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ぱらいそ~戦うゲームショップ!~  作者: タカテン
第五章:ハート、スイッチオン!
48/87

第四十五話:司と葵のシークレットサマー

 無駄に元気がいい。

 シニヨンキャップのおだんご。

 チャイナドレスのスリットから覗く健康的なふともも……。

 葵を知らない人にこれらの特徴を伝えたら、どのような人物を想像するだろう?

 きっと健康的で、明るく、スポーツ大好きなチャイナガールを想像すると思う。

 事実、美織たちも葵はそういうキャラだとその時まで思っていた。

 が。

「……葵、あんた見かけ倒しもいいところね……」

 早朝のぱらいそ付近の公園に青白い顔をして倒れこみ、ぜーぜーと息を吐く葵の姿に美織は絶句せざるをえなかった。

 あの日、葵は泣きそうな顔をして「自分はオンチだ」と告白した。

 試しに誰もが知っているような曲を歌わせてみたら、なるほどこれは酷い。具体的に言うと葵の名誉に関わるので差し控えるが、例をあげるならテレビCMで「アイドルはやめらんない!」って言ってた某アイドルを彷彿とさせる。

 それでもいざとなれば葵のマイクだけ音量を絞るか、あるいは口パクすればいい話だった。

 メンバー個々のパートも入れるつもりではいるが、葵のところは短いセンテンス(しかも多少音階が外れてもばれないようなところ)にしてしまえばいい。

 しかし、問題はそれだけではなかった。

「ハァハァ……だから……言ったじゃん……オンチだって」

「そんなこと言われても、まさか歌だけじゃなくて運動までオンチだとは思ってなかったわよ!」

 美織は思わず頭を抱える。

 歌だけならなんとかなる。でも、体力がこうも壊滅的だと、さすがにアイドルは厳しい。アイドルは歌って踊るのが基本、華やかさとは裏腹にしっかりとした体力が必要とされる。

 もちろんバラード調の動きの少ない曲もあることにはあるが、ぱらいそのテーマソングはいかにもアイドルらしいキャッチーな曲にしてほしいと作曲を担当する久乃には伝えていた。

 ……今からでも変更すべきか?

 ふと考えたものの、美織はすぐに頭を振った。

 普通の曲ならバラードでもいい。でも、今回の曲はゲームショップである、ぱらいそのテーマソングなんだ。そこには聞く人の心がワクワクするような要素に満たされていなければならない。落ち着いた感じの曲では、お客さんの購入意欲を促進することなんてできないのだ(コレ重要)。

「大体あんた、そんな健康そうな体つきをしていて、どうしてそんなに体力ないのよ? 中学ではなんの部活してたの!?」

「……漫研」

 あー、と誰かが納得した声を上げた。

 ちなみに漫画も描き続けるには体力がいる。が、アイドルのそれとはまた別の体力なのは言うまでもない。

「……ったく、まるでサギにあったような気分だわ」

 ヒドいことを言う。

「……」

 しかし、葵には反論する気力も残ってはいなかった。



 葵の件は美織にとってまったくの予想外だった。

 が、悪いことがあれば、良いことだってあるのが人生だ。

「……あんた、マジで何者?」

 夜、ぱらいそが店舗を構えるマンションの最上階、つまりは美織たちが住んでいるフロアのだだっぴろいリビングで発声練習をする司に、美織は思わずつぶやかずにはいられなかった。

「え? えーと?」

 いきなりそんなことを言われて困惑する司に、美織は以前に葵に歌わせた曲を唄ってみなさいと促す。

 戸惑ったものの、司はすーっと息を吸い込むと

「ふはぁ、こっちもこれまたスゴいなぁ」

「おいおい、なんだこりゃ……」

「神様ってズルいヨネ」

 美織だけでなく、みんなも感嘆し、思わず聞き入ってしまうほどの見事な声域の広さと歌唱力をもって歌いあげた。

「よくよく考えてみたら、あんた普段は普通の男の子のくせに、女装している時はちゃんと女の子の声を出しているもんね。声域が広いのも当たり前か」

 やや赤面して、ふぅと息を吐く司を、美織は呆れたように見つめる。

 いや、ように、ではない。実際、呆れていた。

 女装すれば、ホンモノの女の子顔負けの可愛らしさ。

 歌を唄えば、まるでギリシャ神話に出てくるセイレーンのように、聞く人の耳を魅了する美声。

 おまけに発声練習の前に行われた奈保のダンスレッスンでも、他のみんなよりも抜きん出たリズム感を発揮している。

 これはまるで。

「チートだ! チート主人公がいる……」

 特訓一日目で早くも体力的にも精神的にもやつれてしまった葵がぼそりと呟く。

 まさにその通りだった。

 でも、この際チートだろうがなんだろうがなんだっていい。司がここまでの能力の持ち主だったとは僥倖以外のなにものでもなかった。

 もとより司には大役を演じてもらうつもりだった……そのハードルは決して低くはない。

 だけど司ならばきっと飛び越せるだろう。

「いえ、そんな、ボクなんて……」

 周りからスゴイスゴイと褒めたてられて、司がカツラの上から頭をかきながら照れくさそうにしている。

 その様子に美織は企みを隠しきれない笑みを零した。


 

 かくしてぱらいそスタッフはテーマソング発表のライブに向けて、猛特訓の日々を送ることになる。

 が、今回はその裏にあった、もうひとつの話。

 決して表に語られることのない、秘密の話をしよう。

 


 お盆に入っても、ぱらいその実績はあまり芳しくなかった。

 例のアイドルを担ぎ上げたライバル店の影響もある。

 が、それ以上に魅力的な夏イベントを、ここまで打ち出せていないことの方が大きかった。

 全員メイド姿のメイドゲームショップとして生まれ変わり、ゲーム対決による買取イベント、アーケード筐体の導入と、派手なことをやってきたぱらいそ。それゆえにお客さんの期待値も高まってしまい、いまやちょっとしたイベントでは満足してもらえなくなった感がある。

 今もお盆セールとして、五百円以上の中古商品を二点同時購入で五百円引きというイベントを行っているが、反応はイマイチだった。

「なぁ、今日はつかさちゃんお休みなの?」

 おまけにお目当てのつかさちゃんの姿が見当たらないとあって、九尾は陳列している商品を気だるさそうに清掃している葵を捕まえて尋ねてみた。

「まぁねぇ」

 何故か葵がにんまりとした表情で答える。

「なんだよ、葵。その『私、知ってます』って顔は?」

「んー、別にー。まぁ、つかさちゃんもああ見えてお年頃ってことですよ」

「なにー!? おい、ちょっと待て、それはどういう意味だ?」

 九尾が葵の両肩に手を置いて激しく揺らす。

「うわん。やめれー。ただでさえここんとこ筋肉痛で身体が辛いんだからー」

「そんなことより、つかさちゃんがお年頃って一体どういう……まさか誰かとデートとか言うんじゃないだろうなっ!?」

 魂の咆哮をあげる九尾に「こいつ、つかさちゃんがどこへ何しに行ったのか知ったらどんな顔をするんだろうなぁ」と思いながら、とりあえず揺れを止めるべく拳を握り締めた。



 同じ頃。

 司はとある場所で、とあるイベントに参加していた。

 司が親元を離れて一人暮らしを始めたのは勿論、ぱらいそで働くためだ。

 でも、上京したら参加してみたいとひそかに思っていたイベントがあった。

 年に二回、お盆と年末に開催される同人誌の即売会・コミックライブ、通称コミラである。

 まだまだバイトの数が足りないぱらいそにとって、普通お盆という忙しい時期はスタッフ全員が出勤しなくてはお店が回らない。

 が、最近の停滞感が司にとっては逆に味方した。

 加えて今日この日をお休みさせてもらう為に、本来の、二日分の休暇を出勤することを申し出たところ、美織は「そこまでして何で?」って顔をしつつも、深く追求せずにお休みを認めてくれた。

 もっとも司のような買い手ではなく、売り手側の葵は鋭く事情を察し、しかもその日付を見てニヤニヤしていたが、司はあえて無視を決め込んだ。

 ああ見えて司だって年頃の男の子だ。

 ましてやゲームやアニメが大好きな、いわゆるオタク系。その手のものに興味がないと言えばウソになる。

 かくして司はいつものぱらいそとは正反対な実に男らしい格好(年齢詐称のためである)と、情熱で始発の電車に乗り込み、意気揚々と戦場へと赴いた。

「それにしても……」

 真夏の炎天下、司は帽子を脱きたいのを我慢しながらつぶやいた。

 噂には聞いていた。夏はとんでもなく暑く、冬はとんでもなく寒い、と。

 覚悟はしていた、つもりだ。

 でも、実際に参加してみて考えの甘さを思い知らされた。

 そもそもコミラの暑さは太陽の暑さではなかった。

 自分と同じく、野望を抱いてやって来た人の熱気こそが、その暑さの原因だった。

「みんなよく我慢できるなぁ」

 それでも誰も文句も言わず、ひたすら耐えて行列に並んでいる。滴り落ちる汗、暑さでくらくらする頭。行列は少しずつ進んでいるから確かに目的に近付いているのは分かるものの、かといって一体いつ念願のお宝を手に入れることが出来るかは見当もつかない。それぐらい、司の並ぶ大手サークルの行列は長い。

 めげそうになる。投げ出したくなる。なんでこんなのに来ちゃったんだろうと後悔もしたくなる。

 だけど、他の参加者同様、司もここで諦めるわけにはいかなかった。

 諦めたらそこで試合終了。お宝は手に入らない(もっとも数日ほど待てば同人誌ショップで手に入るのだが)。

 せっかく休みを取りました。

 朝早くからやってきました。

 暑いのに我慢して並びました。

 なのに何も手に入りませんでした、では諦めようにも諦めきれない。

「我慢だ。これも大人の階段を昇るための試練なんだ。頑張れ、僕」

 自分を励ましつつ、司は黙々と行列に並び続けた。

 

 司の努力が報われたのは、かれこれ二時間後。 

 十秒と満たないやりとりで、司は念願のお宝・ぷるぷる堂の夏コミラ新刊を手に入れたのだった。



 念願の新刊を手に入れた司は、初めてのコミラということもあって、その後も多いにお祭を堪能した。

 軍資金の許す限り、これはと思った同人誌を買い漁り、コスプレの人たちの晴れ姿をスマホに収め、とても充実した心持ちで帰路に就いた。

 ボロアパートの一室に帰り、本来ならすぐにでもお宝の鑑賞に浸りたいところだ。

 が、来たるべくぱらいそのライブの為に、レッスンを疎かにするわけにもいかない。

 ここは気持ちを切り替え、夜のレッスンに挑んだ司だったが……。

「司、おまえ、今日はもう帰れ」

 レッスンを一時中断させたレンが、司にそんなことを言ってくるほどへとへとに疲れている姿を晒すのは当たり前と言えば当たり前だった。

「……え?」

「え、じゃねぇよ。めちゃくちゃ疲れてるじゃねーか。そういう時に無理すると、怪我しやすいんだぞ。悪いことは言わねぇから今日はやめとけ」

「……」

 口は悪いものの、友達思いのレンらしい気遣いに、司もしばし考え込む。

「そうよ、司。疲れと怪我発生のバランスを甘く見たら痛い目に遭うわよ」

 悩む司の背中を後押ししたのは、珍しいことに美織だった。日頃はスパルタンなくせに、ここぞという時には優しさを見せるとは、美織もようやく管理職らしい人材育成を意識して……

「だいたい怪我率が二十パーなのに、それでも怪我するんだから!」

 うん、全然違った。レンのは子供の頃からやってきた空手からのアドバイスだったが、美織のそれはただのゲームの話だった!

「えーと、じゃあ、すみません……」

 それでも実際相当に辛かったのだろう。生真面目さゆえの頑固なところがある司も、ここは素直に従った。

 と言っても、すぐには帰らない。レッスンだから服装こそ普通のジャージ姿ではあるものの、本番を想定して付けた鬘はそのままに、リビングのソファに腰掛けて、他のみんなが踊る様子を見学することにする。やはり司はどこまでも真面目君だ。

 司を抜いてダンスレッスンが再開される。

 床に置かれたPCから流れるのは、久乃が苦しみに苦しみ抜いた上に作り上げた、ぱらいそのテーマソングだ。明るく、ポップな、ノリのいい音楽は、とても作曲素人が作ったとは思えない。さすがは久乃、美織にして完璧超人と言わせるのは伊達じゃない。

 その音楽に合わせて、奈保が考えた振り付けをみんなが踊り出す。

 まだ踊りながら歌えない。が、最悪、歌は録音しておいて、当日は口パクでもなんとかなる。しかし、ダンスはそうもいかない。というわけで、今は集中的にダンスの練習に当てていた。

 司から見て、振り付けを考えた奈保はもちろんのこと、レンも持ち前の運動能力の高さですごく様になっている。

 久乃も、この中では一番の年上にも関わらず、誰よりも余裕を持って踊っているのはさすがは完璧超人だ。

 彼女たち三人に対して、やはり美織は見劣りがする。それでも美織が一番アイドルっぽく見えるのは、誰よりも楽しそうに踊っているからだろう。見ているだけでこちらも踊りたくなるほどだ。

 そして。

「葵! 間違ってもいいから、とにかく元気と笑顔を忘れないようにっ!」

「分かってるって! てか、話しかけないで。間違えちゃうじゃん!」

 美織からの指摘に答えつつ、必死になって手足を動かす葵は、豪快な笑顔を浮かべていた。もはやヤケクソと言ってもいい。でも、その思い切りといい、必死さといい、どこか応援したくなるような魅力があった。当初と比べて格段に成長したとはいえ、まだまだ動きがぎこちない葵に「一所懸命さと笑顔をアピール!」としつこく叩き込んだ美織の、したたかな戦略の成果である。

 お盆になって、夏休みも半分を切った。

 一応夏イベントだし、ライブは夏休み中にやりたい。

 当初はそんなの無理なんじゃないかなと思っていたものの、みんなの調子を見ていたら出来るような気がしてくる……。

「……ふぁ」

 すると安心して気が抜けたのか、睡魔が襲ってきた。

 みんなが頑張っているのに眠っちゃいけないと、司は懸命に瞼を擦る。

 でも、昼間の疲れを上乗せした睡魔は最強だ。RPGにありがちな裏ボスよりも断然強い。

 そのような難敵に勝てるはずもなく、レッスンが終わって皆が気がついた頃には、司はソファで深い眠りの世界へと旅立っていた。



「……あ」

 目を覚ますと、辺りは柔らかい闇に包まれていた。

 かすかに聞こえてくる冷蔵庫やエアコンの静かな稼動音。ぎりぎりにまで光量を絞られた間接照明がぼんやりと天井と床を照らしている。

「いつのまにか寝ちゃってたんだ……」

 いつも寝起きしているボロアパートとは違う景色に司は一瞬戸惑ったものの、すぐに状況は理解できた。むくりと身体を起こすと、タオルケットがはらりと床に落ちる。エアコンで快適な温度に調整されているとは言え、そのまま寝ては風邪をひくこともあるから誰かが掛けてくれたのだろう。

 頭に手をやれば、鬘も取り外されていた。変に寝癖がつかないよう、これもまた誰かが気をつかってくれたに違いない。

 申し訳ない気分になったものの、今頃はみんな寝静まっていることだろう。お礼を言うのは明日にして、今日のところは帰ることにした。

 タオルケットを丁寧に畳んでソファに置くと、間接照明に照らされたリビングの扉へと向かう。

 扉を開けるとエレベーターに繋がる廊下、その両側にはぱらいそスタッフたちの部屋がある。本来ならばどれも施錠され、お姫様たちの安眠を守る扉たち……そのうちのひとつがかすかに開かれ、中の光が廊下に漏れ出ていた。

 葵の部屋だ。

 今が何時かは分からないが、深夜なのは間違いないだろう。同人誌の締め切り前は徹夜が続いていたが、それも乗り越え、しかも最近は連日のレッスンで疲れが溜まっている。早く寝た方がいいのに、と思いながら、司は一声かけようとそっと扉の前で「葵さん?」と、その名を静かに呼んだ。

「……」

 返事がない。

「葵さん?」

 もう一度呼びかける。

「……」

 状況は変わらない。

 いないのだろうか?

 それとも司と同じように、寝落ちしてしまったのだろうか?

 先ほど畳んだタオルケットのことを思い出す。今度は自分が葵に優しさをお裾分けする番だろう。

 が、そうなると許可を得ず勝手に葵の部屋へ入ることになる。いくら仲良くしていても、同級生の女の子の部屋に黙って入るのは気が引けた。

 はたしてどうするべきか……。

「もうじれったいわね。襲うの? 襲わないの? どっち?」

「え? うわもぐぐぐぐ」

 突然声を掛けられ、驚きの声を上げて振り返ったら、これまた唐突に口へ掌を押し付けられた。

 美織だった。

「馬鹿、大声を出したらみんな起きちゃうじゃないの。静かにしなさい」

 分かった? との問い掛けに、司はこくりと首を縦にふる。

「ぷはぁ。てか、店長、いつの間に?」

「ん、トイレから戻ろうとしたら、あんたが葵の部屋の前でやらしそうな顔を浮かべて立ってたのを見かけてね」

「やらしそうな顔なんかしてませんよっ! てか、薄暗くて表情なんて見れないでしょう!?」

「ちょ、だから静かにしろっての。はいはい、分かった分かった、冗談よジョーダン」

 で、なにしてんの、と続ける美織に、司は状況を簡単に説明した。

「はぁ? そんなことで悩んでたの? こりゃあ襲うとか以前の問題ね」

「でも、女の子の部屋に勝手に入るのってマズいじゃないですか」

「んなの、相手によるでしょ。確かにあんたが私の部屋に黙って入ったら古今東西のさまざまな拷問を試して生きてきたことを後悔させてあげるけど、相手はあの葵よ? 問題ないでしょ」

 そもそもあんたとはパンツを見たり見られたりする間柄じゃないと言うが、さすがにそれは違うんじゃないだろうか。

 しかし、戸惑う司をよそに、美織は部屋の扉をバーンと開いてしまった。

 おかげで司にも部屋の様子が見えてしまう、ものの。

「あら? 葵にしてはちゃんと片付いているわね」

 意外とばかりに呟く美織の言葉通り、葵の部屋は整理整頓が行き届いたものだった。

 葵の性格からして、てっきり本やらゲームやらが部屋の中に散乱していて、服や下着も脱ぎ散らかされているものだとばかり司は思っていたのだが……。

「まぁ、そういうのを期待してたあんたには残念かもね?」

「な、何を言ってるんですか?」

 心のうちを見透かされた言葉に、思わずキョどる司。相変わらず分かりやすい。

「で、葵はやっぱり寝落ちしてる、と」

 PCの電源を入れっぱなしのまま、机に突っ伏して眠っている葵を確認した美織は、今度こそ想像通りの結果に軽く溜息をついた。

「まったく、レッスンで疲れているんだから、ちゃんとベッドで寝ればいいのに」

 部屋へずかずかと入り「ほら起きなさい」と葵の肩を揺らそうと手を伸ばしたところで、美織はあるものに気付いた。

 そしてなんとも言えない悪戯っ子な笑みを浮かべると、部屋の外にいる司を手招きした。

「どうしたんですか?」

 恐る恐るといった感じで部屋に入ってきた司に、美織は机の上に置かれている大型の郵便封筒を指差す。

 封筒には大きく葵の名前、そして「見本誌在中」とスタンプが押されてあった。

「あれ、葵が描いてる同人誌じゃない?」

「……だと思いますけど」

「あんた、この子がどんな同人誌描いてるか知ってる?」

「……いえ」

「実は私も知らないのよ。見せてって言っても『そんな大層なもんじゃないよぅ』ってはぐらかしてさぁ」

 ますます楽しくてたまらないとばかりに顔を歪ませると、美織はひょいと封筒を持ち上げた。

「ちょ、店長、中を見るつもりですか?」

「大丈夫だって、封は開けられてあるし。私たちが見たなんて分からないわよ」

 そう言って美織は封筒の中へ手を突っ込んだ。

 正直なところ、司だって葵がどんな漫画を描いているのかは興味がある。

 ただ、言いたくないのなら、無理矢理聞く必要もないとも思う。人間誰しも秘密にしたいことはあるものだ。

 だけど美織が言うように、今は葵に知られることなくその内容を知るチャンス……罪悪感はあるものの、それ以上に好奇心が勝って司はただ封筒から同人誌が取り出されるのを黙って見ていた。

 そう、黙っているつもりだった。

「え? ええええええっっっ!?」

 しかし、次の瞬間、司は驚きのあまり大声をあげてしまった。

「ば、ばかっ! なんて大声をあげるのよ! 葵が起きちゃうでしょ!?」

 美織が慌てて注意するも、その甲斐なく

「ふぇ? ……あたしが……なんだって?」

 寝惚け眼をごしごしと手の甲で拭いながら、葵がむくりと上体を起き上げる。

「あれ、司クン、どうして……? それに、美織ちゃんまで……って!」

 葵の目が大きく見開かれた。

「ちょっ、それ、あたしの同人誌! なに勝手に見てんのさっ!」

 ひったくるように葵は美織の手から同人誌を奪い取ると、隠すように胸の前で両手で抱え込む。

「あたしの同人誌って……じゃあ、葵さんって、まさか……」

 だけど司はばっちり見てしまっていた。

 美織が封筒から取り出した、肌色がやたらと多い薄い本の表紙……それは昨日、炎天下の中を二時間も並んで買い求めたものとまったく一緒で……。

「ぷるぷる堂の、ぷるぷるさんなんですかっ!?」

 深夜にも関わらず思わず叫んでしまう司に、葵は「あはは」と引き攣った笑いを浮かべながらも、必死に何かいい言い訳はないかと考えを巡らす。

「もーらいっ!」

 その隙を美織は見逃さなかった。すかさず同人誌を葵から奪い返すと一気にご開帳!

「あ」

 ページを開いたまま、美織が固まった。

「ああっ!」

 葵の顔から血の気が引く。

「……あ、買ってよかった」

 そして司は見開かれたページに思わず素直な感想を零していた。

「んー、なんなん、こんな時間に騒いで?」

 するとそこへ「ふぁ」と軽く欠伸をした久乃がやってきて、固まったままの美織からひょいと葵の同人誌を取り上げ……。

「ふーん」

(なっ!?)

(鼻で笑った!?)

(そんなぁ、今回のはかなり過激なのにっ!)

 未成年者たちを前に大人の余裕を見せつけたのだった。



「葵、あんたねぇ、なんでこんなのを描いてんのよ?」

 深夜のリビング、ソファーに座った美織は同人誌をひらひらと揺らしながら、床に正座させた葵を見下ろした。

「いやぁ、まぁ、それにはいろいろ事情がございまして……」

 気まずそうに顔をあらぬ方向に向けながら誤魔化しの言葉を並べる葵に美織は小さく溜息をつくと、今度はその横にやはり正座で小さくなっている司に軽蔑の眼差しを向ける。

「で、司、あんたはあんたでわざわざ休みを取ってまでこんなのを買いに行ってたんだ?」

「え、えーと、その……はい、すみません」

 司は素直に謝るしかなかった。恨むべきは自分の軽率すぎた言葉だ。

「まったく、男ってのはどうしてこうも下半身で行動する生き物なのかしら……」

 美織は同人誌の内容を思い出したのか、顔を顰めてみせる。そして

「と、とにかくこの本は私が」

「あかんて。うちが没収する」

 同人誌を懐に収めようとした美織から後ろに立っていた久乃がひょいと取り上げた。

「ああっ!? ちょっと久乃、返しなさいよ」

「美織ちゃんも未成年やん。こんなの見たらあかんでぇ」

 ただでさえエロ親父っぽいんやから、とぐうの音も出ない一言で美織を黙らせる久乃。

「それから葵ちゃんも、ここにいるうちはこんなのを描くのは許さへんよぅ?」

「ええっ!? そんなぁ」

「まだ高校に入ったばっかりの子がこんなの描いたらあかんやろ?」

「大丈夫だよ。あたし、中学の頃から描いているし」

「なにが大丈夫やのん!?」

 丸めた同人誌で、久乃は葵の頭をぺちこんと叩いた。

「中学からって、一体なんでそんなことになったんや……」

「いやー、お絵かきサイトに描いた絵を投稿してたらサークルにスカウトされちゃってさー。で、漫画家志望だって言ったら『だったら同人誌で名前を売ろう! エロの方が売れるからエロでいいよね』って事になったんだよ」

「なったんだよ、じゃないやん。そこはちゃんと断わらんと」

 久乃は呆れたとばかりに頭を振って言葉を失った。

 代わりに美織がぴかーんと目を光らせる。

「そう言えば大きなサークルは、イベント一日でとんでもない売上げをあげると聞いたことがあるわ」

 さすがは守銭奴。

「葵、あんたのとこはどうなの? 儲かってんの?」

 儲け話にはガツガツいく。

「んー、詳しくは知んない。ほら、こう見えてもちゃんと正体は隠さなきゃいけないって自覚あるから、コミラとか行かないもん。あたしは漫画を描くだけだよ」

 んー、でも多分……と葵は首を捻る。

「そんなに儲かってないんじゃないかなぁ。発行部数も少ないし」

「えっ!?」

 葵の言葉に反応したのは、唯一葵が所属しているサークルの規模を知っている司だ。

「いやいや、そんなわけないですよ。だって、ぷるぷる堂って正面シャッターサークルですよ?」

「シャッターサークル? なによそれ?」

 美織だけでない、久乃も、おまけに葵まで「聞いたことない」って表情を返してくる。

「シャッターサークルってのは、その名前の通り会場の正面シャッター前にスペースを配置されるサークルのことで……ああ、つまり簡単に言えば一日に数千冊も捌くような超大手しか配置されないんですよ!」

 シャッター前の重要性を話しても三人がピンと来ていない様子を見て、司は具体的な数字を出して説明した。

「数千冊!? マジで!?」

 真っ先に喰いついたのは美織だ。慌てて久乃から同人誌を奪い取ると「じゃあ、これは幾らするの?」と葵を問い詰める。

「え……あはは……知らないデス」

「あんた、自分で描いておきながら何も知らないわねっ!」

 ばちこーんと今度は美織が葵の頭めがけて丸めた同人誌を叩き込んだ。

「えっと、確か五百円です」

 あいたーと蹲る葵に代わって、司が答える。

「たっか! こんなに薄いのに!? てか、なんであんたが知ってるのよ?」

「……その、僕も買ったので……」

「ああ、そう言えばあんた、わざわざ現地にまで行ってエロ本を買ってくる変態だったわね」

「変態って……」

「まぁ、それはいいわ。それよりもこの本は実際どれくらい売れてそうなの? さっき葵は少ないって言ってたけど」

「そうですね。二時間並んで僕が買った時もまだダンボールが積んでいたから、多分かなりの数があると思うんですけど」

 司の返事に美織が「おおう!」と声を弾ませる。

 その一方で葵はヒリヒリするおでこをさすりながら「ドユコト?」と話の流れについてこれていなかった。

「葵さん、具体的な数字は聞いてないんですか?」

「え? えーと、どうだったかなぁ。ちょっと待ってくれる?」

 一度部屋に戻ってスマホを持って来た葵は、チャットアプリケーションを立ち上げると履歴を調べ始める。

 そして見つけ出したお目当てのやり取りに、葵のみならずその場にいる全員が思わず絶句した。

「三百? さっきの司の話と全然違うじゃない!」

 スマホを覗き込んだ美織が呆れたと声を張り上げた。

「……葵ちゃん、つかぬことを聞くけど、これまで執筆料とかはどうなってたん?」

「……ほとんど利益が出てなくて、出てもコミラの後の打ち上げで消えるぐらいだって言うから……」

「はぁ、つまり貰ってなかったんやなぁ」

 驚く久乃に続き、美織も「アホねー」と追い討ちをかける。

「てか、ぷるぷる堂の『ぷるぷるさん』って超人気絵師ですよ? ネットでも検索すればすぐ出てくるのに、知らなかったんですか?」

「ぷるぷるじゃないよ……ぶるぶる、なんだけど」

「はい?」

「だーかーらー『ぷるぷる』じゃなくて『ぶるぶる』なんだってば」

 なんでも葵→あおい→青い→ブルー→ぶるぶるらしい。そう言われてみれば、と同人誌を確かめてみるとなるほど描かれたロゴは『ぶるぶる堂』とも読める。が、同時に『ぷるぷる堂』とも見える紛らわしいロゴであり、巻末の作者サインも同じだった。

「でも、会場でも『ぷるぷる堂の新刊はこちらでーす』って言ってましたし、世間一般にも『ぷるぷる』って認識されてますよ?」

「……葵、あんたさぁ、そのロゴもサークル連中からこれを使えって指定されてたりするんじゃない?」

 美織に言われて、はっとした表情を浮かべたかと思うと、次に葵は文字通りぷるぷると震えてコクンと頷いた。

 サークルからウソの発行部数を教えられていたり、巧妙に作者名由来のサークル名まで変えては葵がネット検索してもその人気ぶりが分からないようにされていたりと、これは……。

「んー、あまり言いとうないけど」

「騙されていた、かもしれない、というか」

「司、歯切れ悪い言い方をしない! 騙されてたのよ、葵は!」

 美織が葵の額を「ほわたぁ!」と指先でつつく。

 口撃力はカンスト状態だが、小柄ゆえに物理攻撃力はほとんどない美織のはずだが、葵は突かれた勢いのまま、バンザイして仰向けに倒れた。

 慌てて司と久乃が駆け寄るも、頭の打ち所が悪かった……というわけでは全然ないが、ショックで「あはは」と引き攣った笑いを浮かべるだけでまともな返事が出来ない。

「くっくっく」

 ただ、葵がそんな状態にも関わらず、美織はこれはたまらないとばかりに笑った。

「店長、さすがにそんなに笑っちゃ葵さんが気の毒」

「馬鹿ね、司。笑わずにはいられないってーの!」

 司の非難を一蹴すると、美織は突然がばっと床にしゃがみこんだ。

 そして未だショックで呆けている葵の上体を起こさせると、その両手を握り締める。

「葵! あんたを見い出した私の目はやはり間違っちゃいなかった!」

 ぶっちゃけその太腿の張りの良さから元気一番娘を期待していたら、とんだ運動オンチでサギられたと思ったこともあったけれど、やはり私はあんたの隠れた才能をしっかり見抜いていたのね、ああ、怖い、私のホンモノを見抜く力はもはや一種の異能かもしんない。とかなんとか自画自賛を並べると、

「面白いじゃない、葵。あっちがそう来るなら、喜んで『ぷるぷる』とやらの看板はあげようじゃないの。その代わり」

 美織が再度葵の額をつつく。

「こっちはあんた本来の『ぶるぶる』って看板で天下を取ってやるわよ!」

「……どういうこと?」

「あんた、私たちの漫画を描きなさい!」

「へ?」

 また美織が突拍子もないことを言い始めた。

「そうね、第一話は潰れかけのゲームショップを救う為に、店員の女の子たちがアイドル活動を始めるって展開はどう?」

 えーと、うん、それは色々とアレだ。

「うんうん、いいわ。ただでさえ話題沸騰しそうな題材な上に、それを人気絵師の『ぶるぶる』が描くのよ? これは売れるでしょ!」

「えっと……エロは」

 ぎろりんこ。

「描いちゃダメだよね、やっぱり。あははは」

 久乃に睨まれて、葵が力なく笑う。

 なんだかんだでそういう内容に興味津々なお年頃だ。

「まぁ、どうしてもと言うのなら、こいつを脱がしてもかまわないわ」

 そんな葵に、美織はくいっと首を振ってみせる。

 美織の指し示すところにいたのは、言うまでもなく司だ。

「え、ちょっと、店長、それは……」

「もちろん男の娘であることは隠さなきゃダメだけどね。で、どう葵、描いてみる?」

「描く! つかさちゃんのサービスショットが許されるなら、あたし、描くよ!」

「葵さん、なんでそんな鼻息荒く承諾するんですかっ!?」

「決まりね」

 例によって司の抗議を無視して、美織は満足そうに笑った。



 後日、人気サークル・ぷるぷる堂が突如として看板絵師・ぷるぷるの脱退と、『ぷるぷる』が今後『ぶるぶる』とペンネームを変えて活動をしていくことを発表した。

 ネットでは仲間割れだのなんだのと様々な憶測が流れたが、ぷるぷる堂はひたすら黙秘に徹する。その様子はまるで何か大きな力に固く口止めをさせられているかのようだったが、世間の関心は凋落必至のサークルよりも、当代きっての人気絵師のこれからの動向に集まり、あまり深く追求されることはなかった。

 そして「ぷるぷる堂の変」と呼ばれる騒動がまだ収まりきらない中、話題の中心である『ぷるぷる』改め『ぶるぶる』が、東京郊外にあるゲームショップのテーマソングCDのジャケット、並びに小冊子を手がけるという一報が走る。


 まさにライブ二日前のことであった。

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