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ぱらいそ~戦うゲームショップ!~  作者: タカテン
第七章:〇〇〇のくせに生意気だっ!
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第六十七話:杏樹とかずさの、クリアするまで眠れません!

 ビルの最上階にある「ぱらいそ」スタッフフロア。

 そのバスルームの湯船に司は浸かっていた。

 シャワーなら何度か使わせて貰ったことはあったが、こうして湯船に身を沈めるのは初めてだ。

 いくら女装が似合うとは言っても、なんだかんだで司とて立派な男の子。シャワーならまだしも、同じ湯船を使われるのはみんなも抵抗があるだろう。そう思って司はこれまでお風呂をもらうのを躊躇っていたが。

「ほら、司。もうすぐお説教を始めるから、お風呂入ってきなさい。あんたが最後だからね」

 あっさり美織から許可が下りてしまった。

 それでも戸惑っているとみんなが「これから大変だからお風呂入ったほうがいいよ」「いいお湯加減にしてあるからね」と勧めてくるので、もしかして下手に意識してたのは自分だけだったのかなと司は湯船の中で恥ずかしくなってしまう。

 それに。

(僕が最後ってことは、このお湯にみんなも……)

 意識しちゃいけないと思いつつも、どうしてもそんな邪念が頭に浮かんでしまう。

 結局、せっかくの湯船も早々に出てしまう司だった。



「あら、早かったわね、司」

 予め一度家に戻って取ってきたスウェットに身を包み、タオルで拭いただけですぐに乾いた坊主頭にいつものかつらを被って更衣室を出ると、丁度美織が何やら運んでいる最中だった。

「あ、はい。お風呂ありがとうございました」

「せっかくあんたの為に湯船を張り替えたのだから、もっとゆっくり入ってればよかったのに」

 あ、そうなんだと思いつつも、司は「あはは」と笑って誤魔化した。

「それよりもそれって……」

 司は美織が抱えるものを不思議そうに指差す。

 これから行われるお説教には似つかわしくないソレ。一体何に使うんだろうと司は疑問に思ったが、しかし美織は満面の笑みを浮かべて「まぁまぁいいじゃないの」と答えをはぐらかすと、両手がふさがっているのを理由に行儀悪く足でリビングへの扉を開けた。

「やあやあ、お待たせお待たせ」

「別に待っちゃいない……って、ああっ、おにぃ!」

 リビングでは杏樹がソファに座ってなにやら読書を、そしてかずさはカーペットに寝転がってストレッチをしていた。

 そのかずさが司の姿を見るなり、立ち上がってずんずんと歩み寄ってくる。

「ちょっと、おにぃ! お風呂あがりなのになんでまた鬘なんて被ってるの!?」

 外せとばかりに手を伸ばすかずさ。

「なんでって、杏樹さんも一緒なんだから女の子の格好の方がいいでしょ?」

 鬘を取られまいと司は身をよじる。

 そのふたりの横を美織が何事もないようにすり抜け、リビングの奥へと入っていった。

「こら、おにぃ。逃げるな!」

「かずさこそやめてよ」

「やめない! てか、おにぃ、もしかして本当は女装が病みつきになったんじゃ……」

「そ……そんなわけないよ!」

「あれー、今一瞬どもったのですよー?」

 いつの間にかソファから身を乗り出して聞いていた杏樹が、司の反応ににんまりと笑う。

「つかさがその気なら外国で性転換手術を受けるといいのです。費用ならお父様にお願いして杏樹が出してあげますよー」

「なっ!?」

「ななな、何言ってんのよっ! おにぃを女の子にするなんて、そんなの妹の私が許さないんだからっ!」

「さすがに今のは冗談なのですよー。ふたりとも真に受けすぎなのです」

「あ、あんたねぇ……」

 かずさは標的を司から杏樹に変更すると、ソファに座る彼女に向かってダッシュし、勢いをつけたままダイブ。突然の飛び込みに驚いた杏樹はかずさを抱きかかえたまま、ソファから転げ落ちた。

「いきなり何をするですかーっ!?」

「つまらない冗談を言うあんたが悪いんでしょーっ!」

 絨毯の上でもつれ合うふたりを、司はどこか顔を赤らめながら眺めた。

「はいはい、もういい時間なんだから静かにしなさいよ、あんたら」

 そこへ運んで来たブツをリビングの大型テレビに接続し終えた美織が、こっちに注目しろとばかりに声を張り上げる。

「美織こそ声大きいよ」

「うるさい、かずさ。あんた、今からお説教されるって分かってんの?」

 と言いながら、美織はブツの電源をぽちり。

 真っ暗だったモニターがにわかに明るくなり、独特の起動音がリビングに響く。

「……あの、店長、どうしてお説教するのにゲーム機を立ち上げるんですか?」

 美織がリビングに持ち込んだもの、それはプレイパーク4という最新家庭用ゲーム機。

 お説教とはかけ離れたゲーム機の起動に、司がそんな質問をしたのは至極当たり前といえる。

 が。

「なに言ってんの? これでお説教するからに決まってるじゃない」

 さも当たり前だとばかりに返すのが美織という人物だ。

 分からない。

 本当に美織のやることは分からない。

 司だけでなく、かずさや杏樹も困惑する中、やがてモニターにおどろおどろしい洋館のグラフィックと『キリングフィールド』というタイトルが映し出される。

「はい、じゃあ今から『杏樹とかずさの、キリングフィールド、クリアするまで眠れません!』を始めるわよ!」

 そして美織はにこやかにそんなことを言うのであった。



「え、えーと、なんですか、その『杏樹とかずさの、キリングフィールド、クリアするまで眠れません!』っていうのは?」

「そのタイトル通りの意味よ」

 ちなみにマジでちゃんとクリアしないと眠らせないからそのつもりでと美織。

「いや、そうじゃなくて……えっと、お説教ってのは一体どこにいったのでしょう?」

「だーかーら、これがお説教よ」

 戸惑う司に、美織が自信満々に言い放つ。

「杏樹とかずさのふたりで、今夜のうちにこのゲームをクリアするの。はっきり言って難しいわよぅ、なんせこの『キリフィー』(キリングフィールドの略称)は」

「とんでもない死にゲーで有名ですもんね」

 数週間前に発売されたこのゲーム、当初はあまり目立つ作品ではなかった。

 しかし、ヌルいゲームが蔓延る昨今では珍しい高難易度と一撃死の数々……の奥に隠されたゲームシステムがマニアの間で話題となり、今ではちょっとしたブームとなっている。

「ちなみに私はクリアしたわ」

「……さすがです、店長」

「そのクリアした私が見たところ、かずさの腕前ならなんとかなるわ。ただ、知識も何もないままではさすがに今夜中のクリアは無理。そこで」

 美織はいまだ床でもつれ合いながらもぽかんとした表情を浮かべるふたりを見下ろす。

「杏樹の知識が活かされる。杏樹はゲーム苦手だけど、知識量に関して言えば私すらも凌駕するからね」

 ここにきてようやく司は美織の意図が分かってきた。

 かずさは見たものをコピーするというとんでもない能力の持ち主だが、それを可能にしているのは並外れた反射神経や観察力だ。

 だからそういった力が必要とされるゲームは基本的に上手い。

 とは言え、かずさのゲームへの興味はあくまで手ごろに楽しめる趣味のひとつ。積極的にゲームの知識を集めようという気はさらさらなく、ましてや持っていないソフトの攻略知識など皆無であろう。

 一方、杏樹はかずさと正反対だ。

 ここ数日一緒に仕事して分かったが、腕前はともかくとして、とにかくゲーム全般への知識が半端無い。司とていっぱしのゲーム馬鹿だから知識量には自信があったものの、杏樹には敵わないと早々に白旗を振った。

 姉妹という関係の強制はアレだが、同じゲーマーとして純粋に尊敬出来るとさえ司は思っている。

 そのふたりが手を組めば……なるほど、難攻不落と言われる『キリングフィールド』もクリアできるかもしれない。

 そして無事クリアの際には、反目しあっていたふたりの仲もちょっとは変わってくるはず。

 言葉で説得するのではなく、協力させることでお互いの価値観を認め合わせる。美織らしいお説教だなと思った。

「えー、かずさとゲームをするなんて杏樹、イヤなのですよー」

「それはこっちのセリフだよっ!」

 ……ただし、ふたりがちゃんと言うことを聞けば、の話ではあるが。



「とにかくこのゲームをクリアすればいいんだよねっ!?」

 かずさは美織からコントローラを受け取ると、モニターの前に胡坐を組んだ。

「女の子なのにはしたないよ、かずさ」

「そんなの、別に気にしなきゃいけない人はいないからいいんだってば。それよりも美織、杏樹と協力しなくても、クリアさえ出来ればいいんだよね?」

「クリアさえ出来れば、ね」

 司のお小言を軽く受け流し、美織から言質を取ると、かずさは「よーし」と腕まくり。

「んじゃ、ちゃっちゃっとクリアしようかな。杏樹、あんたはそこで本でも読んでなさいよ」

「言われるまでもないのですよー」

 ソファに戻った杏樹が我関せずとばかりに本から顔も上げずに答える中、かずさはコントローラのスタートボタンを押す。

 外人のおどろおどろしい声で「キィリング・フィーーーールド」とタイトルコールされた。

「えっと、最初に六人のキャラの中からひとりを選ぶのか……」

 まぁ、なんでもいいやとかずさが選んだのは、いかにもな格好をした特殊部隊の男性キャラ・グロス。

 謎の組織が怪しげな実験を行っているとの情報を受け、屋敷を秘密捜査する為に夜の雨の中、ちょうど断崖絶壁をよじ登ってきたところだ。

「んーと、まずはあの裏口らしきところから入るのかな」

 オープニングムービーが終わり、ゲームがスタートするとかずさはコントローラのレバーをグイっと傾ける。

「「「あっ!」」」

 その行為にかずさを除く三人が思わず声をあげた。

「えっ?」

 驚くかずさ。そして次の瞬間、

 ずどーん!

 突如として画面の中で大爆発が起こり、グロスが吹き飛ばされて断崖絶壁を落ちていき「グロス 死亡」の表記が出たのにはもっと驚いた。

「な、なんで!? 私、ただキャラを動かしただけなのにぃ」

「お馬鹿ですねー。相手は謎の組織なのですよ。敵の侵入が予想される場所には地雷が埋められていて当然なのです」

「はぁ!? なによそれっ!」

 そんなのも知らないのですかと馬鹿にする杏樹に、かずさがキレた。

 まぁ、さすがにこれはかずさが正しい。

 実際、このトラップを知らずに開始一秒でグロスを爆死させたプレイヤーたちは皆一様に「そんなの分かるかっ!」と悪態をついたものだ。

「はいはい。で、かずさ、まだひとり死んだだけだから、次のキャラを選びなさいな」

「ううっ、なんてひどいクソゲーなんだ……」

「ちなみに今のは杏樹じゃなくても大抵のゲーマーなら知ってるわよ、有名な初見殺しトラップだから」

 それも知らないんだから前途多難ねぇ、やっぱり杏樹の力を借りた方がいいんじゃないとアドバイスする美織に、かずさはぶんぶんと頭を横に振った。

「今のでなんとなく分かった。大丈夫」

 そう言って今度は白衣を着た女性を選ぶ。

 彼女の名前はアンジー。この洋館で働く科学者だが、実験の内容に疑問を抱き、組織が何を企んでいるのかを突き止めようとしている。

「今度は安全そうじゃない。えっと、とりあえずこの部屋を調べてみるかな」

 スタートは彼女の研究室からだ。早速机の上に置かれたノートPCを起動させる。

「うーんと、メールがいっぱいあるなー。あ、これ」

 気になるメールがあったので開くと、そこには裏口に敷かれた地雷パターンが書かれていた。

「このゲーム、プレイキャラを入れ替えながら攻略していくんだ」

「おにぃ、そういうのは早く言ってよ。もうひとり死んだじゃん」

「まぁ、最悪ひとりだけになってもクリアは可能だからね」

 とは言ったものの、それは本当に最悪なパターンなのだが。

「そうなんだ。でも悔しいなぁ、これを知ってれば、さっきは死なないですんだのに」

「知らなくても匍匐前進で気をつけて進めば、地雷ぐらい回避できますよー」

「そう! そういうひとつの問題に対して複数の回答を用意しているのがこのゲームのいいところなのよっ!」

 杏樹の解説に美織が力説した。

「美織、なんかオタクくさいよ……で、このゲームの進め方は分かったけど、どうすればいいんだろ? なんか別のメールを見てもたいしたことは書いてないし、ここは他のキャラにザッピングしたほうが……って、え?」

 画面に突如現れた表示を、かずさは眉間に皺を寄せて凝視した。

 さっきまではなかったカウントダウンがいきなり現れたかと思うと、どんどん減っていく。

「なにこれ?」

「かずさー、さっきのメールの中に『今日の予定(時間厳守)』って件名のものがなかったですかー?」

「……あったけど?」

「アンジーは組織の研究員なのです。そのスケジュール通りに行動しないと、反逆の意思があると見なされ、首輪型の爆弾が爆発するのです」

「なにそれっ!?」

 慌ててメールを確認すると、あと一分ほどの間に上司の元へ研究進捗を報告に行かなければならないらしい。

「って上司ってどこにいるの?」

「それはまた別のキャラにザッピングすれば分かるのです」

 仕方ないですねーと杏樹はゲラルドという男を選ぶように指示する。

 この洋館で警備隊長を務める男で、雇い主である組織には忠実だが、グロスらの行動によって館で研究されていた怪物たちが解き放たれてしまい、脱出すべく獅子奮迅の活躍を見せるキャラである。

 ただし、グロスが早々に死亡した後では仕事中にエロ動画を見ていたことが発覚し、処刑が確定する可哀想なキャラでもある。

「分かった、上司は三つ隣の部屋にいるのね!」

 ゲラルドにザッピングし、上司の居所を突き止めたかずさは再びアンジーへとプレイキャラを戻す。

 さっきザッピングした時は残り三十秒を切っていた。

 三つ隣の部屋までどれだけ時間がかかるかはよく分からないが、急げば間に合わない時間とも思えない。

 待っててアンジー。あんたは絶対に死なせない。

 と、ロードが終わり、アンジーのプレイ画面になったのだが……。


「アンジー 死亡」


 意気込みも虚しく真っ暗の画面に、ただ文字だけが映し出さる。

「なんでよっ!?」

「カウントダウンはリアルタイムなのです。残念でしたねー、ゲラルドにザッピング中にアンジーの頭が吹き飛ばされてしまいましたー」

「ふざけんなー」

 さすがにこれにはかずさもコントローラをクッションに叩きつける。

「なんだこれ、なんだこれ、なんなんだこのクソゲー!」

「クソゲーじゃないわよ。今のだってメールを見て、時間を確認して行動していれば余裕で回避出来るわよ」

「でも、時間にちょっと遅れたからって頭を吹き飛ばす組織がどこにあるんだよっ!?」

「誇張表現だけど、暗にビジネスの世界では遅刻は決して許されないってことを教えてくれているのよ」

「絶対ウソだ!」

 ウソかどうかは定かではない。

 ただ時間にルーズな美織が言っても説得力がないのは確かだ。

「これでアンジーも死亡っと。よし、この調子でどんどん行こう!」

「死者が増えたのにどんどん行こうって、どういうゲームよ、これ?」

 叩きつけたコントローラを美織に手渡され、かずさは嘆きの声をあげるも、渋々とゲームを再開する。

 その後も先のゲラルドは処刑されるわ、女工作員のレイラもトラップに引っかかって感電死するわといたずらに死者を増やしていった。

 そして、五人目の謎のダンディ仮面がゾンビ犬に噛み殺されたところで、

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!

 何の前触れもなく、突然館が激しく揺れて崩れ始めた。

「なによ? 今度はなんなのよ?」

「くっくっく、来たわっ! 五人の生贄の血を吸ってついに『キリフィー』のボス、古の邪神クソ様が復活よっ!」

 美織が真夜中だってのに興奮して声を張り上げる。

 謎の組織の野望を砕く為、洋館に集まった六人。が、実際は邪神復活の生贄としてわざと集められていたのだ。

 五人目の死亡と同時にいきなり明かされるこの展開にゲーマーたちは驚き、次いで復活させてしまった邪神のムチャクチャな強さに絶望した。

 しかし、六人誰も死なさずにクリアするのは勿論、この復活させてしまった邪神(ちなみに名前はクソクソなんたらと長ったらしいのでクソ様と呼ばれている)を倒すことで真のエンディングへの道が開けるなど心憎いやりこみ要素があり、マニアの評価を勝ち得たのである。

「うわあ、こんなの勝てるわけないじゃん!」

 全身をマグマみたいなドロドロとしたもので覆われたヒトガタのクソ様が、プレイヤーキャラの十倍以上の巨体でもって襲い掛かってくる。

 対するかずさが操るのは、六人の中でももっともひ弱な体型をしたゲームオタク。ファンからは「オタゲー」と呼ばれている。「ゲーオタ」ではなく「オタゲー」なのは、敵の攻撃を回避する様がまるでアイドルオタクのオタ芸みたいな動きだからだ。

 今もかずさが「うわっと」「危ないっ」「死ぬ、死んじゃう」と悲壮な声をあげながら逃げ惑うも、モニターの中のオタゲーはなにやら楽しそうな動きをしている。

「やっぱり最初はみんなこのエンディングに行っちゃうんですかね?」

「そりゃそうでしょ。てか、何も知らずにこの展開を迎えるのが面白いんだって」

 私も初めてクソ様とご対面した時はびっくりしたもんなぁと美織が感慨深げに頷く。

 美織もそれまで一見不条理に見える死の連続にキレそうになったものの、この仕掛けでがらりと評価を変えたクチだ。

 さらに六人生き残った状態で迎えるエンディングを見てからも「もしかしたら復活したクソ様を倒したら何かあるかもしれない」と幾度となくチャレンジした末に真のエンディングが隠されていたことを知った時は大興奮したものである。

「ちなみにお姉さまがどうやってクソ様を倒したのかは、杏樹も知らないのですよー」

「当たり前でしょ。クソ様討伐はこのゲーム最大のポイント。そうおおっぴらに話せるものじゃないわ」

「でも、店長でも何十回も戦ってようやく倒せたんですよね? だったら……」

「ああ、まぁね。さすがに今夜中に真のエンディングは無理だろうから、今日のところは六人行き残りエンドで許してあげるつもりだけど」

 それとて杏樹の協力がないと難しいだろう。「どうするつもり?」と目配せする美織に、杏樹は「かずさ次第なのです」と肩をすくめた。

 そのかずさは相変わらず「うりゃあ」「とりゃあ」とクソ様相手に逃げ回るも、時折攻撃に転じている。

 ただし武器はナイフ。ゲーム中でも最弱の武器で、戦力差は絶望的だった。

「ああ、もう無駄な努力なんかしてないで、早くられちゃえばいいのですよー」

 戦闘が長引けば長引くほど寝る時間は遅くなることもあって、杏樹は早くゲームオーバーになってもう一回最初からやり直せと急かす。

「うっさいなー。分かってるわよ、そんなこと。でも、なんかちょっと試してみたいんだってば」

「試すって何をですかー?」

「なんかさ、このクソ様ってヤツ、足の裏の一部に色が違うところがあるのよ」

「はぁ? それが一体どうしたって」

「ごめん、杏樹、ちょっと黙って」

 杏樹の言葉を遮って、美織が会話に割り込んできた。

「かずさ、あんた一体いつそれに気付いた?」

「え? いや、さっき踏みつけられそうになった時だけど?」

 美織が見ていた限り、クソ様が踏みつけ攻撃を行ってきたのはわずか一回しかない。

 クソ様の攻撃はどれも強力だが、とりわけ空中からの踏みつけは見た目でも「あ、これ喰らったら死ぬ」と分かるほどだ。だから普通は回避に専念して、足の裏の様子を観察する余裕などない。

 美織だってそうだった。

 全身をマグマみたいなもので覆われたクソ様。その足の裏の一部分にだけ、よく見れば太陽の黒点みたいに黒ずんだ部分がある。美織がこれに気付いたのは、どんな武器を試してみてもクソ様には通用せず、ならばどこかに弱点があるはずだと考えを変えてからのことだった。

 それなのにかずさはたった一回のコンタクトで気付いた。

 改めて思う。かずさ、恐ろしい子。

「ふーん、ってことはやっぱりあそこが弱点か」

 クソ様の攻撃を必死に避けながらも、美織の反応にピンと来たようだ。

 かずさは「よしっ」と気合を入れなおした。

「でも、なんでナイフなの?」

「んー、まぁこれもあくまで勘なんだけどさー。多分、拳銃よりも簡単だと思うんだよね。ちなみに美織が最初に倒した時は何を使ったの?」

「私はマグナムだったわ。ロケラン(ロケットランチャー)だと攻撃時間がかかるからね」

「なるほど。で、何発で倒せた?」

「……まいったわね、そこまで気付いたんだ?」

 美織の返答にかずさが自分の勘が正しかったと確信したのと、クソ様が踏みつけ攻撃を行ってくるのは、全く同じタイミングだった。

 クソ様がぶよんと巨体を宙に浮かばせ、自然法則を無視したスピードでかずさの操るオタゲー目掛けて急降下してくる。

 オタゲーは相変わらずキレキレな動きで両腕を動かしながらも、その場から離れない。

 そしてついにクソ様の巨体がオタゲーを踏み潰そうとした瞬間。

 オタゲーがあたかもライブ会場で掲げるサイリュームのように、ナイフを天高く突き上げた。

「えっ!?」

「そんな……こんなことって……」

 目の前で起きた出来事に、司と杏樹のふたりは思わず絶句する。

 オタゲーが突き上げたナイフは、見事クソ様の黒点を貫いた。

 時が止まったかのように、一瞬空中で静止するクソ様。そのマグマのように赤くドロドロとした身体がみるみるうちに黒く固まっていき、さらには塵となって霧散していく。

 クリアだ。

 まさかの初見でのクソ様討伐クリアだった。

「やったね、場所的に銃で狙うより弱点が踏み潰される直前にナイフを突き刺した方が楽だし、これなら一撃で倒せるんじゃないかなって思ったんだ」

 周りが言葉を失う中、かずさががしっと右手で握りこぶしを作ってガッツポーズを決めた。

「はーい、終わり終わり。んじゃ、みんな寝よー。あ、おにぃはかずさの部屋で寝ていいよ」

 さぁ行こうとかずさは立ち上がると、思わぬ展開にいまだ呆然としている司の腕を取った。

「ちょ、ちょっと待つのですよー」

 そのかずさを引き止めたのは意外にも杏樹だ。

「なによー? まさか『私達は姉妹なんだから、つかさは杏樹と一緒に寝るですー』とか言うつもり? ヤらしー」

「さすがの杏樹もつかさにはそこまでしないのですよー。それよりも、です」

 杏樹がソファから立ち上がると、クッションを持ってモニターの前へと歩み寄る。

「このゲーム、今のはまだクリアじゃないのです。クソ様を倒した後に再度六人全員生き残った状態で館を脱出する真のエンディングを見ないとダメなのです」

「えー、そんなの面倒くさいよっ。それにこのゲーム、クソ様を復活させるために絶対殺してやるって内容じゃん。今から攻略するの、大変だよっ!」

「大丈夫なのです。その為に杏樹がいるのです」

 だからここに座るのです、と杏樹は自らが座る横をポンポンと叩く。

 驚いたかずさだったが、はぁと溜息をつくと素直に従った。

「どういう心変わり? さっきまでは助けてくれなかったくせに」

「ほんの気まぐれですよー。あ、最初はゲラルドを選んで、警備をいくつか無効化するです。そうすればレイラが動きやすくなって……」

 かくして杏樹の力を借りて、かずさの『キリングフィールド』二回目が始まった。



 二回目は驚くほどスムーズに進んだ。

 さすがは杏樹だ。適切な指示を出すのはもちろん、豊富な知識量を生かした小ネタを次々と披露し、かずさをどんどん『キリングフィールド』の世界へと誘っていく。

 かずさもかずさで、杏樹が求めるどんな高難度なアクションでも一発で決めてみせた。

「さすがはかずさなのです。今のショートカットでかなりアンジーの時間を稼ぐことが出来ました」

「杏樹こそ、あんなところから近道出来るなんてよく知ってたね」

「最近仕入れたネタなのです。正直、半信半疑でしたがかずさなら出来ると信じてたのですよー」

「ふふん、任せてよー」

 杏樹のナビでどんどんプレイを進めていくかずさ。

 ついにはプレイ開始わずか3時間あまりで、高難度を誇る『キリングフィールド』をクリアしてしまった。

 真のラスボスを倒し、ふたりは「いえーい」とハイタッチをかわす。

 そこにほんの少し前までいがみ合っていた彼女たちの姿はなかった。



「店長……あの、ありがとうございます」

 そんなふたりの姿を少し離れたところで見つめながら、司は美織に話しかける。

「ん? なにが?」

「ふたりがこんなに仲良くなれるなんて、僕、思ってもいませんでした」

 自分を巡って喧嘩するかずさと杏樹に、司はなんとかしなきゃと思いつつも何も出来ないでいた。

 かずさの言い分も分かるし、かと言って杏樹の妹を辞めては彼女をどうやって手懐けていいのか分からなかったからだ。

 しかし、美織はこの問題には敢えて触れず、ふたりが別のことで仲良くする方法を採った。

 司には思いつかなかったことだ。

「これでふたりの喧嘩に悩まされることはなさそうです」

 司はほっとしてにこやかに笑いかける。

 ところが。

「あー、それはちょっと早いんじゃない?」

 だってほら、と美織が指差すとそこには

「ちょっと、杏樹! なんで私があんたの妹にならなきゃいけないのよっ!?」

「だってかずさのお兄さんであるつかさは杏樹の妹なのです。妹の妹は、つまり杏樹にとっても妹。当たり前のことなのですよー」

「なにが当たり前よ! そもそもおにぃはあんたの妹なんかじゃないと何度言えば」

 さっきまでとはうって変わって、またいがみ合うふたりがいた。

「ええっ!? 一体どうして……?」

「まぁ、ふたりに仲良くなれる土壌があるのは証明できたけれど、根本的な問題点は何の解決もしてないからねぇ。というわけで」

 美織が司の背中を押した。

「え、ちょっと、店長。なにを?」

「はい、ここからは話し合って決めるわよ。そのためにあんたを泊めたんだから」

「そ、そんなぁ」

「情けない声をあげないの。ほら、私も話し合いには参加してあげるから、今夜中にふたりの争いを終結させるわよ」

 美織がぐいぐいと司の背中を押して、諍いの最前線へと進む。

 もとよりかずさと杏樹の仲を取り持つのが今夜の目的だったが、当初はまぁゲームを通して多少は改善出来たらいいかなと思っていた。

 それが今は絶対ふたりを仲良くさせようと美織は意気込んでいる。

 だって見たのだ、ふたりの息のあったプレイを。

 そしてその先にある面白そうな光景を。

 だったら何としてでもふたりの仲を改善させて、その面白そうなことを実現させるしかない。

「さぁ、やるわよ!」

 美織はにししとひとり笑うと、司の背中をばーんと叩いた。

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