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ぱらいそ~戦うゲームショップ!~  作者: タカテン
第六章:ひと狩り行こうぜ
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第五十三話:美織進学計画

 今さら進学したところで、美織と両親との関係がすぐに修復できるわけではない。

 しかし、今のままではそのきっかけすら作れないだろう。

 進学は状態を改善させるための最初の一歩。

 司たちは老人に会った翌日から早速行動に出た……のだが。


 ケース一:司考案『ゲームを数倍楽しむ作戦』


「学生だけが楽しめる究極のゲームプレイ? へぇ、それは気になるわね」

 さりげなさを装って食卓の場にあげた会話というエサに、得物(美織)が見事にヒット!

 さて、司は見事に美織を釣り上げることができるか!?

「学校って勉強をする場所じゃないですか。そういうところであえてゲームをするのってなんかワクワクしますよね?」

「おおっ、良い子ちゃんのあんたからそんな話が出るとは!」

 そうそう、授業中に隠れて携帯ゲームで遊ぶのって楽しいよねーと美織。

 まさに入れ食いである。大いに結構。

「あはは、そうですよねー」

 ただ、司の言わんとするところは、せいぜい携帯ゲーム機持込禁止の校則を破って、休み時間にこっそりみんなで遊ぶのが楽しいって話だったのだけれど。

「それでですね、僕、気がついたんですけど、テスト期間中に遊ぶゲームってすごく楽しくありません?」

「分かる! 勉強しなきゃいけないのに、ついつい遊んでしまうあの背徳感。あれがいいのよ!」

「そうなんです! テスト期間中にゲームで遊ぶ三十分間は、普段の三十分とは段違いに楽しいですよね!?」

「そうそう、寝起きの『あと五分だけ寝かせて』の心地良さに匹敵するわよ、アレは」

 意気投合していえーいとハイタッチを迫ってくる美織に応えながら、司は得物を仕留めたと確信した。

「なので店長にもこの楽しさを」

「でもさー、それを究極のゲームプレイと言うのは、まだまだ司もお子様ねぇ」

「……え?」

「ちなみに私が考える究極のゲームプレイは、周りが仕事をしている中で、私だけがゲームをすることかなぁ。例えば今の買取キャンペーンみたいな? いいわよぉ、アレ。なんかすっごい優越感に浸れるし!」

 ……そんなことを当事者を目の前にして堂々と言われても困る。

「それにみんなが学校に行く時間でも寝ていられたりするのもハラショー。ホント、あんたたち、よく学校なんか行くね? マゾなの?」

「……」

 美織、エサを食いちぎって悠々と自営業という大海原へ。

 分かりきっていたことだが美織を吊り上げるには、司では力不足だった。



 ケース二:葵考案『モてる女は辛いぜ作戦』


「いやぁ、最近、学校であたしの周りに男の子が集まってくるんだよねー」

 カウンターで司と話しているはずなのに、葵はまるで周りに自慢をするような声量で話し始めた。

「へ、へぇ」

「今日もクラスメイトの男子たちが『加賀野井さんってなんかいいよなー』って話しているのを聞いちゃってー」

「そ、それはスゴいですね」

「でしょ! これってやっぱりモテ期が来ちゃったかなぁ!?」

 あははと笑いながら、試遊台コーナーでお客さんと野球ゲームに興じている美織の方をチラリ。

 美織、お客さんが投じた外へ逃げるスライダーに空振りを喫するも、集中力は切らさずに画面をガン見していた。

(……まったく聞いてないですね、店長)

(ぐぬぬ)

(あの、葵さん、やっぱりこの作戦は……)

(ま、まだだよ、つかさちゃんっ! あたしの心はまだ折れてない!)

 小声で話す司の制止も聞かず、葵はさらに続ける。

「ま、まぁこれまでもあたしって実はモテモテなんじゃないかなぁって気はしてたんだけどねー!」

「え、ええ……」

「なんだよぅ、信じてないの、つかさちゃん?」

「そ、そんなことは別にないですけど……」

「あのねぇ、何を隠そうあたしだってこれまでラブレターを貰ったことあるんだよ!」

「ええっ? 本当に!?」

「うわっ、ちょ、ちょっとつかさちゃん!?」

 それまでどこか嫌々ながら付き合っていた司が突然食いついた。

 が、肝心の美織は先ほどと同じコースのストレートを見逃して追い詰められたものの、そこに葵の話が影響を及ぼした様子は露と見られない。

(何を興奮してんのさ。お芝居! お芝居だから!)

(あ、ああ……そうでしたね)

(ラブレターなんて悲しいけど生まれてこの方貰ったことないよ、コンチクショー)

(あ、あはははは)

 まったく美織からは無視されるわ、司には笑われるわで散々だ。

 でもここまでやった以上、後には引けない。

 最後までしっかりやる。

 そして最後の最後でしっかり逆転サヨナラホームランを打てばいいのだ。

「と、とにかく、あたしもそろそろ彼氏ってのを作ろうかなーって思うわけですよ」

「な、なるほど」

「つかさちゃん、青春ってのは人生で一度しかないんだよ? その青春を彼氏なしで送るか、彼氏ありで送るかは、天国と地獄以上の差があるんだよ!」

「そ、そうなんですか?」

「そうなの! そして男女共学の高校ってのは、まさにバラ色な青春時代を送りなさいといわんばかりのシチュエーション! これを逃さない手はないでしょ!」

「あー」

 興奮して話す葵をよそに、司はどこか苦笑気味に受け答えする。

 べ、別に思ってないよ。

 ここでようやく学校に行こうって本来の話になるのかと呆れてなんかいないんだからねっ!

「学校ってのは勉強だけをするところじゃないんだよ。社会に出る前に人間関係を学ぶ場でもあるの。先輩後輩、同僚、そして彼氏と彼女。こういう場をせっかく用意してくれているんだもん。これは絶対に行かないと損! カッコイイ彼氏をゲットして素敵な青春時代を送らないと、人生負け組なんだよっ!」

 さらに「だってあたしが尊敬する○○先生も言ってたもん。『今になって思うと学生の頃にもっと色々なことをやっておけばよかったなぁ。だって学校であんなことやこんなことが出来るのって学生のうちだけなんだぜ?』って」と力説は留まるところを知らない(ちなみに○○先生は今をときめく成年向け漫画家だ)。

「てことで、学校に行って青春しよう! うん、そうしよう!」

 もはや本当に演技なのか、それとも単なる主張なのか分からないほど熱弁を振るった葵は司の両手を握ってぶんぶんと振ると、どうだとばかりのドヤ顔で試遊台スペースで遊ぶ美織に振り返る。

 すると。

「ぐああ! あのフォークを打つか、ふつー!?」

「ふっ、我ながら完璧な読みだったわね」

 美織がお客さんの球をかっとばし、見事なホームランを決めて悦に入っているところだった。

「……怖い。自分で自分の才能が怖いわ。わずか数球で相手の配球を読むだけでなく、外野がなにやらギャーギャーうるさいにも関わらず集中力を切らさない私……この才能をちゃんとしたスポーツに使えば日本はオリンピックで何個も金メダルを取れちゃうかもしれないわね」

 まぁ、この無駄使いがまた最高にクールなんだけどと美織は舌を出し、

「てか、葵、さっきからぺちゃくちゃうるさい! あんた、最初は見得張って『自分はモテるんだ』とか言ってたのに、最後の方は『なんとしてでも彼氏が欲しい』ってさもしい欲求丸出しだったわよ」

「なっ!?」

「まともな男の子ってそういう子は敬遠する傾向にあるわよ? てか、はい、今の話を聞いていて誰か葵の彼氏に立候補したい人、いる?」

 当初はカウンターから程近い試遊台コーナーで遊ぶ美織に聞こえる声量で話していた葵だった。が、熱が入るうちに次第とその内容は店内のあらゆる人の耳に入るようになり、しばし聞き入るお客さんも少なくなかった……のだが。

「うん、誰もいない。んじゃ、つかさの彼氏になりたい人?」

「はい!」

「はーい!」

「俺も!」

「僕、まだ小学生だけど絶対つかさちゃんを幸せにする!」

「ワシもつかさちゃんがいいのぅ」

 いつもの九尾を筆頭に、お子様からお年寄りまで幅広い男性客が一斉に手を上げた。

「なななっ!?」

「まぁ、当たり前の結果よね。それよりも私は悲しかったわよ。こんな不人気なあんたが学校ではモテモテだなんて大嘘をいけしゃあしゃあと言う姿は正直泣けたわ」

「ふ、不人気じゃないよ! あたしは本当に」

「ちょっと、九尾! こいつ、本当に学校でモテてるの?」

「あー、確かに男子ウケはいいかな」

 突然名指しで質問を受けた九尾が、うーんと腕組みしながら答える。

「ほらっ! やっぱりあたし」

「ただモテてると言うよりかは、話しやすい女の子って感じじゃねーかなぁ。男友達に近い感じ?」

 一度は上げておいて容赦なく叩き落す九尾がさらに「少なくとも俺の情報網に、加賀野井が好きだってヤツの話は一度もかかってこないな」とダメ押しをするに至って、葵はがくりと床に片膝をつけた。

 まるでサヨナラホームランを喰らった投手のような葵を、このあと司が必死になってフォローしたのは言うまでもない。



 ケース三:レン考案『学校はいいぞ作戦』


「美織、学校はいいぞ」

「どこが?」

「ふっ、ここで『部活動で精神も肉体も鍛えられるのがいいんだ』とか『将来のための勉強は楽しい』なんて詳しく話すのはまだまだ素人だ」

「ふーん。じゃあ玄人のあんたはどのように説明してくれるの?」

「決まっている。玄人は先ほどの『学校はいいぞ』のひと言で全てを言い表す。美織、お前ほどの人間なら、このひと言にこめられた意味、分かるよな?」

「ううん、全然」

「……えっ!? おい、ちょっと待てよ、そこは『いい』って答えるだろう、いつものお前なら」

「いや、そのお約束は知っているけど、学校がいいって全然思えないんだもん」

「なんでっ!?」

「なんでって、むしろあんたこそどうしてあの会話で『学校っていいよね』って結論を私が出すと思ったのよ?」

「いや、その、ノリで答えてくれないかな、とか?」

「で、なんで後ろ手でスマホを操作して会話を録音してるのよ?」

「なっ!? いや、これはなんでも……あっ、ちょっと、返せよ、オレのスマホ!」

「最近どうも怪しいわね。あんたたち、一体何を企んでるの? 正直に話しなさい。話さないと……」

「お、おい。やめとけって。いくら美織でも戦うとなったらオレ、容赦できねぇぞ」

「ふっ、一度丸裸にされて巫女制服を無理矢理着せられたヤツの言う言葉じゃないわよ、それ」

「あ、あれは不意を突かれたから……って、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 レンのスマホに録音された会話は、ここから以降、明瞭さに欠けている。どうやらスマホが床に投げ捨てられたらしく、会話を上手く拾えていない。

 ただ時折レンの「や、やめろって」「これ以上はもう」「あ、ちょっと、そこは」という声がかすかに聞こえてくるだけである。



 ☆☆☆


「というわけで、現役花翁学生による第二次晴笠美織高校進学計画はことごとく失敗に終わりました!」

 無念であります、と葵は片腕で涙を拭う真似をしてみせた。

 もちろん泣いてはいない。が、計画が失敗に終わったことはとにかくとして、葵が心に負ったダメージは計り知れない。ぶっちゃけ泣きたい気分だった。

「てゆうか、うちらも見てたから知っとるけどな」

 そんな報告を受けて、久乃が呆れたように三人を見つめる。

「あれで美織ちゃんをなんとかしようって考える方がどうかしてるよねぇ」

 そこへ奈保のあっけらかんとしたひと言。

 普段はぱらいそスタッフの中でも一番常識に欠けた人間だけに、この辛辣なひと言は余計に三人の心を抉った。

「うわん、だって無理だってばぁ。美織ちゃんを学校に行く気にさせるなんてー」

「そやかて幾らなんでも『学校に行けばモテる』はないんとちゃう?」

「そうそう、そういう作戦に出るんだったら、ひとことなっちゃんに相談してほしかったなー。なっちゃんならもっと上手くやれて、あの場で葵ちゃんに彼氏のひとりやふたりは出来てたと思うよ?」

「ウソ!? マジですか、なっちゃん先輩!?」

「あー、その話は後ほどおふたりでごゆっくりどうぞ。それよりもそちらの様子はどうですか?」

 司は奈保と葵の暴走をすかさず制すと「店長がお風呂に入っている今しか話せないんですから」と久乃たちの報告を促した。

「まぁ、正直なところ、こちらの塩梅もようない」

「大学でもそれらしい人がいないか探してみたんだけどねぇ」

 司たちが美織の学校への意欲向上を担当する一方、久乃たちは例の買取キャンペーンで美織の代わりを務められるような人材を探していた。

「オレもそっちに行けばよかった……」

 後悔をこれ以上にないほど滲ませて、レンがぼつりと呟く。

 当初はぱらいそにやってくる『スト4』猛者たちの相手を一手に引き受けるレンなら、美織の代わりのアテもあるんじゃないかと思われた。

 が、確かに腕が立つ者ならば数名リストアップすることは出来るのだが、残念ながらそれらは全てある条件で振るい落とされてしまう。

「レンちゃん以外に『スト4』が上手い女の子がいればいいんだけどねぇ」

 そう、ぱらいそはメイドゲームショップ。可愛い女の子以外は働けない職場だ。一名だけ例外がいるが、その条件を満たすのは「女性であること」よりもはるかに難しい。

 もちろん『スト4』にも女の子のプレイヤーは少なからずいるが、レンが見る限り、彼女たちの中に美織を納得させるほどの実力者は残念ながらいなかった。

「前にも言ったけど、今から鍛えてなんとかなりそうな人はいないんですか?」

「そりゃあ時間と本人のやる気があれば、見込みのありそうなヤツはいるけど、今回はなんせ時間が」

 老人からの依頼は、美織を花翁高校へ進学させること。出来れば今度の春に。

 期間要望の理由は言われなかった。しかし、老人ホームのベッドで寝たきり生活を送ってるらしい様子から、なんとなく察することは出来る。

 ならばなんとしてでも来年の春に、花翁高校の制服を着た美織の姿を老人に見せてあげたかった。

 ただし、時はすでに師走。入学願書提出は一月末で、入試は二月中旬、久乃によれば最低年明けから徹底的に教え込めば、なんとか合格ラインにまで学力を持ち上げることはできるそうだが、それにしても与えられた時間は限りなく少ない。

「となるとやっぱり頼みの綱は、久乃さんが聞いた店長のライバル、ですか」

「それなんやけどなぁ」

 老人ホームからの帰り道、久乃は昔、美織から聞いた話を思い出していた。

 例のGW以降、子供の頃の美織は長期休暇の度にぱらいそに連れて行ってもらったのだそうだ。

 お目当ては祖父とのゲーム対戦……が、そんな美織の前に思わぬライバルが現れた。

「あの女、私が知らない間にちゃっかりぱらいそでバイトしてやがったのよ!」

 美織が忌々しそうに語ったという『あの女』とは、GWで対決した女性である。

 無口で、クールで、表情に乏しい、おおよそ接客業には向いてない彼女をどうして祖父が雇ったのか、当初美織には理解出来なかった。

 しかし、祖父の勧めで彼女と対戦しているうちに、ああそういうことかと合点がいった。

 むちゃくちゃゲームが上手かったのだ。

 GWでは祖父の作戦のおかげで勝てたが、美織ひとりでは手も足も出なかった。

 おそらくは祖父に近いレベルにまで到達している。それほどの好敵手だ、祖父が放っておくわけがない。店員としてはダメダメでも、ヒマな時のゲーム相手としてはこれほどの人材はそうはいないだろう。

「でも、美織ちゃんはとても悔しかったそうや。『本当ならそこにいるのはあんたじゃなくて、私なんだから!』って」

 だから幼い美織はこのライバルを倒す為に学園に戻っては日々鍛錬を重ね、帰省で戻るたびに勝負をもちかけたのだが。

「いくら小学生の時とはいえ、あの美織ちゃんがひとりでは一度も勝てなかった、というのはなんか信じられないねぇ」

 大学生である彼女が卒業するまでの四年間、美織は最後まで最初の対戦以降の勝利を上げることが出来なかった。

「でな、その人、年齢で言えば今はもう三十前。結婚している可能性が高いけれど、当たってみる価値はあると思って調べたんやけどな」

 老人ホーム訪問の翌日、久乃は事務所でアルバイトの履歴書が挟んであるファイルに目を通した。

 ぱらいそはなんだかんだで二十年以上続いているお店だ。バイトの履歴書とひと言で言っても、ファイルにして十は下らない。

 それでも美織が小学一年の夏にはすでに目的の女性はバイトをしていたのだから、おそらくはその年代あたりのファイルに綴じられているだろうと久乃はあたりをつけた。

「なのに、その人の履歴書がどこを探しても見あたらへんねん」

 最終的には当該年代のファイルだけではなく、全ての年代のファイルを調べてみた。

 が、美織から聞いた『河野薫かわの・かおる』という名の履歴書を見つけることが出来なかった。

「名前の聞き間違いじゃないんですか?」

「その可能性もあるなぁと思うて、この前、美織ちゃんにさりげなく聞いてみたんやけど、やっぱり河野薫であっとるねん」

「あたしたちのやってることに気付いた美織ちゃんが抜き取ったんじゃない?」

「んー、それはないと思うわぁ。だって最初にファイルを調べたのは会長に会った翌日やで? まだ何もしてないのに、美織ちゃんが河野薫の履歴書だけ抜き取る理由なんてないやろ?」

 それもそうかと一同は頷くも、かと言ってこの不可思議な状況に納得できるわけでもない。

「なんか気味の悪い話ですね」

「そやろ? まぁ退職時に履歴書を返却した可能性もあるけどなぁ」

 とにかく履歴書が見当たらないからと言って簡単に諦められる人材でもない。当時のスタッフに片っ端から連絡を取って、なんとか河野薫とのコンタクトを果たすつもりだと久乃は締めくくった。



「ところで気味が悪いと言えば、あの人、最近よく見かけますよね」

 美織の進学計画はとりあえず久乃の調査に一縷の望みをかけつつ、各自も何か打開案を今一度考えるという結論に達したものの、司にはもうひとつ気になる点があった。

「ああ、あのインテリヤクザみたいな人」

「むこうのエリアマネージャーなんだろ。ここんとこ毎日うちにやってくるけど、この忙しい時期にうちを偵察に来るなんて何を企んでやがるんだろうな?」

 ライバル店のエリアマネージャーである黛が、ぱらいそに連日姿を現すようになったのはこの一週間ほどのことだ。司たちがクリスマス商戦と美織の進学計画に忙しく立ち回る中、毎回ニ、三十分ほど店内を見て回っては帰っていく。あの夏イベントから一週間に一度ぐらいのペースで視察に来てはいたが、こうも頻繁に来られるのは初めてのことだ。一年で一番の書き入れ時なだけに、ますます不気味だった。

「んー、でも司君の話だと、あちらの店長と違って頭が切れるんでしょ? レンちゃんの時みたいな無茶はやってこないと思うけどなぁ」

「いやぁ、今は逆にその無茶をしてくれたほうがいいじゃん。だって相手が連れてきた人が女性のフリーターだったら、美織ちゃんの代わりの有力な駒になるよ!」

 これぞまさに一石二鳥、カモンかもーんとのたまう葵は、ちょっと世間を舐めすぎだ。

「それはともかく、何かしら探りを入れているのは間違いないやろ。司君は女装をバレないように。葵ちゃんも自分が『月刊ぱらいそ』の作者やって疑われるようなことはやったらあかんで。うちの強みは同時に弱点でもあるんやさかいな」

 黛の狙いが分からないうちは、こちらも打てる手はそれぐらいしかない。

 結局、美織の進学計画も黛対策もこれといった打開策が見い出せないまま、この日の話し合いはお開きとなった。

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