第三十三話:負ける気せぇへんという負けフラグ
「おおーっ!」
ぱらいその店内に歓声が上がる。
対戦ステージの脇に設置されたアーケード筐体の電源が入り、画面に『ストレングスファイター4』(『スト4』)のデモが流れたからだ。
「て、店長、これって今日だけじゃなくて、これからもぱらいそに置いてあるのか?」
「まぁね。そのつもりで買ったんだから」
ただしちゃんとお金は取るからねと美織が付け加えるヒマもなく、九尾が「うおおおお、ぱらいそで『スト4』が遊べるなんて感動だぁぁぁ!」と吠えた。
そんな様子にこれまで以上に九尾の姿をぱらいそで見ることになりそうだなと思いつつ、司と葵はいつものようにカウンター内から見守っていた。ちなみに奈保は美織の指示で、一度マンション最上階のスタッフエリアへと何かを取りに戻っている。まぁ、最低限のスタッフが揃っている現状、奈保の仕事は店先でのお出迎え・お見送りなので、それほど戦力的には問題はない。
とにかく開店早々に色々とあったものの、なんだかんだで今日は土曜日なのだ。観戦以外のお客様も当然やってくる。てか、やってきてもらわないと商売が成り立たないわけで、しっかりと儲けておきたい。
てなわけで「ほら、あんたたちは自分らの仕事しろ! しっしっ!」と美織にどやされたのだった。
ただ、お客様のご利用を待つ間、司たちの話題はどうしても導入した新筐体のことになる。
「だけど、アレ、幾らしたのかなぁ? 結構するよね?」
「新品ですもんね」
店員として、やはり気になるのは金額面だ。
まぁ、これからも稼動する以上、プレイヤーからの収入があるから、長い目で見れば儲けが出るのかもしれない。でも、現状は買取こそ充実しているものの、売上げはまだまだな感のあるぱらいそにおいて、結構痛い出費なのは間違いないだろう。
するとレンタルの軽トラを返してきた久乃が、眠そうにしながら戻ってきた。
「お疲れ様です、久乃さん」
「ホンマに疲れたわぁ~」
労わりの言葉をかける司に、本来なら週末はお休みの久乃が「あとは任せたでー」と最上階の自室へ引っ込もうとする。
「久乃さん、久乃さん、アレってどれくらいするものなの?」
そこへ葵が興味津々とばかりに呼び止めた。
「……葵ちゃん、世の中には聞かへん方がええことってあるんや……」
「え? そこまで?」
「うちも。出来ればうちも知りとうなかった……」
久乃が恨めしそうに呟いた。
言うまでもないが、ぱらいその経理財務を担当しているのは久乃だ(美織に出来るはずがない)。ぱらいそに関する資金運用は、全て久乃を通さないといけない。
「この前の日曜日、美織ちゃんに誘われて外出した時から嫌な予感はしとってん」
それでも当初は対戦の日に向けて、どこかの強豪が集うゲーセンで武者修行かなぁと思っていたそうだ。が、美織が実際に足を運んだのはアーケード基盤を扱うお店で
「はい、久乃。これ、経費でよろしく」
と、『スト4』の基盤と筐体二台分の値段が書かれた見積もりを渡されたのだった。
「なっ!? なんやのん? なんで買わなあかんのん?」
「なんでって、そりゃあ決戦に向けて特訓しなくちゃならないからに決まってるじゃない」
「そんなん、どっかのゲーセンでやればいいやん!?」
「はぁ? イヤよ、そんなの。やったこともない人気格ゲーなんて、乱入されたら負けちゃうかもしれないじゃない」
敗北は私的に許されないのと力説する美織に対して、久乃は違うところで驚いていた。
「……やったこと……ない、やて?」
「うん。家庭用に移植されてないしね」
「てことは、その『スト4』ってのは、美織ちゃんは……」
「そう、ド素人よ」
実際はシリーズ経験者だから、それなりの下積みはある。加えてプレイはしてないものの、雑誌などで知識そのものは持っているからド素人とは言いがたい。が、
「じゃあなんで対戦なんて受けたん!?」
久乃が怒鳴りつけたのは当たり前だった。
「ちょ。久乃、急に大声で叫ばないでよ。耳がキーンとした」
「叫ばずにはいられへんって。え、なんで? どうしてそんな対戦を受けたん? 一度負けたとは言え、得意の『スト3』で戦えばええやん!?」
「分かってないわねぇ、久乃。こういうのは相手が一番得意とするもので負かしてこそ、でしょ」
久乃の激情にもかかわらず、美織が涼しい顔をして、そんなことを言ってのけた。
この返答には温和な久乃も「あかん。さすがにこいつは一度殴って目を覚まさんとあかん」と思ったらしい。
けれど。
「それにね……」
と美織が続けて囁いた話に久乃は怒る気も失って、ただただ驚きに目を見開くのだった。
結局、久乃は美織の要望を飲むことを承諾した。
「こんな高いの多分二度と買わないから新品がいい」
そんな美織の駄々っ子ぷりにも負け、新品筐体は後日郵送という形で、その日は『スト4』の基盤と、練習するために中古の安いコントロールボックスやらを買い、店員さんにセッティングを教えてもらって帰途についたのだそうだ。
「ああ、あの大きな荷物って基盤とかだったんですか」
久乃の話を耳にして、司は当時の二人の様子を思い出していた。
妙にウキウキしている美織と、げっそりとした久乃。その背景にはこんなことがあったのだ。
「そや。けど、頼んでいた筐体があちらさんの配送ミスで届くのが日曜になるって連絡がきたから、深夜に慌てて取りに行ったんや」
久乃がうんざりとして言った。
「てなわけでな、うち、めっちゃ眠いねん。そろそろええやろ?」
そして久乃はスタッフルームへと向かう。ぱらいそのスタッフルームから、マンションのエレベーターホールに行けるからだ。
「え、久乃さん、美織ちゃんの試合、見ていかないの?」
葵が慌ててその背中に問いかけた。
「そんなん、見なくても分かってるやん」
久乃は振り向かない。
「ここまでしたんやで? 美織ちゃんが負けるわけあらへん」
言い残して久乃はスタッフルームへと消えていった。




