第二十六話:ハイスコアガール!
「うまうま!」
両手にコロッケ。
口にもコロッケ。
コロッケ三昧を堪能する葵を先頭に、司たちは街の商店街を歩いていた。
「なんかゴメンね、ホント」
「いいってことよ。かあちゃんも『うちのコロッケをこんなに美味しそうに食べてくれる人は初めて見た!』って喜んでたし」
葵の代わりに謝る司を、九尾は笑い飛ばす。
葵の要望でお昼ご飯を食べる前に、九尾のご両親がやっている肉屋さんへ寄ったのだが、結果としてコロッケがお昼ご飯になってしまうぐらい、お母さんから貰ってしまった。それもこれも一口食べるなり「フォォォォォォォォォ!」と叫び、司や九尾の分も取り上げて、一気にみっつも平らげてしまった葵が原因である。
「でも、本当に美味しいよ、これ」
司はコロッケを口にする。もう三つめだが、全く飽きがこない。
「ああ、さんきゅ。香住は一人暮らしなんだろ? 肉を食べたくなったらうちに買いに来てくれ。きっとかあちゃんも安くしてくれるぞ」
今のところ食事は全部、久乃が用意してくれていて、司が料理をすることはない。でも、このコロッケはまた食べたいし、何より九尾の心遣いが嬉しくて司はうんと頷いて微笑んだ。
「で、メシを食べにいくはずが、こんな形になったわけだが。これからどうする?」
九尾もコロッケをパクつきながら、先頭を歩く葵に声をかけた。
「うん。人間の三大欲求のひとつ・食欲が満たされたからね。次はもちろん……言わなくても分かるでしょ?」
葵がこともなさげに答える。
「ちょ、葵さん、いきなり何を言ってるんですかっ!?」
うろたえる司。対して九尾は
「加賀野井……俺、自分の欲望に忠実なヤツは嫌いじゃないぜ?」
妙に格好つけていた。
「おっ、なになに九尾、キミもそういう趣味があるのかな?」
「いや、実を言うと初めてで。でも、興味は津々だし予習は毎日やってますっ、はいっ!」
「そかそか。よし、じゃあこの葵さんがしっかり教えてあげよう」
「よろしくお願いしますっ!」
九尾は頭を深々と下げた。
「と、言っている間に到~着っ! よし、君達、この葵さんについてきたまへ」
そして葵は、自分たちと同じぐらいの年頃の男女で賑わっている店へと入っていこうとする。
「……って、おい! ちょっと待てよ! なんだよ、この店?」
「何って、服屋さんだけど?」
「……あの、葵さん、人間の三大欲求って何か知ってる?」
目を点にしている九尾に代わって、司がそんな質問をした。
「え、衣・食・住でしょ?」
「香住、こいつアホだ。アホがいる!」
「あんだとー!?」
葵が思わず九尾の頭をぽかりとやる。が、九尾は怒るわけでもなく、ただただ自分の中で一度盛り上がったテンションのだだ下がりぶりに落胆しきっていた。
「なんだよー、何が悲しくて彼女でもない女のショッピングに付き合わなきゃなんねぇんだよぅ」
「イヤだったら帰っていいよー」
葵が手をヒラヒラさせてみせる。ここでようやく司にも合点がいった。一度期待させておきながら、その思いを手酷く挫く。これにはさすがの九尾も堪えるだろう。上手い手だと思った、のだけれど……。
(でも、店長ならばともかく、葵さんがそこまで考えるかな?)
しかして司の疑問はある意味正しく、ある意味間違っていた。
「ちなみに今日の買い物はつかさちゃんに似合う服です」
葵が、九尾を帰すには相応しくない言葉を口にした。
「なに、マイ・エンジェル・つかさちゃんだと?」
「うん、つかさちゃんに頼まれたんだけど……もし、九尾君が買ってくれたって聞いたら、彼女、すごく喜ぶと思うなぁ」
「マジか!?」
「マジマジ。もしかしたらその服を着たつかさちゃんとのデートなんてこともあるかもよ?」
「よっしゃー。おい、加賀野井、香住、俺について来い!」
かくして九尾はお店の中へと突進していった。
そんな様子をニコニコと眺めながら、葵が司の肩に手を置く。
「てことだから、司クン、この際だから色々と買ってもらっちゃおうよ」
あとついでにあたしが欲しいのも上手く混ぜておこうっと笑いながら葵も九尾の後に続く。
……前言撤回。
美織に限らず、女の子ってみんな計算高いと司は思い知るのだった。
「おい、ちょっとゲーセン寄ってこうぜ」
無事に買い物も終わり、両手に女性モノの服を入れた手提げ袋を持って司たちの後をついていく九尾が、ゲーセンの前を通り過ぎようとしたふたりを呼び止めた。
「んー、どうしようか、司クン?」
「いいんじゃないかな」
司としては本人も喜んでいるとはいえ、自分の服を買って貰った九尾には後ろめたいものがある。九尾の要望も聞いてやりたかった。
「よっしゃー。香住、格ゲーで対戦しようぜ」
「いいよ。でも、僕だって負けないからね」
勝気な九尾に、司も負けずと答える。でも、ぶっちゃけ勝つのは難しいと思っていた。九尾の腕前はぱらいそでの美織との対戦を見る限り、自分よりずっと上だ。おまけにこのゲーセンには司も引越してから何度か来たことがあるけれど、設置している格ゲーは一種類しかない。
『ストレングスファイター4』、通称『スト4』。
以前に九尾が美織と熱戦を繰り広げた『スト3』のシリーズ最新作だ。
「香住、お前、スト4カードは持ってんの?」
「ううん、実はあんまり格ゲーってやらないんだ」
「そっかー。じゃあ俺も今日はノーマルキャラでやってやるわ」
九尾が手提げ袋を片手にまとめて、財布から一枚のカードを取り出していたものの、司の返事を聞いて残念そうにしまった。
『スト4』最大の特徴が、このスト4カードである。カードに刻印された十桁の番号を『スト4』のサイトに打ち込むと、自分の持ちキャラのカスタマイズが出来る。カスタマイズしたキャラはスト4カードを筐体に差し込むことによって、ネット上からダウンロードしてプレイ出来るのだ。
と、ここまで聞けば、最近の格ゲーにありふれたシステムのようだが、『スト4』のカスタマイズはキャラの外見に留まらない。定められたポイントを各能力に振り分けることによって、攻撃力やら防御力、体力、素早さ、さらには技の硬直時間や浮かされた時の高さまで調整が出来るのだ。
まさにプレイヤーの数だけキャラがあり、戦略があり、コンボがある。その自由度の高さがウケて、ブームが下火になって久しい格ゲー界を近年再度盛り上げている。
「『スト3』も出来がいいけど、今はやっぱり『スト4』だよな。ぱらいそにも筐体を入れてくれないかなぁ」
「んー、でも、待っていたらすぐに移植されるんじゃないの?」
「香住、お前ってヤツはホントに世間知らずだなぁ」
なんだか知らないが呆れられてしまった。
「『スト4』はメーカー曰く『しばらく移植する予定はない』んだとよ。最近はほら家庭用ゲーム機のネット対戦とか当たり前だし、移植されたらわざわざゲーセンに行く必要なくなるじゃん? だからゲーセンを盛り上げるために、移植をしばらく凍結させるらしいぜ」
「へぇ」
思い切ったことするメーカーだなぁと司は感心した。すぐ家庭用に移植した方が利益は出るだろう。だけどそれでゲーセンでの格ゲー熱が下がるのは間違いない。ゲーセンという市場を守る為に敢えて移植を遅らせるなんて、まさに英断だ。
でも、その結果として今、司たちの前には多くのプレイヤーたちが筐体に群がっている。
「今日も結構人が集まって……おおっ!」
人混みの山の向こうにある筐体の画面を、背伸びして覗き込んだ九尾が驚いた声をあげた。
「59連勝中だと!? やるねぇ!」
九尾の嬉しそうな声に司と葵は思わず顔を見合わせる。
「もしかして、美織ちゃんかな?」
「まさか。仕事中だし」
「だけど美織ちゃんなら抜け出してやってそうじゃん」
小声で話し合う。「まさか」と言ったものの、ありえるよなーと思ってしまう司だった。
「おい、香住。悪いけど対戦はこいつを倒してからだ」
振り返った九尾がニヤリと笑って、顎を例の連勝中の筐体に向けて振った。『スト4』の筐体は他にも数台設置されているものの、やはりそこは格ゲープレイヤーの血が騒ぐのだろう。目の前に強いヤツがいる、戦わずにはいられない!
「というわけで、香住は向こうで並んでおけ。俺がヤツを倒してやるからよ」
九尾が自信満々に言った。
「相手は59連勝中だよ? 勝てるの?」
「おいおい、俺を誰だと思っている。俺様は」
「美織ちゃんに連戦連敗のへっぽこポニーテール、だったっけ?」
「誰がへっぽこだ! それにナインテール! 疾風怒濤のナインテール(九つの尾)だよ!」
九尾がぷんぷんと激怒する。葵にとってはいいおもちゃだった。
「言っとくけど、俺は『スト4』が本職なの! こいつならぱらいその店長にだって勝てる自信がある!」
だから安心して向こうで待ってろよと、九尾は司の背を押した。
九尾の勝利はイマイチ信じられないものの、連勝している相手が美織かどうかは確かめておきたいので司は素直に筐体の向こう側へと回り込んだ。葵も好奇心たっぷりに続く。
「もし美織ちゃんだったら、久乃さんにナイショにするのを条件に時給を上げるよう交渉しよう、ぐふふ」
漏れ聞こえてくる葵の心の声に「それは交渉じゃなくて脅迫だよ」と司は心の中でツッコミを入れつつ、やはり出来ている人垣から件のプレイヤーを覗き込む。
「あ……」
見えたのは長い黒髪。それだけだった。なのに、司は思わず見とれてしまった。
床にまで届きそうな、黒大理石のように艶のある長髪も魅力的だが、なによりも背をぴんと伸ばした姿の美しさと、背中越しからも伝わってくる集中力の高まりに圧倒された。細身の体型も相俟って、まるで日本刀のような印象を受ける女性だった。
「なんだ、美織ちゃんじゃないんだ」
残念そうに呟く美織の声に、司は我に帰った。
「そ、そうですね。やっぱりいくら店長でも、仕事中に抜け出してゲーセンで遊び呆けるなんて」
「でも、司クンも一瞬『ありえる』って思ったでしょ?」
だから司クンも同罪なのですと葵の目が語っていた。
「あ、あははは」
「笑って誤魔化してもダメ。ま、とにかくお互いに美織ちゃんにはナイショにしとこ」
もし疑ったことを知れたら、あの美織のことだ、どんな賠償と謝罪を要求されるか分からない。葵の提案に、司は素直に頷いた。
「よし。……それにしても美織ちゃん以外にも格ゲーが得意な女の子っているんだねぇ。また勝っちゃったよ」
葵の言葉に、司は筐体のモニターに目を向ける。60連勝が決まり、間をおかずに次の挑戦者が乱入してきたところだった。
司が思わず見とれてしまった女性が使っているのは、プロレスラーの格好をした女の子キャラ。対して相手が選んだのは小柄な少年拳法家で、開始早々から小刻みに左右へと動き、一歩も動かないチャンピオンとの距離を測っている。
お互いに手も足も出さない状態から五秒ほど経っただろうか。
拳法家が鋭く踏み込んで、素早い突きを出した。攻撃力自体は大したことないが、上手くカウンターを取れればコンボへ。ガードされても手痛い反撃は喰らわない隙の少ない技、いわゆる弱パンチ、格ゲーの基本技だ。
「おおお!」
だが、この地味な攻撃に対して次の瞬間、観客がどよめいた。
弱パンチからのコンボが決まったから、ではない。
チャンピオンがまるで弱パンチがこのタイミングで出てくるのを予め知っていたかのように、それまで全く動かなかったキャラをかすかに引き、相手の突きを鼻先ぎりぎりで避けたのだ。
しかも、戻りが早く、空振りしてもほとんど隙がない弱パンチに、これまた完全に動きを読みきったカウンターを炸裂させてみせた。
「はへ? 今のって相手の攻撃が当たったんじゃないの?」
葵が驚くのも無理はないほど、紙一重のディフェンスと、絶妙な読みによる必殺カウンター。この一瞬の攻防だけで、司は女性が連勝街道まっしぐらな理由を理解できた。
「ええっ!? 今の偶然じゃないのかよっ!?」
筐体の向こうから九尾の驚く声が聞こえてきた。
どうやら同じく順番待ちをしているプレイヤーから、チャンピオンの情報を色々と聞いているらしい。
「なんだと!? ここまで一ラウンドすら落としていない、だと?」
「ば、バカな! 半数近くの試合でパーフェクト勝ち!?」
「そ、それどころか、ここ数試合はまともに攻撃を喰らってないーっ!?」
いちいち九尾が大声をあげる。うるさいことこの上ない。
いや、もしかしたらそうやって相手を持ち上げておいて、精神的な隙を作る作戦なのかも?
「へ、へへへ、じょ、上等じゃねーか。あ、相手にとって不足なび……なし、だぜ」
勘ぐりすぎだった。ビビリまくって噛みまくりだった。
結果は……。
九尾の名誉の為、ここに記すのはやめておくとする(言い訳も出来ないぐらいのボロ負けだった)




