歩きながら、今から追い出そうとしている相手の情報をテュリに聞く。
「えっとね…“犬”かな?」
「犬って…どんな?」
「どんなって、“犬”は“犬”よ」
「だから、相手の大きさとか、どんな武器を使うとか、魔法はどうかとか…!」
ヴィーザは立ち止まると少しあきれた様子で聞き返す。
「し、知らないわよ。とにかく“犬”なの!」
テュリはそれ以上言いたくないとばかりに、プイっと向こうをむいてしまった。
猫族にとって犬であると言う事だけで恐ろしい天敵であるし、考えたくもない相手であった。
(ふぅ…まあ、何とかなるかな?)
ヴィーザはそれ以上聞くのを諦め、また歩き出した。
問題の“樹”に着くと大樹の根元に一匹の“魔犬”が陣取っていた。
「おう!また来たのかよ、姉ちゃん」
「ね、姉ちゃん!?気安く呼ばないでよ!」
テュリはそう呼ばれたことに腹を立てている。
「それはそうと、金を出す気になったか?」
魔犬は猫族が自分たち“犬”を大の苦手としていることを利用し、この樹を占領して金をせしめようとしていた。
「なんでそんなもの出さなきゃならないのよ!」
テュリは強気で言ってはいるものの、耳は伏せ、手は微かに震えている。
全身で(今すぐここから立ち去りたい~!)と表していた。
確かにこの様子を見ると、テュリたち猫族でこの“魔犬”に立ち向かうのは無理だった。
「その樹は猫族の物で、他の誰の物でも無いと聞いているけど?」
テュリの後ろで会話を聞いていたヴィーザが前に出て魔犬に尋ねた。交渉相手の交代だ。
「だ、誰だ?てめーは!」
魔犬はようやくヴィーザの存在に気が付いたようだ。
一般的に知られている吸血鬼の知識しかない魔犬は、昼間っから何故居る?と言いたげにヴィーザを見ていた。
「このままおとなしく去る気は…ないだろうね」
ヴィーザは無駄とは判っていたが一応、言ってみた。
「おめーこそどっかに失せな!ビジネスの邪魔すっと、ただじゃおかねえぞ!?」
思わぬ助っ人の登場で驚きはしたようだが相変わらず威勢はいい。
闇の一族が何故いるかなどと言う疑問は、頭から吹き飛んでいた。
「何がビジネスよ!そっちが勝手に言ってるだけじゃない!」
テュリも負けじと威勢よく言った。
「へへっ!痛い目に遭わねーうちに出すもの出しゃいいんだよ~」
「ふーん…では出さなければどうなるか、見せてもらおうかな?」
ヴィーザは、ゆっくりと魔犬に近づいていった。
「面白れぇ。俺様にかなうと思ってんのか!?このコウモリ野郎がっ!」
魔犬は剣を手にしていないヴィーザを「組みやすし」と見たか、襲い掛かってきた。
「危ない!」
すかさずテュリが弓で援護する。
だが、それと同時にヴィーザも魔犬に対し魔法を放っていた。
「うおー!あちちち!」
炎を浴びた魔犬は、飛び上がり、慌てて身体についた火を消した。
「へぇ!ヴィーザ、やるー♪」
「どちらかいうとこっち(魔法)が専門かな」
テュリに向かってヴィーザはにっこりと笑う。
「ま、魔法なんて卑怯だぞ!」
魔犬は大声でわめいている。その言葉を聞いたヴィーザは今度は剣を抜いて構えた。
「じゃあ希望通りに魔法は使わないでおこうか」
テュリも弓を改めてつがえる。
ヴィーザという心強い味方を得て、もう震えてはいなかった。
「吸血鬼族を見かけだけで判断しちゃいけないよ」
真顔になって、ヴィーザは向かってくるであろう相手に備える。
「それでもまだやるかい?」
「ち、ちくしょうー!憶えてやがれ~!イタタタ…」
「そっちこそ、今度こんな一方的な”ビジネス”を持ちかけるなら炭にするからね」
ヴィーザも今以上の魔法力を持って、容赦なく叩きのめすことを宣言する。
そして毛は焼け焦げ、おまけに相手の力量を読み損ねた為に傷だらけになった魔犬は、定番の台詞を言いつつ、森の奥へと逃げて行った。
「やったー!とうとう追い払えたわ!」
テュリは辺りを跳ね回って喜んでいた。
「これで奴も懲りただろうから、もうこないと思うよ」
「ありがとうヴィーザ!」
テュリはヴィーザの手を取り、礼を言う。
「これでまた村のみんなが“香木の樹”に来られるわね」
愛しそうに樹を見上げるテュリ。
「ヴィーザごめんね、つき合わせちゃって…。今度は私が話す番ね」
そう言うとテュリは意気揚揚とヴィーザと村に戻っていった。
先ほどの家に帰るとホールの椅子に座ったテュリは約束通り、以前逢ったと言う“超命族”の話をヴィーザに話して聞かせた。
「…という訳で150年ほど前に出会ったの。でも今の世の中、その人間の村が無事であるかどうか…」
確かに現王の御世になってから、いくつもの村や集落がなくなってしまっていた。
しかし、超命族の手がかりはこれしかない。
行くだけ行ってみよう…。話を聞き終えたヴィーザは腕を組んでそう考えていた。
「ねえ、ヴィーザ…」
「ん?なんだい」
テュリの呼びかけにふと顔をあげるヴィーザ。
「あのね…お願いがあるんだけど…」
「お願い?」
テュリが遠慮がちに声を出す。
そして意を決したかのようにヴィーザの顔を見ながら話し始めた。
「私も一緒に行きたいの!お願い、連れて行って!」
「連れて行ってって…」
いきなり「ついて行く」というテュリにヴィーザは戸惑っていた。
「……辞めておいた方が君の為になると思うけど…」
唐突なテュリの願いにヴィーザは意地悪でなく、本心から辞めておくよう進言する。
そして先ほどあったばかりの光景を、脳裏に思い浮かべても居た。
「貴方を一目で気に入ったって言うのも本当なの…だからお願い!」
彼女が真剣に言っているのはヴィーザにも伝わった。
「しかし…」
どうしようか…と悩むヴィーザの姿に、(や~ん!悩む姿もステキ♪)とのん気にテュリは考えていた。
「判ったよ。けれど今度は私の方から条件を出すけどいいかい?」
色々考えた末、ヴィーザはテュリの希望を聞き入れることにしたらしい。
「何かしら?」
「『絶対に文句を言わない事』。つまり君が私に文句を言ってきても一切聞かないよ?それでもいいならおいで」
「?…解ったわ。文句は言わない」
何故ヴィーザがこんな条件を出したのか真意は解らなかったが、ついていけるならテュリはどんな条件を出されてもよかった。
(文句って食事とか、寝床かなぁ?猫の姿だったらどっちもあんまり迷惑かけないし、いっか~)
(あっ、そうだ!猫の姿で彼の寝床に潜り込んじゃおうかな。きゃっ!私って大胆!)
などと、楽天的にテュリは思っていた。
「そうと決まったら急いで小屋に戻らないと…」
テュリにここを出ていく仕度を促すと、待っている間にこれからの事などをヴィーザは目まぐるしく考えていた。
*☆*――…――*☆*――…――*☆*――…――*☆*――…――*☆*
「ただいま。遅くなってごめんね」
ヴィーザがそう言って小屋の扉を開ける。
しかしテュリは後に付いて扉をくぐったと同時に、全身の毛が総毛立った!
(こ、これは…。“犬”が中にいる??)
恐る恐るテュリが小屋の奥を見ると「犬族」に近い「人狼族」のラドゥの姿が見えた。
(ちょ、ちょっとヴィーザ!!)
テュリはヴィーザの手を引き、小屋の隅へと連れて行くと、(“犬族”が居るなんて聞いてないわよ!!)と小声で思いっきり文句を言った。
「私は最初から辞めておいた方がいいと言ったはずだよ?それに…」
「それに何よ」
「『絶対文句は言いません』って私と約束したのは誰だっけ?」
ヴィーザはそう言ってクスリと笑った。
ちょっとだけ意地悪そうに…。
「う…そう…だけど…」
テュリは恨めしそうにヴィーザを睨んでいた。
「テュリ、言っておくけどラドゥは“人狼族”で“犬族”とは違うよ」
「で、でも私にとってはどちらも一緒なの!」
耳が完全に後へと伏せ、今にも泣き出しそうになっていた。
「ヴィーザ、その娘は?」
小屋に帰ってくるなり自分を避けるように隅へと固まり、ヒソヒソと何やら言い合いをしてる2人を見て、ラドゥは訝しげに声を掛けた。
自分の事を聞かれているどうしよう…とテュリはラドゥの声にビクビクしていた。
「ああ、紹介が遅れてしまったね。彼女は“猫族”のテュリ。色々あって一緒に行くことにしたんだよ」
ラドゥに簡単に事情を説明すると、今度はヴィーザの後ろに隠れるようにしているテュリに向かって
「テュリ、“人狼族”のラドゥだよ」と、お互いを紹介した。
「よろしくテュリ」
そう言いながらラドゥはテュリの側までやってきた。
(え~ん!助けて~)
テュリはヴィーザのマントをしっかりと握り締め、逃げたいけど逃げられないこの状況に耐えていた。
「ヴィーザ、なんだか思いっきり、避けられているような気がするんだが…?」
ラドゥも何となく理由が判っているらしく、顔に苦笑いを浮かべている。
「大丈夫。テュリもすぐに、ラドゥが彼女の思っている一族とは違うって解ってくれるよ」
(本当にダメなんだな)と後に居るテュリを見て少し可哀想に思ったが、ヴィーザは二人の間で一人、クスクス笑っていた。
「ところでヴィーザ」
「ん?」
「食料は?」
「…あー!すっかり忘れていた…!」
[ 第二章~香木の樹 ]
END