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ぱらいそ~戦うゲームショップ!~  作者: タカテン
第七章:〇〇〇のくせに生意気だっ!
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第六十六話:マキコマレツカサ

 香住かずさと綿貫杏樹。

 ふたりの個性的な新人が入って数日が経ち、「ぱらいそ」の毎日はさらに賑やかになった。

 具体的に言えば買取キャンペーンに、不定期開催ながらも新たなコースが加わった。

 従来の「美織に勝てば買取金額二倍」に加えて、新たに「かずさに勝てば買取金額一.ニ倍」コースが新設されたのだ。

「え、ちょっと、美織! こんなの、わたし負けちゃっても責任取れないわよ?」

「いいのよ、責任は全部私が取ってあげるから。でも当然、全部勝つつもりでやりなさいよ?」

 ちなみにこの勝負も私との通算勝敗に計上してあげるからと美織。

 かずさが美織との勝負に通算で勝ち越すことが出来れば、香住兄妹は揃って「ぱらいそ」を辞めることが出来る。そんな約束の下で美織とかずさはこれまでも何度も戦ってきた(「ぱらいそ」の営業中に。働け、おまえら)。

 最初はなかなか勝てなかったかずさだったが、持ち前の能力を発揮して、最近は徐々に勝率を上げてきている。

 今回の話はまさに渡りに船。美織より強い相手なんて滅多にいないだろうから、さらなる勝率アップが期待できる話だった。

「んー、それはいいわ」

 でも、かずさは首を横に振った。

「美織、あんたに勝ってこそ意味があるんだから。そこらへんの人に勝って勝率を上げても嬉しくないもんね」

 不敵な笑顔を浮かべて答える。

 美織もまた同じ表情をしながら「分かった」と頷いた。

「ふっ、まるで勝つのが当然と言わんばかりじゃねーか」

 そんなふたりの会話に割り込んでくる者がいた。

「俺には分かるぞ。あんなことを言っておきながら、本当は俺との勝負に負けて勝率が落ちるのを恐れているな? まぁ、それも仕方ない。この『疾風怒濤のナインテール』こと九尾様が最初の相手であるならばなぁ!」

「え? 何言ってるの、そこらへんの人」

「そこらへんの人、じゃねーよ。『疾風怒濤のナインテール』だって言ってるだろ!」

「モブ男が何を言ってるんだか」

「ぷっ、モブ男って……」

 かずさの返しに、思わず美織が噴出す。

 もっとも当の九尾は顔を真っ赤にして「香住の妹だって聞いて手加減してやるつもりだったが、そこまで馬鹿にされちゃ仕方ねぇ。本気でやってやらぁ!」と吠えた。

「うん、本気で来てくれないとこっちも困る。あんたとの戦いが少しでも美織との対戦の糧になってくれないと、やっても意味ないもんね」

「ふん、その減らず口、対戦が終わってからも叩けると思うなよ?」


 その後、こてんぱんにやられて沈黙したのがどちらかだったかは、本人の名誉の為、敢えて言うまい。

 ま、頑張れ、九尾。そのうちいいこともあるさ(多分ない)



 そしてかずさの買取キャンペーンとは別に、お客さん達から密かな熱視線を集めるふたりもいる。

「うーん、もうちょっと……もうちょっとで届くのです」

 脚立の一番上で爪先立ちをし、右手を思い切り伸ばして、ポスターを留めてある画鋲に手を伸ばす杏樹。

「ああっ、そんなに手を伸ばしたら危ないですよ」

 その下で脚立を押さえながら、司は杏樹の危なっかしい様をハラハラと見つめていた。

「やっぱり高いところのポスターはボクが張り替えたほうが……」

「何を言うですか! こんな危ないこと、妹にはさせられないのですよー」

「でも、身長はボクの方が高いですし」

「ほんのちょっとじゃないですかー。それにミニスカートのつかさが脚立なんかに乗っちゃったら、ぱんつをみんなに見られちゃいますよー」

 ちなみに杏樹は足首近くまであるロングスカートのオーソドックスなメイド服姿だから、よっぽど真下から覗き込まないと中を見られる心配はない。

「だからいつもは開店前とか、閉店後にやってるって言ったじゃないですかぁ」

「つかさのことだからひとりでやってるのでしょ? それで何か事故が起きたらどうするのですか? そんなの、お姉さまとしては認めるわけにはいかな……あ、手が届いたのです」

 手が届いた画鋲を器用に抜き取ってようやく一枚外すことが出来ると、杏樹は踵を落すも脚立に乗ったまま右手だけで新しいポスターを手渡すよう司に催促する。

「もう、あんまり無茶しないでくださいよ、杏樹さん」

「杏樹……さん?」

 司がため息混じりにポスターを渡そうとすると、脚立に乗った杏樹が高いところからジロリと睨んできた。

「何度言えば分かるのですかー。杏樹お姉さま、ですよ!」

「ううっ、でも、ボクの方が年上……」

「そんなの関係ないのです。杏樹お姉さまって呼ばないと、つかさの言うことなんて無視しちゃいますよー」

「……分かりましたよぅ、杏樹……お姉さま」

 かすかに頬を赤らめ恥ずかしそうに言葉を紡ぐ司に、杏樹はすぐににぱっと表情を一変させた。

「そうです。妹はそれでいいのですよ、つかさ」

 そして可愛い妹はそこでお姉さまの見事な仕事っぷりを見ているがいいのですと勢いよく再度爪先立ちをしようとした瞬間。

「へ?」

 杏樹の身体が突然後ろにぐらりと傾いた。

「杏樹お姉さま!?」

 あわわっと懸命にバランスを整えようと両腕を振るのも虚しく、杏樹が背中から落ちる。

 たかが一メートルほどの高さとは言え、落下の衝撃は侮れない。あわや大惨事になろうかというところを

「わわわわっ」

 司が落ちてくる杏樹をなんとか受け止めて事無きを得た。

「うわっ」

 が、突然のハプニングで用意が出来ていなかったからか、受け止めたのはいいものの踏ん張りがきかず、そのまま杏樹を抱きかかえたまま司は床に尻餅をついてしまった。

「あいたたた。あ、だ、大丈夫ですか、杏樹お姉さま?」

「……あ、うん。杏樹は大丈夫なのですよ。それよりもつかさこそお尻痛くない?」

「えっと、はい、ちょっとだけ痛いですけど」

 大丈夫ですよとはにかむ司に抱きかかえられながら杏樹はぽーとその顔を見上げる。

「……どうかしました? あ、もしかして、杏樹さんこそ、どこか怪我をしたんじゃ?」

 杏樹のいつもと違う様子に心配になる司だったが、

「なぜ、そこで『杏樹さん』に戻るですかっ!」

 声を掛けた途端不機嫌な顔色を浮かべ、抗議とともに額へ強烈なデコピンを喰らってしまった。

「いたたっ!」

「さっきはちゃんと『杏樹お姉さま』って言えてたのに……なんなんですか、もうー。司は妹としての自覚が足らないのですっ」

「そう言われても……ボク、やっぱり」

「言い訳なんか聞きたくないのですっ。いいですかー、つかさは杏樹の妹! それをこれからみっちり身体に教え込んであげるのですよー」

 杏樹が司の胸の中で暴れる。

 その様子を『ぱらいそ』の常連客たちは少し離れたところから見守りながら、こう呟くのだった。

「あんつか(杏樹×つかさ)尊い」と。


かくして杏樹はつかさちゃんとの禁断のカップリングで『ぱらいそ』での立ち位置を確保した。

 さらにかつては常連たちを罵詈雑言のマシンガンで粉々に打ち砕いた杏樹の男性恐怖症も、司で馴れてきたのか少しずつ改善されてきている。

「このゲームに目を付けるとは、男のくせになかなか分かってるのですねー」

「服と違ってゲームのセンスはいいのです」

 ……まぁ、それでも男性客への接客時にはこんな言葉が普通に飛び出すのだが。

 それでも最初が酷かったからか、お客さんたちの多くは何故か「褒められた!」と喜んだ。

 おかげで常連たちから杏樹は「辛口ツンデレキャラ」として認められ、それどころか一部の困った人たちの間では「あの容赦ない罵倒もさることながら、たまに賜るお褒めの言葉がたまらない」と密かなファンが急増中だという。


 かずさと杏樹。

 ふたりの新人を得て『ぱらいそ』はますます絶好調!

 と、表面上は見えるのだった。



「まだまだ在庫過多の傾向にありますね」

 珍しく夕食をみんなと共にした黛が、ほどよく出汁が染みこんだ久乃特製おでんの大根を食べながら切り出した。

「なによー。ネット通販始めたら解消されるんじゃなかったの?」

 美織がはふはふとがんもどきを頬張る。

「そんなすぐに効果は現れへんてー。だって単に販売ルートが増えただけやもんなぁ」

 答えながら、トロトロになったすじ肉の出来栄えに久乃は目を細めた。

「とは言ってもさ、そろそろ在庫棚もマジでやばいよー」

 ほらこのはんぺんみたいにぱんぱんと葵。

「ゴールデンウィークにはセールするんだろ? その時に気合入れて売ればいいんじゃね?」

 さすがにその時は俺も手伝うしとレンがさつまあげに箸を伸ばす。

「そんなことよりこんにゃく、まいうーなのだー」

 奈保は幸せそうだった。

「あ、あの、みなさん……」

 そんなおでんを囲むぱらいそスタッフと同じテーブルにつきながらも、何故か遠くにいるように感じてしまう司が助けを求めるような目で見つめてくる。

「誰か助けてー」

 いや、助けを求めるような、ではない。明らかにSOSを出している。

 が。

「とりあえずネット通販での出品数をさらに増やしましょう」

「ゴールデンウィークセールも今年は派手にやるわよ」

「たまごもうまうま!」

 誰一人として助けの手を伸ばそうとしない。

 何故なら。

「ちょっと杏樹! おにぃを勝手に妹にしないでよ!」

「そんなのかずさには関係ないのですよー」

「関係あるわよっ。だって、おにいはかずさのおにぃだもん!」

「はん、たかだか血の繋がり程度の妹が、私たちの関係にケチをつけないでほしいですねー」

「血も繋がってないあんたに言われたくないわよっ!」

「血は繋がってなくても、もっと深いところで杏樹とつかさは繋がっているのですよー」

「深いところって……ちょっと、おにぃ! まさか杏樹と……?」

「いやいやいや、僕、何もしてないよっ!」

「何を言ってるです。杏樹と姉妹の契りを結んだじゃないですかー」

「それは無理矢理杏樹さんが僕を妹にしただけ……って痛っ!」

「つかさ、私のことは杏樹お姉さまと呼びなさいと何度言えば」

「もう、だからってデコピンはやめてくださいよぅ」

「おにぃ、こんなヤツのことお姉さまなんて呼んじゃダメなんだからねっ!」

「部外者は黙ってるですよー」

「だから部外者じゃないって言ってるでしょ!」

 ううーと睨みあいを続けるかずさと杏樹。

 そのふたりの間でオロオロと戸惑うばかりの司。

 こんな修羅場に誰がすき好んで介入したがるというのか。

 ここ数日、何度も繰り返されている不毛なやり取りに皆巻き込まれてなるものかと静観の構えを崩さないのだった。


 とは言え。

「……でもなー、ここにもひとりだけ関係者がいると思うんだよなぁ」

「そうだよねぇ。そろそろ司クンを助けてあげないと可哀想だよー」

 レンと葵が餅巾着に箸を伸ばす美織をじーと見つめる。

「……あ、なに? 餅巾着なら渡さないわよ?」

「いや、そうじゃなくて」

 美織ちゃんこそのんびりおでんを食べている場合ではないんじゃないのと葵が言おうとしたその時だった。

「そもそもかずさだって美織お姉さまを独り占めしてるじゃないですかっ!?」

 杏樹がばんとテーブルを叩いて、いきり立った。

「杏樹だって美織お姉さまとらぶらぶな時間を過ごしたいのに、かずさが邪魔するから仕方なくつかさで我慢してあげてるのですよー。それなのにつかさまで杏樹から取り上げるつもりですかっ!」

「別にわたし、美織とらぶらぶな時間を過ごしているつもりもなければ、そもそもそっちの趣味だって」

「だーかーら、美織お姉さまのことは『美織様』って呼べって言ってるじゃないですかー。兄妹揃ってもの覚えが悪いですねー」

「なにおー!」

 かずさもキレて立ち上がる。

 司は……うん、相変わらずおろおろするばかりだ。

「……はぁ、やれやれ。仕方ないわね」

 このままでは掴み合いの喧嘩になるのも必至、さすがにそれは見て見ぬふりはできないわねとついに美織が立ち上がった。

 ……口に餅巾着を咥えながら。

「あんたたち、いい加減にしなさいよ。毎日毎日顔を合わせるたびに喧嘩ばかりして」

「だってお姉さま、こいつが」

「私は悪くない! 悪いのはこいつよ、美織!」

「だからお姉さまを呼び捨てにするなと何度言わせる気ですかー!」

 美織の介入も虚しく、再びがるるーとにらみ合うふたり。

 しかし、美織とてそれで引き下がるタマではない。オロオロするばかりの司とは違い、椅子の上で仁王立ちするやいなや

「「ふぎゃ!?」」

 かずさと杏樹が思わずハモってしまうぐらい、ガシッとふたりの頭を掴みあげた。

「あんたら、私の言う事が聞けないっていうの?」

「痛いっ! ちょっと痛いってば、美織!」

「美織様と呼びなさいといたたたっ、お姉さま、痛いのですーっ!」

 ふたりの絶叫もよそに美織の締め上げは一分近くにも及ぶのだった。


「ううっ、まだ頭が痛いよー」

「はぁはぁ、ひどいめにあったのですー」

 ふたりはテーブルに頭を抱えながら突っ伏す。さすがに今夜はもう喧嘩する力もなさそうだ。

 あとは「今日ので懲りたら、これからはもっと仲良くしなさい」と締めればいいだけなのだが……。

「よし、あんたたち、ちょっと今夜は私に付き合いなさい」

 美織のやり方は違っていた。

「美織お姉さまっ! それはつまり、ついに杏樹と大人の階段を昇る気に」

「違うわよっ! それから司っ!」

 美織が杏樹の妄想をあっさり否定し、司を見下ろす。

「あんたもよ。今晩はここに泊まっていきなさい」

 ええええええええええええっ!?

 杏樹につられてか、傍で見ていた葵やレンが何やら妖しげな妄想を膨らます中、美織が「ふふふ」と笑う。

「まったくいつまでも仲良くならないんだから。こうなったら朝までお説教だからね、あんたたち! 今夜は寝かさないわよっ!」

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