第五十七話:狩る者と狩られる者・前編
「おい、つかさちゃんが店長と『モンハン』バトルだってよ」
「マジかっ!? てか、つかさちゃん、『モンハン』やるんだ?」
「つかさちゃんの隣りにいる奴、誰だよ?」
「……それよりも雰囲気がおかしくねぇか? なんかピリピリしているっつーか」
いつもなら注目されることを楽しむ美織だったが、今日に限ってはそんな気分にはなれないらしい。集まってくるギャラリーたちを「ふん」と見回しながら、さっさと終わらせるわよとばかりに
「じゃあ『モンハン』(『モンスター×ハンター』)のバトルでいいのね?」
対戦の壇上に上ると、携帯機を手に取って今一度確かめた。
司と黛は首を黙って縦に振る。
『モンハン』は世に多くある共闘ゲームのひとつである。が、他と一線を画すのが、このプレイヤー同士が戦うことの出来るバトル要素だ。
モンスターを狩るハンター側のプレイヤーと、そのハンターを迎え撃つモンスター側のプレイヤー……最大四対四で戦うことが出来るが、変則マッチにも対応している。
今回はモンスター側の美織に対して、ハンター側の司と黛という一対二の対戦となった。
「それじゃあ始めるわよ」
三人が手に取る携帯機の液晶モニターに加え、美織のものから繋がれている店内の大型モニターにバトルフィールドが映し出される。
『モンハン』は広大なフィールドに様々な地形が存在するオープンワールド的な要素も存在しているが、バトルモードの戦場は公平を期する為に一キロ四方程度のランダム成形。どのような地形になるかは完全な運任せなのだが……
「ふふん、運が悪かったわね、あんたたち」
美織がもはや勝ったも同然とばかりに鼻で笑う。
美織の操る巨大な竜・ギガンディレスの目の前に平坦な荒野が広がっていた。
レーダー機能がない『モンハン』において、敵の姿を確認出来るか出来ないかは勝敗を大きく左右する。
その点においてゲーム中最大の大きさを有しており、その身を隠すことが出来ない美織のギガンディレスは不利だ。地形によっては自分の位置は相手にバレているのに、こちらはどこに敵が隠れているのか分からない状況に頭を悩まされることになる。
下手に動いては敵の仕掛けたワナにかかったり、逆に動かずにいても遠距離攻撃でちくちく体力を削られる。いざとなれば空中に舞い上がり、あてずっぽうで敵が潜んでいそうな森をファイアーブレスで焼き尽くすことも出来るが、強力な攻撃はその後の隙も大きい。むやみやたらと使っていては、手痛い反撃を食らうのが常だ。
圧倒的な戦力を誇る巨体であるが故のハンデなのだが、しかし、今回はそんな心配をする必要はなさそうだ。
おまけに。
「ひとり、みーつけた」
距離にして百メートルと言ったところだろうか。荒野の一角に重戦士の姿を捕らえた。
竜族の鱗から作ることの出来る、ごつごつとした突起のある鎧に身を包み、自分の丈ほどもある大剣を構えている重戦士……美織の知る限りでは司がこのキャラを使っていたはずだ。
が、もうひとりの姿を確認できない以上、これが司のキャラだとは限らない。
さて、もうひとりはどこに……。
パン、パァン!
突然乾いた音が戦場に鳴り響いたかと思うと、美織のギガンディレスの右肩と右首に一発ずつ被弾した。
「なるほど、もうひとりは砲撃手で来たのね。『狙撃』とはいえ、首元に当てるとはなかなかやるじゃないの」
相変わらず姿は見えないが、受けた攻撃から敵のクラスが察知出来た。
同時に司たちの作戦も見えてくる。
遠距離から銃弾で攻撃する砲撃手が美織の動きを牽制し、そうして生まれた隙を接近戦のエキスパートである重戦士が突くつもりなのだろう。
悪くはない作戦だ。が、
「やっぱり運が悪いわね、あんたら」
それも全ては砲撃手が隠れることの出来る場所が豊富にあってこそ。今でこそまだ砲撃手の姿は確認できないが、見渡したところ隠れそうな森やブッシュは限られている。遠距離から攻撃されるのは厄介ではあるものの、どこにいるのか分かれば対処は容易く、致命的な攻撃を受ける確率は激減する。そうなれば攻撃力に劣る砲撃手など恐れるに値しない。
「このフィールドであれば重戦士ふたりによるヒットアンドアウェイの方がまだ厄介だったわね、ざーんねん!」
先ほどから煽りまくる美織、確かに状況はここまで彼女に有利なものとなっている。
とは言え、実は口先ほどの余裕でもなかった。
理由はただひとつ。
目の前にいる重戦士の姿に、先ほどからどうしようもない苛立ちを感じているからだ。
最初に重戦士の姿を捕らえた時、これは司ではなく、インテリヤクザのキャラだと自分に言い聞かせた。
でも、もうひとりが砲撃手と判明した以上、もはや目の前の重戦士は司だと考えるのが妥当だろう。
さらに。
「黛さん、店長の言うことに惑わされないで、変わらず狙撃をお願いします」
「分かりました」
そんなふたりのやりとりが、お互いのキャラを決定付けた。
決まりだ。
目の前に立ち塞がる、最高ランクの装備を身に付けた重戦士。およそ途方もない時間をかけて育て上げられたそれを、いつもの美織ならば「凄いじゃない! やるわねっ、司!」と褒め称えたことだろう。
なのに今は出来ない。何故ならもはや司は敵だから。
しかも自分を倒す為に日々隠れて重戦士を育てていたと考えると、ますます心穏やかにはなれなかった。
「ふん、いつまで砲撃手ばかりに攻撃させるつもり? つかさ、あんたのその大袈裟な武装は見掛け倒しなのかしらっ!?」
それでも美織は強がって司を挑発する。
先ほどからインテリヤクザが操っているのであろう砲撃手の放つ銃弾が何発もギガンディレスに被弾するも、その厚い装甲を打ち破るには到底至っていない。当たり前だ。よほどの隙がない限り、攻撃力に劣る砲撃手にギガンディレス討伐は荷が重すぎる。司だってそれは分かっているだろう。
にも関わらず砲撃手が攻撃の手を緩めないのは、ひとえに重戦士である司への援護射撃のはずだ。
なのに司は動かず、じっと戦況を見守っている……。
「ああ、もう。そっちが来ないなら、こっちから行ってやるわ!」
美織のギガンディレスがかすかに腰を沈めたかと思うと、巨石のようなゴツゴツとした脚で地面を力強く蹴り、まるでそこだけが夜になったような漆黒の翼を広げて、巨体を宙へ浮かびあがらせた。
そして地面すれすれに滑空し、重戦士めがけて突っ込んでいく。
幾ら強固な装備で身を固めていても、このぶちかましはたまらないだろう。
が。
重戦士との衝突残り十数メートルというところで、美織はギガンディレスの突撃を急停止させた。
広大な漆黒の翼が突進力を無に帰する為、それまでとは逆方向、重戦士側に向けて大きく羽ばたく。
その風圧で吹き飛ばしこそ出来なかったものの、大剣を構えた重戦士をジリジリと押し戻し、身動きをしばし封じ込めることが出来た。
「チャンス!」
どしんと大地を揺るがして地面に着地したギガンディレスが、間髪いれず鋭い牙が重なり合う獰猛な顎をかすかに開き、全てを焦がす灼熱の炎弾を重戦士目掛けて吐き出した。
ぶちかましはフェイク。当たれば相手へのダメージはでかいが、躱された際にカウンターを喰らうこともありえる。事実、重戦士は急接近するギガンディレスにひるむことなく、大剣を構えて待ち構えていた。ぎりぎりで避けて反撃に転じるつもりだったのだろう。
それを予め予測しての緊急停止による風圧封じからファイアーボールという一連の攻撃……手ごたえはあった。
「え、ウソ!?」
美織にはファイアーボールが重戦士に当たる直前、その姿が一瞬揺らいで見えた。
と、一瞬遅れてファイアーボールが爆発を起こす。
かすかに爆発するタイミングが遅れた理由は単純だ。
本来なら重戦士に当たって爆発するはずだったファイアーボールが躱されて、ターゲットのわずか後方の地面に大きな穴を開けていた。
「今のを回避したっ!? って、うわっと!」
驚いているヒマなんてなかった。
予想外の反応でファイアーボールをよけた重戦士が気がつけば目と鼻の先に近付いて、大剣の切っ先をギガンディレスの喉もと目掛けて突っ込んでくる!
「……」
「……」
ことの成り行きにしばし場が静寂に包まれた。
「……さすがですね、店長」
溜息混じりに司が感嘆の声を洩らす。
重戦士必殺の一撃は、しかし、相手の喉もとに突き刺す直前、ギガンディレスの硬い鱗に覆われた右腕によって防がれていた。
うおおおおおおっっっ!
いきなりの熱い攻防にギャラリーたちも沸く。
正直なところ、誰もつかさちゃんの善戦には期待していなかった。
ところがいざ蓋を開けてみれば、つかさちゃんは最高装備を身に纏った重戦士を使っているわ、いきなり美織のギガンディレスによる巧妙な攻撃を躱してみせたばかりかあわや巨竜討伐の大チャンスを演出してみせるわで予想をいい意味で大きく裏切った。
もしかしたらつかさちゃんが店長に勝つんじゃないか……そんな雰囲気が俄かに立ちのぼる。
ただ。
(今の動きは一体……)
その中にあって、美織は冷静にファーストコンタクトで得た情報の分析にかかっていた。
まず自分のミスを疑う。
風圧で身動きを封じるには距離が遠すぎたのではないか。
或いはファイアーボールを放つタイミングが遅かったか。
否。
どちらもこちらに問題はなかった。
距離は遠からず近すぎず、ファイアーボールのタイミングも適切だった。
だとすると司と、その重戦士の能力ということになる。
重戦士とはその名の通り、重装備に身を固めた戦士だ。強固な防御力、ハンター側の中ではピカイチの攻撃力を誇る代わりに、スピードは遅い。
それでも鋭い勘と正確な操作で、あの一連の攻撃を躱す手練れもいることにはいる。司が重戦士の装備を最高レベルにまで鍛えていることから、それらのツワモノと同様の実力にまで登りつめている可能性も少なくはない。
また、モンスターとハンターの両キャラクターを一体ずつ育てることが出来る『モンハン』には、育成するモンスターの進化段階によってハンター側にちょっとした能力が付加されるシステムになっている。
中にはハンターのスピードを上げるものもあり、その恩恵を受けているのかもしれない。
(だけど……)
それでも美織にはどうにも腑に落ちないことがあった。
それはファイアーボールが当たるあの瞬間に感じた一瞬の揺らぎ……アレは一体なんだったのか?
単なる目の錯覚かもしれない。が、同時に美織はあの現象を以前にどこかで見たような気もしていた。
一体どこで見たのか……それを先ほどから必死に記憶の奥から探し出そうとしているのだけれども、さっぱり思い出せない。
「……やってくれるじゃないの」
思わずそんな言葉が美織の口から零れ落ちる。
口惜しいが、司には驚かされてばかりだ。
あれだけ可愛がってやっていたのに裏切られ。
いつの間にか重戦士の最高峰装備を整え。
そして今は何やらよく分からない能力で攻撃を回避された。
他にもまだ何か隠しているのだろうか?
勝負に徹するなら、ここは慎重に様子を見るべき、なのだが。
「あんたが私と戦うに相応しいかテストしてあげるわっ!」
美織の操るギガンディレスが右手を振るって重戦士を振り払うと、主人ともども咆哮を上げた。
何かを隠しているのならば、敵が手の内を見せるのを待つ必要なんてない。
ただ、こちらが暴いてしまえばいい。
この戦いを支配するのは自分なんだとばかりに、美織はギガンディレスが誇る圧倒的な暴力でもって重戦士を蹂躙しにかかった。
竜族の究極進化形・ギガンディレス。
その右腕は身体の中でもっとも硬く、敵の攻撃をすべて受け止める。
対して左腕は鋭い爪がハンターを貫かんとばかりに猛威を振るう。この一撃でハンターを仕留めることもあるが、ギガンディレスにとってはこれがジャブのような牽制技なのだから恐ろしい。
なんとかギガンディレスの死角から攻撃しようと背後に回るハンターにはムチのようにしなやかさを持ちながら、当たれば敵を軽く吹き飛ばすドラゴンズテイルが待ち受ける。
さらには先に見せたような滑空からの体当たりや、ハンターの動きを封じ込める大翼のはばたき、隙が少なく連射も効く主力技のファイアーボールといった攻撃も持ち合わせているが、一番脅威なのは広範囲を火の海と化してしまうファイアーブレスだ。
正直なところ、ギガンディレスはこのファイアーブレスさえ出していれば大抵のハンターを屠ることが出来る強力なモンスターである。ファイアーボールと違って範囲が広いから、ハンターにとっては回避すらも困難だ。
が、同時にむやみやたらと使うわけにもいかない理由もある。
まずは連続使用が効かない。一度ファイアーブレスを放出してしまうと、次に使えるようになるまでかなりの時間を要する。ここぞという時に使う為に温存するのが懸命だ。
そして――こちらこそが問題点の本命だが――放出後に致命的な隙が出来てしまう。
驚異的な体力と防御力を誇るギガンディレスだが、もちろん弱点はある。喉、正確にはその奥に弱点であるコアが隠されている。
先ほど司が操る重戦士がギガンディレスの喉もとを刎ねるのではなく、突き刺しに行ったのはこのためだ。大剣の先端に力を集中させて、コアを覆う喉もとの鱗を貫くことは出来なくとも、その奥にあるコアへの衝撃によるダメージを試みたわけである。
いかなギガンディレスと言えども、このコアをまともに攻撃されては大ダメージも必至。ましてやファイアーブレスを放った後は、このコアが開いた口からしばらく丸見えになってしまう。ハンターを倒せば問題ないが、もし外したり、或いは仕留めそこなった場合、相手の位置によっては逆に討伐される危険性が一気に高まるのだ。
だからファイアーブレスは使いどころをよく考えなくてはならず、美織が次々と司の重戦士に攻撃を仕掛けながらも、最終兵器を温存しているのはその為だと誰もが思っていた。
「あー、さっきからちょこまか逃げて、うざったらしいわねぇ、もう!」
いつその時が来るのかと皆が注目する中、攻撃を躱され続ける美織がついにキレた“
翼を翻して、ギガンディレスを天高くへと舞い上がらせる。滑空からの体当たりをするには近すぎる重戦士との距離……となると、空へ昇った理由はひとつしかない。
空中からのファイアーブレス。
「ん? なんで空からなんだ?」
「あれでファイアーブレス後の隙をカバーするんだ。店長が産み出したテクニックだよ」
つーか、お前、店長と対戦したことないだろ、とギャラリーたちが小さな声でやり取りするように、空中で放つファイアーブレスは地面に着地した状態で放つ場合と比べて範囲は犠牲になるものの、放出後の地面に降りる間に身体の向きを変えられる利点がある。
弱点を無防備に晒したまま生き残ったハンターと真正面に向き合っては危険極まりないが、相手に対して横、もしくは後ろ向きであれば、頑丈な喉もとの鱗がコアへの直接攻撃をガードしてくれるのだ。
いまだギガンディレスへとモンスターを進化させて育て上げたプレイヤーは全国でも数少なくなく、本来ならこういったテクニックを知る者は多くないはずだが、ぱらいその常連たちは美織との『モンハン』バトルで彼女が幾度となくそうしていることを見たことがあった。
ゆえに天高く舞い上がるのはファイアーブレスの前触れ。「逃げろ、つかさちゃん!」とギャラリーからも声が上がったのだが。
「えっ!?」
ここで美織は思いも寄らぬ行動に出た。
空へ上がったギガンディレスが重戦士に背を向けて、あらぬ方向へと飛び去ったのだ。
「なんだ、どこへ行くつもりだ?」
「逃げたのか?」
いや、逃げると言ってもバトルはどちらかの陣営が打ち倒されない限り終わらない。
しかも今回は地形の変化に乏しい、ほとんどが平原のフィールドだ。自分が有利な地形へと敵を誘い込む作戦でもない。
一体何をやっているのかと皆が訝しむのをよそに、美織は重戦士から遥か離れた小さな森の近くまで飛行すると、しばし翼を羽ばたかせて待機する。
森の木々がギガンディレスの翼が生み出した暴風に大きく揺らぐ。
しかし、その中に他の木々とはかすかに異なる動きを見せる枝のしなりを、美織は見落とさなかった。
ニヤリと笑う美織。
見つけた獲物に向けて、ギガンディレスの顎を大きく開かせた。
「ええええっ!?」
このバトル始まって最初のファイアーブレスにギャラリーたちがどよめく。
ファイアーボールなんかとは比べ物にならない、まさしく火そのものが、あたかもナイアガラの滝のように無尽蔵に吐き出されるファイアーブレスの放出は『モンハン』でもっとも衝撃的なシーンのひとつだ。その圧倒的な暴力は人々を畏怖させると同時に、強烈に惹きつける。破壊、破滅のカタルシスとでも言うのだろうか。屈強なハンターが一瞬のうちに焼き尽くされる様子に、改めてモンスターの恐ろしさとその魅力を再確認させられる。
だが、今、美織のギガンディレスが燃やし尽くしているのは、ハンターではなく、森であった。
てっきり重戦士目掛けてファイアーブレスをお見舞いするのかと思いきや、突然の敵前逃亡、さらに誰もいない森に向けて炎を吐き出す様子にギャラリーたちが戸惑いの声をあげるのは当然だろう。
一体美織は何をしているのか。
皆が不思議に思っているところへ
「まさか見つけられるなんて……油断してました」
今まさに焼き尽くされようとしている森の中から砲撃手が慌てて飛び出してきた。
おおおおおおおおっ!
戸惑いのどよめきが歓声に変わる。
「そうか、砲撃手があそこに潜んでいると察知したのか!?」
「でも、砲撃手も頻繁に場所を変えて攻撃してたろ!? なんで分かったんだ?」
レーダー機能のない『モンハン』では敵を視界に捉えないと、どこにいるのか察知出来ない。
それでも被弾した位置から、おおよその方向は検討が付く。だからギャラリーの言うように砲撃手は美織に見つからぬよう、その死角、死角へと動いて遠距離から攻撃を繰り出していた。
「しかも最後に砲撃手が攻撃したのは、被弾位置からしてあの森からじゃないだろうし……」
勉強では暗記物を苦手としているくせに、何故かゲームに関しては異様なまでに記憶力がいい九尾が、これまでの戦いを頭の中でリピートさせる。
ギガンディレスと重戦士の戦いにばかり注目が集まっていたが、砲撃手も懸命に自分の仕事を遂行していた。
自分の身を隠す障害物が少ない為、ギガンディレスの弱点である喉もとへの真正面からの攻撃を諦め、主にその背後から翼の付け根やしっぽなどに攻撃を集中させる砲撃手。狙いは討伐よりも部分破壊による敵戦力の低下であろう。
そして砲撃手がギガンディレスの反撃を食らう直前に攻撃したのは、方角的に森から少し右に外れる場所。確かに森に近いが、だからと言ってそこに必ず隠れるとは限らない。なのにどうしてそこに居ると美織は確信できたのか……。
「あ、もしかして……」
九尾はさらに自分のゲームにだけ特化した記憶力を使って、バトルのこれまでを詳細に辿っていく。
すると重戦士の動きにある法則を見つけた。
ギガンディレスの攻撃を懸命に躱していた重戦士だが、その動きは常に相手に向かって右側。自然、ギガンディレスもそちらの方向へ少しずつ向きを変えていくことになる。と言うことは砲撃手もまた一定方向に常に動いていたことになり、ギガンディレスが左に向きを変えるのならば、その背後を狙うハンターは右へ。最後に砲撃手が攻撃した場所の右にあったのは……そう、今や無惨にもファイアーブレスで焼き尽くされた森だ。
「そうか、だから砲撃手が森にいるって分かったのか」
フィールドの配置を瞬時に頭へ叩き込み、目の前の重戦士と戦いながら遠くから攻撃してくる砲撃手の位置方向も常に把握していないと出来ない芸当に、九尾は舌を巻いた。
(ホント、スゴい……)
美織の観察眼に九尾が感嘆していた頃、司もまた美織の鋭さに尊敬にも似た感動を覚えていた。
九尾の推測どおり、司たちは重戦士を囮にして、砲撃手が常にギガンディレスの背後を取りながら、フィールドで一番隠れやすい森に移動出来るよう行動を取っていた。
ちなみに砲撃手には二種類の攻撃方法がある。
移動しながら攻撃できる普通の「射撃」と、多少時間がかかるものの、立ち止まってスコープを覗きながら精密な射撃が出来る「狙撃」だ。
ザコキャラ程度であれば「射撃」でも問題ない。が、部分破壊や弱点への精密攻撃が求められるボスキャラや対戦では「狙撃」がセオリーである。
が、平原に立ち、身を晒しながらでは、幾ら背後からとはいえ敵に見つかる危険性がある。だから照準を合わせる余裕もなく、事実、ここまで砲撃手は「射撃」しか使っていない。
だが、身を隠すことの出来る森ならば話は別だ。見つかる危険がぐっと減り、落ち着いて「狙撃」することが出来る。
狙いは部分破壊、などではない。
それまで部分破壊の攻撃を繰り出していたのは、ひとえに敵の背後から狙撃せざるを得なかったからにすぎない。もし正面から狙えるのであれば、目標はただひとつ。敵の弱点である喉もと……しかもファイアーブレスを放出した直後に現れる、ギガンディレスの喉奥にあるコアへの一点集中だ。
美織が空中でファイアーブレスをお見舞いした後、隙を隠す為に方向転換して着地するのを司たちも知っている。
その方向は様々だが、一番安全なのは相手に背を向けた状態になる。一見無防備に見えるが、中途半端に横を向いた状態で着地すると、相手の移動速度によってはコアの解放時間内に前へ回りこまれる可能性もある。そうなれば大ダメージは必至、最悪討伐されてしまう。
加えてこの戦い、ここまでのやりとりで美織は重戦士の異様な移動速度に気付いているだろう。
ならば絶対ファイアーブレスの後は回りこまれないよう、背後を向けて地面に着地するはずだ。
遥か向こう、砲撃手が潜む森に口を開けて……。
だから実際に砲撃手が森に辿り着き、しばらくしてギガンディレスが天高く舞い上がった時、司の心臓は強くドクンと波打った。
ついにこの時が来た。勝敗を分ける一瞬にコントローラを持つ手が思わず震える。
が、ギガンディレスはその場でファイアーブレスを放たず、後方遠くの森へと猛スピードで飛行する。
そこは砲撃手が潜んでいる森。砲撃手からすればお誂えむきにギガンディレスとの向かい合う形なものの、その口は堅く閉じられ、弱点のコアはまるで見えない。
これでは攻撃しても意味がなく、じっと木々に紛れて身を隠す砲撃手が見たもの……それは俄かに高まる熱気でギガンディレスの口もとの大気が揺らいだかと思えば、突如として放たれる地獄の業火であった。
この事態に司はただただ感嘆する。
店長はやっぱりスゴい、と。
こちらの作戦をここまで完全に読んでくるとは、と。
そして……。
これらを全部予測していた黛は、もっとスゴい、と。
「いやー、やっぱりファイアーブレスってサイコー!」
一瞬にして火の山と化した森を前に、美織はそれまでの溜飲を下げるが如く、晴れやかな声をあげた。
ファイアーブレスの魅力は圧倒的な攻撃力……もあるが、美織はなによりその開放感だと思っている。
先述の通り、ファイアーブレスは強力ではあるが、おいそれと考えなしに放つことの出来るものではない。状況をよく考えて、一番効果が高く、かつ一番安全だと思われる場面で使わなければならない。
どこでどう使うか、いつも頭を悩ませる。
それだけにいざその時を迎えた時の開放感たるや、格別なものがある。
例えるならばお風呂上りの冷えたラムネ、テスト期間が終わった後のショッピング、溜めに溜めたテンションを解き放った最強の一撃、だ。
「さて、そんな逃げ出した状態で反撃なんて出来ないでしょうけど」
念の為にね、と生き残った砲撃手がまともに狙いも定められず、ヤケで放った一発が悲劇を生むのを防ぐ為に、美織はギガンディレスの体勢を変える。
ハンターたちの位置関係から考えて、ここは砲撃手に背を向ける一択だろう。なんせ重戦士はその名の通りの重装備。とてもこの短期間でギガンディレスに追いつき、攻撃出来る居動力はない。
と、その場にいる多くの者が思ったその時。
ガチィィィィィィィ!
ギガンディレスの喉もとに何かがぶつかって、激しい火花が散った。
「なっ!?」
思わぬ事態に誰かが驚きの声をあげる。
「な、なんで!?」
ギャラリーたちも驚かずにはいられない。
「なんでそこに重戦士が突っ込んで来れるんだぁぁぁぁぁ!?」
ファイアーブレス後の隙を目掛けて必殺の一撃を打ち込んできたのは、本来なら遥か彼方に置き去りにされたはずの重戦士だった。
距離にして五百メートルは離されていたのに一体どうやって……。
「ふっ、やっぱりね」
この事態に美織が不敵に笑う。
まるであんた達のやることなんて全部分かっていたのよと言わんばかりに。
その証拠としてセオリーに従うならギガンディレスを砲撃手に背を向ける体勢で着地すべきところを、しっかり半回転だけさせて。
そしてずっと感じていた重戦士の動きの違和感、はるか遠くからの急襲劇を可能にした理由を声高に解いてみせる。
「つかさ、あんたもギガンディレスを育て上げたのね!?」
天空の覇者・ギガンディレスがハンターに付与する特殊能力、それは空中浮遊。
発動時間が限られている言え、空中に浮かんだハンターは装備の重さなどを無視し、本来ならありえない移動力を発揮することが出来る。
重戦士がファーストコンタクトで見せた一瞬のゆらぎ、アレはその特殊能力発動の合図だ。
どこかで見たことがあると思えばなんてことはない、美織自身、竜族をなんとかギガンディレスまで育て上げた際に、その付与能力はなんだろうと自分で確かめたのだった。
「そんな……そこまで読まれていたなんて……」
仕留めたと思った一撃を防がれた衝撃、全てを読まれていたという絶望……司の声に明らかな動揺が走る。
その隙を美織は決して見逃さなかった。
ファイアーブレス放出後の硬直が解けるや否や、ギガンディレスが重戦士目掛けて左腕を振るう。
重戦士の反応が一瞬だけ遅れた。
「特殊能力を発動させる? 出来ないでしょ、もう」
美織がせせら笑う。
ギガンディレスが付与する特殊能力・空中浮遊は強力であるがゆえに、対戦中に発動できる時間はかなり限られている。一瞬の回避に使う限りでは十回以上の使用が可能であろうが、五百メートルばかり離れた敵との距離を縮めるのに使ってはもはやガス欠、この対戦中にこれ以上の発動は不可能だろう。
……美織はそんなところまで読んでいた。
ドゥゥゥゥゥンッッッ!
次の瞬間、鈍い音を立ててギガンディレスの左腕が重戦士を吹き飛ばした。まるで糸が切れた操り人形のように無防備な体勢で重戦士は地面を何度も転がる。
重戦士の体力がその一撃だけで半分以上削られるのだった。




