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ぱらいそ~戦うゲームショップ!~  作者: タカテン
第六章:ひと狩り行こうぜ
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第四十九話:集え、狩人たち!

「ごちそうさま!」

 今日も今日とて久乃の手料理を堪能した美織は、熱い日本茶で夕食を締めくくると、一目散に自分の部屋へ駆け込んでいった。

 そしてすぐにリビングへと戻ってくると、

「ひゃっほう!」

 ソファの背もたれをベリーロールの要領で飛び越し、そのまま仰向けにシートクッションへと着地。ジャンプしながら起動させた携帯ゲーム機を寝転びながら頭上に掲げ、

「さぁ、みんな、ひとり行くわよ!」

 いまだ食事中の連中に向かって、意気揚々と呼びかけた。



 時は流れ、季節はすでに秋から冬へと移り変わろうとしていた。

 近年のこの時期、ゲーム業界はちょっとしたお祭状態になる。

 何故なら大作が発売されるからだ。

 昔は秋といえば、クリスマスや年末に向けての準備期間であった。一年で一番ゲームが売れる時期に発売する為、必死になって開発の追い込みをかける、それが秋という季節だった。

 が、最近は十二月を前にして、ビッグタイトルの発売が目立つようになってきた。

 理由は様々だ。

 十二月の新作ラッシュでユーザーの奪い合いを避ける為に前倒ししているのかもしれないし、近年のグローバルな展開を見越しての戦略かもしれない(アメリカではクリスマスよりも、サンクスギビングと呼ばれる十一月の第四木曜日の時期が一番ゲームの売れる時期となっている。なんとこの時期の売上げは年間のおよそ半分にも及ぶそうだ)。

 しかし、結果としてこれが大成功した。

 ゲームは基本的に発売週が勝負である。が、大人と違って、子供は発売時に必ずしも買えるわけではない。だからクリスマスプレゼントにゲームソフトをサンタさんにお願いするのだ。

 だからクリスマス時期に発売すれば、売れる時期はその発売週限り。ところが十月や十一月に発売することによって、発売日とクリスマス時期という、ふたつの売れる時期が生まれた。

 しかもクリスマスプレゼントということで、中古よりも新品を選ばれることが圧倒的に多い。これもまたメーカーにとっては、とても美味しいことであろう。

 かくして近年は秋から冬にかけての時期に大作がよく発売されるのだ。

 そして今、美織がウキウキとプレイする『モンスター×ハンター』(通称『モンハン』)もまた、そんな時期に発売されたビッグタイトルである。

 プレイヤーはモンスターか、あるいはそれらを狩るハンターとなってパーティを組み、CPU戦はもちろん対戦も楽しむことが出来るこのソフト、初週に二百万本以上を売上げ、発売から数週間経った今でも予約しないと買えないという異例の大ヒットを飛ばし続けている。

 もちろん美織は例の店長特権で発売日前日に手に入れ、以降、ぱらいそスタッフはもちろん、お客さんたちも巻き込み、本人自身も寝るヒマも惜しんでプレイした。

 おかげで今や美織の操るキャラはとんでもない強さを誇る。

『モンハン』ではモンスターとハンターそれぞれ一キャラずつ作って育てることが出来るのだが、美織は圧倒的にモンスター側のプレイヤーだ。

 育成が難しく、しかもそれなりに強くなるまで果てしなく時間のかかる竜族をこつこつと強化し、ついに辿り着いた竜族の最終進化形・ギガンディレス。このモンスターの頂点に立つ天空の覇者を操り、ネット対戦で挑んでくるハンターユーザーたちを返り討ちにする通称『ひとり』が、美織の最近のお気に入りだった(なおハンターになってモンスター討伐をするのは『ひとり』と呼ばれる)



 そんな『モンハン』のめくるめく世界を今日も仲間たちとキメようとした美織だったが……。

「あ、ごめんなさい。僕、今日はちょっと……」

 いきなり司が美織の出鼻を挫いた。

「えー? なによー、あんたもギガンディレス使いを目指すんでしょー。だったら一日たりとも怠らず努力をしなきゃ!」

「でも、そろそろ期末テストが始まるんですよ……」

「何言ってんの? 試験と『モンハン』、どっちが大切なのよ、あんたは?」

「……」

 もちろん期末テストである、まともな人間なら。

「仕方ないわねー。んじゃ、レン、あんたはもちろんそんなくだらないものより『モンハン』を選ぶわよね?」

「まぁ、そのふたつなら迷わず『モンハン』だな」

「だよねっ! さすがはレン、あんたならそう言ってくれると信じて」

「だが、すまん。今日はこれから夜稽古の約束をしてるんだ」

「……はい?」

「近くに実家と同じ流派の道場があって、前から稽古をつけてほしいって頼まれてたんだよ。だから悪ぃな、今夜はパスだ」

 つれなくレンにもフられて、美織はぷぅと頬を膨らませる。

 ぱらいその中でも美織に次いで『モンハン』をやりこんでいるふたりに共闘を断わられるとは、思いもよらぬ事態だった。

「むぅ、だったら葵、今夜はあんたのキャラを特訓するわよ」

 美織たちと違ってゲームよりも絵の方が最優先な葵は、それほど『モンハン』にどっぷりハマっているわけではない。ゆえにキャラの育成具合も他の三人と比べると格段に落ち、戦力になるかと言われると、正直微妙なところだ。

 それでもこれまで幾度となく一緒にひとりした仲でもあり、一応の連携は取れる。美織の操るギガンディレスを討伐しようと意気込む高レベルハンターを相手にするには、海のものとも山のものとも分からぬ輩ばかりと野良パーティを組むよりも、多少なりとも息のあった仲間が最低ひとりは欲しかった。

 戦力ダウンに苦戦も予想されるが、仕方あるまい。

「えっと、ごめん。あたしも今夜は用事が……」

「ええっ!? あんた、いかにも一夜漬けってキャラじゃん! 司じゃあるまいし、真面目に今からテスト勉強するようなキャラじゃないでしょ!?」

「ひどい偏見だ! ……まぁ、その通りだけど」

 だったら偏見ではないんじゃないか、それは。

「でも、今夜は『月刊ぱらいそ』の原稿をやらなきゃ。そろそろ本腰入れないと締め切りに間に合わないもん」

「そんなの、明日以降にすればいいじゃないの」

「一日でも遅れると、その分、後で地獄を見るんだよっ」

 これも全部配布日を勝手に決めた人のせいだと、葵はじとっとした目つきで美織を睨みつける。

 夏のライブイベントで配った葵の小冊子『ぱらいそ』。その名の通り、ぱらいそを舞台にした美織たちの日常を描く漫画で、葵は当初、不定期連載を予定していた。

 が、次回作の問い合わせ電話の多さにキレた美織が、毎月十日に新作を配布すると決めてしまったのだ。

 葵に相談することもなく。

 その場の勢いでつい。

 おかげで毎月十日から数日間、月刊ぱらいそを求めに多くのお客さんがやってきて、さすがに冊子だけ貰って帰るのは気が引けるのか、ついでに何かとお買い物をしてくれて売上げが格段に伸びた。

 が、そのつけは当然、全部葵に押し付けられた。

 これまで年に二回の薄い本しか描いたことがないのに、いきなりの月イチ連載……白黒のコピー本とはいえ、葵が怒るのも当然だろう。

 まぁ、美織は例によって聞く耳持たなかったわけだが、さすがに多少の負い目は感じているのだろう、葵のジト目に今日のところはゲームのお誘いを諦めた。

 が、となると残るは……。

「ごめんねー、なっちゃんも今夜はこれから合コンの約束があるのだ」

「……あ、そう」

 美織は軽く溜息をついた。

 誘う前から断わられてしまったことに対してではない。

 一瞬でも奈保に頼ろうとした自分に呆れたのだ。

 奈保もぱらいそでバイトするぐらいだから、ゲームはそこそこやる。

 ただ、そのプレイは美織たちには到底理解できない。

 例えば格ゲーをやれば、まず当たらない派手な技ばかり繰り出すし。

 レースゲームをやれば、軽自動車でランクの低いレースだけを遊んでいるし。

 MMORPGでは「イケメンハンターギルド」とやらに入って、ただひたすらイケメンキャラと一緒にスクリーンショットを撮っていたりするし。

 そして『モンハン』ではフェアリーという羽で空を飛ぶモンスターで、別に戦うわけでもなく、戦場をあてもなく飛びまわっていたりする。

 本人はとても楽しそうではあるのだが、戦力としてはまったく役に立たないのであった。

「あー、もう!」

 とにもかくにも、せっかく食後のひとときを『モンハン』で楽しもうと思っていたのに、みんなから協力プレイを断わられた美織は一気に不機嫌になった。

「あんたたちね、それでもゲームショップの店員なの!? やれテストだ、稽古だ、漫画だのって、そんなのをゲームよりも優先するなんて、恥を知りなさい、恥を!」

 まったくもって面白くないと顔を真っ赤にして吠えたてる。

「そもそもあんたたちがそんなんだから、いつまで経っても買取キャンペーンを出来るのが私だけ」

「じゃあ、そろそろ帰りますね」

「ゴラァ、司ァ! 私の話をぶへっ!」

「こら、美織ちゃん、女の子がチンピラみたいな声を出したらあかんでー」

 久乃がよいこらしょとソファに寝転ぶ美織のお腹に腰掛け、年頃の女の子にあるまじき恐喝めいた怒鳴り声を注意した。

「……久乃、ちょっと、いきなり上に乗りかかってくるなんて反則……」

「んー、聞こえへんなぁ。いまのウチの耳は、素直な謝罪の言葉しか聞こえへんでー」

「なによその耳は!? てか、重い、重い! つ、つぶれるー」

「あーん? なんやてぇ? このうちが重いやてぇ?」

 久乃が目をかっと見開いた。

 かと思うと立ち上がって、寝そべっている美織をえいやっとひっくり返す。

 思わぬ反応に「謝罪以外も聞こえてるじゃないー!」とツッコミを入れる美織だったが、うつ伏せにされてもなお再び久乃に乗っかられて、嫌な予感に冷や汗が流れるのを感じた。

「ちょ、ちょっと、久乃! 一体何をするつもり!? ま、まさか……」

「ふっふっふ、すべてはすぐに謝らなかった美織ちゃんが悪いんやで……」

「や、やめてよ。もうそんな歳じゃないんだから……てか、みんな見てるし!」

「そやなぁ。せめてもの情けや、司君には退室してもろうとこうか」

 久乃が、美織以外見たこともないような嗜虐的な笑みを浮かべ、司に「うちらには構わず帰ってええよ」と声をかける。

 言葉も声もいつもの久乃らしい優しものだったが、どこか「とっとと帰れ」というニュアンスを汲み取った司は急いで食事を終わらせると、そそくさとリビングを去った。


 ぱしーん。


 リビングからエレベータまでの廊下の途中で、司は何かを平手で強かに叩きつけるような音を聞いたような気がしたが、美織の名誉のために気のせいということにするのだった。


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