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ぱらいそ~戦うゲームショップ!~  作者: タカテン
第五章:ハート、スイッチオン!
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第四十六話:震える体

 ――ぱらいそが店のテーマソングを発表するミニライブをやるらしい。

 ぱらいそに偵察へ行かせていたバイトの知らせに、そのライバル店の店長である円藤たちは爆笑した。

 だが。

「……また訳の分からないことを」

 口ではそう言いながらも、エリアマネージャーの黛は他の連中同様に笑う気にはなれなかった。

 この夏、人気の現役アイドルを週末だけとは言え借り受けることが出来たのは、まさに僥倖としか言いようがない。もともとはあちらの芸能プロダクションとこちらの企業側が協力しての、単なる話題作りのはずだった。が、その配属先を引き当てた円藤の店にとってはまさに起死回生、抱えている問題点を払拭する最高のてこ入れとなった。

 おかげでメイドゲームショップなるふざけた戦略を展開するぱらいそに、この夏は逆襲することが出来たのだが……。

(にしても、向こうが何もやってこないのは気になりますね)

 浮かれる円藤たちとはよそに、黛はぱらいその沈黙を危険視していた。

 もっとも、黛は開店時のあの一件以来、ぱらいそは敢えて無視する方向を選んできた。

 もちろん気になる存在ではある。が、所詮はゲームを扱うだけの小さな店だ。対してこちらはゲームはあくまで副商材にすぎず、もっと広い視点で店舗を経営していく必要がある。変にあちらを意識するよりも今はこちらの地力を上げて、顧客の確保に注力するべきだと考えていた。

 そんな黛の姿勢に不満を覚えた円藤が春先に大失態を見せたものの、概ねここまでは堅調に売上げを伸ばしてきている。

 そこへ今回のアイドル投入、言うまでもなく売上げは一気に跳ね上がった。

 しかし、同時にぱらいそを刺激するようなこの施策は、黛にかすかな不安をもたらす。

 また無茶苦茶なことをやってくるんじゃないだろうか、と。

 なんせいきなりメイドゲームショップだ、ゲームに勝ったら買取金額倍増だと、常識では考えられないようなことを平気でやってくる相手だ。まだまだ子供とは言え、その無謀さが逆に怖い。行動が読めない。

 だから。

(所詮は素人のライブ、集客力なんてたかが知れているとは思いますが……)

 本来ならプロのアイドルに、素人の集まりで太刀打ち出来るはずもない。

(しかし、こちらが手を打てないよう、ぎりぎりでの告知はさすがと言うべきでしょうか)

 昨日偵察に行かせた者からは何の報告もなかった。今日になって急にライブ告知のポスターが店先に貼られていたという。

 ライブは二日後、夏休み最後の土曜日。

 もしこれが一週間ほど早く告知されていたら、黛も対抗策をとることができた。相手と同じ時間に、同じようにミニライブを開くのだ。

 ただし、こちらはホンモノのアイドルで。どちらに人が集まるかは言うまでもない。

 しかしこうも急な話になると、それは無理だ。準備や打ち合わせの時間が足りない。

 そこは上手くやられたと言えよう。

(でも、やはり勝算はないはずです。なのにライブを開催するには何か別の意味が……?)

 相手が相手なだけに、ただ自分たちが楽しかったらそれでいいと言うのも十分に考えられる。

 それでも黛はどこか不安を覚えずにはいられなかった。



 黛の頭を悩ませる、ぱらいそライブの勝算。

 美織の中では、それなりの計算があった。

 正直に言えば、さすがの美織とてプロのアイドルほどの集客力が自分たちにあるとは当然思っていない。

 たとえメンバーの素材が良くて、いくら練習を重ねて、良いライブをしたとしても、まず無理だろう。

 ましてやこちらは初ライブだ。知名度もたかが知れている。集まるのはせいぜい常連ぐらいしか計算できない。

 でも、それでも良かった。

 黛の推測通り、ライブの狙いは別にある。

 それさえ達成出来れば、ライブそのものにそれほど人が集まらなかったとしても、ぱらいその今後に繋がっていく。それで十分だった。

 そう、それだけで本当に十分だったのだが。



「す、すごい……」

「な、なに、ビビってんのよ、司。こ、これぐらい私の中では想定内なんだから」

「お、おい、美織。そんなどもりまくりで言われても説得力ねーぞ」

 ぱらいその店舗が入るビルの最上階、そのリビングの窓から見える眼下に繰り広げられる光景に司たちは唖然としていた。

 時刻は十時。本来なら開店の時間だが、今日は十二時ライブ開演、営業はその後ということになっている。

 にもかかわらず、ぱらいその前には既に多くの人だかりが出来ていた。

 しかも視点をかすかに上げれば、二、三百メートルほど離れた最寄駅から次から次へと人がぱらいその方に向かって歩いてくるのが見える。これからもさらにどんどん増える可能性もあるということだ。

 まさかこんなに人が集まってくるとは……。

「ふ……ふふ、あははははは。そうかぁ、今まで気付かなかったけど、私たちってこんなに人気があったのねっ!」

 あまりの光景に柄にもなく動揺していた美織だが、しかし、次の瞬間にはいつもの自信満々天上天下唯我独尊な性格に戻った。顔を愉悦に歪ませ、まるで「見ろ! まるで人がゴミのようだ」と高笑いをする。

 が。

「美織ちゃん、それはちょっと違うみたいやでー。みんなミニライブよりもCDがお目当てみたいやもん」

 スピーカー設定のスマホから聞こえてきた久乃の声が、美織の早とちりを訂正する。

 現状の確認と整理をするために、久乃と奈保は階下に降りていた。

「CD……」

「ってゆーか、みんなCDに付いてくる小冊子が欲しくて集まってきたみたいだよー」

 続いて聞こえてきた奈保のレポートを裏付けるかのように、後方で「ひとり何冊まで買えるんだ?」と尋ねている声が聞こえてくる。単位が「枚」ではなく「冊」であることからも、何を求めているのかはお察しだ。

「というか、これはちょっとマズいでぇ、美織ちゃん。こっちは九尾君たちが整理を受け持ってくれるらしいから、うちたちはソレをなんとかせんとー」

 久乃の「今からそっちに戻るから」という言葉を最後に、スマホの通話が終了した。

「小冊子……」

 後に残るは、美織の茫然自失なつぶやきだけ。

 そこへ。

「ふわぁぁ、おはよー、みんな。ライブまでまだ二時間もあるのに早起きだねぇ」

 のん気なことを言って、葵が眠たそうな目をしながらリビングに入ってきた。

「葵、あんた、とんでもないことをしてくれたわね」

「へ?」

「そうだぞ、葵。どうするつもりだよ?」

「え、いや、ちょっと待ってよ。一体何のこと?」

「葵さん……」

 いきなりの叱責に戸惑う葵を、司は苦笑しながら手招きする。

 訳の分からず、誘われるがままに窓際へと近寄った葵は、眼下に広がる光景にぎょっと目を見開いた。

「なにこれ、こんなに集まってきたのー!?」

「しかもみんな、葵さんの小冊子目当てみたいなんですけど」

「ヴえぇぇ?」

 思わず変な声をあげてしまう葵だった。



 葵のエロ同人作家としての知名度を利用した戦略、それ自体は良かった。

 しかし、その人気のほどを計り間違えた。

 ミニライブの告知をしたのはたった二日前。しかも店頭での告知のみである。

 なのにネットで噂が広がっただろう、この有様である。恐るべきはネット、恐るべしはぶるぶる人気である。

 この予想外の事態に果たしてどのように対応するのか。一歩間違えれば炎上間違いなしのピンチに、美織の判断は素早かった!



「ちょっと! なんで僕のシャワーシーンなんてあるんですかっ!?」

 刷り上ってきた紙を折ろうと手を伸ばした司だったが、その内容を見るなり驚かずにはいられなかった。

「いやー、だって、つかさちゃんなら裸を描いてもいいって美織ちゃんが言ったからさぁ」

「ええっ!? いや、確かに言ってましたけど、だからって本当に描かなくても……久乃さんも内容をチェックしたんなら止めてくださいよぅ」

「んー、そやけどなー、葵ちゃんがこれは絶対に必要なシーンなんだよーって言うからなー」

「僕のシャワーシーンがどうして重要なんですかっ!?」

「ちっちっち、分かってないなぁ、司君。あたし、これまでエロ同人作家だったんだよ。なのに裸のひとつもない漫画を出したら、どうなると思う? あたしだったら暴動を起こすね」

「でも、だからって」

「あー、もううるさいわね! 司、男だったらケツを晒されたぐらいでぴーぴー騒がないの! それよりも今は時間がないんだから、とっとと手を動かす!」

 小冊子の内容を巡ってやりあうふたりを怒鳴りつけながらも、美織はすごい勢いで紙を二つ折りに畳んでいった。

 ミニライブ後に販売予定のテーマソングCD、用意したのは434枚。えらく中途半端で、しかも何の実績もないぱらいそにしてはあまりに多すぎる数だが、美織が「この数字から伝説が始まるのよ」とワケノワカラナイ主張をして押し切った。

 しかし、まさかそれが足りなくなる可能性があるとは思ってもいなかった。

 さすがに今からCDを増産することはできない。もし集まった人たちの目的がCDならば、今頃は全員で土下座をしていたことだろう。

 そういう意味では、みんなの目的がぶるぶるさんこと、葵の描いた小冊子、しかも時間がなくて印刷所で刷ったオフセット本ではなくコピー本なのが幸いした。

 これならば今から急いで刷って、みんなで手分けすればなんとかライブが始まる前に十分な数を揃えることが出来る。

 本来ならCDのおまけだったが、こうなっては小冊子だけ無料配布もやむなしだ。

「ああ、ライブの練習にかまけてないで、僕もちゃんと葵さんの本をチェックしておくべきだった」

「練習にかまけるって、なんか斬新だな、オイ」

「これからはちゃんと僕もちゃんとチェックしますからね、葵さん!」

「はいはい、分かった分かった。けど、司君はいいのかなぁ? あたしがつかさちゃんの裸を描かなくても」

「……変なことをいいますね。もちろん、いいですよ」

「そう? でもさー、司君、あたしのエロ同人誌買ってたんだよねぇ? 買いにいったんだよねぇ、わざわざコミラまで。この暑いのに。何時間も並んで」

「そ、それとこれとは話が」

「あたしさー、ここにいる間はつかさちゃん以外の裸を描いちゃダメって言われたんだよねぇ。いいのかなぁ? つかさちゃんを裸にしないと、あたしのエロ描写はしばらく見れないよぅ?」

「………………いやいや。だってつかさちゃんって僕がモデルじゃ」

「司クン、一瞬考えたね」

「司君の男の子らしい葛藤を見てもうたなぁ」

「ちょ、ちょっとやめてくださいよ、そんなんじゃ」

「……変態」

「あうっ!」

「だーかーら、手を止めるなって言ってんでしょ!」

 自ら「変態」と決定打を放ち、司を凹ました美織が、その止まった手をピシリと打った。

「だって店長が変態なんて言うから」

 いつもならそこでやりこまれてしまう司が、今日は珍しく言い返した。

「あんたは自分の女体化した裸の絵に興奮するんでしょ? 変態じゃない」

 だからと言って美織が司なんかに遅れを取るわけもないのだが。

「いや、別にそういうわけじゃなくてですね」

 さらに何か言い返そうとする司。

「てかさ、そう考えるとなんか凄いわね。自分の女体化に興奮する変態をモデルにした漫画を見て、集まってきた大勢の変態どもがまた興奮するんだから、もうなにがなんだか……」

「……」

 美織に出鼻を挫かれてしまったのか、今日は多弁な司も言葉に詰まる。

「……」

「……」

 それを機に他のみんなも黙って作業に没頭し始めた。

 しばらく誰も話さない無言の時間が続く。

 そう、とにかく今は小冊子を大量に作ることが大事。それが終われば次は……。

「……あんな大勢の中で僕たち歌うんですよね」

 ポツリと司が呟いた。

「あー、やめてよ、司君。忘れようとしてたのに!」

「司くーん、さすがに今のはうちもどうかと思うわぁ」

 非難轟々である。

「ご、ごめんなさい」

「うわー、手が! 意識したら手が震えてきたぁー」

 葵がほら見てと震える両手を広げてみせた。

「ホントだ……」

 実を言うと、司もさっきから手が震えそうになるのを必死に押し留めている。葵のように素直に告白しなかったのは、単に男の子としての見栄だ。

「そ、そうだ。レンちゃんならこういう時どうすればいいか知ってたりするんじゃないの?」

 葵は咄嗟にレンへアドバイスを求める。

 武道家であり、肉体だけでなく精神も鍛えているレンならば、こういう時の対処法も心得ているんじゃないかと思ったからだ。実際、多くのギャラリーの注目を集めて『ストレングスファイター4』をプレイする時も、激ムズコンボを冷静に叩き込むレンは緊張とは無縁のように見える。

「え? お、おう。も、もちろん、知ってるぞ」

 そのレンの声が震えていた。

「こういう時はだなぁ、手のひらに『人』の字を書いて……」

 しかもアドバイスもひどくベタだった。

「へぇ、レンちゃんも緊張したりするんやなぁ」

「だあぁ! そりゃーオレだって緊張ぐらいするよっ!」

「でも、いつもは多くのギャラリーに見られていても『スト4』でエゲつないコンボを決めたりするじゃん」

「アレとコレとは別! 格ゲーとか空手の試合とかはいくら観客がいようが気にならないけど、これからあんなフリフリの衣装を着て、大勢の前で歌って踊るのかと思えば……おおう!?」

 レンが驚きの声をあげる。

 どうやら鳥肌が立っている自分に驚いたらしい。

「レンちゃんも意外と凡人だったか……。となると、なっちゃん先輩!」

 葵は次の標的を奈保に定めた。

「なっちゃん先輩は緊張とか無縁そうですよねぇ。どうかひとつ憐れな子羊にアドバイスを!」

 頭を深々と下げるも、微妙に相手を馬鹿にしたような言い様である。

「んー、そうだねー、なっちゃんは基本的になんでも楽しいと考えればいいんじゃないかなって思うよ?」

「お、なんか意外やなぁ」

 奈保の答えに久乃が感嘆する。しかし、一体なにが意外なのか。揃いも揃ってみんな奈保を小馬鹿にしてはいないだろうか。

「例えば今日のライブも、終わった後に『素晴らしいステージでした。どうか僕と結婚してください』ってセレブな人から告白されるかもしれないって考えると楽しいよ?」

「あー」

 奈保はやっぱり奈保だった。

 言っていることは間違っちゃいないが、アレンジが実に奈保らしい。

「まぁ、でも、楽しいって感じるのは大切やねぇ。人間、楽しいから頑張れるってのは、確かにあるもんなぁ」

「それは分かる気がする。あたしも漫画描くのは大変だけど楽しいもん」

「そやろ? それに楽しんで作り上げたもんを他の人が喜んでもらえるのもまた嬉しいやん?」

 葵は素直に頷いた。

「今回のことやって、それと一緒と思えばええんとちゃう? 大変やったけどみんなで歌ったり、踊ったりしたのは楽しかった。そうやって楽しかったことの成果を、これだけ多くの人に見てもらえるってのは緊張もするけど、同時に嬉しいって気持ちもあるやんなぁ?」

 だから最後まで楽しもうって久乃の言葉は、みんなの心を勇気付けた。

「……」

 ただひとりだけ、まだ身体の震えを止めようと必死な者がいる。

「あ、それから、私からもひとつだけ」

 そしてやはりまた別のひとりだけが、その事実に気付いてた。

「今回のライブを前にひとつだけ、みんなに知っておいてほしいことがあるの」

「知っておいてほしいこと? 何なん、美織ちゃん?」

「歌って踊るのは楽しい、それは認めるわ。でも、私たちは自分たちが楽しいから今回のライブをするわけじゃない。お客さんと一緒に楽しみたいから、ライブをやるわけよ。それはいつものぱらいその営業だって同じ。私たちは金儲けでも、自分たちの楽しみでもなく、みんなが楽しめることをしたくて、やってるの」

 一息入れると美織はみんなを見渡す。

 その視線が未だ緊張を押し隠そうとしている人物の前で止まった。

「言うならば私たちの仕事は、一緒に楽しんでくれる仲間をひとりでも多く作ること。それは言葉で言うほど簡単ではないわ。でも、お客さんが仲間になってくれるかどうかは、すべて私たち次第。その私たちが怯えて距離を置いていたら、本当の仲間になんてなってくれない。もちろん色々と不安もあるけれど、それを乗り越えてこちらから一歩を踏み出せる勇気を今日のライブで見せて欲しいの」

 言葉はこちらの意思を他者に伝える力を持っているが、決して万能ではない。

 いくら言葉の限りを尽くしても、伝わらないこともままある。

 だけどこの時の美織は、自分の言いたいことが相手に伝わったと確信した。

 だから微笑んで

「はい、てことで今は作業に集中! ライブまでに今日集まってくれた人全員に行き渡る量を作りきるわよっ!」

 話をすぱっと切り上げると、自らすごいスピードでコピー本作りに専念しはじめた。

 そんな美織に続けとばかりに、みんなも作業を再開する。


 もう誰も震えている者はいなかった。


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