閑話その一:命懸けで護りぬけ
司、ぱらいそへの復帰初日。
「はぁ」
本来なら気合を入れなくてはいけないのは分かっているものの、休憩室の鏡に映る自分の姿を見て、司は改めて大きく溜息をついた。
葵に選んでもらったカツラと、教えてもらった化粧、さらには美織の見立てた制服で、かくも自分が変わってしまうことに驚くやら、情けないやら複雑な気分だ。おまけにずっと見ていると、もっと変な感情まで浮かんできそうで怖くなってしまう。
普段の司は坊主頭で、化粧なんて勿論しない。ファッションへの興味も人並みの、ごく普通の十五歳の男の子だ。女装癖なんてあるわけがないし、したいと思ったこともない。
それなのに、まさかこんなことになるなんて……ぱらいそで働きたいばかりに、つい葵の口車に乗ってしまったけれど、早まってしまったかもと今さらながらちょっと後悔した。
が、後悔しても始まらない。すでに賽は投げられ、司は男の娘としてぱらいそに再雇用されたのだ。
恥ずかしいけれど頑張るしかない。
頑張るしか……ないんだけど……。
もう一度司は鏡に映る自分の姿を確認する。
自分でも感心するほど見事に化けた女の子……ただし、ワンピの裾からは男物のトランクスがちらりと顔を覗かせていた。
(ううっ、やっぱり穿き替えなきゃダメか……)
採用試験の時は無我夢中だったから穿き替えたものの、冷静になってみるとやはりぱんつは越えてはいけない一線のように思えた。だから美織にはもっとスカートの長いものに変更してほしいとか、ブリーフじゃダメでしょうかとお願いしたのだけれど……。
「そんなのダメよ! 男の娘としての自覚を持ちなさい!」
一喝されてしまった。
加えて「仕事着の下着が一枚だけでは汚いわね。いいわ、こちらで用意してあげる」と、退路を防がれてしまってはどうしようもない。
まぁ、いかにも女の子らしいぱんつではなく、一見するとオシャレな男性が穿いていてもおかしくはないようなモノばかりだったのが救いだ。
(仕方ない、よね)
意を決して司はスカートの中に手を突っ込んだ。
「遅いわよ! なんで男の着替えに私たちが待たされなきゃいけないのっ!」
「ううっ、ごめんなさい」
いきなり美織の雷が落ちた。
「まぁまぁ、美織ちゃん、司君だってまだ馴れてへんねん。しようがないやん」
すかさず久乃がフォローを入れてくれる。
「そうそう。それに『男』なんて言っちゃダメだよ。司クンが男の娘ってことはナイショにするんでしょ?」
葵も後押しをしてくれた。
「ん? だったら司くんってのもダメだよね。つかさちゃんって呼ばないと」
奈保の言葉に、美織を除くみんなが「それもそうかー」と笑って「つかさちゃん」を連呼してくる。ちゃん付けなんて子供の頃に戻ったみたいで、恥ずかしかった。
「ふん。まぁいいわ。今度からはもっと早く着替えは済ませること。それから」
美織がじろじろと司の格好を眺めながら背後に回る。
その様子に「なんだろう、どこか変だったかな?」と司は落ち着かない。
着衣が難しい服装でもないし、皺が出来ないように注意もしていたのだけれど。
「ふむふむ。外見は憎たらしいぐらい完璧。となると、あとは……」
背後に回った美織にばかり気を配っていて、いつの間にか前にニヤニヤとヤらしい笑顔を浮かべる葵が立っていることに気がつくのに遅れた。
「葵、やっちゃいなさい!」
「了解であります、隊長! それい!」
葵が司のスカートに手をかけ、一気に捲り上げる!
「わわっ! な、何をするんですかっ!?」
慌ててスカートの前を両手で押さえる司。が、タイミングは微妙。秘密は果たして守れたのか!?
「ちっ!」
葵が舌打ちする。
どうやらスカートの深遠は無事守れたらしい。よかったよかった……
「おっ、ちゃんと女の子用のぱんつを穿いてきたわね」
全然良くなかった!
前を両手で押さえた分、後ろが完全にがら空きになってしまったところを、美織に狙われたのだ。
「ちょ、ちょっと、何してるんですか!」
急ぎ右手で後ろのスカートも押さえつけた。
「なにって、ちゃんと用意してあげたぱんつを穿いてきたかチェックしたのよ。もしブリーフなんて穿いてきたらすぐクビにしてあげるところだったけれど」
美織がしれっと答える。
採用当日はスカートの中身を確認して大声を上げたのに、今日はやけに冷静だった。あの時とは違い、心の準備が出来ていたからだろうか。
「葵、ご苦労様」
「隊長、無念です。つかさちゃんのクリティカルポイントの偵察に失敗いたしましたっ!」
「しなくてもいいわよ、そんなばっちいもん! てか、葵もよくそんなおぞましいものを見たがるわね?」
「てへ。好奇心旺盛な高校生ですから」
違った。単純に今回は後ろだけを見たから騒がなかっただけだ。
そして美織も危険ではあるものの、それ以上に葵にこそ注意しなければと司は再認識した。
「うん、とりあえずぱんつは合格、と。これからもちゃんと男の娘としての気概を忘れないようにね!」
男の娘としての気概って、そんなの無いんだけどなぁと言いたくなった。が、
「でも、スカートめくり対策はまだまだ意識が弱いわね。男は獣よ。何時いかなる時にでもスカートの中身を覗こうとしてくるんだから、もっとしっかりなさい!」
これには同意だった。すべての男が獣、ってところじゃなくて、意識の弱さに対して、だ。
男だってバレることを考えると顔から火が出るほど恥ずかしい。この秘密は絶対に死守しなければと心に固く誓った。
「いい? メイドゲームショップと銘打つ以上、そこで男性が女装して働いていることがバレたらお店の信用問題に関わるのよ。あんたには危機感を持って働いてもらわないといけないの。例えば葵を見てみなさい」
突然話を振られて驚く葵は、それでもえへんと胸を張る。
「そうそう、危機感は大事だよ! あたしだってミスしないよう常に注意を」
と、その時、葵のチャイナ風ロングスカートがはらりとめくり上げられた。
……今日は白色だった。
「うわん! なにをするのさ!?」
「このように裾が長いと、ぱんつへの危機感は弱まるのよ。あんたにはそうなって欲しくないから、敢えてミニスカートにしたの。あえて、ね」
本当かどうかとても疑わしかった。
だけど、注意しすぎるほど注意しなくてはいけないのは間違いないので、司は素直に頷いたのだった。




