第30話
マリアに名前を聞かれて、弟が突然立ち上がり、
「大変失礼しました。命の恩人ともいえる方に自己紹介すらしていないとは」
と頭を下げるのはいいが、お前頭下げすぎ、
ゴン!!
あ、やっぱりテーブルに頭ぶつけちゃったよ。
物凄い音がしたな。
大丈夫かな?
――テーブル。
姉はと言うと、弟の失敗を、こいつまたやってるよ、学習しねぇなという表情で黙って見ている。
「かさねがさね、失礼しました」
あっ復活した。
大丈夫だったみたいだ。
――テーブル。
「僕…、私は、『冒険者』のレオンです」
と、そこで姉をちらっと見るが、姉は右手を振って、アンタがやってという態度である。
「こちらは、私の姉で同じく『冒険者』のカレンです」
「え~と、カレンさんとレオンさんですね。
申し遅れました。
私はマリアといいます。
一応『錬金術師のたまご』をやっています。
これも、何かの縁ということで、よろしくお願いします」
「これは、ご丁寧に、こちらこそ「ねぇ、アンタってば、そんなに小さいのに『錬金術師のたまご』なんだ、凄いね!」
丁寧に返事を返す弟を遮って――本人には遮っている意識は無いのだろうが――好奇心まるだしでマリアに話しかける姉。
「姉さん!まずは、ちゃんとお礼を言わないと」
「それもそうね。
マリア、ありがとう。
もうね、本気で死ぬかと思ったから、マジ助かった。
アンタは、ウチらの命の恩人やわ」
「そ、そんな、おおげさだよ~。
それに困った時はお互いさまって言うし」
「いや~ぁ、そういうけどね、あそこに倒れていたウチらに声をかけてくれたんわ、マリアだけやったわ~。
アンタに逢えんかったら、どうなっていたことやら」
「あなた達が倒れていた所は、路地からはちょっと見えにくい所だっただけで…
私だって『センセー』に言われなかったら、見つけられなかったし…」
「せんせー?あの場に他に誰かおったん?」
「イヤ、ソウイウワケデハナクテ、え~と、そう、とにかく街の人も、あなた達が倒れている事に気付かなかっただけで、
気付いていたら、私みたいに声をかけていたよ、きっと。
この街にはいい人がいっぱいいるから」
「それや!ウチらが冒険者になるって決めた時、こっちの街の方が仕事も多いし、暖かいし、食いもんもうまいし。
って聞いてこっちまで行こって決めてんけど、こんな遠いとは思わなかってん」
「はぁ、そうですか」
カレンのトークの勢いに押されて、そんな返事しか返せないマリア。
そして、そんなことはお構いなしに話を続けるカレン。
「王都エンドを目指すぞと、ナニワハラを出発したはいいものの、
金は尽きるは、食料も尽きるはで、踏んだり蹴ったりや」
「それは、姉さんが道を間違えたからで…」
「何か言うたか!」
弟が突っ込みをいれるものの、姉が一喝。
弟は無言で首を左右に振る。
「で、やっとの事で辿り着いたはいいが、あまりの空腹にあの場で倒れてしもうた、いう訳や」
「た、たいへんだったんですね」
カレンが一息入れて、お茶を飲むタイミングを見計らい、マリアが声をかける。
すっかり話の主導権が奪われていた。
「そや、大変やったんや。
そんで、話は戻るが、お嬢――いや、マリアやったな。
マリアは『錬金術師のたまご』なんやろ、
そやったら、ウチら『冒険者』に仕事の依頼はないかぁ?」
「ちょっと、姉さん。
いきなり仕事くれ、とか失礼にも程があるよ」
「あんたは、黙っとき!
もし、あるなら、ホントーに困っていた所を助けてもらったお礼で、格安でやったるで」
姉の言葉を聞き、先程まで不満げであった弟も、そういう事かと納得した表情で頷く。
「ありがとう。でもその気持ちだけで充分よ。
さっきも言ったけど、困った時はお互いさま。
私は当たり前の事をしただけだから」
「その当たり前の事を、できるっちゅうんは、それだけですごいんやけどな。
でも、それじゃ、ウチらの気持ちがおさまらないんよ」
姉だけでなく、弟も自分も同じ気持ちだと無言で、何度も頷く。
「でもね、依頼っていっても……」
「よし、依頼をしよう!」
どう対応するか悩んでいる、マリアを遮って、俺が答えた。
「ちょっ、『センセー』何い言っ……」
マリアが私に文句を言おうとして、姉弟がいるのを思い出し、途中で声を止め2人を見る。
2人とも鳩が豆鉄砲を食ったような顔でこっちを見ている。
あっ回復した。
そして、カレンがマリアに声をかける。
「マリア、あんた…」