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ぱらいそ~戦うゲームショップ!~  作者: タカテン
プロローグ
1/87

夢で終わらせない!

「だったらキミ、よかったらワシの店でバイトしてみないかの?」

 人間、誰しも後の人生を決める分岐点がある。

 香住 かすみ・つかさの場合、そんな誘いを受けたその瞬間が、まさに思いもよらぬ日々への幕開けとなった。



(はぁ)

 ドラゴンとの激しい戦闘を繰り広げるモニターを眺めながら、司は心の中で本日何度目かの溜息をついた。

 いつもは夢中になるネットゲームも、今日はどうにも楽しめない。昼間に受けた衝撃的な事実が、脳裏にしつこいカビのようにこびりついていた。

 物心ついた頃から通い詰めていたゲームショップ。そこがとうとう閉店するというのだ。

(高校生になったらバイトさせてくれるって言ってたのになぁ……)

 他のメンバーの足を引っ張らないよう的確な動きを保ちながらも、心は全く別のことを考えている。

 夏休みに入る前の三者面談で、司は近所の高校への進学を希望した。

 先生は頑張ればもっといいところに行けるぞと言ってくれたけれど、学校のランクなんてどうでもよかった。

 近くに数年前からバイトの約束を取り付けているゲームショップがある、それが進学先を決めた最大の理由だったのだ。

 なのに中三の夏休み入ってすぐにまさかの閉店告知……順風満帆だった航海がいきなり嵐、どころか氷山にぶつかってあえなく沈没って感じだ。

 もっとも進学先を変えるのは別に難しい話じゃない。

 問題は、バイトをしたいと思えるゲームショップが見当たらないことだった。

(昔はもっとお店があったんだけどなぁ)

 司が知る限り、通えそうな範囲にゲームショップは五店舗ほどあった。

 が、司が中学に上がる頃から次々と閉店していって、例の馴染みの店が最後の一店になっていたのだ。

 一応、DVDやCDなどのレンタルショップとの複合店ならある。でも、そこではどうにもバイトしたいって気分にはなれなかった。

 なんか違うのだ。空気というか、雰囲気というか。

 司にとってゲームショップとは、ただモノを売ったり買ったりするだけのお店じゃない。ゲームを通じて店員とお客様が楽しくコミュニケーション出来るお店、それが司にとってのゲームショップだった。

(はぁ、これからどうしようか……あ)

 見るとモニターの中で猛威を振るっていたドラゴンが全身から光を放ち、最期の咆哮を上げて崩れ落ちるところだった。

「おおー、やった!」

「お疲れ様―」

「さーて、ここからはドロップ運が試されますぞー」

 装着したヘッドセットから仲間たちの歓喜の声が聞こえてくる。

「お疲れ様でした!」

 大物を仕留めた喜びを邪魔したくなくて、司も元気に挨拶する。

 それでも心は沈んだままだった。



「何かあったのかの?」

 声を掛けられたのは戦利品の分配も無事終わり、それぞれが「じゃあもう寝るわ」「明日会社」「俺も」「いいよな、学生は夏休みで」なんて挨拶を済ませログアウトした戦場に、ひとり佇んでいる時のことだった。

「え? ああ、マスター」

 一人だと思っていたので驚いたものの、相手が誰かすぐに分かって司はホッとする。

 司が所属する龍撃旅団のギルドマスターだ。ボイスチャットの声からして相当な高年齢ユーザーにも関わらず飛びぬけた腕前を持ち、若者の会話にも普通に乗ることが出来る。それでいて常に周りのプレイヤーへの気配りを忘れないあたりは年相応の懐の広さがあり、マスターを慕う人は少なくない。

 司もモニターに映る小柄な老兵の姿に、どこか心が緩むのを感じた。

「えっと、どうしてそう思うんです?」

「ふむ。戦闘そのものはいつものようにこなしておったが、どこか全体的に元気がなかったように感じたのじゃ」

 さすが、と舌を巻いた。

 そしてマスターになら心の内に溜まったものを打ち明けてもいいかなと、司は口を開く。

「実はちょっと進路で困ったことがあって……」

「進路? ああ、そう言えばキミは中学三年生じゃったか」

「はい」

「よかったら話してみい。力にはなってやれんじゃろうが、悩みってのは一人で抱えるには往々にして重すぎるもんじゃ。誰かに話すことで多少は軽くなるかもしれんぞい」

 嬉しい言葉だった。

 正直なところ、バイトしたかったゲームショップが潰れて、高校に行く気がなくなったなんてバカらしくて他人には言えない。でも、マスターなら笑わずに親身になって聞いてくれると思った。

 が、

「はっはっは、そりゃあまた、キミも相当なもんじゃのー」

 話し終えると大笑いされた。

「うっ。で、でも、僕にとっては結構大切なことで……」

「ゲームショップでバイトすることが? ワシも長年生きてきよったが、そんな理由で人生の行く先を決める者は初めてじゃ」

 そりゃあそうだろう。

 先の進学も考えて、少しでも良い高校へ行こうとする者。

 甲子園に行きたくて、強豪と呼ばれる高校を目指す者。

 中には学力的に選択肢がひとつしかなかったり、制服が可愛いという理由で決める者もいたりする。

 でも、バイトしたいお店が近くにあるからという理由で高校を選ぶのはかなり稀なケースではないだろうか。

 司も分かっている。分かってはいるが、

「ううっ。だけど、子供の頃からゲームショップでバイトするのが夢だったんですよ……」

 誰だって子供の頃、自分の好きなことを仕事にしたいと夢を抱くものだろう。それが色々と人生体験をしていくうちに普通は変わっていくが、司は一切ブレなかったのだ。

「それは分からんでもないが、だったら大学生になってからでも遅くはないじゃろうに」

「ですけど、高校生になったらゲームショップでバイト出来るんだって、ここ数年ずっと楽しみにしていて」

「もう待ちきれんと言うのか……ふーむ」

 溜息交じりの言葉を最後に、マスターが言葉を探るように熟考に入る。

 司は後悔し始めていた。

 きっとお子様だと思われたに違いない。

 今までどう思われていたのかは分からないけれど、少なからず失望させてしまったのは間違いないだろう。

 やっぱり他人に話すようなことじゃなかったんだと自分の迂闊さを反省していたその時だった。

「ワシにもキミと同い年の孫娘がおってのぅ」

 唐突にマスターが話を切り出した。

「お孫さん?」

「ふむ。これがワシに似て、かなりの変わり者なんじゃ。小学生の頃からろくに勉強もせず、ゲームばっかりしとる。失礼かもしれんが、キミと同じゲーム馬鹿なんじゃなぁ」

「は、はぁ」

 ゲーム馬鹿と呼ばれて戸惑ったわけではない。どうして急に孫娘の話になったのか分からないだけだった。

「だからかのぅ、キミの話を聞いて、他人事じゃないように感じたんじゃ」

 マスターが一呼吸置く。

 そして意を決したかのように発せられた言葉は、司の運命を切り開くこととなる。

「だったらキミ、よかったらワシの店で働いてみないかの?」



 聞くところによると、マスターは二十年ほど前、都内の片隅に一軒のゲームショップを開店させたのだそうだ。

 とある企業の社長としてまだまだ働ける年齢であったにも関わらず、事業からあっさり引退したかと思えば、いきなりのゲームショップ運営に親族一同は驚いて最初は反対した。

 もっともインベーダーブームの頃からゲームにのめりこんだマスターとあっては、趣味の世界で生きるのもまた老後の楽しみだったのだろうと最終的には周りも納得したらしい。

 実際、ゲームショップの運営は楽しかったという。

 ただ、昨今は体力も衰えたのであまりお店には出ず、バイト達に任せているらしい。

「まぁ、おかげでこうしてゲームにどっぷりなんじゃがな」

 ……とにかく、そんなわけでマスターはゲームショップの経営者で、人手は若干不足しているという。

 これは司にとってまさにうってつけの話だった。

「あ、あの、お願いですっ。中学を卒業したら僕を雇ってください。なんでもしますっ、だから!」

「よかろう。だがの、ふたつ条件があるぞい」

「条件?」

「ひとつは店の近くの高校に通う、ということじゃ」

「えっ……」

 司は都内どころか、関東にすら住んでいなかった。

 だからマスターのお店で働くには、一人暮らしが必須だ。

 あまり裕福ともいえない司の家にとって、一人暮らしをさせながら高校に通わせる余裕はありそうにない。この話を聞いて、司はひそかに高校進学は断念しようと思っていた。

「そんな……僕、今S県に住んでいて、そっちで働くには一人暮らししなきゃいけないんですけど、その、えっと、言いにくいんですけど、うち、あんまりお金なくて」

「お金の問題なら心配せんでもよいぞ。その高校に入学出来たら学費から生活費まで全部ワシがもってやろう。住むところも用意できるでの」

「えっ、あ、あの、ど、どうしてそこまで?」

「なーに、わざわざ遠くから来てくれるんじゃ。それぐらいはさせてもらわんとの。それよりもじゃ、キミ、もっと大変なことがあるぞい」

「大変なこと、ですか?」

「さっき店の近くの高校に通うのが条件じゃって言ったろ? その高校な、都内でも屈指の進学校じゃ。かなり勉強しないとなかなか受からんと思うのぉ」

 あっ、と司は驚きの言葉をあげる。

「ふっふっふ、どうじゃ、夢に辿り着くには大きな壁があった方が燃えるじゃろ?」

 意地の悪そうな笑い声をあげるマスター。

 でも、司も負けてはいない。

「そうですね。で、もうひとつの条件ってなんですか?」

「そうじゃのう。それはまぁそのうち話すとするかの。わっはっは」

 マスターが楽しくなってきたわいと笑う。

 司も自然と笑みがこぼれた。

 結局は当初の予定だった、高校に通いながらゲームショップでバイトするという未来予想図と何ら変更点はない。そのくせ難易度だけはぐーんと上がった。

 だけどマスターの言葉ではないけれど、やり甲斐はある。頑張れば夢を掴めるというけれど、まさしく頑張らなければ夢を掴めない状況になった。


 ならば頑張るだけだ――。


 それからしばらくして司の姿がネットゲーから消えた。

 久しぶりに姿を見せたのは春先の三月上旬。

 復帰を祝ってくれる仲間たちの群れをかきわけ、マスターにただ一言呟く。

「条件、満たしました!」


 かくして司の、大変なゲームショップ人生の幕が開かれた。


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