第二十八話:竜虎乱舞
「あ、すんませーん、ゲーム売りたいんスけどー」
円藤の突然の来訪に司があたふたしていた頃。
革ジャンにジーンズというラフな格好をした長身の女性がお店に入ってきて、そのままカウンターにやってきた。
細身の体に、お尻まである長い黒髪が美しい女の人だ。
「はいはい。ありがとーございまーす」
カウンターの奥で買い取ったゲーム機の清掃をしていた葵が対応へと向かう。
「え、チャイナ服?」
「あはは。びっくりするでしょー?」
葵が朗らかに笑う。ようやく制服への視線にも慣れてきたところだ。
「ぱらいそは初めて? ここ、店長が女の子のくせに変態でさ、趣味で店員にこんな格好をさせるんだよ」
「へぇ」
女性は面白そうに口元をゆがめ、改めて店内を見回した。
「みんな制服が違うね?」
「うん、店長が言うには、その子の一番可愛いところを引き出す衣装なんだってさ」
「あー、確かに。あんたや、あの子を見るとなんか納得出来るなぁ」
そう言って女性は、フロアの片隅で円藤と話している司に視線を飛ばした。
商品の品出し最中に円藤と遭遇したのだろう。司は数本のゲームソフトを後ろ手に持ってお尻を覗き込まれるのをカバーしつつ、妙に迫られる円藤にオロオロと対応していた。
司自身は相当に困った状況に陥っていたのだけれど、事情を知らない人からすれば、いい感じに恥らっているように見えるのだろう。
「ああいう子にミニを穿かせて、仕草に恥じらいを持たせるのは大正解だろ?」
そんなふうに女性は解釈した。
「当店の趣旨にご理解いただけて光栄です」
葵はにこやかな表情のまま、深くお辞儀をする。
「で、買取なんだけど、うち、店長とゲーム対決して勝てたら金額倍増ってキャンペーンをやってるのね? どうします?」
「あはは、ホント変わってるな、この店……あ、てことは」
女性が壇上で客と対戦している美織を指差す。
「あのちっこいのが店長なのか?」
「そう。ちっこいよ、でも最強!」
「へぇ。どれぐらい?」
「本人曰く、地球上、最も偉大なノーベル最強賞、だって」
「そりゃスゴい。だったら話のタネにオレもいっちょ挑戦してみるかな?」
挑戦と言いながら、目の前の女性がニヤリと笑うのを葵は見逃さなかった。
(うーん、雰囲気は全然違うけど、この自信……。やっぱりこの人、そうなのかな?)
女性が壇上の美織を見つめるのをいいことに、葵はマジマジと横顔を観察する。顔の作りは確かに似ていた。でも、雰囲気がまるで違う。
「で、どうするの?」
「あ、うん。じゃあこの番号札を持ってて。今の人が終わったらすぐに対戦できるから」
「りょーかい」
番号札を手にとって、女性はワクワクが止まらないとばかりに壇上の近くへと歩み寄っていく。
その女性と入れ違いで司が戻ってきた。
「葵さーん、大変な人が来ちゃったよぅ」
「そう! 昨日の今日でびっくりだよね?」
「え? 昨日も来たんですか?」
「来たっていうか、私たち、一緒に行ったじゃん」
「へ?」
どうにも噛み合わない会話に、司は混乱した表情を浮かべる。葵は「おお、その表情もなかなか」と思いながら、司の首をぐいっと振り返らせた。
「いたっ、いたたたた。突然何をするんですかっー?」
「むぅ、とっさのハプニングにも可愛らしい声が出てくるなんて、さすがはつかさちゃん、恐ろしい子……って、そうじゃなくて、ほら」
葵がちょいと唇を突き出す先、そこに。
昨日ゲーセンで見た、あの連勝女性にそっくりな人が、美織の待つステージへと上がるところだった。
「お、はじめて見る顔ね」
常連のひとりを軽く退け、代わりに壇上を登ってきた女性を美織は笑顔で迎えた。長く、くせのない黒髪の先端をお尻あたりで遊ばせた、スレンダーな女性だ。年齢は自分よりちょっと上に見える。大学生あたりだろうか。
「ああ、よろしく。ちょっと金に困っていてね、手加減してくれると助かるよ」
女性が軽くウインクしてくる。
「それはお気の毒様。丁度いい感じに仕上がってきたところよ。手加減なんて出来ないわ」
「あちゃー、マジかよ」
ツイてないとばかりに女性は天を仰いだ。オーバーアクションではあるが、芝居じみてはいない。本気でツイてないと感じ、素直にそれを表現しているようだった。根が正直なのだろう。
「じゃあオレが得意なゲームで対戦するしかねぇな」
そう言って女性は対戦台のテーブルに設置されたモニターセレクターの一番スイッチを押した。
世に対戦できるゲームは大量にある。が、試合の度にディスクを入れ替えていては時間がかかって仕方がない。だからぱらいそでは予め「今日の対戦ソフト」として五本をチョイスし、モニターの裏に五台の本体を稼動させている。セレクターで選べばすぐに対戦できるという具合だ。
「……『スト3(ストレングスファイター3)』ね。おっけー。コントローラはどうする? アケコンも当然用意してるけど」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
美織から手渡されたアーケードコントローラーをテーブルにトンと置くと、女性は左足を胡坐を組むようにして椅子に座った。選択したキャラは『スト3』から登場した女子プロキャラ・マリア。
美織の頬が一瞬ピクリと動いた。
「マリア……ね。投げ技は強力だけど、基本的には弱キャラよ? ホントにそいつでいいの?」
「動きは遅いけど、一発一発に重みがある。そこがいいんだよ、コイツ」
女性が答えながら肩を回すのを見て、美織は隣に座るといつものアホ毛のJK格闘家・サナカを選ぶ。
「あんたも捻くれてるなぁ。サナカってカズ(ストシリーズの主人公キャラ)の劣化バージョンじゃん!」
「それがいいのよ」
美織がニヤリと笑った。
「だからこそ勝った時に、相手の魂に私の実力を刻み込んでやることが出来るでしょ?」
「うわぁ、どエスだなぁ、あんた」
実際に体を美織から離しながら、女性がドン引きした。
「ほらほら、そんなこと言っているうちに始まるわよ」
「おっと」
美織が言うように、二人の選んだキャラが大きな滝を背景にしたステージで対峙していた。
女性が片足胡坐のまま姿勢を正すと「ファイト!」の声と共に女子プロキャラを小刻みに動かし始めた。間合いを計りつつ、小刻みなパンチで牽制。美織も同じように動かしながら、相手の様子を伺う。
先制は女性の方だった。
上手くしゃがみパンチを当てると、ドスンドスンと重量キャラならではのコンボを決めていく。
しかし、悲しいかな、重量キャラは一発そのものの攻撃力は高いものの、スピードに欠けている。普通のキャラなら反撃を食らわずに繋がるようなコンボも、いくら最速で入力してもわずかな隙があった。
そこに美織の軽量キャラがすかさずパンチを入れてコンボを強制終了させ、反撃とばかりに右足で蹴り上げる。
「おおっ!」
今日も少なからずいる観客が沸いた。
美織のキャラが放った右足を女性のプロレスラーがすかさずキャッチし、ドラゴンスクリューへ。自分のコンボが途中で割り込まれるのを予想しておかないと出せない返し技だ。
「やるじゃない」
「こんなのは基本でしょ、基本」
そのまま一ラウンドは挑戦者の女性が押し切った。
二ラウンド目も女性が奮闘するも、美織が機動力を生かしたトリッキーな攻撃を決めて辛勝する。
決着は最終三ラウンド目へと持ち越された。




