第三十五話:約束された勝利の拳
(マズイ!)
レンは完全に虚を突かれた。まさかあんなことをしてくるとは思ってもいなかった。
しかし、それでもレンは百戦錬磨の強者だ。心は呆けても、身体は幾度となく修羅場をくぐってきた動きを覚えている。
かすかに一歩、美織の弱パンチが届かないところまで引く。
間に合うかどうか微妙なタイミングだったが、どうにか回避成功、となれば次は必殺のカウンターだ。
美織の思わぬ行動にしてやられたが、肝心の一歩引いてカウンターはほんの一瞬遅れたものの、身体が覚えていてくれたおかげでしっかり発動した。
……そう、発動してしまった。
「だから言ったでしょ? 私の勝ちって」
美織の勝ち誇る声が筐体の向こうから聞こえてきた。
画面には本来起こるはずがない、カウンター攻撃へのCBが発動し、稲妻のエフェクトが走っていた。
レンの一瞬の遅れ、それが美織にCBを成功させていた。
(しまった! でも)
必殺のカウンターが破られて、レンに動揺がないと言えばウソになる。それでも美織の「これで私の勝ち」という言葉が、逆にレンを落ち着きを取り戻させていた。
(たかだかファーストコンタクトに失敗しただけだ。勝負はまだこれから……なっ!?)
CBからの攻撃に耐えるべく素早くレバーを操作し、ガードを入れたはずだった。
なのに美織の弱パンチがクリーンヒットする。
レンの操るマリアがよろけ、慌ててレバーを左右に入れた。よろけ状態を回復させるためだ。最速で入れれば、次の攻撃はガードできる。
ところが次の攻撃も喰らった。
最初のカウンターこそ一瞬遅れたとは言え、今度は間違いなく最速で行動したはずだ。
(どういうことだ、これ?)
驚くレンに対し、美織が続けざまにアッパーを繰り出してくる。
下から上へ突き上げる系の攻撃は、そこから空中コンボに繋がるので、最も喰らってはならないものだ。もちろんレンも対応すべく、二連打で継続されたよろけ状態を回復させようと試みる。
が、今度も失敗。レンのマリアが顎にアッパーを喰らい、足が地面から離れた。
(えっ!?)
そしてレンは見た。自らが操るマリアが本来よりほんの少しだけ高く浮かされているのを。
「そうか! あんた、いろんな能力を少しずつだけ強化してやがるのか!」
体力ほとんどゼロという極端なカスタマイズに、てっきり強化も一辺倒だとばかり決め付けていた。
レンのこの思い込みは、ある意味『スト4』をやりこんでいるせいでもある。キャラクターの能力を自由にカスタマイズできる『スト4』ではあるが、有効なのは各プレイヤーの得意なスタイルに特化することだ。振り分けできる総量は決まっているから、あれもこれもと欲張ることは出来ない上に、それなりのポイントを注ぎ込まないと目に見えるほどの強化にはならない。故に効果的なのはパワータイプ、スピードタイプ、さらにはひとつの技をとことん強化することだと考えられていた。
かつては美織のように少しずつ能力を強化する者も多かったが、研究が進んだ昨今、そのスタイルは『スト4』初心者のやること。得策ではないではなかった。
……ただ、あれだけ体力を削り、他の能力に振り分けるポイントを捻出すれば、話はまた違ってくるのだろうか?
レンの背筋に冷たいものが走る。
「うーん、ちょっと違うわねー」
そんなレンの疑惑、怯えを画面越しに感じ取ったのだろうか。美織が筐体の向こう笑いを噛み殺して言った。
「いろんな能力、じゃないわよ。これをするために必要な能力を、最低限な分だけ強化したの!」
宙に浮かされ無抵抗なレンのマリアに、美織が次々と攻撃を当てていく。いわゆる空中コンボ。格闘ゲームでは当たり前の光景だ。
「おおおおおおおおおおおっっっっっ!」
しかし、その当たり前の光景にギャラリーが沸いた。
美織の攻撃が止まらない。
通常攻撃から必殺技へ。必殺技から通常攻撃を挟んでさらに必殺技へ。あるいは必殺技から必殺技へと、本来なら入るはずがないコンボを、全てギリギリのタイミングで入れていく。
「おいおい、 これってハメ?」
「んなわけねーだろ!」
見当違いな感想を述べる観客の一人に、九尾が吠えた。
『ハメ』とは調整の不備を突き、単純な操作の繰り返しで相手を脱出不可能な状態に陥れて攻撃することだ。CPU相手ならばともかく、対戦で使用するとリアルファイトに発展することもあったりする。対戦時の禁忌中の禁忌である。
今回も結果だけを見ればハメのように思えるかもしれない。が、
「あまりにスイスイとコンボが決まるから簡単そうに見えるけど、絶対めちゃくちゃ難易度が高いぞ、これ」
だが、難易度が高い場合、それはハメではなくテクニックと呼ばれる。
「繋がるはずのないコンボを何種類も入れているんだ。いくらカスタマイズで調整していても、タイミングは相当シビアなはず……んっ!?」
さらに言葉を紡ごうとした九尾が突如絶句した。
画面上では相変わらず美織の空中コンボが続いており、レンの体力ゲージがどんどん減って半分以下になっていた。どうやら空中コンボにつきもののダメージ補正(コンボが続くほど一発自体のダメージ量が減るというバランス調整)まで強化しているらしい。
「もしかしてこのまま試合が終わるのか? ってことはこれって……」
「……ワンターン・キル」
レンが呟いた。
文字通り、たったひとつの機会で相手を倒す『ワンターン・キル』は『スト4』稼動時から多くのユーザーが一度は探った道だった。ハメのような単純な技の繰り返しではなく、華麗な連続技で敵を一瞬にして屠り去る。自由なカスタマイズが売りの『スト4』故に、皆が自分オリジナルのワンターン・キルを捜し求めた。
結局はとあるトッププレイヤーが実現させたものの「あまりに非実用的」と封印したらしいという伝説のみが残っているばかりで、稼動して結構な時間が経つ今なお世に知れ渡っているワンターン・キルは存在していない。
もし美織のこれがワンターン・キルならば、レンたちはまさに歴史の目撃者となる。
まさか、まさか、と誰もが息することすら忘れて見守る中、
「まずは一勝いただくわ」
不敵に宣言する美織が、空中で竜巻のようにスピンしながら相手の足を掴んでジャイアントスイングするマリアに最終命令を入力する。何周も振り回した相手の足を離した次の瞬間、暗転した画面の中でマリアの身体から光が発した。
マリアの超必殺技・天降ろし。空中高くから敵を地面に叩きつける投げ技で、強烈なダメージを与えながらも技の後に隙が出来るのでフィニッシュ以外には使えない技だ。そして本来ならジャイアントスイングで放り投げた相手に決められる技ではない。
まさにカスタマイズが生んだ奇跡のコンビネーション! 歴史的快挙を成し遂げるのに相応しい締め技だった。
「……あ」
「あ」
美織とレンが同時に呟いた。
「ええええええええっっっ!?」
続いてギャラリーも、画面の中で起きたことに大声で反応した。
とんでもない空中コンボの最後を華麗にフィニッシュを飾るはずだった大技が。
勝利を約束するはずの最終奥義が。
歴史を生み出すはずだったフィニッシュが。
あろうことか。
見事にスカってしまった。
「……」
久方ぶりの地面に落ちるなり、体勢を整えるレンのマリア。
その目の前に、大技を外して無防備な美織のマリアが落ちてくる……。
当然放たれる弱パンチ。
美織のマリアの体力は一ドット分。
結果。
「2Player Win!」
画面に浮かび上がる、レン勝利の知らせ。
かくして二ポイント先取の一ポイント目をレンが逆転(?)で掴み取ったのだった。




