第二十話:返り、咲け!
「うーん、我ながら完璧な計算だわ」
必死に我慢する女の子の周りを歩き、360度様々な角度から眺めて美織は唸った。
あてがったメイド服が、女の子の魅力を引き出す自信はあった。しかし、実際は予想をはるかに超えていたのだ。
奈保はセクシーな胸元を、葵は元気いっぱいなふとももを強調するのが衣装のコンセプトで、それぞれ上手くいった自信はあった。が、それもこの女の子を前にしては霞むぐらい、今回はまさに完璧と言えよう。
「このぱんつが見えそうで見えないギリギリのライン、もはや神の領域ね」
はい、もういいわよの声に、女の子は思わずスカートの前を押さえる。
「うんうん、かすみん、その反応もいいわよ。普段は見えないけど、無防備にかがんだり、かがまれたりしたら見えちゃうから気をつけてね。ぱんつは絶対死守すること!」
言われなくても分かっているだろうけれど、女の子はうんうんと大きく頷いた。
「はぁ、これはまたえらく化けたもんやなぁ」
美織の傍らで見ていた久乃が、呆気に取られたように感想を呟く。
「そう? まぁ予想以上だったけれど、化けるってほどじゃないわよ?」
「えー、ちょっと意味が違うんやけど……まぁ、ええわぁ。で、美織ちゃん、どうするん? この子、雇ってええのん?」
「当然よ」
美織が手を出すと、久乃がさっと一枚の紙切れを手渡した。
雇用契約書だ。見ると、すでに雇用者の欄に美織の名前と捺印があった。
「まぁ、表の求人欄を見てくれたみたいだし、住居あり三食昼寝付き以外は一般的な内容だと思うけど、一通り目を通して。あ、それからかすみん、なにか身分を証名できるものは持ってきてる?」
女の子がおずおずと花翁学園の学生証を取り出す。
「おっけー、じゃあ久乃さん、どーぞ」
葵が横から学生証を受け取り、久乃に手渡した。
久乃は軽く目を通し、問題ないでと美織に頷く。
「うん。なら、あとは契約書にサインをしてもらえばオーケー。もちろん、やっぱりやめますってのもアリだけど……?」
別にそんな心配なんてしてないと言わんばかりの美織の視線を受け、女の子もノータイムで契約書に自分の名前を書き込んだ。
「ひゃっほう! おめでとー、これでかすみんもうちの従業員ね!」
美織が女の子に飛びついた。
「うわっ! あ、ちょ、ちょっとお願いが……」
「うん? なにかな? 今なら正式雇用記念に何でも聞いてあげるわよ?」
あ、もちろんメイド服の変更だけはなしで、と付け加える美織。
「えっと、その、かすみんって名前なんですけど……」
「うん」
「ボク、苗字より名前で呼んでほしい、です」
「苗字? かすみって苗字なんだ?」
「はい」
意外な注文に美織がきょとんとした表情を浮かべる。
「ふーん、変わった苗字ね。まぁ、いいわ。で、名前はなんて言うの?」
「……つかさ、って言います」」
「つかさ……ふーん、つかさ……つかさねぇ……え?」
美織がばっと女の子から離れた。
そして先ほど交わしたばかりの契約書を覗き込む。
従業員欄には、きっちりとした字で「香住 司」と書かれてあった。
「はぁ? ちょ、これ、どういう……」
思わぬ展開にさすがの美織も戸惑う。
そんな美織をよそに、久乃と葵はひそひそと話し始めた。
「いやぁ、美織ちゃんがこれほど完敗するのは初めて見たなぁ」
「契約を交わしちゃったんだから、もう雇うしかないよね」
と言っても、思い切り聞こえよがしなのだが。
「なっ!? なにを言って……」
「えー、でも、美織ちゃん約束したやんかぁ。『私をぎゃふんと言わせることが出来たら考えてやってもいい』って」
「あれだけ完全に騙されておいて、今さら撤回なんて恥ずかしいことは……出来ないよねぇ?」
ニマニマといやらしい笑顔を浮かべて、美織を見つめるふたり。
癪に障って視線を逸らすと、そこには女の子、いや、男の娘の格好をした司がいた。
「改めて、どうかよろしくお願いします」
と頭を下げられても、美織には未だ理解しがたい。
あの坊主頭の男の子が?
今、メイド服を着ている女の子?
外見からはちょっと予想もつかない。
ただ、言われてみればこの弱々しい声には聞き覚えがあるような……。
「ちょ、ちょっと来なさい!」
美織は慌てて司の手を掴むと、スタッフルームへと連れこんだ。
「あんた……その髪の毛は?」
「えっと……もちろんカツラで」
「ぎゃー!」
スタッフルームから美織の悲鳴が鳴り響く。
「じゃあ、えっと正直確認したくはないんだけど……下は?」
「え、え、え……わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「きゃあああああああああああああああああああああああ!」
今度は美織と司の叫び声が店内を揺るがした。
「……なぁなぁ、葵ちゃん?」
「はい、なんでしょう?」
カウンターでニコニコと成り行きを見守る葵に、久乃は感心したように話しかける。
「よく司クンが女装で化けるって気付いたなぁ」
どうやら久乃は葵が全てお膳立てしていたのに気付いていたらしい。
「だって司クンを見た時にビビっときたんですよ。あ、この人、男の娘に魔改造できそうって」
「ほー」
「おまけに肌奇麗だし、声もちょっと女の子っぽいし、まさに理想的な男の娘モデルですよ、司クンは!」
握り拳を作って力説しつつ、ただ「でも、あそこまで化けられると、ちょっとホンモノの女の子としては複雑ですけどねー」と苦笑いを浮かべる。
事実、今日のメイド服姿もそうだったが、司に「ぱらいそでバイトするには男の娘になるしかない!」と説き伏せて、カツラを被らせ、色々と試着させてみせたらとんでもなく可愛くなってしまった時にはちょっと嫉妬したものだ。
「でも、たいしたもんや。確かに司クン、あんなカワイイ顔して根性あるわ」
「でしょー! そこがまた萌えポイント高いんですよ。それにね……」
葵はごにょごにょと久乃に耳打ちする。
本当のところを言うと、今朝の段階で司の男の娘化計画は90パーセントの仕上がりだったが、最後の10パーセントがなかなか埋まらなかったのだ。カツラや、衣装や、アクセサリーやらと一緒に購入したものの、どうしても身につけるには抵抗があった最後のモノ。しかし、美織が用意したメイド服を身に纏うには、それを乗り越える必要があった。
「実はさっきちょっとハプニングがあって、ちらりと見えちゃったんですよね、司クンがメイド服を着ながらもまだふんぎりがつかないでいるのを。でも、それだと美織ちゃんにバレちゃうなーって思って、ちょっと勇気付けてみました」
だって個人的に絶対勝って欲しかったですもん、と葵は小さな声で呟くも、スタッフルームから零れ聞こえてくる「あんた、変態かーっ!?」「変態じゃないですよっ!」とぎゃーぎゃーやりあっている声にかき消される。
「なるほどなぁ。……で、美織ちゃん、見ちゃったわけやな。司君がその、アレを穿いているのを」
「みたいですねー」
「災難やな」
「ですねー」
「でも、後でどんなんやったか美織ちゃんから聞こうな?」
「そりゃもちろん」
つい顔がにやけてしまう二人。
こうして司は再びぱらいその店員に返り咲いたのだった。




