第十六話:メンバーが足りません
「ありがとうございましたー」
日もどっぷりと暮れ、ぱらいその営業も終わりを迎える頃には、葵は久乃からお墨付きを貰える笑顔で挨拶が出来るようになっていた。
「はぁ」
対して司は溜息をついて店を出る。
言うまでもなく、今日も美織に勝てなかったのだ。
昨夜特訓したにも関わらず、まったく歯が立たなかった。
レベルの違いを昨日以上に見せ付けられ、途方に暮れる。
「あ、司クン、司クン」
店を出て数歩ほどのところで、誰かに呼び止められた。
葵だ。
「久乃さんから聞いたよー。司クンってここでバイトしたくて美織ちゃんと勝負しているんだって?」
葵の言葉に、司は力なく頷く。
「ありゃ、なんで元気ない?」
「店長、強すぎ。これじゃあなかなか勝てそうにないよ」
溜息と弱音が同時に出た。
「うーん、そうかー。あ、でもさ、あたし、ひとついい方法を知ってるよ?」
「いい方法?」
「うん、それならきっと上手くいくと思うな」
「ええっ!?」
司は驚いて目を見開いて、葵を見つめ返した。
ニコニコと笑う表情に、嘘は感じられない。どうやらからかっているわけじゃないらしい。
「ホント? だったら教えてよ!」
「モチロンだよ。じゃあちょっと待っててくれる。お仕事終わったら、秘策をお主に伝授してさしあげよう」
悪戯っぽく笑う葵に、司は元気よく頭を縦に振るのだった。
三日後。
春の訪れを感じる温かく柔らかい日差しが、お昼過ぎの『ぱらいそ』を優しく照らす中。
美織は微妙な表情で店内を歩き回っていた。
週末ということもあって、今日も店内は結構なお客様で賑わっている。例のチラシで人を呼び込み、ゲームで勝ったら金額倍増の買取キャンペーン&対象ゲームの試遊し放題に加え、男心を擽るメイドゲームショップという体裁でお客様の定着化を狙ったが、ここまでは上手くいっているようだ。
数日前のぱらいそからは考えられない盛況ぶりには、美織も満足していた。
「そやけど、今日の美織ちゃんはなんかご機嫌斜めやなぁ」
「ですねー」
買取キャンペーンの対戦者が途切れたとはいえ、普段なら適当なお客様を捕まえて一緒にゲームを楽しむ美織。そんな彼女が試遊コーナーから離れ、店内をそわそわと歩き回る様子に久乃と葵はこそこそと話し込む。
「でも、どうして機嫌が悪いのでしょうか、解説の久乃さん?」
「そりゃあもうアレやぁ」
久乃と葵が面白そうにニヤリと笑って見つめるのを、しかし、美織は見落とさなかった。
入り口付近で奈保と話していたにも関わらず、ズンズンという効果音がぴったりくるような勢いでカウンターの二人に近付いてくる。
「なによ、あんたたち。なんかイヤぁな視線を感じたんだけど?」
「なんもあらへんよー。それよりも珍しいなぁ、美織ちゃんがゲームせえへんなんて」
「週末でお客様も多いからね。私ばっかりゲームするのも悪いし、店内の見回りもしておいた方がいいでしょ」
「えー、本当にそれだけー?」
「それだけって……なに、他に何かあるって言うの、葵?」
「いやぁ、例えばここのところ連日お店にやってきた愛しい司クンの姿が見えないんでそわそわしちゃうんじゃないかなって」
「はぁ、何言ってんの!?」
美織が露骨に嫌そうな顔をする。
「あいつがようやく諦めたみたいで、せいせいしたってーの。だいたいね、あいつ、男の癖にうじうじした態度で、声も女の子みたいに弱々しいし、使えないにもほどがあるわ。それにね、うちで働きたいのなら、どんな手段を使ってでも私に勝つっていう意気込みが足りないのよ、あいつには。おまけにもう諦めたなんて」
「あら? あらあらあら? 最初はようやく諦めてくれて嬉しいって言ってたのに、なんか最後のほうは諦めが早すぎるって怒っているみたいだよ、美織ちゃん?」
「うっ!? と、とにかく!」
葵のツッコミに美織はたじろぐも、無理矢理体勢を整える。
「あんたたち、そんなつまらないことを言ってないで働きなさいよ! 今日はスタッフ勢ぞろいなのに、あんまり売上げ良くないでしょう? ほら、葵、得意技の『なにか買ってくれたらスカートの中を見せてあげる♪』で、お客様に営業してきなさい!」
「人聞きの悪いことを言うなっ! あたし、そんな得意技、持ってないからっ!」
美織の言葉にすかさず反応したお客様の視線を感じ、葵は思わず腰のスリットを隠すように両手で覆った。
ぱらいその仕事には慣れてきたものの、男性の視線が腰回りに集中する衣装にはいまだ慣れない。なんせカウンター内にいる時はまだしも、商品の陳列で売り場に出ると視線が痛いほど突き刺さってくるのだ。「男の子ってしょうもないなぁ」って思うものの、そこはまだ十代半ばの乙女、恥ずかしいって気持ちはどうしようもない。
「あー、そやけど、確かにそれは大問題やなぁ」
「ちょ! 久乃さんまで何を言い出すんですかっ。ぱんつ見せて売上げを稼ぐなんて、さすがにダメのダメダメ。てか、そんなのバレたら親が泣くー!」
「んー、ちゃうて。そうやのうて美織ちゃんが言った『スタッフ勢ぞろい』ってところや」
久乃が美織、葵、そして入り口で笑顔を振りまく奈保を順に指差していく。
「そしてうちを含めた四人……さすがに四人だけでこの先やってくのはキツいと思うけどなぁ」
今はまだ春休みだからまだいい。が、学校が始まるとシフトが俄然厳しくなる。しかも美織は基本ゲームで遊ぶだけ。久乃さえいれば、その他諸々の業務は滞りなく対処出来るとは言うものの、それは逆に久乃がいなくなると俄かにお店は如何ともしがたくなるってことだ。
そのために葵、そして奈保(ちなみに奈保の基本能力は一年間働いていたにも関わらず、先日バイトを始めたばかりの葵の二分の一以下だ……)がいるのだけれど、各々が充分な休暇を得られるシフトを組むには、まだまだ人数が少なかった。
「あれからあたし以外にバイトしたいって言ってくる人はいないんです?」
「まぁ、そこそこ応募はあるんやけどなぁ……」
久乃がちらりと視線を向ける。と、
「ぜんっぜんダメ。うちで働けるクオリティに達していなかったから、全員断わったわ」
美織が溜息混じりに言い放った。
「とゆーか、正確には電話やメールでの応募はあるんやけど、面接にこーへんのよ。なんでやろうねぇ」
葵はとっさに入り口で愛想を振りまく奈保の胸元を、久乃と美織は葵の深すぎるスリットをそれぞれ凝視した。
男性客が圧倒的に多いぱらいそではあるが、女性のお客様だってそこそこはいる。でも、たまにとても困惑したような表情を浮かべ、何も買わずに帰っていくお客様がいるのをみんなは思い出していた。
そして一同深い溜息。
美織の「ちょっと露骨すぎたかもしんないわね」って言葉が全てを物語っていた。
「言われてみれば、あたしの時は美織ちゃんと久乃さんしかいなかったからなぁ。なっちゃん先輩の姿を見ていたら、さすがに考え直したかも」
「いーや、葵は奈保を見てても変わらなかったと思うわ」
「なんでさっ!?」
「さっき応募って言ったやろ? アレな、つまりは求人誌を見ての応募やねん。求人誌やからまともな募集要項にせなあかん。美織ちゃんが書いた店頭ポスターみたいに『カワイイ女の子大募集! 豪華住居完備で三食昼寝付き!』って怪しすぎる内容で出すわけにはいかんねん」
「で、この売り文句を見てフラフラと応募してきたのは、あんただけってわけよ」
「ウソ!? 一人暮らしが出来て三食昼寝付きって、めちゃくちゃ美味しいじゃないですかっ!?」
「普通の人は「美味しすぎてなんか裏があるんやないか?」って考えるんとちゃうかな。これ、きっと危ないお水関係やーとか」
「だったらそんな募集ポスターを貼らないでよっ!?」
葵が怒るのも無理はない。が、美織は「あのポスターは私の自信作なのっ!」の一言で一蹴した。
「でも、実際問題、あと二、三人は欲しいところやで、美織ちゃん?」
相変わらずの美織のワガママぶりに苦笑しつつ、久乃が話を本題に戻す。
「ですよねー、今はひとりでも多く仲間が欲しいよ」
葵も同調し、ふたりして美織をじっと見つめた。
「ダメよ」
二人の言わんとするところを察して、素早く先手を打つ美織。
「まだなにも言うとらんやん」
「あいつを……司を雇えって言うんでしょ?」
「あ、その手があった!」
「葵も白々しいっての」
ポンと手を打つ葵に、美織は思わず苦笑してツッコミを入れた。が、次の瞬間にはきりっと表情を引き締め
「うちはメイドゲームショップなの。男の子は働けない職場なのよ。それでもどうしても働きたいって言うのなら、不可能を可能にしてみせる根性を見せる必要がある。なのに、あいつはもう諦めた。そんなヤツを雇うわけにはいかない」
――根性なしはいらない、とにかく今はいい人が来るのを待ちましょう、そう言い切って話を打ち切ると、美織は再び店内の見回りに戻っていく。
「不可能を可能にって……いくら根性があっても、どうにもならんこともあるやんなぁ」
さすがの久乃も諦めムードで、美織の後姿を見送った。
対して
「でも、実は司クンってああ見えて結構根性あると思いますよー」
葵は久乃の隣で何故かクスクスと笑うのだった。