第五十四話:いつから〇〇〇だと錯覚していた!?
十二月、しかも中旬にもなるとゲームショップは戦場になる。
昔ほどではないものの、やはりこの時期は人気作、話題作のリリースが続くに加えて、なによりクリスマスプレゼントを買い求める世のサンタさんたちでお店はいっぱいだ。
ありがたい話ではある。が、ただ多くのお客さんがやってきて大量の商品が売れるだけではなく、ラッピング作業という工程が入るのがクリスマス商戦の大変なところ。この時期を迎えるにあたって事前にラッピングの練習は十分にしたものの、次から次へとラッピングの依頼が入るとどうしてもレジが混みあってしまう。期末テストが終わるやいなや司たちも連日シフトに入っているが、それでも手が回らないあたり、慢性的な人数不足というぱらいその問題点が浮き彫りになった形だ。
また、クリスマスというのは、そのお店の仕入れ力が試される時期でもある。
ゲームソフトは発売の二、三ヶ月前にメーカーに発注するのが一般的だ。が、よほどの人気作はともかく、ほとんどがどれだけ売れるか分からない商品ばかり。大手の量販店ならばいざしらず、ぱらいそのようなゲームショップでは、メーカーへの発注は過剰在庫になるのを恐れて極力抑え目にする(ちなみにビッグタイトルは別。これらはいわゆる大人の事情で、ぱらいそレベルの小売店では希望した発注数が聞き入れられることは少ない)。
すると当然、時にメーカーに発注した数では足りない場合が出てくる。
思ったよりも予約が集まったり、発売日にあっさり売り切れたりした時だ。
そこで活躍するのが二次問屋。
多少仕入値段が高いものの、メーカーへの初回発注と同じく発売日前日に商品が届いたり、メーカーが在庫切れを起こしていて次回出荷未定の場合でも、問屋が在庫を持っていれば注文した翌日に届いたりもする。実に心強い存在、それが二次問屋である。
が、先述したように、仕入れ値がメーカーよりもややお高い。問屋もその差額で儲けているのだから、まぁ当たり前と言えばそれまでだが、クリスマス時期はこれが顕著になる。
特に人気商品の場合、メーカーよりも一割アップは当たり前。二割近く跳ね上がることもある。
定価で売られることの方が珍しいゲームソフトだから、この仕入れ値の高騰がどれだけお店にとって苦しいか。しかもクリスマスセールの真っ最中、どこもかしこも値段競争をしている中で高騰した仕入値段を店頭価格に反映させるのは、出来る限りしたくはない。
故にいつだってそうではあるが、とりわけこの時期、仕入れ担当者はいかに安く商品を確保するかに頭を悩まされるのだ。
これは品薄になりそうだから(当然品薄になれば仕入れ価格は高くなる)、安いうちに多く注文しておこうとか。←目論見が外れた時のダメージは馬鹿にできない。
メーカー出荷をあてにして、今はまだ値段が高いから手を出さずにおこうとか←そうこうしているうちに店頭在庫がなくなって、お客様から苦情を受けることもしばしば。
無理して高い値段で商品を仕入れたものの、途端にぴたっと売れなくなることすらある←ホントやめて。昨日まであんなに問い合わせがあったのに、仕入れた途端一本も売れないってどういうこと?
おまけに子供たちの要望は様々だ。人気タイトルならばともかく、時には店員が聞いたことがないような商品の問い合わせも、この時期は珍しくない。
そしてそういう商品を一個や二個、ひそかに持っていたりするあたり、二次問屋はホントに頼もしい。弱小ゲームショップとしては店頭在庫として持つことを躊躇われる商品でも、こうして問屋から取り寄せれば最速翌日には届く。
今の世の中、ネットで探せばどんな珍しい商品でも取り寄せする事は難しくないだろう。にもかかわらずせっかくお店に問い合わせいただいのだ。店頭に在庫がないからと言って無下に断わるのは忍びない。というわけで、ぱらいそではこの手の問い合わせがあれば仕入れ担当の久乃に相談。久乃はすかさず複数の問屋に連絡を入れて在庫の有無を確認し、数日で届くようであればそれをお客さんに伝えた上で注文するかどうか承っていた。
かくしてぱらいそは、
販売スタッフの司、葵はプレゼント包装と問い合わせでてんやわんや。
久乃も仕入れで手いっぱい。
普段は『スト4』の対戦に明け暮れるレンも、この時ばかりはカウンターに立つことが多く。
奈保だって何故かこの寒いのにビキニに紅白の上着を羽織った、曰くセクシーサンタのコスプレでお客さんを呼び込みながら、それでも時折レジのヘルプに入り。
あの美織ですら買取キャンペーンの対戦をこなしつつ、販売で忙しい司たちの代わりに買取査定を行い、買取に持って来た客と「おー、このゲーム、どうだった? 私まだやってないんだよ、これ」とゲームの話で盛り上がっていた。
……うん、約一名ほどあまりいつもと変わらない店員がいるものの、ぱらいそも世の頑張るゲームショップ同様、忙しいクリスマスシーズンを迎えており、なかなか余計な時間を取れない。だから。
第二次晴笠美織高校進学計画はほとんど暗礁に乗りかかっていた。
「お待たせしました。じゃあそろそろ話し合いを始めましょうか」
それでもさすがにこのままではマズいと思い、緊急対策会議を開くことになった。
日中は学校とぱらいそで忙しいので会議は夜から。多忙を極めるクリスマス商戦に心も身体も疲れ切っているが、そこはそれ、皆、美織のためならばと……。
「って、ちょっと、皆さん! 何やってるんですか!?」
人数分のコーヒーカップを乗せたお盆を手にした司の声が、おんぼろ木造アパート六畳間に響いた。
「なにって、とりあえず人数も揃ってるから『梅鉄』でもやろうかなぁって。あ、ちゃんと司君の分も代わりに進めておいたから安心していいよー」
コントローラを握る奈保が屈託のない笑顔を浮かべる。
画面には『梅鉄』の愛称でお馴染みの、大阪・梅田地下街を舞台とした定番ボードゲーム。どこまでも増殖し続ける梅田地下ダンジョンを舞台に、止まったマスのお店で買い物をしながらキャラを強化し、プレイヤー同士で邪魔をしつつ誰よりも早く地上への階段を見つけた者が勝ちという実に熱いゲームだ。
諸事情により最新ハードでは出ていないが、このゲームのために古いハードを捨てられないという愛好家も少なくない。
「進めておいたから、じゃないですよ。今日はそんなことの為に僕んちに集まったわけじゃないでしょう」
お盆をこたつの上に置くと、司は非情にも本体の電源を切る。
「あー、なにするんだよー!? せっかく『獅子の穴』でレアオタグッズを手に入れてキャラを強化したばっかだったのにー!」
ぶーぶーとブーイングを飛ばす葵。
「まぁまぁ、いいじゃねーか」
対してどこかホッとした様子のレンは、どうやら奈保たちと違って今日の集まりの趣旨をちゃんと理解しているようだ。
「いきなり『大阪のおかん』なんて貧乏神に祟られて身動き出来なかったから助かったぜ。じゃあもう一度最初からやり直し、と」
レンが本体の電源に手を伸ばそうとする。前言撤回、こいつもダメなヤツだ。
「ダメですって。それよりもホントにもう時間がないんですから! ちゃんと店長を進学させる方法を考えないと!」
司がジロリとレンを睨む。
司ごときに睨まれたところで怖気づくレンではなかったが、言われたことは正しいので途中で手を引っ込めた。
ただ、代わりに出たのは深い溜息と、
「でもなぁ、正直ムリゲーすぎだろ、それ」
レンらしからぬ弱気な発言……。
「何言ってるんですか!? ムリゲーでも諦めちゃダメですよ」
諦めモードなレンを司が叱咤する。
でも。
「そうは言うけどさー、あの美織ちゃんにこっちの言う事を聞かせるなんて……しかも学校に行けーだなんて出来ると思う?」
「お手上げだねぇ」
意気込む司とは逆に、葵も奈保もレンと同じく士気が低かった。
「久乃さんが調べていた『河野薫』って人も、確かにぱらいそでアルバイトをしていたのは分かったけれど、連絡が取れないんでしょ?」
クリスマス商戦の仕入れで忙しい最中、それでも久乃はしぶとく当時アルバイトしていた数名に連絡を取り、河野薫が在籍していたことを突き止めた。
ただし、分かったのはそれだけ。
どうやら河野薫は、美織の印象通りの人間だったらしい。
ゲームは上手いものの、他人と積極的にコミュニケーションを取らず、どこに住んでいるのか、どこの学校に通っていたのか、連絡先もまったくの不明だった。
唯一仲が良さそうだったと皆が口を揃えて言うのが当時店長を勤めていた美織の祖父で、久乃は一縷の望みをかけて問い合わせしてみたが、残念ながら有益な情報は得られなかった。
「だけど久乃さんはまだ諦めてませんよ! 今だって『こうなったらプロに調べてもらうしかないなぁ』って探偵にお願いに行ってるんですから。だから」
「それだけどさ」
僕たちも何か出来ることがないか考えましょう、と続けるつもりだった司をレンが遮る。
「結局名前と、当時このあたりに住んでいたってことしか分かってないんだろ? さすがに探偵でもそこから見つけ出すのは難しくないか? しかも残された期間はせいぜいあと一ヶ月。仮に見つかったとしても、学校に行く美織の代わりに働いてくれって結構無茶な要望だよな」
「……」
レンの言うことも、もっともである。
だから司は一瞬言葉に詰まった。
最初から状況は厳しかった。
それがさらに厳しさを増し、葵たちが半ば諦めてしまうのも分かる。
「でも、だったらなおさら、僕たちも出来ることを考えないと!」
だけど司は諦めたくなかった。
「そうは言うけど、なっちゃんたちも色々とやったよ?」
「アメとムチ作戦、太陽と北風作戦、コソコソ作戦、ふらふら作戦……まぁ、どれも失敗に終わったけどね」
敵は難攻不落であります、と葵は敬礼をしてみせる。
「難攻不落にもほどがあるぜ。二百三高地かよ」
「死屍累々だねぇ」
「あ、そだ。もう美織ちゃんを学校に行かせるんじゃなくて、学校が美織ちゃんのところに来てもらうってのはどうかな?」
「? どういう意味だよ、それ」
「ほら、通信教育とかあるじゃん。それだったら高校に行かなくても大検が取れるし、通信教育じゃなくても久乃さんの家庭教師ならそれぐらい」
「ダメですよ!」
葵の言葉を、今度は司が厳しい口調で遮った。
「なんでさ? これなら高校に行かなくてもちゃんと勉強できるし、大学受験も出来るようになるじゃん。美織ちゃんはお店から離れられないんだから、これしかないって」
ご両親もきっと分かってくれるよと力説する葵の言うことは、なるほど現状ではベストのように思える。
「でも、それだとマスターに……店長のお爺さんに制服姿を見せてあげられないです」
「制服姿って……そりゃあ見せられるものなら見せてやりたいけどなぁ」
しかし、その方法がどうしても見つからない。
レンは苦虫を噛み潰した表情で頭をかいた。
「司の気持ちも分かるけど」
「僕の気持ちなんかどうでもいいです。それよりもマスターの気持ちを考えてください!」
睨み付ける視線は、先ほどよりも強く。
搾り出した声は、さらなる厳しさを増して。
司はレンの言葉も遮った。
「マスターは店長を花翁高校に入れて欲しいと言いました。それがマスターの願いなんです。通信教育じゃダメなんですっ!」
「ちょ、ちょっと、司くん、少し落ち着こうヨー」
一応この場では年長者の奈保が司を宥めようと試みる。
「花翁高校に行かなくても、美織ちゃんがご両親と仲直りするのが一番の目的でしょ だったら」
「でも、通信教育や久乃さんの家庭教師じゃ、ご両親は納得してくれないと思います!」
「そうかもしれないけど、大検を取れれば」
「いつ取れますか? 来年の春ですか? 一年後ですか? 二年後ですか? 仮にそれで仲直りが出来たとして、その時にマスターは……」
大声で一気にまくしたてた司だったが、その言葉を口に出す直前、目頭に熱いものを感じて言い淀む。
「僕は……今の僕を導いてくれたのは、マスターなんです……だから、そのお礼が……どうしても……」
想いがこみあげてくる。涙を我慢しきれない。
これではダメだ、諦めかけているみんなを今一度やる気にさせるには僕がしっかりしなきゃと思うのに、渦巻く感情の真っ只中に司はもう話すことすら上手く出来なかった。
その時だった。
「すみません、先ほどからうるさいのですが」
唐突に隣の部屋から壁が叩かれて、抗議の割には冷静な声が聞こえてきた。
「……え?」
全く不意だったのだろう。感情を抑え込もうと必死に堪えていた司がぽかんとした表情になって、すっとんきょうな声をあげた。
「わわっ、隣りは空き部屋だったんじゃないの、司クン?」
「そのはずなんですけど……」
司の部屋はボロアパート二階の角部屋。隣りは春先に引越して来てからずっと人気がなかった。だから空き部屋だと思っていたし、会議を司の部屋でやりたいと要望してきた葵たちにもそのことを伝えて、多少大きな声で話しても大丈夫と言っておいたのだが……。
「思いっきり人がいるじゃねーか! てか、おい!」
すぐ近くの外からバタンと扉を閉める音が聞こえてきて「あ、やばい」と心中穏やかではないところへ、案の定、ぴんぽーんと呼び鈴が鳴らされる。
「あちゃあ。さっきの声はあんまり怒ってなさそうに聞こえたのにー」
それでもわざわざ抗議をしに来たのだ。怒っているのは間違いない。
「ご、ごめんなさーい。隣りに誰か住んでいるとは知らなくて……。これからは静かに話すので許してくださいー」
司が声を張り上げて侘びを乞う。
ぴんぽーん。
それでも扉の向こうにいる隣人は、再度呼び鈴を鳴らした。
こうなるとさすがに出ないわけにはいかないだろう。
司は重い腰を上げ、部屋を出る。玄関は隣りのキッチンの横、様子を伺うべく葵たちも部屋の薄いガラス戸の向こうからそっと顔を覗かせた。
「あの、本当にすみませんでした。これからは静かにするので許してください」
扉をそーと開け、司は相手の顔も見ずに深々とお辞儀をして詫びる。
「……キミたちはバカなのですか?」
想像以上に辛辣な言葉が頭の上から飛んできた。
あっ、と誰かが驚いた声をあげるのが司の耳に届く……。
「ご、ごめんなさい。もう騒がないのでどうか」
「そうではありません」
必死に許しを乞うべくさらに頭を下げる司に、ふぅと溜息が降りかかる。
「あの店長を学校に行かせる方法なんて簡単なのに、それを思いつかないキミたちはバカなのか、と言っているのです」
「……えっ?」
思ってもいない言葉に、慌てて頭をあげる。
「「「「「あー!」」」」
司だけじゃない、葵も、レンも、奈保だって同時に声をあげた。
「……さっきはもう騒がないと言ったばかりなのにこれですか。まったく、これだからぱらいその連中は油断なりません」
ただでさえ細い眼をさらに細め、顔を顰ませる相手……そしてその相手の背後から、ボロアパートの階段を誰かが上がってくる音が聞こえてきたかと思うと
「あー! ホンマにおった!」
階段を上ってきたのは久乃が、こちらを指差して驚いた声をあげた。
なんでも藁にも縋る思いで「河野薫」の所在を突き止めるべく探偵事務所に赴くも、その名を告げた途端、探偵から一枚のファイルを手渡されたらしい久乃。探偵によるとかなり前から美織の祖父から同じ依頼を受けていたらしく、ずっと所在が分からずにいたが、偶然にもほんの数時間前に身元が判明したらしい。
どうやら河野薫の履歴書がなかったのは、美織の祖父が抜き取ったから。そして彼が久乃たちに伝えなかったのは、きっともう見つかることはないと諦めていたからだろう。
久乃は明かされた真実に驚きを通り越してなんか騙されたような気持ちになるも、探偵に教えられたよく知るボロアパートに向かい階段を上ったところで、いきなり追い求めていた人物と遭遇した。
「探したでぇ、河野薫! じゃなくて、今は黛薫!」
「……本当にぱらいそはうるさいですね」
司たちには大声で驚かれるわ、久乃には指差されて呼び捨てされるわ……黛は軽く頭痛を覚えて、眉間に皺を寄せるのだった。




