第11話
「んっ、マリア嬢ちゃん、誰か来ているのかい?」
やばっ、また声にだしてしまっていたか、何で俺はすぐに声に出してしまうんだろう。
いや、反省は後だ。反省だけなら猿でもできる。
つまり、ヲレは猿以下か……
でも、ひとつ解ったことがある。
俺の声はマリアだけに聞こえるという訳ではないという事が。
そうじゃなくて、考察は後だ、後。
とりあえず、見つかると厄介だ。
ひとまず隠れよう………って俺動けないじゃん!
なんて不便なんだこのメガネの体。
くそっ、これでは隠れる事もままならない。
どうすれば――
――どうもしなくていいじゃん。
俺メガネなんだから、誰もメガネが喋るとは考えまい。
なんて便利なんだこのメガネの体。
「あれ、誰もいないねぇ、確かに声がしたと思ったのだけど」
ババアがこっちの部屋をのぞき込んで、首を傾げる。
エリナさんがやったら、とっても可愛い仕草だが、ババアがしても気持ち悪いだけだ。
「ソ、ソウダヨ、ベツニ、ダレモイナイヨ。ナ、ナニモ、アヤシクナンカナイヨ」
俺の事を気づかれたくないのだろうけれど――マリア、思いっきり声が裏返っているぞ。
返って怪しいわ!
「お婆ちゃん、本当に誰かいたら失礼でしょう」
「ふん、あたしが来ているというのに挨拶もせん奴の方が失礼だろうが」
ババア、手前何様だよ!
エリナさんの爪の垢……いやエリナさんの爪に垢などないな、
ともかく、エリナさんを見習え。
「別に大丈夫だから、エリナお姉ちゃん」
「そう、ごめんね。こんなお婆ちゃんで」
「誰がこんなだい!」
お前だよバ・バ・ア!
いいから、用件済ませてとっとと帰れよババア!
あっ、エリナさんはゆっくりしていっていいからね。
「とにかく、今月分の家賃はもう貰っているから、来月から大銀貨1枚払えないようなら出て行ってもらうからね」
「だから、お婆ちゃん何でそんな言い方を…」
「はい、解りました。毎月月末に払いに行けばいいですか?」
う~ん、俺の聞き間違いかと思ったけど、間違いないく『大銀貨1枚』になっているな家賃。
何でだ?
それに、マリア――しっかりと話す事も出来るんだな。
「ふん、逃げられちゃ困るからね、毎月あたしがとりにくるよ」
「だから、お婆ちゃんそんな言「いいからアンタは黙ってな!」
エリナさんが言いかけるのを、喰いぎみに(というか明らかに被せにきてるな)止めるババア。
エリナさんは、溜息をついた後、やれやれという感じで首を振る。
そんな姿も麗しい。
美形って見ているだけで、幸せになるよね。
「逃げたりなんかしません!ちゃんと毎月払いに行きます!」
挑むような表情で、マリアが宣言する。
背丈が足りないのを補うように背伸びをしているためか、体がプルプル震えている。
すぐさま、ババアが何か言い返してくるんだろうなと思ってババアを見てみると…
あれっ、何か困ったような表情をしていないか?
いやっ、ババアの表情などよく解らんが…
「マリアちゃん、マリアちゃんを信用していない訳じゃないの。
むしろ、お婆ちゃんの我儘ね。
それに、このぐらいの仕事をさせないと、お婆ちゃんボケちゃうから。
だから、お婆ちゃんに受け取りに来させてくれないかしら?」
マリアと目線を合わせるように膝を床につき、マリアの頭を撫でながら、エリナさんが優しく伝える。
さっきの挑むような険しい感じの表情はどこへ行ったのやら、穏やかな表情でマリアが返事をする。
「エリナお姉ちゃんがそういうなら、そうするね」
「ありがとう、マリアちゃん」
言葉を返すエリナさんも満面の笑みを浮かべている。
もう、あんな彼氏と別れて俺とつき合っちゃいなよエリナさん。
と言いそうになってしまう。
そして、さぞ悔しそうな顔をしているのだろうなと思いババアの方を見てみると、
あれっ、何か嬉しそうな表情をしていないか?
いやっ、ババアの表情などよく解らんが…
見間違いかと思い、目を擦ろうとして…
メガネの俺には出来ない事に気がつき軽く凹んでいる間に、
いつもの、苦虫を噛み潰した様な顔でマリアに告げる。
「ふん、それだけ啖呵を切れるんなら、大丈夫なんだろう。
来月末に家賃を取りに来るから、しっかり稼いでおくんだよ!
帰るよ、エリナ!」
うん、あの表情は見間違いだろう。
いつもの糞ババアだ。
エリナさんは先程の様な、やれやれという表情をババアに向けた後、
マリアの方に振り返り、素敵な笑顔で、
「じゃあ、これで帰るけれど、困ったことがあったら気軽に相談してね」
と告げると、手を振りながら去っていく。
「ありがとう、エリナお姉ちゃん」
マリアも笑顔で手を振って、答える。
しかし、(この時点の)マリアがこんなにしっかり対応できるとは思わなかった。
俺の中のマリアの評価が少し上がった。
パタン、と玄関のドアが閉まる……やいなや(英語にすると as soon as だったか)
「まいづぎ、だいぎんがいぢまいものやぢん、どぼじよう~」
泣き顔でこちらに駆け寄ってくるマリア。
俺の中のマリアの評価が元に戻った。
俺の中のマリアの評価が少し下がった。