第38話
叫びをあげた後、固まったままのイーブリン。
「あのぉ~イーブリン師匠。
娘がいる事どころか、結婚していた事すら知らなかったのですか?
エルドレッドは師匠のライバルなのですよね?」
「お嬢様、今のイーブリン様に何を言っても、声が届かない様です。
ですので、当初の予定通りお嬢様はお嬢様の用事をすませるのが宜しいかと」
「そうね、流石は妾の執事。
ぐっじょぶ!ですわ」
「恐縮でございます」
イーブリンに声をかけ、反応がなく、執事と相談したかと思ったら、
突然、マリアを指さすお嬢……執事の言い方がうつっちまったじゃないか――金髪縦ロール。
……どうして、こっちの奴らは人を指さすんだ?
こっちの世界では、別段失礼にあたらないのだろうか?
「あなたが、『錬金術師』エルドレッドの娘、マリアね。
下女を装って妾の目を欺くとは、流石は妾の認めた『ライバル』ですわ!」
「別に、下女を装ってなんかいないわ。
そっちが勝手に勘違いしただけでしょ?
そもそも、あなたはいったい誰?」
おい、おい、知らないのかよマリア。
「こ、この、この妾を知らないですって…
ありえませんわ、あなた、本当にこの国の住人ですの?」
「そうですなぁ、自分の国の王族を知らないとは…
いくら平民でも世の中を知らなさすぎですな」
老執事が追い打ちをかける。
「えっ、王族?
…アンジェラ様、国王様の姪のアンジェラ様なの?」
「あら、ちゃんと妾の事を知っているではないか?
また妾の事を謀ったのかえ?」
「そうじゃないわ。
自分で言うのも何だけど、こんな所に王族の方が来るとは思わないじゃないの。
そもそも、アンジェラ様はまだ社交界デビューしていないから、
名前を知っているだけで、御姿を拝見した事がないのだから、解らなくて当然でしょう?」
「そう言われれば、お嬢様の社交界デビューは確かにまだでしたな。
平民がお嬢様の容姿を知らないのも当然ですな。ほぉっ、ほっ、ほっ」
おいおい、しっかりしてくれよ老執事。
もっとも、金髪縦ロールの時点でやんごとない身分の人と丸解りだがな。
あの髪形の平民がいたら見てみたいぜ。
【一度でいいから見てみたい、金髪縦ロールのただの平民。 by メカうた○】
「うむ、そうか、ならばしかたないのう」
腕を組み、偉そうな――もとい、こいつは本当に偉いんだった――改め、
腕を組み、大仰に二度頷く、アンジェラ。
「それでそのぉ~、アンジェラ様が何故このような所に?」
「おおっ、そうであった。
こほんっ!
そなたが、齢10歳を迎える前に『錬金術師のたまご』を名のる事を許されたマリアだな。
『伝説の錬金術師 ガレフ』様の一番弟子のエルドレッドの娘。
うむ、光栄に思うがよい。
そなたを、妾のライバルと認定してやっても宜しくてよ!」
「へっ?」
突然の展開に、どう対応すればいいのか解らなくなったんだろうな。
マリアが間抜けな返事(?)を返す。
ちなみに、10歳の誕生日より前に『錬金術師のたまご』認定されたのは、史上最年少記録だ。
しかも、マリアは既に『錬金術師のたまご』を卒業している。
こちらも最年少記録を大幅に更新することなのだが、それを認定する『錬金術師』がいないため、未公認記録である。
もっとも、そんな事を言うと色々と面倒くさいから、俺から言う事はない。
そして、そんなマリアを置き去りに、話は進められる。
「このたび、妾は『錬金術』を学ぶ事になった。
本当ならば『伝説の錬金術師 ガレフ』様に師匠になって貰いたかったが、
ガレフ様は多忙である事を理由に、現在弟子を取らない。
そこで、ガレフ様の弟子であるイーブリン様にこの国に来ていただいて、
妾の師匠になってもらう事になったのじゃ」
「一流になるためには、一流の方に教わることが大事ですから、当然のことですな」
結構、ちょいちょい口をはさむなこの老執事。
執事ってもう少し寡黙なイメージがあったから、何か変な感じだ。
「そして伯父さ……国王様が言っていた。
道を究めるには、切磋琢磨するライバルがいると、頑張れると。
よって、そなたを妾のライバルと認定してやってもよいぞということなのじゃ」
しかし、金髪縦ロール一人称こそ、『妾』で統一されているが、話し方や、語尾などが滅茶苦茶だな。
きっと、自分の中でも自分のキャラが定まっていないんだろうなぁ…
「え~と、ライバルとして認めてやってもよいっていわれても、
ついさっき、「さすがは、わらわが認めた『ライバル』だわ」と言われた気が……」
あっちゃ~ぁ、マリアよ、そこは一番突っ込んじゃいけないポイントだぞ。
「それは、その、あれじゃ、ほれ、その、なんだ、のう、セバスチャン?」
あっ、セバスチャンに丸投げしやがった。
「……つまり、お嬢様は既にライバルだと認めておられるが、
お嬢様のライバルともなると大変名誉であるが、それを妬む者があらわれたり、
その重圧に耐えられぬかもしれぬとお考えになり、貴女にも選択の余地を残してあげた、
と優しいお嬢様は仰せである」
おおっ、流石は亀の甲より年の劫。
もっともらしいことをでっち上げやがった。
金髪――いい加減、名前で呼んでやろう――アンジェラもよくやったという顔でセバスチャンを見ている。
そして、心なしかセバスチャンも誇らしげだ。
「それなら、私にはちょっと荷が重いので遠慮させてください」
断りやがったよ、コイツ。
アンジェラ、ブチ切れたりしないよな?