第四十二話:ハリキリアタック
「いらっしゃいませー!」
ぱらいその店内に司の明るく元気な声が広がる。
「お売りいただけるものですか? ありがとうございます!」
買取のお客様から商品を預かる司の表情は、とても嬉しそうだ。
「え、ボクのオススメですか? そうですねぇ、こちらなんてどうでしょうか? あまり知られてませんが、『異世界無双』シリーズをアクションRPGにしたような作品で、群る敵をザクザク倒しまくる爽快感がたまらないですよー」
お客さんへのオススメトークにも力が入っている。
「お客様、こちらの商品ですが、ややバグが多い作品となっています。現在、修正パッチが配信されていますので、プレイ前にそちらをダウンロードしていただけますと幸いです」
販売時のちょっとした補足説明も抜かりない。
「ありがとうございましたー。またのお越しをお待ちしております」
そしてお客様のお帰りの際には丁寧にお辞儀をする。
他にも
「はい、大丈夫です、まだ予約特典お付け出来ますよ」
予約の問い合わせにはニコッと笑って受け答え、
「よろしければ液晶フィルターをこちらでお貼りいたしましょうか? ええ、お任せ下さい」
携帯機本体と同時に液晶フィルターを購入されたお客様にサービスしてみたり、
「えっと、ちょっと研磨を掛けてみますね……あ、よかった、キズ落ちましたよ」
思わぬトラブルにも動じることなく笑顔で対処と、例のライバル店でアイドルの仕事ぶりを見てから、司の接客にも変化が現れた。
もともと真面目であり、ゲーム関連の知識も深い。人見知りする内気な性格ではあるが、ことゲームのことになると本来なら積極的になれるところがあった。
ただ、
「つかさちゃん、張り切ってるなぁ。いつものオドオドした感じもいいけど、こんな頑張ってるつかさちゃんもオレは好きだぜ」
九尾がそんな感想を零すように、メイドの格好をさせられてからはどうしてもそちらの方に気が取られてしまって、元気や積極性に欠けていた。
それでもお客様から不満の声は上がってこなかった。むしろいつもビクビクしているような、恥ずかしがりやなところがウケて、司自身、これでもいいのかなと思っていたのだが……。
それは甘い考えだったと、司はひとりのアイドルの登場に思い知らされた。
★★★
「あいつら、本気でうち(ぱらいそ)を潰しにかかってきたってわけね」
それは先日のこと。
ライバル店で見てきたことを話すと、美織はやっぱりねとばかりに頷くと、その胸のうちを明かした。
「え? でも、アイドルがお店に居るのはこの夏だけって言ってますよ?」
その凄さにショックを受けるも、期間限定が故にまだそこまでの危機感を持っていなかった司は、美織の真意が理解出来ない。
「そうね。でも、想像してみなさいよ? 世の中でカップラーメン以上に美味しいものを食べた経験がない人が、ある日ふと行列が出来るラーメン屋さんで食事したとする。その人がお店を出る時、果たしてそれまで美味しいと思っていたカップラーメンをどう思うのかしら?」
「……そりゃあ、美味しさのレベルが落ちるんじゃないでしょうか」
「それと同じよ。うちも可愛い子を揃えているつもりだけど、所詮は普通の女の子たち。外見はともかく、内面の意識はまるで違うわ。アイドルってのは、人を魅せてナンボ。人を惹きつける力に長けてる。そんなのを間近に見たら、私たちなんて相手にしてもらえなくなるわよ」
美織の言うことは極端だとは思う。
だけど、実際にアイドルを見た司からすると、今回の件でお客様の目が肥えて、所詮は素人の集まりであるぱらいそへの熱が冷めてしまう可能性は十分にあると考え直させられた。
「……どうしましょう?」
司の弱気の虫が鳴き声をあげる。
「はぁ? どうするもなにもないわよ。やるべきことはひとつじゃない」
ただし、美織は違った。
そもそもこの一報が九尾からもたらされた時、美織はニヤリと笑ったのだ。
いつものように。
――面白いことになってきた、って。
★★★
「現時点で負けているなら、頑張って追い越せばいいだけ……ってさすが美織ちゃん、簡単に言ってくれるなぁ」
フロアで司が楽しそうにお客様と談笑しているのをカウンターから見ながら、しかし、葵はどこか複雑な気持ちになっていた。
葵だってぱらいそが好きだ。
ちょっとエロい制服はどうかと思うけど、仕事そのものはゲームやアニメが好きな自分には向いているし、一緒に働く人たちも個性的で面白い……まぁ、こちらが販売や買取のラッシュに追われている中、美織やレンがゲームで楽しそうに遊んでいるのを見てムカつく時もあるけれど。
最初は豪華住居完備で三食昼寝付きの謳い文句に誘われて始めたバイトだった。結果、昼寝こそなかったものの、それ以外の要素はとても満足している。
出来れば高校を卒業する三年間、ずっとここでバイト出来ればいいなと思う。
だからそのぱらいそがライバル店からの攻撃でヤバい状況にあるのは、葵だってなんとかしたい。
「……でも、相手はアイドルなんだよねぇ」
二日ほど前までこの夏に出す同人誌の原稿に追われていて、まだ件のアイドルを見てはいない。
だけど司から聞いた話や、その変わりぶりからどれだけ凄いのかはなんとなく想像できる。
さぞかしご立派なのだろう。
――だってアイドルなんだから。
美織は『アイドルは人を惹きつける達人』だと言う。
でも、葵からするとちょっと違う。
確かに人を惹きつける努力は精一杯しているだろう。
けれど最大限の決め手は『アイドル』という立ち位置だ。
アイドルという職業だからこそ、人は魅了されるんじゃないかな、と。
「だったらいくら同じことをして頑張っても、アイドルじゃない私たちに勝ち目はないじゃん……」
ましてや追い越すなんてとてもじゃないけど出来そうにない。
もちろん司の頑張りはとても大切だと思う。
思うものの、それでは勝てないんだよなぁと思うと、どこか虚しいものも感じる。
司には悪いけれど。
「それに……」
葵は再びフロアにいる司をチラリと見る。
いつものように九尾を含む数人のお客様に取り囲まれていた。
きっとゲームの話で盛り上がっているのだろう。時々どっと笑い声も上がっている。
みんな楽しそうで、それはなによりだと思う。
けれど、その中心にいる司の無防備な笑顔に、どこか危うさが漂うのも葵は感じ取っていた。
何か思わぬ落とし穴があるような、そんな予感がする……。
そしてあまり嬉しくないことに、そういった予感だけはえてして現実になったりするのだった。
かくしてちょうど一週間後。
事件が起きた。
日曜日のお昼過ぎ、本来ならお客様で混み合うはずも、ライバル店のアイドル出勤によって、ぱらいその店内はまばらだった。
現金なもので、日頃はぱらいその女の子目当てで群っている連中も、この夏の週末はあまり姿を見せない。九尾だけは例外だが、今日はお目当ての司から離れて、レンとの対戦を求めてやってくるガチ格ゲーマー勢に混じり『スト4』に興じていた。
普段はもっとお客様の喧騒で騒がしい店内に『スト4』と、美織が適当なお客様を捕まえて遊んでいるゲームの効果音が、妙にはっきりと鳴り響いていた。
「くっださいな」
それでもお客様が来てくれるのはありがたいことだ。
小学一、二年生ぐらいの女の子が、一本のゲームソフトを持ってカウンターにやってきた。
「はいはい、ありがとねー」
葵が対応し、カウンターに置かれたゲームソフトを手に取る。
中古商品だった。万引き防止のため中身が抜かれているので、まずはそちらを用意しなければならない。
葵は女の子に値段だけ告げると、中身が保管されている棚へと向かう。
その間、女の子は猫の顔をあしらったポシェットから財布を取り出し、言われたお金を取り出そうとして。
ちゃりん。
小銭を一枚、床へ落としてしまった。
「あうっ。十円玉さんが……」
慌てて拾おうと転がる十円玉を追いかける女の子。それがよくなかった。
じゃららららららららら。
開いたままの財布から一斉に小銭が床に散らばる。
「あらら」
その音に反応したのは、近くにいた葵だけじゃない。お客様が少ないこともあって、店内にいたほとんどの人が音のする方向へと顔を向けた。
「ふええ」
お金を床にぶちまけただけでなく、多くの人から注目も集めてしまい、女の子に動揺が走る。きょろきょろと辺りを見回すも、見知った顔はいない。どうやらひとりでお店にやってきたらしい。
「ふえっ……ふええええ」
幼い顔にみるみる雨雲がかかっていく。豪雨の予感……。
「大丈夫だよっ、おねーちゃんも一緒に拾ってあげる」
そこへいち早く対応したのは、他でもない司だった。
決して女の子の近くにいたわけでもない。それでも誰よりも一早く何をすべきかを感じ取り、女の子の側へと駆け寄った。ここ最近のお客様へのホスピタリティの高さが活かされた形だ。
「だから泣かないで。ねっ?」
満面の笑顔で、女の子にかかった雨雲を吹き飛ばそうと試みる。
「……うんっ!」
女の子の顔に、本来のお日さまのような輝きが戻った。
「じゃあおねーちゃん、どっちが多く拾えるか競争っ!」
元気を取り戻した女の子が、がばっと床に座り込む。
「あ、ズルイよぅ」
苦笑いをしつつ、司もしゃがみこんで、小銭を拾い始めた。
そんな様子に葵は一瞬呆気に取られるも、苦笑しつつ、再び女の子が持って来た商品の中身を取りに戻る。
(おねーちゃん、だって。司クン、ホントに女の子っぽくなったなぁ)
その引き金を引いたのは自分だと思うと若干罪悪感を覚えなくもないものの、葵はついついニシシと笑いを堪えきれない。このまま順調により完成度の高い男の娘へと成長してほしいと切に願――
「って、つかさちゃん!」
お目当ての商品を見つけ、カウンターに戻ってきた葵は、目の前の光景に思わず大声を上げた。
「ぱんつ! ぱんつ、見られてる!」
先ほどまでしゃがみこんでいた司が、しかし、小銭の一部が商品を陳列する什器の下に入り込んだのだろう、両膝を床につけ、頭をお尻よりも下にして、什器と床のわずかな空間を覗き込んでいた。
その無防備な姿、ミニスカートを穿いていることをすっかり忘れている……。
「わわっ!」
葵に言われてすかさずスカートを押さえて立ち上がった司。
そーと後ろを振り返ってみると……。
「さーて、そろそろオレの番かなぁ」
白々しいことを言いながらその場を離れる九尾を筆頭に、何人かのお客さんが熱視線を向けていたのだった。




