第二十三話:百万回やられても懲りない男、登場
「おー、そこ行くあんた、ぱらいその人じゃん!」
葵と歩きながら話していると、突然声をかけられて司はビクっとした。
「その制服を着てるってことは、あんたも花翁学園なんだ? おおう、これはテンション上がるぜ!」
司と同じ制服を来た男がずいずいと近づいてくる。
髪を短く刈り上げた、細身の男だった。純粋な笑顔の中でも一際目立つ、人懐っこそうな瞳にどこか見覚えがある。けれど今はそれどころではなかった。
(いきなりバレちゃった!?)
心臓が激しく脈打つ。そのくせ頭からはサーと血の気が引くのが分かった。
どうしよう、どうしよう。どうやったら上手く誤魔化せられるだろうと考えるものの、あまりの突然のことに頭の中は完全に真っ白になった。
その司の横を、男はあっさりと通り抜ける。
「……あれ?」
そして戸惑う司をよそに、葵の両手を取ってぶんぶんと上下に振り出した。
「今さら自己紹介する必要もないかもしれないが、オレは九尾健太。よろしくな!」
よくよく考えれば葵も一緒にいたのだ。その状況で「ぱらいその人」と呼ばれれば、普通は葵のことだろう。身バレを警戒するあまり、ちょっと自意識過剰になっていたのかも。結構恥ずかしかった。
「おお、おおう。え、えーと?」
とりあえず司の危機は去った。が、次は葵の番だった。
突然見知らぬ男の子に手を取られて挨拶をされたのものの、どうにも見覚えが無い。相手の様子から相当ぱらいそに通い詰めているみたいだけど「こんな人いたっけ?」ってのが正直なところだ。
「つ、司くーん」
戸惑いながら、司に助けを求める。
ところが反応したのは司ではなく、九尾と自己紹介した男の方だった。
「つかさ……?」
葵の言葉に、突然男が手を離した。
ぎぎぎと金属が軋む音が聞こえるような動きで、男は司に視線を向ける。
「……って、なんだ、男か。びっくりしたー。つかさって言うから、思わずマイ・エンジェル・つかさちゃんかと思っちまったぜ!」
緊張が解けたように、男がほっと一息つく。
「マイ・エンジェルって……」
反面、司はどうしてもその言葉に反応せざるをえない。
「お、なんだ、お前? 顔、真っ赤だぞ」
「あ、えーと、その……」
「ん? ああ、よく見たら、お前、ぱらいその店長に無謀にも挑戦し続けていたヤツじゃねーか」
「う、うん」
「最近姿を見ねぇけど、さすがに諦めたのか? まぁなぁ、こう言っちゃ悪いけど、お前じゃあの店長にはどれだけやっても勝てねぇよ。そもそもレベルが違うんだわ。やっぱりアイツの相手はこのオレ様」
男が学生服のポケットから迷彩柄の布を取り出し、頭を覆い隠すように巻きつける。
「疾風怒濤のナインテール様じゃねーとな!」
「ああっ!」
葵が男を指差して叫んだ。
見慣れた姿になってくれて、ようやく男が誰なのか分かったのだ。
「美織ちゃんにカモにされてる人!」
「カモじゃねーよ! ライバルだよ!」
「でも、まだ一回も勝ててないじゃん」
「ぐっ、そ、それはまだオレが本当の力を……」
「ちなみに美織ちゃん、まだ全然本気出してないって言ってたよ?」
「な……オ、オレだってあと二回変身を残している。この意味が分かるな?」
「うん。全然分からない」
「だあああああ、こいつキライだあああああああ!」
九尾が司に詰め寄って、葵になんか言ってやってくれとばかりに訴えてくる。
やれやれ、だった。
「えーと、葵さんは知らないと思うけど、この人、以前に店長といい勝負したことがあるんだよ。『スト3』(ストレングス・ファイター3)で」
司は当時のことを葵に話す。
そう、美織が天使の息吹で大逆転を収めた相手が、このバンダナ男の九尾だった。
「へぇ……でも」
それって美織ちゃんの演出じゃんと口に出しそうになるのを、司が「ダメ! お客様を大事に!」と目で合図する。
葵とて、司の意図することも分からなくもない。
実のところ、葵が九尾に冷たくあたるのは、彼の言葉にかちんときたからだった。
どれだけ自分の腕に自信があるのかは知らないけど、だからと言って司を馬鹿にしていいわけじゃない。確かに司では美織には勝てないけれど、実は九尾だって同じだってことを知らしめてやりたかったのだ。
……でも、まぁ。
司の目を見ていると、ちょっと落ち着いてきた。自分のことを馬鹿にされても、相手への気遣いが出来る……そんな司の弱腰でもあり、優しさでもある性格を葵は嫌いにはなれなかった。
だからぽりぽりと頬を掻くと、しょうがないと葵は終戦宣言を口にする。
「あたしそれ見てないからなぁ。今度見せてよ、美織ちゃんに勝つところ」
「お? お、おう! 任せとけって。絶対勝ってみせるからよっ!」
九尾がぱあぁぁぁと破顔させて、胸をどんと叩いた。
実に分かりやすい男だった。
「あ、でも、別にあんたに勝つところを見せたいわけじゃないからなっ! 勘違いするんじゃねーぞ」
「男のくせにツンデレっ!? うわっ、キモッ!」
「違うわっ! 俺はマイ・エンジェル・つかさちゃん一筋なんだよっ!」
キモッ!
司は心の中で思わず叫んでいた。




