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ぱらいそ~戦うゲームショップ!~  作者: タカテン
第八章:ゲームショップよ、死ぬがよい!
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第七十一話:望まない進化

「それは無理な話ですなぁ」

 美織の話を聞いた禿頭の男は、何一つ考える素振りも見せず言い切った。

 アメリカで開催されたG3での「『ロングフィールド』開発中止」の発表から数日後、禿頭の社長が帰国するやいなや、美織は祖父・鉄織の名前を持ち出して強引にアポイントを取った。

 美織の祖父は経済界から身を引いたとは言え、今も自身が経営する老人ホームに各界の重鎮を集めるほどの人物だ。その名を出されては相手も断わるわけにはいかなかったのだろう。

 たかが街のゲームショップの店長が業界を代表する大メーカーの社長と面会するというハードルをクリアした美織は、すぐにこの事実を公表。ぱらいその店内やネットで『ロングフィールド』開発中止の撤回を求める署名活動を開始した。

 そしてわずか数日で驚くほどの数が集まった署名の結果を持って、自信満々にロールスロイスのリムジンで乗り込んだ美織だったのだが……。

「なんでよっ!? あんた、人の話を聞いてた!?」

「聞いてましたでぇ。『ロングフィールド』の開発中止を撤回して欲しいと多く人が求めている、という話でっしゃろ」

「だったら」

「ファンの皆さんのご声援は実にありがたいですわ。今後のシリーズ展開は必ずや皆さんの期待にお応え出来るよう力を尽くしましょう。そやけど先のG3でも発表したように、これまで開発していた『ロングフィールド』をこれ以上続けるわけにもいかんのですよ。何故なら」

「開発費がかかりすぎる、じゃろ?」

 それまで黙って聞いていた美織の祖父・鉄織が口を開いた。

「最近のテレビゲーム製作はもはや映画並みの予算を必要とするからのぅ。それでいて見返りが大きいかと言えば」

「そうなんですわ。リスクが高いならば、当然リターンもそれに見合うものでなければあきまへん。収益が期待出来ないものに金をかけることは企業として出来るわけがありませんわな」

「ちょっと待ってよっ! 収益が期待出来ないって、でも、これだけ多くの人が署名してくれたんだから」

 発売されたら売れるはずだと美織は声を大きくして言いたかった。

「そりゃあ署名はタダですさかい」

 が、禿頭のひと言に一蹴されてしまう。

「いざ発売されたら、署名された方の何割が実際にうてくれることやら」

「そ、そんなの、みんな買うに決まって」

「あんなぁお嬢さん、世の中、そんなに甘くはありませんでぇ。借りた金は絶対に返すと言っておきながら返さない、助けが必要な時は呼んでくれと言ってたくせにいざ助けを求めたら知らん振り、世の中にはそんな話がごろごろしてますんや。それもこれも言うのはタダ。タダより高いものはない、なんて昔から言いますが、それでも人はタダが大好きなんですわ」 

 そしておもむろに禿頭は懐からスマホを取り出すと、なにやら操作して画面を美織に向けた。

「なっ!? そ、それって、まさかっ!?」

「そやから基本無料のゲームに世間の人々が食い付くのも当たり前でっしゃろ? 『ロングフィールド』もその路線で仕切りなおしする予定ですわ」

 禿頭が差し出したスマホの画面に『ロングフィールド』のタイトルが映し出されていた。

「やはりスマホのゲームアプリでシリーズ展開するつもりかね?」

「家庭用ゲーム機で作るよりコストはずっと下がり、そのくせ当たるとでかいですからなぁ。あ、まだ開発も始まったばかりで発表もしてませんさかい、このことはくれぐれも秘密にお願いしまっせ」

 と言いつつも、鉄織が興味を示したと見ると、禿頭は得意げにスマホ版『ロングフィールド』を操作してみせる。

「ほほう。さすがにグラフィックも奇麗じゃのう」

「そうでっしゃろ? 携帯ゲーム機にも負けないレベルでっしゃろ?」

「しかし、ボタンのないスマホでは操作性がどうしても犠牲になるのではないかな?」

「そこは従来のものを簡素化してスマホに最適なものにしてますんや。ですからストレスなく遊べまっせ」

「なるほどのぉ。で、肝心の収益はどうやってあげるつもりなんじゃ?」

「そこが最大のポイントでしてな。実を言うと別タイトルのアプリを担当するスタッフが新たな課金システムを考え付きまして。それが『ロングフィールド』というゲームにぴったりだったから今回こっちに方向転換することに決めたんですわ」

 禿頭の言葉に、スマホ版『ロングフィールド』を見せられて呆然としていた美織がピクンと反応した。

「その課金システムなら『ロングフィールド』は莫大な利益を産む金の卵に生まれ変われますんや。とは言え、今の世はなんでも最初にやったもの勝ちですわ。そやから既存の開発を止めてでも、何が何でもスマホ版を早々に世に送りださなあかんという」


「ふざけんなーっ! そんな理由で開発を止めたって言うのっ!?」


 自慢げな禿頭の言葉を遮って、美織が突然吠えた。

「お金儲けの為に作品を退化させるなんてバカじゃないのっ!? なにが奇麗なグラフィックよ。これまで作っていた『ロングフィールド』と比べたら月とすっぽんじゃないのっ。操作性だって、スマホじゃ無理がありすぎるわっ。こんな劣化した『ロングフィールド』なんて、ファンは絶対納得しないわよっ!」

 禿頭や鉄織が思わず呆気に取られるほど、一気に捲し立てる美織。

 激情していた。

 最新のゲーム機と比べて明らかに見劣りするグラフィックに。

 従来と比べて物足りなさや苛立ちを感じる操作性に。

 そしてそんな劣化版なのに従来のものよりも儲かるからと方向転換してしまう企業の判断に。

 でも、何より美織が悔しいのは……。

「……美織、仕方ないんじゃ。これが今の世の流れなんじゃから」

 言葉を出し切っても身体を細かく震わせる美織の気持ちを察して、鉄織がその肩をそっと抱き寄せる。

「企業は金儲けが存在理由だからの。いくら従来のものよりも優れていても売れなくては意味がないし、どれだけ過去のものより劣っているように思えても売れるのならば価値がある。それに美織、お前も分かっておるじゃろうが、企業にそう判断させるのはお客様の動向じゃ」

「……っ!」

「確かにスマホゲーは家庭用ゲームと比べてグラフィックも操作性も劣る。でも、世間の人たちからは支持されとる。それは社長も仰っておられたように基本無料だからというのもあるじゃろうが、同時に既存のゲームが抱えていた問題点を見事に解消したからでもあるんじゃ」

「そんなのないっ! スマホゲーがテレビゲームに勝っているところなんて」

「そうかの? じゃが美織も経験があるじゃろう、決して安くないお金を払って買ったゲームがつまらなかった、ってことが」

「……あ」

「そうじゃ。従来のゲームは購入して遊ばないと、それが本当に面白いかつまらないか分からなかった。じゃが、基本無料が多いスマホゲーはつまらなかったら遊ばなきゃええ。面白くてさらに楽しみたいと思った時にだけお金を、しかも自分がどれだけ遊びたいかに応じて払えるという料金システムは、従来のパッケージ販売では到底無理なものじゃった」

「で、でも、その課金で色々と問題になってるじゃない。子供が勝手に大金をガチャにつぎ込んでいたとかよく聞くわ。そのくせメーカーもいいアイテムが欲しい、強いキャラが欲しいってユーザーの射幸心を煽ることしか考えてないし」

「そういう一面もあるのぅ。じゃが上手くゲームシステムに活かしているものもあるぞい」

 例えばと鉄織が挙げたタイトルは、とあるリズムアクションゲームだった。

 複数のキャラで組んだアイドルグループで、様々な楽曲にチャレンジするという内容のものだ。

「リズムゲーはこれまで自分の腕前が全て、難しい楽曲をクリアするには上手くなるしかないジャンルじゃった。じゃが、このゲームは自分の上達とは別に、グループを組むキャラを入れ替えたり強化したりすることも楽曲クリアの鍵となる。極端に言えば、自分は全然上達しなくても、グループの強化に頑張ればなんとかなるんじゃ」

「そんなの邪道よっ。最初は下手でも上手くなるのが楽しいんじゃない!」

「ワシや美織みたいな、もともとゲームが得意な人間はそうじゃな。でも、世の中にはなかなか上手くならない人もおる。そんな人からすると、クリアするには上手くなるしか方法がないって言うのは早々に心を折られるものなんじゃ。実際リズムゲームも、一時はマニアだけのものになっておった」

 もっとも、その状況を変えたのは何も鉄織が挙げるタイトルの力だけではない。むしろ様々なメーカーが新機軸のゲームを開発していったことのほうが大きいだろう。

 が。

「従来のリズムゲーのやり方ではこのゲームみたいにキャラを揃え、強化するというゲーム性は見えてこなかったじゃろう。課金というシステムがリズムゲーの新たなゲーム性を生み出したんじゃ」

 鉄織はスマホゲーの課金システムが新たなゲーム性を引き出し、多くのユーザーを惹きつけ、ジャンルの閉塞感を打ち破るに一役買ったこのタイトルを高く評価していた。

「そして最後にもうひとつ……美織、スマホは持っておるかの?」

「え? そりゃあ持ってるけど……」

 言われて美織は自分のスマホを取り出す。ゲームアプリは入れておらず、ホーム画面はいたってシンプルだ。

「ふむ。ワシも当然持ってるぞい」

 鉄織が自慢げに見せ付けるのは、最新機種だからだろうか。

 ただ美織はそんなことよりも尊敬する祖父のスマホに幾つかのゲームアプリが入っているのを見て、さっきの説明から薄々気付いていたものの、やっぱりお爺ちゃんもやってるんだと失望していた。

「まぁ今の世の中、スマホや携帯を持ってない大人は珍しいじゃろう」

「……うん。でも、それがどうしたって」

「これがスマホゲーム最大の強みじゃよ。専用のゲーム機を買わなくても、日常生活に無くてはならないもので、いつでも、どこでも、日本中の誰とでもゲームを遊べてしまう」

「さらに加えるなら、スマホさえ持っていれば誰もがお客様に成り得るってのも、メーカーからしたらすごい魅力なんですわ。遊んでもらえる敷居がぐっと下がり、しかも潜在的なユーザーはこれまでと比べものにならない。こりゃあみんな乗り換えますわな」

 鉄織と美織のやり取りを黙って聞いていた禿頭が、ここぞとばかりに口を挟んできた。

 そのウザさに思わず睨みつける美織だったが

「美織よ、これはもう認めなくてはならんのじゃ」

 鉄織の言葉にギクリと体を強張らせた。

「……認めるって、何を……」

「スマホゲームは従来の劣化ではない。これも進化のひとつなのじゃ」

「そんなっ!? グラフィックも操作性も劣っているのにっ!」

「確かに今はそうじゃろう。が、やがて解消される。そしてなにより、ゲームにとって一番大切なのはそのふたつじゃないじゃろう?」

「……面白いかどうか」

「そうじゃ。ワシらも一昔前はよく言っておったじゃないか。『最近のゲームはグラフィックこそ進化してるけど、中身はイマイチ面白くない』と」

「じゃあ、お爺ちゃんは今のスマホゲーはこれまでのゲームよりも面白いって言うの!? あんなユーザーから金を毟り取ろうと企んでいるだけの、あんな」

「面白いと感じているから、みんなお金を注ぎ込むんじゃろう」

 美織の言葉を遮って、鉄織は端的に結果だけを言い切った。

 一瞬呆気に取られた美織だったが、やがてその整った顔が我慢しきれずに歪み始める。

「うっ……ううっ……」

「進化にも様々な方向がある。今回社長が判断されたのは、確かにワシらが期待する方向とは違っておったが、それでも進化には変わりないんじゃ」

「……そんなの……絶対に違う……」

「かもしれん。が、それを判断するのはワシらじゃない。作品がリリースされて、世間がどう評価するか。それが全てじゃ。そして社長は自ら選ばれた方向で成功すると確信された。ならば作品のファンであるワシらは社長の判断を信じて応援すべきじゃろう」

「……応援すべきって……でも、お爺ちゃん、本当にそれでいいの? 『ロングフィールド』だけじゃない。色々なタイトルがスマホに流れて……このままじゃ……この流れを止めないと私たち」

「美織、ワシらはゲーム屋である前に、ゲームファンでなくてはならん」

 鉄織も美織の言いたいことは痛いほど分かった。

 分かったからこそ、最後までその言葉を言わせるわけにはいかなかった。

 今回、美織が家庭用ゲーム機での『ロングフィールド』開発中止の撤回を求めてメーカーを訪れたのは、純粋にシリーズを愛するファンとしての行動である。だからこそ多くの同志からの署名も集められたし、この会談にも意味があるのだ。

 なのにそこへ自分たちの生業の事情を絡めさせてしまっては、全ての大義が、意味が失われてしまう。

 もちろん、美織だって分かっている。

 それでもつい口走りそうになるぐらい、今の美織は激しく動揺し、深く失望していた。

「うっ……うう」

 自信満々に乗り込んだものの、何も変えることが出来なかった自分が悔しかった。

 何も出来ず、ただ現状がどんどん悪くなっていって、ついには店を畳むしかなくなる未来を思うと悲しくなった。

 もう子供じゃないんだからと理性が必死に自分を押さえつけようとする。

「うわーーーーーーーん」

 でも、悔しさと悲しみで満ち溢れた心が、目から涙を、口から嗚咽を、とどまることなく溢れ出させた。


 この日、美織は「こんなに泣いたのはいつ以来だろう」と思い返すことも出来ないくらい泣いた。

 だから祖父に抱きしめられ、社長室から出て行く時に交わされた言葉もあまり覚えていない。

 ただぼんやりと。

「社長、開発を凍結した『ロングフィールド』じゃが、十分な資金させあれば復活させるつもりはあるかの?」

「まぁそうですな。会社としてはこれからスマホゲー一本で行きたいところですが、開発者たちはやはり技術の最高峰を駆使して最新ゲーム機で作りたがっておりますさかいなぁ。資金さえあればその気持ちも叶えてやるにやぶさかではありませんが、まさか会長、自らのポケットマネーを出すおつもりで?」

「まさか。ワシも最高の技術を注ぎ込んだ『ロングフィールド』を遊びたいのはやまやまじゃが、さすがにそのために膨大な金は出せんわ。ただ、こいつは老いぼれたワシとは違うが、の」

 と、祖父に頭を撫でられたのをなんとなく覚えているにすぎないのだった。


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