第十話:クビキラレツカサ
やはり美織はそう簡単に屈する人間ではなかったのだった。
「……あなた、一体何を言ってるんです? このチラシを配ったのはそちらの店員でしょう?」
「正確には元店員よ。昨夜のうちに解雇したから」
あっけらかんと言い放つ美織。
美織によれば、解雇された腹いせに嫌がらせでこんなチラシを配ったようだ、と。
ぶっちゃけ頭に来ているが、配られたものは仕方がないから、こんな高値でも買い取っている、と。
おたくも敷地内でこんなの配られて迷惑だったわね、でも実質的な被害は出てないからいいでしょう、と。
にわかには信じられない話ではあろう。
それは黛も同じだった。
熱心にチラシを配っていたという報告、さらに黛の要求を聞いて顔を青ざめた様子から、司が解雇された復讐でやったとは到底思えなかった。
まず間違いなく、司は解雇なんてされていないと断言出来る。
だったら――
「……なるほど、そういう事情がありましたか。ならば今回のことはこちらとしても不問といたしましょう」
「あら、えらく物分りがいいのね。意外」
「ただひとつ確認させてください。彼、一体どんな理由で解雇されたんです?」
「それは言えないわね。あなただって分かるでしょう、デリケートな問題だって」
「そうですね。では、代わりに別の確認を。今回、こんなことをされて『ぱらいそ』さんも多大な迷惑を被ったと思います」
「ええ、本当に勘弁してほしいわ」
「そんな被害を及ぼした人間を、まさか許すなんてことはないですよね?」
「……何が言いたいの?」
「いや、なに。こちらとしても後日改めて挨拶に伺った際、彼がこちらで働いている姿を見かけてしまっては何か釈然としないものを感じるでしょうから念のために、ね」
美織のふざけた弁解の前に、黛の当初のプランは挫かれてしまった。
当然言い返すこともできたが、黛は知っている。それは泥沼だ、と。
美織の狙いがまさにそれなのも分かっていた。
無茶苦茶でもなんでもいいから自分たちに非が無いことを訴えれば、相手の要求を拒む理由になる。黛からすれば、こんな相手を説得するのは骨が折れる仕事だ。
だから黛はすかさずプランを変えた。
『ぱらいそ』を営業困難に追い込むという目的さえ果たせれば、道のりが「信用問題による顧客の減少」であろうと「上司への不信による労働力の低下」であろうとなんでもよかった。
「今一度確認したい。彼の再雇用は絶対にない、と」
真面目な店員が店長からの指示で行動したのに、ミスの責任を取らされてクビになる。残った店員の、店長への不信感は相当高まるだろう。調べによればもともと店員のレベルやモチベーションは高くない。そこへ今回の一件、バイトたちが一斉に辞めることになってもおかしくはない。
しかも今回は美織の発言を背後にした要求だった。
美織とて簡単に反論できるものではない。
「……そうね」
黛の要求を、今度こそ美織は受け入れるしかなった。
「約束してもらえますか?」
念を押す黛、容赦ナシ。
「ええ、仕方ないわ。だって」
美織の口元がかすかに吊りあがった。
「うちはメイドゲームショップに生まれ変わったんだもん。男の店員なんていらないわ」
頭のてっぺんに白いレースで縁取ったカチューシャ。
ピンクのチェック柄のワンピースに、白いエプロンという組み合わせはアニメキャラ的ではあるものの、どこからどう見ても立派なメイド服……。
両腕を胸の前で組み、ザマーミロと言わんばかりの笑顔を浮かべて偉そうにふんぞり返っているものの、確かに黛の前に立つ少女はメイドだった。
そして他の店員もまたメイド服姿の女の子たち。従来の男の店員は……いなかった。
「はい、てことで彼の再雇用はありえないから安心してお帰りなさいな。ガキのお使い、お疲れ様っ!」
「……」
「おやおやおや? なにかなぁ、その納得いかないって表情? もう仕方がないなぁ。じゃあ特別サービスで教えてあげる。私が彼を解雇した理由はぁ」
「いえ、結構です」
そりゃそうだ。今さら言われなくても分かる。
「あ、そう? だったら早くそこをどいてくんない? 私、これからお客様と買取金額の交渉をしなくちゃいけないから」
「買取金額の交渉?」
変な話だ。買取金額なんてのは決まっているもので、お客様と交渉して変化するようなものではない。
「そうよ。私とゲーム対決して勝てば買取金額が二倍になるの」
「なっ!?」
「はい、そういうわけだから、あんたにいつまでもそこに居座られたら迷惑なの。営業妨害なの。そっちこそ警察呼ばれる前にとっとと出てってくんないかなぁ」
と、美織の言葉を後押しするように、ギャラリーからも黛にブーイングが飛ぶ。
黛が大勢のお客様の前で話し合いを行ったのは、『ぱらいそ』の失態を知らしめるためだった。が、今となっては完全に裏目。こうなっては撤退するしかなかった。
「はーい、じゃあゲーム対決再開するよっ!」
美織の威勢のいい声と、呼応して湧き上がるお客様の大歓声をバックに、黛は『ぱらいそ』を後にした。
プライドは打ち砕かれても、ポーカーフェイスは崩さない。涼しげな表情で車に乗り込む。
その姿を、黛とは対照的に感情を思いっきり表情に出して見送る人物がいた。
司だ。
なお、今にも泣きそうな模様。
「あ、あの、小手道さん……」
「久乃でええよ」
「じゃあ、その久乃さん……えーと、僕、どうなるんですか?」
「あー」
美織と黛の話し合いの中から司を拉致したのは久乃だった。
長年の付き合いから、美織が言い負かすのは分かっている。でも、そうなった時、黛の攻撃が司に向かうのを恐れた。司個人の問題として取り扱われては、さすがに可哀想すぎると思って避難させたのだ。
なんせ
「まぁ、聞いての通りでな」
司自身はとてもやる気のある良い子なのに
「そういうわけやから、勘弁やで、司クン」
お店の方向転換ということでクビになるわけで、既にもう可哀想な状況なのだから。
かくして香住司はゲームショップ「ぱらいそ」をクビになったのだった。