第二十七話:man of tempest
「へぇ、私以外にそんなプレイヤーがこの町にいるなんてねー」
その日の夕食、おみやげの『肉の九尾』特製コロッケに舌鼓を打ちつつ、美織は司たちからゲーセンで見た女性の話を聞いていた。
「ちなみにキャラは何を使ってた?」
「えっと、女のプロレスラーみたいなヤツ」
「マリアか。なかなか面白いわね。で、カスタマイズはどんな感じ?」
「カスタマイズ、ですか?」
司はうーんと頭を捻る。
『スト4』最大の特徴は、そのキャラクターカスタマイズだ。今日も体力ゲージが半分くらいだけど動きがめちゃくちゃすばしっこいヤツやら、逆に体力ゲージが二本あるヤツも見た。が、
「極端なカスタマイズはしてないような……。多分、ノーマルだと思います」
「ふーん。そんな腕を持っていながらカスタマイズしてないんだ」
よっぽど自分の腕に自信があるのか、それともカスタマイズするのが面倒なのか、多分後者かしらね、なんて呟きながら美織は四つ目のコロッケに箸を伸ばす。
「美織ちゃーん、それ以上コロッケを食べたら……太るでぇ~」
そこへ久乃が恨めしそうな声で、美織の動きを制した。
「な、なによ、久乃。コロッケのあと一個ぐらい、大したことないわよ」
「その一個が~、子豚さんになる~、きっかけになるんや~で~」
ますます恨めしそうな声を出す久乃。
実を言うと、久乃にとっては屈辱的な食卓風景が展開されていた。司たちがコロッケをお土産に買ってきてくれたと聞いて「一品作る手間がはぶけたわ」と喜んだが、そのコロッケのあまりの美味しさに美織が自分の作った料理に全く手を付けないとなると話は別だ。
このコロッケは敵や!
子豚さんって言葉にビクッと体を震わせる葵をよそに、久乃は美織からコロッケを奪い取ると自分の口に収めた。
「あ、なにするのよ、久乃!」
「これも美織ちゃんを子豚にさせへんためや。奈保ちゃん、もう一個もお願い」
「ういうい」
久乃に食ってかかる美織の隙をついて、コロッケの最後の一個を奈保がひょいと掴んだ。
「ああっ、奈保! あんた、私以上に食べてたじゃない! これ以上食べたら豚になるわよ!」
美織が呪詛を吐く。
「残念! なっちゃんがなるのは豚さんじゃないんだよ!」
そして奈保はぺろりとコロッケを平らげた。
「あーっ!」
「なっちゃんは牛さんになるんだ。モウ~」
奈保がたわわな胸を持ち上げて、牛の鳴き声を真似てみせた。
ちなみに同じコロッケでも美織が食べると横腹に、奈保が食べるとおっぱいに栄養が行くという意味だと司が気付いたのは、夕食が終わり、自分のアパートに戻る途中のことである。
そんな単純な比喩にも気付かないくらい、この時はただ、ゲーセンで見た凄腕の女性について想いを馳せていた。
先ほど美織はカスタマイズをしていない理由を「面倒臭いからだ」と決め付けていたが、司が見た限り、そんなタイプには到底思えなかった。背筋をぴしっと伸ばしてプレイする姿からは、規律正しい性格を感じ取れたからだ。
きっと真面目な人なんだろう。
そしてそのくせゲームがすごく上手い。
……あれ? これってもしかして今のぱらいそが最も必要としている人材なのでは?
美織の趣味丸出しのメイド服を着てくれるとは思えないけれど、だからと言って何もせずに諦めるのは勿体無いように思えた。
(ダメでもともと。明日にでももう一度ゲーセンに行って頼んでみようかな)
そんなことを考えていたのだった。
「なんだよ、カワイイ子ばかりじゃねーか、この店」
翌日は土曜日で学校は休みだった。
昨日丸一日休みだった司と葵は開店一番からシフトに入って、仕事をしていたのだが……そこに思わぬ客が現れた。
「こっちはババァのバイトしか集まらねぇのに、どうなってやがるんだ、まったく」
司のミニスカート姿にニヤニヤと下衆な笑いを浮かべながら悪態をつく男……近所のライバル大型複合店の店長・円藤だ。
「え、えーと?」
司は居心地が悪そうにスカートの前で両手をじっと握り締めながら、それでも笑顔で対応する。
円藤とはチラシ配りで掴まった時に会っただけだ。だから男の娘になっているのをバレたりはしないだろう。事実、九尾にもバレてはいない。
大丈夫、だよね?
でも、ここまであからさまにジロジロと見られると、恥ずかしさに加えて、もしかしてバれているんじゃと不安にもなる。
ただ、無言だとますます不安に……。だから司は思い切って話しかけてみた。
「あの、どういったご用件でしょうか?」
「君、カワイイね。高校生かい?」
「カワイイ!?」
どストレートな言葉に思わずたじろぐ司。そんな仕草がますます気に入ったのか、円藤は無遠慮にずずいと近付いてくる。
「えっ!?」
「どう、俺も同じような店の店長をやってるんだけど、うちで働く気はない? バイト料はここの倍出してもいいぜ?」
「あう! あ、あの、あの……」
耳元で囁くような円藤の声。もはや二人の距離は男女のそれで、司は思わず体中の毛が立つような不快感に襲われた。吹き付けられる鼻息がとてつもなく気持ち悪い。
「悪くない話だと思うぜ。なんせ……だからなぁ」
さらに耳に息を吹きかけるように話を続けられる。
あまりの気持ち悪さに司はぞくぞくして、答えることはおろかまともに考えることすら出来ない。
「まぁ、よく考えてみてくれや。連絡先、渡しておくからよ」
突然のアプローチに緊張していると勘違いしたのだろう。円藤はあたふたと軽くパニックになっている司から身を離すと、その手に自分の名刺を渡して立ち去った。
「ふぅ」
ようやく司が息を吐き出せたのは、円藤が立ち去ってしばらくしてからだった。気がつけば手に名刺が握らされている。それすら身に覚えがないほど混乱していた。
そんな調子だから何を言われたのかも、あまり覚えていない。なんか円藤の店で働かないかと誘われたような気がする。それも確か、もうすぐぱらいそは潰れるからって……。
「えっ?」
ぱらいそが潰れる?
円藤から言われたと思われる言葉に司ははっとして、慌てて店内を見渡した。
今やぱらいそでも一番の人気コーナーとなっている、美織とお客様のゲーム対決が行われる壇上を、円藤が睨むように見つめていた。
円藤はイラついていた。
自店舗が開店する前、ぱらいそなんて眼中になかった。
一度だけ視察に行ったことがあるものの、学生であろう男子店員たちの士気はとことん低く、これならば多少は付いているであろう固定客をかっさらうのも簡単だと思ったからだ。
が、ぱらいそががらりと変わったのを機に、無視できる存在ではなくなってしまった。
円藤が店長を勤める大型複合店にとってゲームは副商材扱いだが、決して利益は馬鹿に出来ない。また、人をお店に呼ぶ込むという意味でも、ゲームは有効なエサである。
なのにぱらいそがやれメイドゲームショップだの、ゲーム勝負に勝てば買取額倍増だのとやりだしたおかげで、任された店は開店からここまで苦戦を強いられていた。
もちろん手を打ってはいる。新品・中古ゲームソフトともにぱらいそよりも安く売り出し、基本となる買取金額も高く設定、在庫そのものも他の店から工面するなどして充実させた。利益が減るのは仕方がないが、どこよりも安く売り、どこよりも高く買い、どこよりも品数を充実させる。単純な方法だが、なんだかんだでこれが一番効く。こうして今まではライバル店を圧倒してきたのだ。
そう、ぱらいそという異質な存在を除いては……。
思えば、ぱらいそは最初から異色であった。
新たなライバル店の開店チラシを見た既存店の多くがすることは、紙面に載っている特価品に合わせて自店舗の買取金額を下げることだ。安く売られているものを、高く買い取る必要なんてない。当たり前の処置と言えよう。
さらに抵抗する意志があるなら、チラシに載っている特価商品をより安く売り、高価買取商品もより高く買い取るという手段に出る店もある。これも当たり前だ。
そしてそんな当たり前のことをやってくる相手ならば徹底的に殴りあうまで。これまで数店舗で店員として実務をこなしてきた円藤にも、そしてもちろん会社にもそのノウハウは充分にある。
しかし、ライバル店の特価商品を販売価格よりも高く買い取ることを謳い、開店前の行列にちらしを配って、まるごとお客様をかっさらう様な非常識店舗への対応マニュアルなんて存在しない。おまけにただのやけっぱちかと思えば、それまでとは全く違う方向に生まれ変わった店舗を世に知らしめるための認知戦略とは、悔しいが理にかなっていた。
加えてメイドゲームショップという形態といい、ゲーム対決に勝てば買取金額倍増というキャンペーンといい、こちらが大手だからこそ真似することが難しい手を打ってくる。マニアックすぎるというきらいもあるが、故にマニアからは支持される。そしてゲームに大金を使うのは、言うまでもなくゲームマニアなのだ。
円藤が勤める会社は、これまで金額面での戦略は得意なものの、実はマニア層へのアピールを苦手としている。そこを上手く突かれてしまった。
エリアマネージャーの黛からはしばらく放っておくよう命じられてはいる。今はゲームなんて副商材のライバル店云々よりも、メイン商材でのお客様の呼び込みと囲い込みを充実させるべきだという指示も分かる。
が、だからといって、ぱらいそにこれ以上好き勝手やらせるのは円藤のプライドが許さなかった。一矢報いる、だけでは気がすまない。歯向かうライバルは全力で潰すのみ、だ。
そしてその切り札を手に入れた円藤は、ここぞとばかりにぱらいそへやってきたのだった。




