第二十二話:ただいま店長の代理の代理募集中!
「ぜーったい、おかしいよね!?」
左右のシニヨンを揺らせて、葵が納得いかないとばかりに言った。
葵の準備でドタバタしたものの、充分間に合う時間に出ることが出来たふたりは、色々と話しながら歩いていた。
中学までやっていたクラブ活動、得意な科目、好きな漫画やテレビ番組……そしてなによりぱらいそのこと。
特にぱらいその話は、司の正体が極秘事項だから周りには注意を払っているものの、自然と会話が弾んだ。
司は言うまでもないが、ああ見えて葵も結構仕事熱心だったりする。
と言っても「美織ちゃんに負けてたまるか!」をモットーに「こうしたらもっと面白いお店になるんじゃないかな!」というアイデアをマシンガンの如く司にぶちまけるだけなのだが。
それでも司は楽しかった。
「お客様のことを勇者って呼ぶのはどうかな?」
「あ、面白いかも。RPGのお店っぽい雰囲気が出せそう」
「だよねー。で、美織ちゃんに対戦で負けたお客様には『おお、勇者よ、負けてしまうとは情けない』とか言うの!」
「喧嘩売ってどうするんですかっ!?」
「んでもってお店の片隅で、なっちゃん先輩が『ぱふぱふする?』とか言ってくるんだよ」
「想像できて怖い!」
「あとね、お店に入ってくる時、ゲームミュージックが流れるといいと思うんだ。ちゃらっちゃちゃちゃちゃっ、どん! とか」
「入店と同時にBダッシュしちゃいそうなんですけど、それは」
「ちゃっちゃっちゃちゃちゃ……トゥン、ぱらっぱぱらっぱらっぱっぱ」
「いきなり死んだ!?」
「ぱっぱっぱっらららっらららっららら~」
「しかもゲームオーバー?」
冗談だか本気なんだかよく分からない。だけどお店を面白くしようという意気込みは確かに感じられて、嬉しかった。
だからだろうか。
つい。
「あの、ところで葵さんは店長が学校に行かないのってどう思います?」
と、心にひっかかっていたことを訊いてしまった。
☆☆☆
数日前の、ぱらいそにて。
「学校なんか行ってたら、その間は買取倍増キャンペーンが出来ないじゃない」
美織はこう主張した。
一理ある。が、無茶苦茶でもある。
「でも、そういうわけにもいかないんじゃ……」
お店のことを考えたら美織の言う通りだろう。でも、だから学校を休むのは許されないだろうと司は思った。
「うちもそう言ったんやけどなぁ」
司に同意する久乃だが、表情には諦めの色が浮かんでいる。
「学校なんて単なるモラトリアムじゃない。将来何をしたいか、まだ決まってない人間がとりあえず行くような所よ。私には必要ないわ」
「だ、そうで、結局どこの高校も受験しとらんのよ、この子」
久乃の言葉に、事情を知らない三人はみんな驚いた。
大学生の奈保はともかく、司や葵は美織もまた自分たちと同じ花翁学園に通うものだとばかり思っていたのだ。
同じ年齢で、そのくせ大人顔負けに頭が回るのだから、当然花翁学園の入学試験も簡単にパスしたのだろうと勝手に思い込んでいた。
「あ、分かった。アレでしょ、漫画とかでよくある天才少女で、すでにアメリカで高校どころか大学の博士号まで取っていたりするんじゃないの?」
奈保が言いながら、ほえーと感心したそぶりで美織を見つめる。
「んー。数年前から美織ちゃんの家庭教師をしとるけどな、この子、ゲームや商売はともかく、勉強はあまり出来へんで?」
あららと奈保の目つきが、可哀相な子を見るようなものへと変わった。
「うっさいなー。とにかく私はいいの! 私にはやるべきことがあって、学校なんかに行っているヒマはないんだからしょうがないの!」
はいはいこれで話はおしまい、みんなちゃんと仕事してよっと美織は釘を刺し、「誰かー、私とゲームしないー?」と店内にいるお客様へと呼びかける。
それはいつも通りの美織の姿だった。が、司にはどこか無理をしているように思えて仕方がなかった。
☆☆☆
そして。
「ぜーったい、おかしいよっ!」
司の問い掛けに葵は溜まっていたものを吐き出すかのように即答した。
「やっぱり葵さんも、学校に行くべきだと思いますよね?」
「当然だよっ!」
葵は左右のシニヨンを激しく振って同意する。
「そりゃあ美織ちゃんの言うことも分かるよ。だけど、納得なんかできるわけないじゃん」
納得できない……言われてみて、確かにその表現が一番しっくりくると思った。
美織の主張は、多分間違っちゃいない。本人がそれでいいと言うのなら尊重すべきなんだろうなとも思う。でも、心から賛成できるかと問われれば、それはない。どうしても納得が出来ないのだ。
何故なら……
「だって、私たちは朝早くから起きて学校に行っているのに、美織ちゃんだけ遅くまで寝て、起きたらお店でお客さんとゲームしてるんだよ? それが仕事っておかしいじゃん!」
葵が力説し、司は脱力した。
そうじゃない。いや、葵の中ではそうなのかもしれないけれど、司は違うことを考えていた。
「あの、僕、考えたんですけど……」
司の同意を得られなくても無視し、ひたすら「美織ちゃんもせめて私たちと同じ時間に起きるべきだ」とか「ちっとは仕事らしい仕事をしろ!」(これには司も同意)と熱弁を振るう葵に、司は落ち着かせるように話しかける。
「もっとぱらいそで働く人が増えてくれたら、店長を学校に行かせることが出来ると思うんですよ」
「……んーと、それはつまり大勢の人間で美織ちゃんを拉致する的な意味で?」
葵がワキワキと両手を動かした。
「違いますよっ。店長が学校に行っている間に、お店を任せられる人が必要だってことです!」
「冗談だって、あたしだって分かってるよ、それぐらい。でもさー、だけど本人が学校に行く必要が無いって言ってたじゃん。代わりの人を用意しても、行きたくないのなら無理じゃないかなぁ?」
「本当に行きたくない、んですかね?」
「へ? どういうこと?」
「だって店長、最後にこう言ったんですよ『私にはやるべきことがあって、学校なんかに行っているヒマはないんだからしょうがない』って。行きたくないのなら、しょうがないって言葉は使わないと思うんです」
あー、と葵が当時のことを振り返ってみる。
「あ、ホントだ。確かに『しょうがない』って言ってた!」
「でしょ?」
「そうかー、じゃあ代わりの人を用意できれば……」
「店長も学校に通えるはずです!」
まぁ来年受験して、自分たちとは一年違いにはなるけれども、それこそしょうがないことだろう。
「そうかー。よーし、司クン、美織ちゃんを私たちの手で学校に通わせてみせるよ!」
「うん。やりましょう!」
自然と気合が入った。
「で、ところで司クンさ?」
「はい、なんでしょう?」
「美織ちゃんの代わりって……どこにいるの?」
晴笠美織高校進学計画……前途多難であった。




