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ぱらいそ~戦うゲームショップ!~  作者: タカテン
第七章:〇〇〇のくせに生意気だっ!
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第六十三話:かずさ育成計画

「馬鹿じゃないの?」

 司が女装して働くことは、かずさにとってもメリットがある。

 そんな美織の提案を、しかし、かずさはあっさりと否定した。

「女装しているのを黙っている代わりに、おにいを私のものに出来るって、あんた、マジでそんなことを言ってる?」

 だとしたら大馬鹿ねとかずさは両手を上げるゼスチャーをすると

「そんなことをしなくてもおにいはずっとかずさのものなんだからっ!」

 ブラコンここに極まれりな発言をぶちまけた。

「かずさ……」

 自分のことより身内のことのほうがずっと恥ずかしいお年頃の司、本日一番の赤面。

 その司にかずさはがばっと抱きついた。

「あんたたちがおにいに興味がないのは分かった。だけどやっぱりおにいをこんな格好で働かせるわけにはいかないっ! 辞めさせてもらうからねっ」

 ぎゅっと抱きついてくるかずさに困った司は「どうしましょう?」と美織にヘルプを求める。

「ん、失敗したわね」

 実際には何も言わないが、美織の表情がそう語っていた。

 と言っても、このまま引き下がる美織ではない。

「仕方ないわね。だったら司を賭けて勝負でもする?」

「勝負?」

「あんたは司に女装なんてさせられないって言うけど、私たちだって司は必要なのよ。だったらどっちが意見を押し通すかゲームで勝負するしかないでしょ?」

 そう提案する美織の表情はどこか冴えなかった。

 提案そのものが苦しい選択であることもある。が、なによりも自分からゲーム勝負という圧倒的得意分野に引き込まなくてはいけない状況が気に入らないのだろう。

「あっ、それは」

 司が何か言おうとした。

「へぇ、ゲームで勝負? 面白いじゃない、受けて立ってやる!」

 が、「おにいは黙ってて」と司を押しやり、かずさが食いつく。

「こう見えてゲームはおにいといい勝負出来る腕なんだからねっ!」

「ふーん、司といい勝負ねぇ」

 それはやる前から勝敗が見えるわねと思ったが、美織は敢えて話を進めた。

「んじゃ決まりね。で、何のゲームで勝負する?」

「なんでもいいわ」

「だったら下のお店にある『スト4』(格闘ゲーム『ストレングスファイター4』の略)でいい?」

「おっけー」

 美織は立ち上がると、かずさを誘ってリビングを出て行く。

 ふたりの後を慌てて司が、そしてちょっと考えてからレンも立ち上がった。

「あれ、レンちゃんも行くの?」

「まぁ勝負そのものに興味はないけど、その後に美織と久々に一戦出来るかなと思って」

「ああ、そういうこと」

 レンが「じゃあ、ごちそうさまでした」とリビングを去るのを見送ってから葵は「ではレンちゃんのヨーグルトいただき」と手を伸ばす。すると

「おっと、そうはいかないよ。葵ちゃん、レンちゃんのヨーグルトを賭けてなっちゃんと勝負だ!」

 その手を強引に奈保に掴まれた。

「おおう、これは負けられない! いざ!」

 かくして残ったふたりでテーブルを挟んでの指相撲を始める。

「もうちょっと静かに朝食を摂れへんもんかなぁ」

 久乃の嘆きももっともだった。



「ぱらいそ」に降りると、美織は店内の『スト4』の筐体が置かれているエリアだけ明かりをつけた。

 外はすでに明るく、窓から差し込む陽の光は店内を淡く照らしていたが、一部エリアだけ明かりが灯される様はまるでスポットライトを浴びせられるステージのようだ。

「さて、じゃあさっさとやっちゃい」

「あ、ごめん。わたし、その『スト4』ってのやったことないから、ちょっと手本を見せてよ」

 筐体の電源を入れて準備を整ったところで、しかしかずさがいきなりそんなことを言う。

「え? やったことないの? よくもまぁそれで勝負する気になったわね?」

 美織が呆れるも、過去に同じような啖呵を切ったのを彼女は覚えていない。

「お、なになに、手本が必要? 仕方ないなぁ、だったらオレと美織がやってやるよ」

 仕方ないと言いながらも、レンがウキウキと自分のスト4カードを筐体に差し込む。

「ほら、美織、久しぶりにやろうぜ」

「レン、あんた手本って言う意味分かってる?」

「分かってる分かってる。最高の手本を見せてやろうじゃねーか」

 レン、そう言いながらも完全に戦闘体勢に突入。

 美織は苦笑を浮かべるも、これまた自分のスト4カードを差し込んで「んじゃやってやるわよ」と意気込んだ。


「まぁ、こんなもんかな」

 手本を見せると言いながらも、なんだかんだで二本先取で十回戦もやってしまったレンは堪能したとばかりに大きく伸びをした。

「むぅ、レンを相手に勝率五割とは我ながら情けない」

「言ってくれるね。こちとら毎日お店に押しかける猛者どもの相手をしてるってーのに」

 それでも強敵・美織相手に五勝五敗は満足できる結果なのだろう。レンの表情は晴れやかだ。

「で、どうするの? さっきのを見てて分かったでしょ? 私、かなり強いわよ」

 美織が筐体越しにレンとの戦いを見ていたかずさに問いかける。

 もとよりゲーム対決に持ち込んだ時点でフェアな勝負じゃない。かずさがビビって対戦ゲームを変更しようと言ってきても当然受け入れるつもりでいた。

「うん。わたしも大体分かった。いつでもいいよ」

 ところがかずさは何ら怖気付くことなく、レンに代わって筐体に座る。

「あ、そうだ。レンさん、さっき使っていたキャラ、わたしも使っていいですか?」

「え? いや、そりゃあ別にいいけど。でも、これ、見て分かったと思うけどとんでもなく極端なカスタマイズをしてるぜ?」

『スト4』はスト4カードを使って、自分の持ちキャラの能力を自由にカスタマイズ出来るのがウリだ。

 そしてレンが使っているのは、かつて「ぱらいそ」の買取キャンペーンの継続を賭けて戦った時に美織が出してきた究極仕様。鬼難易度なコンボを放つことにより相手をたった一度の接触で死に追い込むワンターンキルが出来ないかと様々な能力を少しずつカスタマイズした結果、ヒットポイントはたったの一ドット分しかない。

「オレや美織以外には使いこなせないと思うけどな」

 そんなレンの呟きが聞こえているはずにも関わらず、かずさはレンのカスタマイズキャラを選択する。

「さぁ、こてんぱんにしてやるんだからっ!」


 結果を先に言うと、こてんぱんにされたのはかずさの方だった。

「あーん、もう! そんなさっきのお手本で見てない攻撃を使ってくるなんて卑怯よ、あんたっ!」

 バンバンとコンパネを叩く。

「それからおにい、余計なことを教えないでよっ! 負けちゃったじゃないっ!」

 さらに筐体をゲシゲシと蹴って、戦況を見つめていた司をジロリと睨み上げた。

「ご、ごめん」

 その迫力に思わず謝ってしまう司だったが、かずさは無視してウキーと立ち上がると

「まだよ、まだ勝負はついてないわっ! だって勝負は一回だけなんて言ってないもんねっ!」

 筐体の向こう側に座る美織に向かって吠えた。

 しかし美織はそんなかずさを無視して、司を手招きすると

「ちょっと、あんたがさっき言った『妹は何でも見たものをそのまんまコピーする』ってマジなの?」

 と興奮気味に確認する。

「信じられないかもしれないですけど」

 ホントですと頷く司の言葉に、美織は身震いするのを感じた。

 そんな漫画みたいなことが本当にあるのだろうか?

 いまだに疑ってはいる。

 でも、実際に美織は見たのだ。

 二本先取の一本目に、自分やレンぐらいにしか使えないであろうワンターンキルコンボもどきを決めてみせるかずさを。

 そして司の助言を聞いて、さっきのお手本で使っていない、スキが大きすぎてまず当たらない攻撃を試してみたところ、腕利きであるはずのかずさがあっさり喰らう様を。

 鬼難易度のコンボを楽々と決める反面、ありえない攻撃を被弾するという二律背反。全ては司の言っていることが本当だと示している。

 まったく世の中にはトンデモナイ人間がいるものだ。

 だからこそ面白い!

「えっと、かずさって言ったっけ、あんた?」

 美織は筐体の上から身を乗り出して唸るかずさを見上げた。

「そうよ。それがなに?」

 不機嫌そうに答える。負けたのになんてふてぶてしい。

 だけど嫌いじゃなかった。

 むしろ親近感を覚える。

「私は美織。晴笠美織よ」

 美織は自分も立ち上がった。

 かずさと視線を同じ高さにしたかったからだ。

「そんなの知ってるし。それよりも早く次の戦いを」

「いいわ。でも条件がある」

「は? 条件?」

「そう。さっきは私が勝った。だから司は引き続き『ぱらいそ』で働く。でもよくよく考えてみれば、司はもともとうちの従業員よ。勝ったところで私のメリットがないじゃない」

 だからと美織は睨みつけて来るかずさに負けじと口元を吊り上げる。

「ここからの勝負はあんたたち兄妹を賭けてもらうわ」

「……どういうこと?」

「簡単に言えば、かずさ、あんたも『ぱらいそ』で働きなさい」

「ええっ!?」

「通算で私に一勝でも勝ち越せたら、兄妹ともに身元を解放してあげる。だけど、それまでは『ぱらいそ』で働くこと。これが条件よ」

 驚愕するかずさに、美織は自信たっぷりのドヤ顔でそう告げた。



「で、妹さんも『ぱらいそ』で働くことになった、のは分かったんだけどさー」

 翌日、葵はカウンターに頬杖をつきながら、試遊台コーナーに張り付いているかずさを眺めていた。

 朝に「こんな恥ずかしいの、着られる訳ないじゃないっ!」と美織が用意してきたフリフリフリルがいっぱいなメイド服を巡って一悶着あったものの、今はもう全然気にしていないみたいでなかなか似合っている。このあたりの見立てはさすがは美織といったところか。

 ただ、

「すごい戦力になるって言ってたくせに、ひたすら美織ちゃんの相手をさせられてるだけじゃんかっ!」

 そっちは十分に足りてるじゃん、それよりもお店を回す戦力を補充しろよと、葵は美織の人事に異議を申し立てる。

 実を言うと司の妹も「ぱらいそ」で働くことになったこと、さらには戦力になると聞いて、葵としては珍しく結構やる気になっていたのだ。

 あの美織に面と向かって楯突くことのできる性格はやや難アリだが、それも兄である司を慕うがゆえ。だったらそれを逆に利用してやればいいんじゃないか、と。

 具体的に言えば、大好きなお兄ちゃんと一緒ならばきっとよく働いてくれるだろう。そうすればあたしはもっとサボれるじゃん、と。

 だから葵はかずさに優しく、ありとあらゆる仕事を押し付けて、もとい教えてあげようと思っていた。愛しいお兄ちゃんとの時間を邪魔しないよう、時にはそそくさと休憩室へと引っ込みサボリ放題、ではなくて気遣いをみせてあげるのも決して厭わない、厭うわけがない。

 新人教育と言うのは結構大変な仕事ではあるが、葵からしてみれば苦労に十分見合う恩恵が期待できる。これは俄然やる気になるというものだった、のだが……。

「なんでも店長、かずさにゆくゆくは自分の代わりを務めさせるつもりみたいで」

 司はひとしきりわめいた後ぐったりと落胆する葵を宥めながら、思わず苦笑する。

 葵のさもしい野望に気付いた、というわけではない。

 昨日の興奮する美織が話した内容を思い出したからだ。


 * * *

 

「司、その昔に『ストレングスファイター2』のアニメ映画があったのって知ってる?」

「あー、なんかそういうの、あったそうですね」

「その時に映画を題材にしたゲームも出たのよ」

「はぁ」

「それがね、サイボーグに映画のシーンを見せて技を覚えさせ、最終的にはシリーズ主人公のカズと戦わせるのが目的のゲームなのよ。私、お爺ちゃんから貸してもらってやったけど、結構好きだった」

「へぇ、変わってますね」

「今、その時の興奮を思い出したわ」

「……え?」

「この手で私のライバルとなる者、いや私を打ち倒す者を作り上げる。これは燃えるわ!」


 * * *


 妹をゲーム感覚で育てないでとは思ったものの、かずさなら将来的に「ぱらいそ」の戦力になるのは確かである。

 加えて司が抗議したところで、もはや事態は変わることはないだろう。

 美織はかずさを育てる気まんまんだし。

 かずさもまた最初は突然のバイトスカウトに驚いたものの、美織を打ち倒して司を奪取するんだとその気になってしまった。

 このふたりがやる気になったのだ。どうして司に止められるだろう?

 でも、それにしても、と司も試遊台コーナーで今も対戦に盛り上がるふたりを見やる。

「ぎゃー、また負けたー!」

「かずさもまだまだねー。そんなんじゃいつまで経ってもうちで働いてもらうことになるわよ」

「く、くそー。次よ、美織! 次はパズルゲームの『にょっきにょき』で勝負! 絶対勝って、勝率を一割に乗せるんだから」

 見てなさいよと意気込むかずさに、満面のドヤ顔で受けて立つ美織。

 かずさが店長である美織を呼び捨てにするのはどうかと思うけれど、当の本人はまるで気にした様子はない。

 また、かずさも美織は倒すべき敵だと公言して止まないけれど、幾度となく繰り返される戦いの中でどこか友情めいたものが芽吹いたようだ。

 時折、買取キャンペーンや野良試合で美織が他の客と戦っている時、その背後で「負けるなー、美織。ガンバレー」と大声で応援していたりする。

 まぁ、買取キャンペーンで美織の勝利に「ひょっほぅ」と喜んでいるのは、店員としてちょっとどうかとは思うが。

 それはともかく、ああ見えて存外にふたりは気が合うのかもしれない。

 美織に反発するかずさの姿にもっとギスギスした雰囲気になるかと恐れていた司だったが、なんだかホッとした。お客さんたちも最初のうちこそかずさの存在に戸惑ったものの、その無邪気な姿が幸いしたのか、なんだかみんな優しい目でふたりの対戦を後ろで見ていたりするのも安心した(もっとも司としては多少兄として危機感を覚えるのだが)。

 もちろんずっとこのままでは困るし、そのうちかずさにはレジやら買取やら基本的な仕事を覚えてもらう必要がある。だけど今はこうして「ぱらいそ」に馴れて楽しんで欲しい。そうすればかずさだって自分が自ら女装してまで働きたいと願う「ぱらいそ」の魅力が分かるはずだと司は確信する。


 なんだかんだであったけれど、やっぱり今回も全てが順調……そう思っていた。

 だから別の嵐がもうひとつすぐそこにまで来ているなんて、司はおろか誰一人として気付く者はいなかった。


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