第十八話:ぱらいその衣装は魅力に全振りです
ボクっ娘は元気が一番!
と、美織はこの瞬間まで思っていた。しかし、
「ふーむ。なるほどなるほど」
興味津々といった美織の容赦のない視線に晒されて恥ずかしそうに佇む女の子の姿は、認識を改めるに充分だった。
気が弱いボクっ娘、このギャップがいいじゃない、と。
「そうか、この手があったのね……」
美織は右手で顎を撫でながら、ついにはニヤニヤと女の子を見つめ始める。
「……あ、あの?」
もっともエロ中年のような視線に晒されて、女の子のほうは堪ったものじゃない。
かと言ってそんなにジロジロ見ないで欲しいとはっきり主張することも出来ず、ただ戸惑うような声をあげた。
その瞬間、美織の妄想に稲妻走る!
「よし、これだ! あなた、ちょっと待っててくれる? 十分、十分で仕上げてくるから!」
待っててくれる? と言いながらも、美織は返事も聞かずにスタッフルームへと走り去る……かと思えば、すぐに引き返してきて女の子の両手を取った。
「そう言えば自己紹介がまだだったわね。私は晴笠美織、ここの店長よ! あなたの名前は?」
「えっと、その、かすみ……」
美織のテンションに圧倒されたのか、女の子はただ一言呟くだけで精一杯だった。
しかし、美織は一切気にしない。ニッコリ笑うと
「おっけー、かすみん、ね。じゃあちょっと待ってて。今からかすみん専用の制服をちゃちゃっと用意してきてあげるから」
勝手に呼び名まで決めて、今度こそばびゅーんとスタッフルームへと走り去ってしまうのだった。
きっちり十分後。
スタッフルームから聞こえてきた「かすみんを連れてきてー」との美織の声に、葵は入り口でいまだ緊張して立ち竦む女の子を呼びにいった。
ちょっとしたやり取りの後、葵は女の子をエスコートする。スタッフルームはカウンターの奥にあるので、途中、作業をしている久乃の側を通った。
女の子が顔を赤らめながら、まるで隠すように頭を下げる。
当然久乃も会釈を返したが、どこか釈然としない表情を浮かべた。
(なんであんな顔を赤らめとるんやろ?)
最初は純粋に緊張しとるんやろかと思った。
しかし、葵に連れられて女の子がスタッフルームに入る瞬間、見えた横顔に久乃は「あっ」と小さく声をあげる。
そして久乃は呆れたように、それでいてさも面白そうに「ぷっ」と吹き出した。
「じゃじゃーん。はい、これがかすみんの制服でーす!」
女の子が入ってくるなり、美織は嬉しそうに制服を掲げてみせた。
「と言っても既存のものを、ぱぱっとかすみん用に調整してみたんで、細かい微調整は後でやるけどね」
見れば美織の後ろのテーブルにはミシンが乗っている。
「あれ? あたしの時は面接で制服くれなかったよ?」
女の子と一緒に入ってきた葵が、自分の時とは違う展開に頬を膨らませる。
「そりゃあ葵のは手持ちになかったからね。チャイナドレス風メイド服なんて、普通思いつかないもん」
だからあんたのは急いで徹夜して作ったんだからと美織。
単なるゲーム廃人かと思われがちな美織だが、実は裁縫という意外な特技がある。メイドゲームショップなんてものを考え付いたのも、美織が普段から衣装を作る趣味があったからだ。
「で、どうかな、かすみん? 私としては、これがかすみんの魅力を最大限に引き出す制服だと思うんだけど?」
改めて美織は自信満々に制服を持ち上げた。
オレンジ色の奈保や、ピンクチェック柄の美織、さらには水色のチャイナドレス風・葵といったカラフルなメイド服が多いぱらいそにしては、珍しいオーソドックスな紺色のワンピース。白いエプロンは身につけると、後ろで大きなリボンが出来る。
でも、一番の特徴は、そのスカートの丈にあった。
「美織ちゃん、さすがにその……短すぎない?」
「うん。まぁ、よっぽど無防備でなきゃぱんつは見えないけれど、かなりきわどいところを狙ってみたわ」
ぱんつ見えるって言葉に、女の子の頬がぴきんと引き攣る。
「でも、この一見オーソドックスながらもデンジャラスなところがいいんじゃない!」
「うーん、分からなくもないけど、でも、どうしてコレなの?」
葵が制服を、そして横に立つ女の子に指差す。
「ふっふっふ、葵、あんたは知らないと思うけど、この子、実はボクっ娘なのよ」
「はぁ?」
それがどうした?
「ボクっ娘のくせに気弱な恥ずかしがり屋……そんな子が輝くのは、当然恥らっている姿なのよ! 想像してごらんなさい、この制服を着て、常にぱんつ見えてないかなぁとお尻を押さえてたり、びくびくしているボクっ娘の姿を! 萌えるでしょ、コレ!」
さらに涙目ならなお良し、涙目ボクっ娘バンザイと熱弁を振るう美織。どSである。
当然、これを着せられる女の子はどん引きだ。葵も「やっぱりここでのバイト、やめておこうかな」と本気で考えたくなった。
「てことで、かすみん、着てみて? さっきも言ったけど、見えそうで見えないラインは保っているから大丈夫だから、さ」
何が「てことで」なのかはさっぱり分からないが、美織は女の子にずずいと迫る。
この押しの強さこそが美織の強さだと葵は思う。
葵自身もほんの数日前、渡された制服を見て「無理! 絶対無理!!」と何度も拒否した。にも関わらず、葵のしつこい押しに負けて身に纏うハメに……。
なお、決して恥かしい思いをするのと、豪華住居完備三食昼寝付きを天秤にかけて、後者に傾いたからではない。いや、本当に。
でも、そんな美織の押しの強さが、今回はどう転がるのか?
葵は固唾を飲んで成り行きを見守る。
美織に迫られ、女の子の引き攣った表情に、彼女の心の中で様々な感情の鬩ぎ合いが見て取れた。
こんなのはさすがに着れないという羞恥心。それでもやっぱり……と引くに引けない執着心。そして返答を口にするのを躊躇う弱い心……。
「絶対! ぜったい似合うから、ね?」
そもそもコンセプトがアレなのに、今さら「似合う」と言われても、それはそれで女の子としても困惑モノだろう。でも、美織は依然として押しまくる。多分、引くという言葉は、美織の辞書には載ってない。
「うあ……え、えっと……」
美織の押しの強さに負けたのか、女の子がついに揺れ動く心の導いた答えを口に出そうとする。
と直前、不意に女の子は葵の視線に気付いた。
オロオロと定まらなかった女の子の瞳が、かすかに落ち着きを取り戻したように見えた。、
「……たら……してくれますか?」
搾り出したように女の子の口から言葉がこぼれた。
「うん? 何?」
「その……これを着たら、ボクを雇ってくれますか?」
今度は、はっきりとした口調で答えてみせた。
「雇う、雇う。だってカワイイ女の子は大歓迎だもん」
美織は満足そうに大きく頷く。
「だったら――」
気の弱そうな女の子の表情が、それでも心を決めてきゅっと引き締まる。
「ボク、着てみます!」
美織がそうこなくっちゃと大手を振って喜び。
女の子は先の決意表明に「やっちゃった……」とばかりに、ますます顔を赤らめ。
葵はスリットの付近で小さく拳を握り締めた。