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ぱらいそ~戦うゲームショップ!~  作者: タカテン
第七章:〇〇〇のくせに生意気だっ!
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第六十一話:お騒がせ春一番

「ネット通販ねぇ……」

 その日の夜、営業が終わって夕食を囲む時間になっても、いまだ美織は納得いかない表情でぶつくさ言っていた。

「私、ネット通販ってどうも好きになれない。やり取りに血が通ってないっていうか、ぬくもりがないっていうか……」

 久乃お手製餃子の皮を箸でつついて破り、中の具財をかき混ぜながら愚痴る。

「そもそもネット通販も今のゲームショップの苦境を招いた張本人じゃない。いわば敵よ、敵。そこにただ儲かるから参戦するってのは」

「あー、もううっさいなぁ。そんな決まったことをぐちぐち言うような子に、うちの餃子を食べさせるわけにはいかへんでぇ」

 ついに久乃が怒って、美織がつつく餃子の乗った小皿を取り上げた。


 ☆☆☆


 数時間前。

「……はぁ、あなたに期待にした私が馬鹿でした」

 美織の答えを聞いて、黛がかぶりを振りながら失望を顕わにした。

「な、なによー、店にモノが溢れているんだから、新しい店を出すかって当たり前の考えじゃない!?」

「あんなぁ、美織ちゃん、ゲームと違って現実ではそうポンポン新たな店を出すのは難しいんやでぇ」

 久乃がフォローする。が、

「それぐらい知ってるわよっ!」

 微妙に残念な子を宥めるような言い方に、美織が顔を真っ赤にして反論した。

「でも今がチャンスじゃない!」

「チャンス? どちらかと言えば、在庫過剰の為にやむなくって印象の方が強いのですが?」

 どういうことですか、と問いかける黛。

「馬鹿ねぇ、よーく考えてみなさい。カオルが抜けて、あんたが前にいた店は相当にぐらついているはずだわ。今なら一気に叩き潰せる。そうしたらあの大きな店舗はこが空くってわけよ」

「ああ、そういうことですか」

 黛は納得した表情を浮かべるも

「無理ですね」

 即座に頭を横に振って否定した。

「なっ? どうしてよ?」

「私の代わりのエリアマネージャーなんていくらでもいますし、なによりゲーム部門のシェアを『ぱらいそ』に奪われたと言っても、あの店にとってゲームは単なる副商材のひとつです。メインとなるレンタル部門は周りにこれといったライバル店もないので好調でしたから、撤退することはありえません」

 それにいいですか、と黛は付け加える。

「仮に撤退し、あの建物が売りに出されるとして、どれだけの値がつくと思います? とても今の『ぱらいそ』が捻出できる額ではありませんよ。それともまたあなたのお爺様に泣きついてみるおつもりで?」

「ちょっと、いつ私がお爺ちゃんに泣きついたって言うのよっ!?」

「さらに言えば『ぱらいそ』と同じエリアに新店舗を出してどうすると言うのです? それでは顧客の新規開拓ではなく、今いる顧客をただ二店舗に分散させるだけではありませんか」

「そ、それは……じゃなくて、先に私の質問に答えなさいよっ! 私がいつお爺ちゃんに」

「極めつけとして、美織、あなたは大切なことを忘れています」

 黛がぐいっと身体を乗り出して、美織を睨み降ろす。

 ふたりの背格好からして当然の構図なのだが、普段は美織がその小さな体にも関わらず周りを見下ろすような態度を取るので、逆に彼女が圧倒されている様子は傍から見ていた司にはとても新鮮だった。

「な、なによ?」

「あなたのことですから、新店舗でも今と同じようなサービスを提供するつもりなんでしょう? だとしたら買取キャンペーンの為に私かあなた、どちらかが店を移る必要があります」

「いいじゃない、私としてはいちいちあんたからお説教を喰らわずに済んでせいせいするわ」

「でも、あなたが学校に行っている間のキャンペーンはどうするつもりです?」

「あ」

「あ、じゃありません。まったく、そのために『モンハン』(『モンスター×ハンター』の略)で対戦したのを忘れたのですか?」

 と言うわけで新店舗の話はナシです、と話を締めくくる黛に美織が「うー」と唸り声をあげるも反論できない。それもまた司からすればとても珍しい光景だった。


☆☆☆


「餃子、返せー」

「返さへん! てか、うちが美織ちゃんのも」

「ぎゃー、食べるなッ、私の餃子―!」

 久乃に餃子を取り上げられてぎゃーぎゃー騒ぐ美織をよそに、

「ごちそうさまでした」

 司はお箸を置くと両手を合わせて軽くお辞儀をした。

「お、早いな、司。ちょっと待っててくれ、オレもすぐに食べ終えっから」

 自分の食器を流し台へと持っていく司に気付いて、レンが葵とのおしゃべりをやめて猛スピードでご飯を掻き込む。

 最近ふたりは発売されたばかりの『侍プロ野球魂』(通称『サムプロ』)で対戦するのが日課となっていた。

 育て上げた選手をプロ選手へ、そして活躍してメジャーへ、最終的にはWBCワールドベースボールクラシックで侍ジャパンの一員となり、世界一を目指す育成モードが最大のウリなこのゲーム。が、もちろん、普通の対戦モードもあるので、ふたりは発売日から今日まで毎日贔屓チームを率いて対戦をするのが常となっていた。

 ちなみにレンの贔屓チームは広島東洋カープ。燃えるぜ男気。

 司は日本ハムファイターズ。高まれ二刀流。

「ごめんなさい。今日はちょっと」

 が、今日は残念ながら雨天中止となりそうだ。

「え、なんだよ? 今日は『サムプロ』やらないのか?」

「うん、ちょっと用事があって」

「マジかよー。なんだよ、せっかく昨日育成でアニキカネモトを作ったから試合で使おうと思ってたのになー」

「僕も昨日徹夜でサムライオガサワラを作ったんだけど、急に妹が遊びに来るって今朝メールがあってさ」

 司は残念だけどと苦笑いを浮かべる。

「あれ、司くんって妹さんがいたんだぁ?」

 どこか意外とばかりに声をあげたのは奈保だ。

「あ、はい。ひとつ年下なんですけど」

「へぇ。だったらこの春、高校一年だねぇ」

「どこの高校に行くか聞いたの?」

 葵の質問に司は「なんかかなりいいところに受かったって話は聞いたんだけど」と前置きをした上で首を振る。

「なんか明日来る時までナイショらしくて」

「ふーん。でも、そんないいところに受かるなんて妹さん、頭いいんだな」

「まぁ、ある意味、天才、かな」

 答えながら自分の食器を軽く湯ですすいで食器乾燥機に入れると、司は濡れた手を拭くのもそこそこに鞄を手に取った。

「じゃあ帰りますね」

「うん。妹さんによろしくねー」

 いまだ餃子の件で口論中の美織と久乃のふたりを除くみんなに見送られて、司は部屋から出て行く。

 しばらくするとエレベーターが、最上階オーナーフロアに上がってきた「チン」と鳴る音が響いた。

「ところでさ」

 司が完全にいなくなってから、葵がふと思いついたように皆に尋ねる。

「妹さんが明日やってくるから今日は早く帰るって、なんでだろうね?」

「あー」

 言われて考えるも、どうやら皆、予想するのはひとつだけのようだ。

「まぁ、ああ見えて司も男だからな」

「そうだね、いくらあんな可愛い女の子に化けても、実際はあたしの描いたエロ本を買いにコミラ(同人誌即売会イベント・コミックライブの略)まで行っちゃう人だからね」

「なっちゃんはそれはそれで正常な男の子の姿だとは思うんだけど、お店の司くんを見てるとなんだか複雑な気分になっちゃうよ」

 誰からともなく溜息が零れた。


 三人にそんな失礼な妄想をされているとは露にも思わず、司はボロアパートへの帰路を急いでいた。

 今朝、妹から突然「明日、そっちに遊びに行くよー」とメールが来た時は驚いた。

 実家とは遠く離れているため、これまで妹はおろか、両親すらも訪れたことはない。もちろん若い身空での一人暮らしを心配をしてくれてはいるものの、大丈夫だからの一点張りで敢えて来させないようにしていた。

 何故なら「ぱらいそ」での姿を万が一にでも見られるわけにはいかないからだ。

 厳しい家柄ではないが、さすがにあの姿を家族に見られるのはマズいし、なにより恥ずかしい。

 だから明日、妹がやってきても「ぱらいそ」には絶対近付かせないつもりだ。

 きっと父さんたちから職場の様子を伺ったり、お世話になっている人へのお礼なども言いつけられてはいるだろう。

 が、田舎から出てきた、遊びたい盛りの妹のこと、ちょっと面白そうなところをちらつかせば言いつけなんてすっかり忘れて飛びついてくるだろう。

 そのあたりは昨年まで一緒に暮らしていた仲だから自信がある。

 ただ同時にもうひとつ、やはり同じ時間を長く共にした間柄だから確信していることもあった。

(今夜のうちにアレを厳重に隠しておかないと)

 だからこうして今、急いで帰宅している。

 司のアパートは「ぱらいそ」と駅を挟んだ反対側にある。

 いつもは少し面倒ではあるものの階段を登り下りして駅の中を通っているが、今日は珍しく開かずの踏切が開いていたのでそのまま突っ切った。

 線路沿いに植えられた桜の木がうっすらと色付き始めている。

 本格的な春がすぐそこまで来ているのを感じた。

 駅の向こう側に出ると、司はアパートが面している大通りではなく脇道に足を進める。やや遠回りではあるが、飲み屋が立ち並ぶ大通りは夜になると酔っ払いが多い。変に絡まれても怖いので、夜に帰る時は概ね民家が立ち並ぶ脇道を利用していた。

 脇道を歩くこと五分程度で見えてくる二階建てのアパート。優に築三十年は経っているであろうボロアパートだが、司にとっては自分の城だ。まだ夜は始まったばかりの時間ではあるものの、やたらと足音が響くサビだらけの階段を出来るだけ音がしないようそおっと上がる。階段を昇って右に歩くこと三部屋目、二階の東側の角部屋が司の部屋だった、のだが……。

「あれ?」

 階段を昇ったところで気がついた違和感、それは部屋の小窓から溢れ出る光だった。

 最初は隣りの部屋と見間違えたかと思った。

 隣りはかつて「ぱらいそ」のライバル店に勤めていた黛が会社から与えられた部屋だ。もっとも黛は都内に家があり、その時も、そして今も仕事が終わるとすぐにそちらへ帰ってしまう。だから今年の初めぐらいまでは空き部屋同然だった。が、黛が退社して「ぱらいそ」へ移り、ライバル店に新たなエリアマネージャーが着任してからはほぼ毎日使われている。

 もっとも帰宅される時間はとても遅く、司が知る限り、こんな時間にいることはほとんどない。

 そして事実、光が溢れ出ている小窓の部屋は隣りではなかった。

 二〇七号室。司の部屋だ。

 朝、家を出る時に明かりを付け忘れたのだろうか。

 司は記憶の奥底を辿ってみるも、そんなミスは考えにくかった。

 心配性の司は部屋を出る時、窓の戸締りを怠らないどころか、留守中のトラッキング火災を恐れて家中のコンセントを抜くようにしている。部屋の鍵も締めた後に必ず二回、ドアノブを回して開かないかをチェックする。そんな司が部屋の明かりを消し忘れるなんて、よっぽど急いで家を出ない限りは考えられない。

(今朝はいつも通り余裕を持って出たはずだけど……え?)

 さらに司は異変に気付いた。

 かすかにだが部屋の扉が壁から浮き出ている。

 試しにそっとドアノブを回して引いてみると、本来なら施錠していてガチャっと引っかかるはずが、何の抵抗もなくわずかに開いた。

(これって……)

 俄かに緊張が高まる。

 留守中の自分の部屋に明かりが灯り、さらには鍵まで開けられている。

 となると考えられる可能性は……。

 と、そこで司は少しだけ開いた扉の隙間から、玄関に見覚えのある靴を見つけた。

 自分の靴ではない。

 でも、どこかで見たことがある。最近はとんと見てなかったけれど、昔はよく見たような……。

「かずさ!」

 気がつけば司は妹の名前を口に出して、扉を開いていた。

 どこかで見覚えがあると思ったら、なんてことはない、一年前まで住んでいた実家でよく自分の靴の隣りに並んでいたもの、つまりは妹の香住かずさの運動靴だ。

 明日来るはずの妹がどうして今自分の部屋にいるのか。気になると言えば気になるけれど、今一番の懸案事項はそれじゃない。

 あの妹が部屋にいる。しかも留守中に。

 それがどれだけ危険かを司は身に染みて分かっていた。

 実際、実家にいた時にもひどいめにあわされている。今回はあの時の悲劇を繰り返さないぞと来襲の前日に完璧な対策を取ろうとした。が、すでに妹は一人暮らしをする司の部屋へ侵入している――。

 こうなると司にできるのはただひとつ。

 祈るのみ、だ。

「おにい……」

 妹はキッチン奥の六畳間にいた。

 一年以上会ってないから少しは成長しているかなと思っていたが、そうでもない。「おにいちゃん」じゃなくて「おにい」と呼ぶところも、子供っぽいツインテールもそのまんまだ。

 その妹が入ってきた司に背を向けたまま、おかえりなさいの言葉もなく、ただ「おにい」と呟く。

 その反応、声の様子で司には分かってしまった。

 祈りは通じなかった、と。

「おにい、なんなの、コレ!?」

 逆上した声をあげてツインテールを大きく揺らし、振り返る妹のかずさ。手には司がなんとしてでも隠しおおせたいものの数々が握り締められていた。

「お前、また僕の部屋を勝手に探索して」

「おにいの変態っ!」

 主導権を取るべく強い態度に出ようとしたところを、あっさりひと言で言い返されてしまう。

 約一年ぶりの再会、玄関開けて一分経たずの罵声は予想以上にぐさっときた。

「いや、それは」

「おにいが、あの優しかったおにいが、都会の毒に侵されちゃったよぅ」

 さらにさめざめと泣きだすからたまったものではない。どうしようかと司がオロオロしていたら、かずさは突如キッと涙に濡れた顔を引き締めて、

「そんなに女の子のぱんつが欲しいなら、わたしのをあげるのに!」

 と、手にしていた司の《《女性用》》のぱんつや衣服を放り投げてはスカートの中に手を突っ込み、あろうことか司の目の前で下着を脱ごうとした。

「かずさっ、何をしようとしているんだよっ!?」

「だって、大好きなおにいが下着泥棒なんて、かずさ耐えられないよっ! だったらわたしのぱんつを」

「違う違う、下着泥棒なんてやってないっ! てか、アパートの人に聞かれたら誤解されるから物騒なことは言わないで!」

「だったらこの部屋にあった女の子の下着とか服とかどう説明するの? はっ、まさか、おにい、一人暮らしをいいことに女の子を自分の部屋に呼び込んで……」

 かずさの目元にまたまたじわーと涙が浮かんでくる。

「わたしという可愛い妹がいながら、他の女に手を出すなんて信じられないよっ! おにいの鬼、悪魔、変態、シスコン!」

 そしてぽかぽかと司に殴りかかってきた。

 あー、と司は殴られる肩よりも、頭の方が痛くなってきた。

 一歳年下の妹のかずさはお兄ちゃん大好きっ子だ。

 まぁ、それ自体はいい。兄として妹に嫌われるより好きでいてもらえる方がはるかに嬉しい。

 が、限度というものがある。将来絶対お兄ちゃんと結婚すると子供の頃からずっと言い張る正真正銘血の通いあう妹は、司が他の女の子と仲良くしていたら嫉妬して邪魔しようとするし、愛しのお兄ちゃんのことなら何でも知りたいと実家にいた頃は司に内緒で部屋をしばしば探索された。

 その結果、隠しておいたぷるぷる堂(作者本人はぶるぶる堂と言い張る)の青年男性向け同人誌やその他お宝を見つけられ、今みたいに泣き喚かれた挙句、ナイショにするかわりにデートを請求されたこともある。

 まさにブラコンここに極まれりな妹だ。司とて普段はかずさを可愛い妹として大切にしているものの、正直この妹にシスコン呼ばわりはされたくない。

「かずさ、ちょっと落ち着いて」

 とにかくいつまでもぽかぽか殴られていても仕方がない。

 司はかずさの両手を強く握ると、ずいと顔を近づける。

 両手を拘束され、もがくかずさだったが、司の顔が必要以上に近付くと顔をぽっと赤らめた。

 何を勘違いしているんだか。

 ま、それはともかく、隠しておきたかったものの、見られてしまった以上どうしようもないと司は観念して事情を説明する。

「あの下着や服は、実は僕が着ているんだ」

「えっ!?」

 思わぬ司の告白に、かずさが驚いて目を大きく見開く。

「実は僕」

「わーん、おにいがおかまさんになっちゃったー」

 が、説明する間もなくかずさがイヤイヤと身体を揺らすと、目の前にある司の顔面目掛けて頭突きをかましてきた。

 昼間、ぱらいそでも美織が久乃に頭突きをかましたが、あの時は身長差があって久乃の胸に顔を押し当てるような形になった。しかし、司とかずさのふたりに身長差はそれほどない。おまけに司はかずさに自分の話を言い聞かせようとして顔を近づけていた。

「ぶはっ!」

 結果、かずさの頭突きをもろに喰らった司は痛みにしばし床をのたうちまわることになるのだった。


「おにい、ちょっとそこへ座りなさい」

 数分後、ようやく痛みが収まったところで事情を詳しく話したところ、かずさが神妙な面持ちで口を開いた。

「座りなさいってもう座ってるけど?」

「そうじゃなくて、正座しなさいって意味に決まってるでしょ!」

 かずさが声を荒らげて命令してくる。

 正直、おにいちゃん大好きっ子のかずさがいくら怒ってきても怖くもなんともないが、ここで無視したら何かと揉めるような気がしたので素直に司は正座に足を組み替えた。

「よろしい。では改めて確認します。あの女の子の下着や服は全部おにいのものでいいですか?」

「はい、よろしいです」

「次に。その理由はバイト先のゲームショップでおにいが女装させられているから。これであってますか?」

「はい。あってます」

「そんなバイト、辞めちゃえーーーーーーーっ!」

 いきなりかずさが切れた。

「坊主頭のおにいを女の子にって、なにそれ!? メイドゲームショップじゃなくて、オカマゲームショップの間違いなんじゃないの!?」

「いや、一応お店ではかつらを被っていて」

「でも、おにいはおにいでしょ。絶対キモいじゃん!」

「それが結構可愛くなるんだよ、自分でも驚くぐらい」

「で、女装がバレるのを防ぐ為に下着も女の子ものを穿いているって……」

「僕も最初はすごく抵抗があったんだよ? でも、実際後ろからぱんつ見られちゃったこともあって、あの時にもし男物の下着を着ていたら今頃は……」

「おまけにそのお店の人たちと外出する時の為に、女の子の服も持っている、と?」

「ははは、お店の中ではもう慣れっこになっちゃったけど、やっぱり外をあの格好で歩くのはいまだにドキドキ」

「ちょっと、おにい! まさかとは思うけど、女装を楽しんでない!?」

 言われて司ははっとした。

 女装はあくまで「ぱらいそ」で働く為に仕方なくやっていることだ。

 今こうしてかずさの責めに反論しているのだって、すべては「ぱらいそ」で続けて働く為。

 決して女装が好きでもなんでもなく、ましてやそれを楽しんでいるわけなどない。

 だけど言われてみれば一年前と比べてかなり抵抗がなくなってきていることに気付かされた。

 司、ちょっと、いや、かなりショック。

「とにかくわたしは反対だからね、そんなバイト。確かにおにいがそこの人から学費とか色々お世話になっているのは知っているけど、だからと言って女装なんてさせられないよっ!」

 それにそのお店、メイドゲームショップだからカワイイ女の子がいっぱいいるんでしょ、なおさら絶対ダメだよと言い張るかずさ。

「よし決めたっ。明日朝一番でそのバイト先に行こう!」

「なんでっ!?」

「おにいにそんなバイトは無理ですってわたしから言ってやるの。親族代表としてね」

 聞けばやはり両親から司のバイト先に挨拶するよう強く言われていたらしい。だけどこのままでは挨拶どころかクレームになってしまいそうだ。

「んで、きっちり話をつけた後に、わたしの下宿先を探すのを手伝ってよ、おにい。わたしとしてはおにいと一緒に暮らしたいけど、ここもそのお店のオーナーさんが用意してくれているんでしょ? さすがに妹のわたしまで一緒にお世話になるのは申し訳ないから、あんたはちゃんと下宿先を探しなさいよってお母さんに言われてるんだ」

 おまけになんかとんでもない事を言ってきた。

「え、下宿先って……それってどういう……」

「だってわたし、春先からこっちの学校に通うんだもん」

「ええっ!? 聞いてないよ?」

「うん、言ってないもん。だって、おにいをびっくりさせたかったし……」

 かずさがにやぁと、なんだか美織を彷彿とさせる笑顔で、司の顔を覗き込んできた。

 その表情に司は嫌な予感が走る。

 そもそも司と違い、かずさは別にこっちの高校に通わなきゃいけない理由なんてない。

 地元の高校で十分なはずだ。

 なのにわざわざこっちにやってきたってことは……。

「まさかかずさ、受かった高校って……?」

「うん、わたし、花翁高校に受かっちゃった! この春からまた一緒の学校だね、おにい」

 その言葉も、そして突然抱きついてきたかずさの身体も無理矢理受け止めさせられた司は、正座したまま半ば呆然自失気味に天を仰いだ。

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