第九話:高く買って安く売るのが商売だ!?
「……あなたが『ぱらいそ』の店長なのですか?」
ゲーム対戦を終えた美織に、ギャラリーを掻き分けて司と共に現われた黛の第一声は礼を逸してはいたものの、当たり前と言えば当たり前だろう。
司や久乃に大変な労働を強いて(言うまでもないが、奈保は例外である)、自分はゲームで遊び呆けている。加えて見た目はまるで中学生。セクシーな奈保、清楚な久乃のメイド服姿に対して、ピンクのチェックを基調とした美織のメイド服もまた、彼女を幼く見せる要因になっていた。
「ん、なによあんた? どこの組のインテリヤクザ?」
なのにこの口の悪さ。人は見掛けで判断してはいけないを地で行く美織である。
「インテリヤクザ……なるほど、どうやら本当にあなたが店長のようですね」
さすがの黛も一瞬言葉を失うものの、すぐに体勢を立て直す。
そして言葉通り、再認識した。
目の前で偉そうにふんぞり返っている小娘が、あんなふざけたチラシを作った張本人だと。
想像していたのとはちょっと違ってはいるが、ライバル店の敷地でチラシを配らせたり、初対面の人間をいきなりヤクザ呼ばわりするような非常識な人間が、そう何人もいるものではないだろう。
こいつが元凶だ。
黛の目がすーと細まる。
「ああ、申し遅れました。私、こういう者です」
黛の差し出す名刺を美織は受け取らず、つまらなさそうに一見する。
「あ、そう。で、なに、新装オープンの挨拶にでも来たの? 見たところ手ぶらだけど?」
菓子折りのひとつでも持ってきなさいよ、気が利かないわねといわんばかり。
「手ぶら? はて、そう見えますか?」
名刺を受け取らず、さらに厚かましい要求をいけしゃあしゃあと言ってのける美織に、しかし黛も動じない。そっちがそう来るのなら話も早いとばかりに、司をぐいっと引き寄せた。
「て、店長~」
突然引っ張られた司は、つんのめるような形で美織の前に差し出される。
怒られるかな? 怒られるに決まっているよな?
そんな不安を表情に張り付けて、おそるおそる美織の顔色を伺う。
美織は眉を寄せ、頬を膨らまし、薔薇の蕾のような唇をまるで苦虫を噛み潰したかのように歪ませていた。
「ひっ!」
怒ってる。滅茶苦茶怒ってる!
同じ歳なのは分かっているけれど、怖くてもうまともに顔を見ることができない……。
「……あんた、バカなの?」
怖くて俯く司に、やがて呟くような、それでいて容赦のない重い罵倒の声が浴びせられる。
「私の話、ちゃんと聞いてた?」
「ううっ」
「私、言ったよねっ!?」
はい、絶対ライバル店の人に捕まるなって言われましたー。けど、だけど……。
「挨拶に来るなら菓子折りを持って来いって! こいつのどこが菓子折りだー!」
……はい?
「それがなに? 『手ぶら? はて、そう見えますか?』って、あんたマジで脳に蛆虫でも涌いているんじゃない?」
美織がぐいっと司を押しのけると、黛に近付いて、その喉元から抉りこむかのごとく睨みあげる。
「なんか知らないけど、私をバカにするつもりなら容赦しないわよ?」
……本当にヤ○ザなのは一体どっちなのか(答え:どちらもヤ○ザではありません)。
そもそも「言った」と主張する菓子折りの件だが、実際にはそんなこと美織は一言も言ってなかったりするのだが……。
「これは失礼。菓子折りは後日、店の者に持たせることにしましょう」
それでも黛は動じない。顔色ひとつ変えず、美織を見おろし、
「ただ今回は彼と、彼がうちの敷地内で配っていたこのチラシについて、そちら側のお話を伺いたいのですが?」
スーツの内ポケットから几帳面に四つ折りにした『ぱらいそ』のチラシを取り出した。
「……ああ、それね。それがどうかした?」
「営業妨害です」
「そうね」
「認めるのですか?」
「いくら頭に血がのぼっての行動とは言え、このチラシは確かにやりすぎだわね」
あっさり非を認めた美織に黛は意外に感じたものの、変わらず表情には出さない。
代わって司は慌てて美織の前に躍り出てようとして……
不意に誰かに引っ張られた!
「ふむ。それでは」
司が人混みの中に消えたことには気付かず、黛が話を纏めようとする。
「それ相応の対応を」
「おかげでこっちもいい迷惑だわ」
ところが美織が遮った。
「なんせあんたのところの安売り商品を、こんな高値で買い取らなくちゃいけないんだもの!」