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ぱらいそ~戦うゲームショップ!~  作者: タカテン
第六章:ひと狩り行こうぜ
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第五十話:難易度S級ミッション

「ごめんなさい、待ちましたか?」

 ゲームの誘いをみんなに断わられてぶーたれる美織に久乃のお仕置きが執行されてから、およそ一時間後。

 一度家に戻りながらも、再び女装した司が待ち合わせのコンビニに行くと、すでに美織を除くぱらいそスタッフが勢ぞろいしていた。

「ううん、うちも今さっき来たところやぁ」

 さきほどのお仕置きモードから一転、いつものおっとりとした調子に戻った久乃が答えた。

「んじゃ、みんな揃ったところでそろそろ行きますか」

 立ち読みしていた葵が漫画雑誌をラックに戻して、うーんと背伸びする。

「その、ぱらいその本当の店長っていうおじいさんのところへ」



 ぱらいその真の店長であり、経営者であり、美織の祖父。

 かつ司にとっては、プレイするMMORPGで所属しているギルドのマスターであり、なによりぱらいそへと導いてくれた恩人である。

 その人物から、ぱらいそスタッフと会いたいと久乃を介して伝えられたのは、数日前のことだった。

「なんでまた急に?」

「しかも、美織ちゃんには内緒で、って……なぁ?」

 突然の話に戸惑いを見せる葵とレンとは対照的に、

「ついになっちゃんと結婚する気になったのかな?」

 と奈保は半ば本気とも取れる軽口を飛ばしつつ、久しぶりの再会に笑みを浮かべる。

「マスター……」

 そして司は複雑な想いで、恩人の名を呟いた。

 ぱらいそで働き始めてすでに半年以上経っている。にも関わらず、葵やレンはもちろんのこと、司もいまだ美織の祖父と出会ったことはなかった。

 「ぱらいそは美織に全て任せてある。いまさらワシが顔を出す必要もあるまい」とのことだったが、司としてはどうしても直に会って、ひとことお礼を伝えたい。

「でも、キミとは毎晩これで会っとるじゃろうが」

 そんな気持ちを申し出る度に、ディスプレイに映るマスターのアバターは笑ってこう答えるのだった。

 その恩人とようやく本当の意味で会えるのは、正直なところ、嬉しい

 が、今は嫌な予感がして仕方がなかった。

 何故なら夏のライブが終わったあたりからマスターがMMORPGを休みがちになっていたからだ。

 なんでも身体の調子が良くないらしい。

 たしかにボイスチャットから聞こえてくるマスターの声に張りがないというか、どこか元気がなさそうに感じられた。

 実際、時折激しく咳き込むこともある。

 本人は大丈夫だと言うが年齢が年齢だけに、司だけでなく、ギルドの仲間たちもみんな心配していた。

 やがてログインが二日に一度になり、三日に一度になり、一週間に一度になり、今月に至っては二回ほどしか姿を現していない。

 そこへ今回の話……久乃に聞いても基本的にメールでのやり取りしかないらしく、体調等に関しては何も知らないそうだ。



 電車に揺られること、数駅分。

 さらに徒歩でおよそ十分あまり。

 東京と埼玉の県境、立派な住宅が立ち並ぶ静かな一角に、マスターが住んでいる建物があった。

「マンション……じゃないよね、これ」

「ああ」

 夜の九時ということもあって、建物の名称は暗くてよく見えなかった。だから中に入るまでは普通のマンションのようにも思えた。

 が、広いエントランスには受け付けがあり、久乃がマスターの名前と面会に来たことを告げると、担当の人が部屋まで案内してくれると言う。

 普通のマンションではありえない。

 かと言って、ホテルのようでもなかった。

「……老人ホーム」

「まぁ、そうやね」

 内装は照明や時折飾られている絵画など、品が良くて高級感があった。

 ただ、壁にはすべて手すりが取り付けられていて、まるで病院のよう。その様子から司は老人ホームという答えを導き出し、久乃がこれを肯定した。

「てんちょー、今はこんなところに住んでるんだ……」

 部屋へと案内されながら、奈保がぽつりとつぶやく。

「今は、って前は違ったんですか?」

「うん。前は今私たちが住んでる、ぱらいその最上階がてんちょーの部屋だったんだよー」

 二年近くぱらいそでバイトをしている奈保が言うには、美織の祖父はお店にあまり顔を出さなかったが、今年の二月頃までは最上階に住んでいたらしい。

 それが急に引っ越しをしたかと思えば、まさか老人ホームとは……。

「部屋、余ってるよな?」

「うん。だけど一緒に住まないってのは、やっぱりそういうことなんじゃない?」

「確かにお爺ちゃんだけど、別に持病もなく元気そうに思えたんだけどなぁ」

 美織が同居を嫌っているのはありえない。それは普段、祖父のことを話す彼女の様子を見れば一目瞭然だった。

 天上天下唯我独尊、全ての人間は自分より下等であると本気で信じているような性格の美織ではあるが、こと祖父に関してだけは違っている。

 彼女にとって彼は肉親だけでなく、憧れの存在でもあった。

 若くして引退したものの、会社の業績を飛躍的に上げた手腕。

 リーダー性に溢れながら、どんな人の言葉にも耳を傾ける広い心。

 常識に囚われない柔軟な発想。強い意志。自信に満ち溢れた表情と、慈悲深い眼差し……そして何よりも美織が祖父を語る時に一番自慢げに語るのが、

「なによりお爺ちゃんは世界一のゲーマーなのよ!」

 ってことだった。

 知識はもちろんのこと、会社を引退して自らゲームショップを開くのだから、情熱もハンパない。

 加えてゲームの実力も超一流とのことだった。

 あの美織が一度として勝てた覚えがないというのだから相当なものだろう。

 いつかお爺ちゃんを越えてみせる――。

 ぱらいその経営でも、ゲーマーとしての実力でも。それが美織が心に強く秘めた目標であった。

 そんな美織が理由もなく祖父を老人ホームに預けるとは考えにくい。だとしたら……。

「こちらです」

 案内の女の人がとある扉の前で立ち止まると一礼し「それではお帰りの際は部屋のインターホンでお呼びください」と告げて立ち去って行った。

 まだ夜は始まったばかりだと言うのに、廊下には誰もおらず、しーんとしている。あまりの人気ひとけのなさに、温かい色合いの照明と高級感溢れる内装がなければ、廃墟か何かを探検する気持ちになりそうだ。

「えーと、入る前にもう一度確認しとくで」

 扉の前に立ちノックするのかと思いきや、おもむろに久乃は背後に立つ司たちへと振り返った。

「今日ここに来たこと、見たこと、聞いたこと、全部美織ちゃんにはナイショやで」

 美織は今日のことを知らない。

 なんでもそれが老人の意向なのだそうだ。

 念を押した言葉に皆が頷くのを確認すると、久乃はもう一度扉に向き直った。

 静かにノックする。

 返事はない。

 しかし、久乃は構うことなく、ゆっくりと扉を押し開いた。


 部屋の中は照明が抑えられていて、かなり薄暗かった。

 それでも司たちが部屋の様子を把握するのは容易かった。

 広い。でも、何もない。

 ぱらいその最上階のリビングに匹敵する広さがあるのに、カーテンが閉められた窓際にベッドと医療機器らしきものが見えるだけで、他には何もなかった。

「よく……来てくれたの」

 そのベッドの上で微笑みながら、老人が上半身を起き上がらせようとしていた。

「会長、無理をされてはいけません」

 久乃が急いで駆け寄る。

「よいよい。今日は調子が良いのじゃ」

 それでも久乃の手を借りて、老人はようやく上半身を起き上がらせることが出来た。

 そして遅れて近づいてきた司たちに深々と頭を下げる。

「孫の美織がいつもお世話になっておるの。あやつの祖父の鉄織てつおと申す」

 目上の人に突然頭を下げられ、司たちも慌ててお辞儀をする。

「てんちょー」

 泣きそうになるのを必死に我慢しながら、かつての老人の役職を呟く者がいた。

 奈保だ。

「波津野君……どうしたんじゃ、そんなに美織のもとで働くのは辛いかの?」

「ううん。美織ちゃんが来てから、お店はとっても面白くなったよ。そうじゃなくて、てんちょーこそどうしちゃったの? あんなに元気だったのに……」

「ははは、ワシとてもうよい歳じゃからなぁ」

 それよりもそうか、美織は上手くやっておるか、と老人は嬉しそうに皺だらけの目元を緩ませて、視線を奈保の隣りに移す。

「加賀野井さん、じゃったか?」

「うえ? あ、はい」

 いきなり名前を呼ばれて、葵が変な声をあげた。

「美織から聞いておるよ。ぱらいそを舞台にした漫画を描いてくれているそうじゃの」

「えーと、はい」

「ぱらいそが漫画になるなんて、夢にも思っておらんかったよ」

 ありがとうと、老人は肉が落ちて節くれ立った指を伸ばす。

 葵は戸惑いながらも、その手を両手で受け止めた。

 なんだかんだで好きで描いている漫画だ、お礼を言われるのはちょっと恥ずかしい。

 それでもこのおじいちゃんにしてみれば、ニ十年ほどもやっているぱらいそは子供みたいなものだ。そのぱらいそを舞台にした漫画というのは、感慨深いものがあるのだろう。

 老人の気持ちを受け止めるように、葵はもう一度しっかりと手を握り返した。

「それから、そちらは竜馬さんのひ孫さんじゃな」

「ひい爺ちゃんを知ってるのか?」

 老人の視線が自分へと移り、自然と身構えたレンだったが、思わぬ名前に不意をつかれた。

「ワシがこの歳まで生き長らえたのも、全ては若い頃に竜馬さんに鍛えられたおかげじゃよ」

 懐かしそうに目を細め、老人はかつての師の面影をレンに見る。

「うむ。性別こそ違えど、きりっとしたところはまるで竜馬さんの生き写しのようだ」

「そんな、オレなんてまだまだひい爺ちゃんの足元にも及ばないですよ」

 謙遜しながらも、レンは尊敬している曽祖父と自分をなぞらえてもらえたことを誇らしげに思う。

 同時にこの不思議な関係に、どこか運命めいた縁を感じていた。

「そして、キミが司くんじゃな?」

「はい。えっと、その」

「ワシのことはマスターと呼んでくれて構わんよ」

 その声は確かにボイスチャットで何度も聞いたものだった。

「それにしても本当に女の子にしか見えんのぉ。たいしたもんじゃ」

「マスター……あの、僕……本当にありがとうございます」

 咄嗟にお礼が口に出た。

 まるで女装を褒められたことへのお礼みたいになって、思わず司は顔を赤面させる。

 そもそもマスターと出会ったらこれまでのお礼をするだけでなく、色々と話したいことがあった。なのに、いざその場面を迎えると出てくるのはただ感謝の言葉のみ。今の全てにこの人が導いてくれたんだという感謝の気持ちが溢れ出た。

「なに、ワシはただ方角を教えたまで。道なき道を切り開き、自らの足で進んだのは全てキミの力じゃ」

 それでも老人にはちゃんと司の意図は伝わった。

 老人の言葉にウソはない。

 彼はただ司にぱらいそで働ける条件を示しただけにすぎない。

 条件である進学校の受験を突破したのは、すべて司の努力の賜物だった。

 おまけに美織の手によってぱらいそがメイドゲームショップに生まれ変わるアクシデントにも、司は並々ならぬ熱意と決意でもって対応してきた。

 孫娘のわがままにも耐えて働いてくれる司にはむしろこちらこそ感謝すべきだと老人は思っている。

 それに。

「ところで司くん、ワシがぱらいその話をした時、条件がふたつあると言ったのを覚えておるかの?」

 どうしてもあともうひとつだけ、司にはやってほしいことがあった。

 それはとても困難な、難易度S級のミッション。

 でも、司たちならきっと成し遂げてくれるだろうと老人は信じている。

 その為にこのような状況で、今日は司たちを呼んだのだ。

「実はな……」

 問い掛けに司が頷くのを見届けて微笑むと、老人は静かに、この一年間胸に抱いていた悩みと願いを打ち明けるのだった。

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