第7話・普通以上の人並み
※真視点です
第7話・普通以上の人並み
アレから数日の時がたった。
稔との必死の試合の結果、また一緒に修業できるようになって…即行後悔しそうになっていた。
「はああぁっ!!」
「いぎぐっ…」
竹刀で打ち合っているんだけれど、何発か防ぎきれず身体をうちすえられる。
乱が…乱の速度が練想空間さながらだ。
見えるけどとてもついていかない。
剣を振り切れる間合いだと洒落になら無い、つめないと。
防御しながら踏み込む。直撃してなければ剣を止めながら間合いを詰められるから…
掌底を食らった。
おされてよろめいた所に、半回転した稔の横薙ぎの一閃が迫る。
「っ!!」
間一髪竹刀で受けられた。けど、甲高い音と共に竹刀がへし折れた。
脇腹に届いた稔の一撃に膝を折ったところに、下がった僕の顔面向かって蹴りが放たれて…
咄嗟に腕を挟んだものの、綺麗に蹴りを食らった僕はそのまま仰向けに転がった。
「…まずまず倒しきれないか。中々だな。」
「い、いや、倒されてる倒されてる。」
ズタボロにされて転がってる状態で倒しきれないとか言われても何の救いにもならなかった。
僕の様子を見ながら稔は冷めた目で僕を見る。
「素人上がりのお前がいきなり勝負になってたまるか。ましてや現実で。」
「そ、それもそうなんだけどね…っ!!」
剣道から逸れたはずなのに、打撃系も織り交ぜるのになれてるなんて本当凄い。
まさか喧嘩で鍛えたわけもないはずなのに。
そこまで思った所で、くらくらするけど歯を食いしばって起き上がる。
凄い凄い言ってないでついていくと決めたんだから、ばっさり切られても心折れてる場合じゃない。
「もういいのか?」
「や、さすがに追加で打たれたら痛い。素振りやダッシュなら。」
「ま、頭もゆれてるだろうし、妥当だな。」
言いながら、稔は持ってきていた手荷物の入った袋を漁ると、二本の短刀を僕に向かって投げてくる。
二本の短刀…そう言えば、練想空間で戦ったときフローズンダガーの二刀展開したんだっけ。
「様々な剣を展開するのだから、相応に使っておく必要があるだろう。後は蹴りもだな。私もスサノオ様のを見た以外は我流だが、武器を持って格闘戦を行う競技なんてものは一般に見ないしそれで良いだろう。」
「了解。」
「じゃあ軽めに打ち込むから凌いでみるんだな。」
「りょ…了解。」
木刀の短刀は初めて握るんだけど…あっさり言って構える稔に口答えする余力は無かった。
ひ、必死だ…
運動量はまだしも、直撃を受けっぱなしと言う訳には行かず、休みを挟むことになった。
全身の痛みに悶えている僕を置いて、素振りを繰り返す稔。
素振り、何だけれど…空気が鳴る、と言うより斬れているような音がする。
切っ先の速さが尋常じゃないせいだろう。
時々木の表面をなぞるような間合いで振りぬいている稔。
衝突でへこむ、と言うよりは鎌鼬でもあったかのように斬撃の痕が刻まれる。木刀なのに。
「稔ってもう現実でも超人の域なんじゃない?」
感心と驚きを込めてそう言うと、稔は僕を見て頷いた。
頷いた割にその表情は暗い。
「超人…未満かな。人の域を外れるには程遠い。」
手にしている木刀を一振りして息を吐く稔。
超人で喜べない…よくよく考えたら当たり前だった。
目標にしてるのは神様、きっと、スサノオ様。
練想空間と現実の自分に隔たりがあることにすら満足してなくて、その上練想空間でもスサノオ様に届いていない稔。
僕も魔法剣士を目標とするなら、打ち合いが出来るとか出来ないとか言ってる場合じゃない。
「お前はなんで魔法剣士を目指そうと思ったんだ?」
稔の問いかけに、命がけの戦闘までしておいてそんな話もしていなかった事に気づく。
ま、話すほど大それた理由なんて無いんだけど。
「かっこいいから!」
「はぁ…」
わざとらしく拳を握って笑顔で言い切ると、呆けたように僕を見る稔。
そこまで見た所で、僕は握り拳を解いて肩を落とした。
「…って、初めたんだけどね。最初はテレビやマンガの設定を適当に書きなぐったり、遊びでなった気分を味わってみたり、それでよかった。」
これは僕に限った話じゃなくて、最初なんてそんなものだろう。
まさか走るのがやっとみたいな頃から本気で世界の征し方とか考えてる人なんてそうはいない筈だ。
「僕だってそんなの、いつまでも思ってるべき事じゃないとは頭のどこかで分かってた。でも…それが分かるようになった頃に、見たんだ。」
「見た?」
「他の皆。僕の言ってる事を笑ったり呆れたりするような…自分の宝物も投げ捨ててる皆。」
思い出して、悲しく恐ろしくなる。
「『仕方ない』『無理だ』『どうでもいい』そんな風にして、そんな風に念じる事で、手の届かない自分の宝物の『価値を下げて』楽になろうとしてる皆の顔を。」
僕を見る稔が、今までに見た事のない形でその表情に影を落としていた。
自分がどんな顔で呟いたのか少し気がかりだ。
僕としては、人に何かをする悪事よりも悲しい代物だから、きっと怖い顔になってると思う。
「僕みたいに常識投げ捨てたような目標はともかく、テストの結果とか運動会とかさ、手を挙げて馬鹿みたいに笑ったり、頭抱えて泣いたり、そんな事をしてたはずの内の何人かが、どうせとかこんなものとか言って、薄い笑いを浮かべて…そんな皆の姿を見て、嫌になったんだ。」
目を輝かせて見ていたもの。僕がそこに届かない、それを認めるだけならまだいい。
だけど…手を伸ばしていた筈の代物に泥をかぶせて見ない様にするような、そんな真似をするのが、とても嫌に感じた。
「そのうちに魔法剣士になるなんて、言うたび指差して笑われるようになった。ありえないって馬鹿にされるようにもなった。普通ならそこで止めるんだ。何しろ、先生にすら注意されるような常識の無い話なんだから。三者面談で母さんが精神病院を紹介されてたりもしたよ。」
嫌に決まっている。そんな目に会いたくない。
環境に適応する、周囲に順応する、そういうのを能力だって言うなら、普通止めるべき物なんだ。そんな非常識な事を言ってたらずっと辛いのは分かってた。しかも、その辛さの果てに手が届かないともなれば、普通もういいやと諦めるべき代物なんだろう。『子供の頃はそんなこと言ってたなぁ』何て笑い話に。
だけど…手を伸ばしていた筈の代物に泥をかぶせて見ない様にするような、そんな真似をするのが、とても嫌に感じた。
嫌だって、思ったんだ。
「魔法剣士になると強く思うと言うよりは、夢の否定を否定する、逆境に抗う真威か…だから、進路相談のあった日に初めて練想空間に辿り着いたんだろうな。理を外れて練想空間に辿りつく訳だ…よくも今まで続けてきたものだ。」
「はは。おかげで僕も守雄以外まともに知り合いとすら呼べないけどね。」
真威を大事にしている稔から感心されて、少し照れる。
「アイツも変わっているな、そんな状況のお前に未だに寄って来るんだから。」
話に出した守雄の評を、呆れたように言う稔。
だけど、それは決して悪意のあるものじゃなかった。
稔も稔で幼馴染がいるんだっけ。こんな人並みはずれた状況にいる僕達に関わろう何てする知り合いに好印象があるんだろう。
「うらやましいんだって。」
「うらやましい?」
「小遣い目的で嫌々家の手伝いをやってる守雄から見て、成果とか結果とか、そう言うのろくに見えない上に人の輪からも外れるような事を自分で望んでやってる僕がうらやましいって。」
僕の現状自体はそれほど良いものには見えない。
でも、そんな状態になること、それがもっと悪化する事を承知の上でずっと魔法剣士になろうとしていた僕が、物のために嫌々動いてる自分と違って凄く見えたとか聞いた。
「…嫌々ながらでも家の事をしている分褒められたものだがな。」
「それは僕も同感。」
ばつが悪そうな稔の言葉に僕も苦笑する。
修行とか言った所で別に家で何かしてるわけじゃない。
「ダッシュか体力鍛錬には買い出しでも混ぜる?荷物もって走れば腕も脚も鍛えられそうだし。」
「なかなかいい案だが、お前の家だけだな。」
「あー…」
稔が苦い表情を見せている理由を知ってたはずのに、思いついたことを言ってしまった。
家の人と折り合いが悪いって話聞いてたのに…悪い話しちゃったな。
「…休憩ももう良いだろう。続けるぞ。」
「了解。」
竹刀を構える稔に、再び打ち合いに…滅多打ちになるのは目に見えていたけど、話に困った所だったから、この話を続けないために僕は迷わずに答えて立ち上がった。
翌日、滅多打ちのボロボロから完全回復にはならず痣や絆創膏のいくつかがある状態でよたよたと登校することになる僕。
稔は掌の傷口に薬くらいは塗っているようだけど、それ以外はなんでもないように立っている。
痛みに耐えているのか本気で平気なのか…きっと前者なのだろう。
「っぅ…んっ!!」
全身の痛みを振り切るつもりで無理やり背筋を伸ばす。
表情に出さないとまでは行かない、全身に走る痛みに勝手に頬に力が入るのが分かる。けど、凄い凄い言ってないで追いつこうって決めたばかりなわけだし、稔が平気な顔をしてるなら僕もしゃきっとしないと。
「別に無理しなくても良いだろうに。」
「ふ、普通にしゃんとできるまで気合入れる…真威も強くなるかもだし。」
「本当、馬鹿みたいに真っ直ぐだなお前は。」
馬鹿と言いながら微笑んでくれている辺りは、頑張ろうとしてるのに悪い気はしてないらしい。
稔も昔は少しは無理して耐えてきたんだろうか?
…女の子だもんな。いや、それ以前に、これだけ痛むような鍛錬を笑いながら平然と最初から出来る人間なんてものがいる訳が無い。
気力で耐えるんだ。
「いようお二人さん…っておいおい、ズタボロだな。」
最近は定番になりつつある位置で声をかけてきた守雄が、僕の顔を見て引きつった笑みを浮かべた。
人から見たらボロボロに見えるんだやっぱり。今更な気もするけど、目立たないようにしてよう。
「しっかし明日には中間テストだってのに、そんなんで大丈夫なのか?」
呆れた様子の守雄。
僕の方はいつもの事だけど、稔もいるからの質問だろう。
「順位や点数を狙ってないからな。」
「…予想しないでもなかったが、真と同じ口かよ。」
稔のあっさりとした回答に肩を竦める守雄。
授業をさぼるとかそういう不真面目さはないけれど、根をつめて点数を上げる気は特に無い。
「本当にテストの意味に則るのなら、素で受けて返ってきた時に回答解説と間違いを比べて直せばいい。姫野はどうなんだ?」
「僕は授業もテストも普通に受けるだけ。稔みたいに考えてるわけじゃないかな。」
「揃って適当で楽だなオイ。こっちは小遣いの維持に必死だってのに。」
僕達の言葉に呆れる守雄。
「確かに。僕は書くものあれば困らないし、母さんも父さんも滅茶苦茶優しいからなぁ。」
「お前の無欲も拍車をかけてんだろうな…あのご両親にしてこの子ありって所か。」
あんまりお金とか要らない状況を振り返ってしみじみ守雄の言う通りだと実感する。
「お前は何に金が要るんだ?」
「そりゃ雑誌買うだけでもそれなりの…げふんげふん。」
「聞かなくてもバレバレだよね。」
「うるせぇっ!」
言いかけてすっとぼけるフリをする守雄の答えを笑うと、いつものノリでヘッドロックをかけられる。
「ちょ、ま、痛い、傷が痛い!」
「やかましいっ!女連れで男のロマンも分からんお前には天誅だ天誅!」
「僕が稔を連れてるように見えるならどうかしてるよ!どうみても僕のが下っ端だから頑張ってるのに!」
未だに女の子への声かけはうまくいっていないらしい守雄の私怨全開の天誅に苦情を漏らしながら、僕は楽しんでた。
稔じゃないけど、こんな奇怪な生活してる僕みたいなのに屈託無くノリ交じりに接してくるような人はきっと珍しい。
友達と言うには交流も少ない気はするけれど、腐れ縁と言うには十二分すぎる。
何より、なんだかんだ『いい奴』だし。
「でも、そんな調子なら今日もいつも通り?」
「あぁ、修行だな。昼で終わるから三試合はやれるな。」
「直撃ずっと受けっぱなしだと倒れるから連戦できないんだよね…ダッシュとか挟まないと。」
楽しそうに言う稔に苦笑しながら答えると、守雄は少し離れていきなり深々と頭を下げた。
「適当で楽とか言ってスミマセンデシタ、俺…ってか普通絶対無理だろそれ。」
何かと思ったらテストへの対応で楽って言ってたのを後悔したらしい。
言われてみれば、稔に会った当初なら泣いて逃げてたかもしれない。
人間変われば変わるものなんだなぁ…
「張り切ってんなぁお前ら。テストそっちのけで。」
修行の合間、ボロボロの状態になった所で練想空間で型の確認をしていた僕達の前に、スサノオ様が顔を出した。
「…スサノオ様にそんな話振られるとはさすがに思いませんでした。」
「皆こういうタイミングだと神頼みに来るんだよ。おかげさまでこういう時期は調子がいいんだよな。」
「なるほど。」
皆の意思…神威で活動してる神様達は、祈ったり願ったり、そう言うのが集まるタイミングだと力のノリもいいのか。
でも…
「学業関係でしたっけ?」
「いいのいいの。確かに関係の奴に願った方が加護は良いけど、頭弄る訳じゃねぇからな。神様の加護は地力でどうにもならない所に働くだけだから、俺らにでも願ってくれていいのさ。」
「地力じゃどうにもならない所?」
勉強しろ、と投げるわけじゃない辺り、一応意味はあるんだろうけれど…
「勉強しすぎて体調崩したとか、頭が重いとか、そう言うのを取っ払ってすっきりとした状態で挑ませてやるのさ。だから、どっちかっつーとテスト用の勉強始める前から願掛けして貰えると良いんだけどな。豊作願いだって刈る時にゃしねーだろ?」
よく分かってない僕に解説してくれるスサノオ様。
なるほど、願掛けに来た人に直接加護として力を貸すのは良いのか。
だからスサノオ様が稽古つけてくれたり、クシナダ姫が消耗回復してくれたりしたんだな。僕や稔の場合願掛けどころか本人達に会えて敬ってる訳だし。いつか話してた距離が近い分力になってくれてるんだ。
「まぁ願掛けだけして勉強してねーと意味ねーけどな。種まかないと豊作も何も無いのと同じで。」
「それは自業自得なんでしょうが…どうせ神様のせいにするんでしょうね、祈るだけの奴は。」
「そうそうそうなんだよ!これでも大変なんだぜ神様もさぁ!」
何処かたたえている怒りを吐き出すように呟いた稔を抱え上げたスサノオ様は、そのままクシナダ姫にしてたようにぐしゃぐしゃと稔の頭を撫でる。
「っ!ええい!だからって妻帯者があっさり人を抱きかかえないで下さい!!」
「お?一丁前に女性を名乗るか?現代じゃお子様なんだろ?俺らん時なら十分ありなんだが。」
抱えられたままで稔は必死に背後のスサノオ様に向かって踵で蹴り付けるが、当のスサノオ様は意にも介さずこの状況を楽しんでる。
うーん…恐竜まで含めて色々倒してるから少しは効き目ありそうなものだけど、蹴られてもまったくぶれない辺り神様とは本当に大人と子供程の差があるんだなぁ…あるいはそれ以上の。
「むー…」
「あ…」
いつの間にか、僕の隣に現れていたクシナダ姫が頬を膨らませて二人を見ていた。
見ている。が、何も言わない。
「…止めないんですか?」
「ヤはヤですけど…スサノオ様じゃないですけど、数人抱えて当たり前の時代からいますから。」
不満げに呟きつつも、時代の問題か男子の選択を立てるとかがあるのか、言わずに僕と並んでいるクシナダ姫。が、首だけ僕に向ける。
「だから…真さんが稔さんを攫ってくれないかなぁ…と。」
それで僕の隣に来ていたのか。
不満げなクシナダ姫には悪いけど、僕としては見てて普通に仲のいい親子兄妹みたいに見えるし、稔から助けてとでも言われない限りは特に邪魔する気も無い。
「む、何だ真?稔を攫ったのをいい事に俺の女に手を出そうたぁいい度胸だな?」
「へうっ!?」
「守雄みたいな事言わないで下さいよ。」
スサノオ様がこっちを見て妙な事を言うと、びくりと肩を震わせるクシナダ姫。
僕はそんな二人に小さく首を横に振って否定を返した。
と、スサノオ様の注意がこっちに移った瞬間、溜めを作った稔は剣を抜いて振る。
スサノオ様は抱えていた稔を手放して距離をとると、自分も剣を抜いた。
「どうせ相手なら…こっちに付き合ってもらいます!」
「良いけど今の俺は元気だぞ?付いて来れるか?」
「是が非でもっ!!」
気合十分の稔の、未だに見てて追いつかない練想空間での稔の超高速乱撃を軽くいなすスサノオ様。
やっぱり楽しげだな。邪魔はよくない。
「…願い事や思いを見て、すれ違いとかが分かっちゃうんですよ、私達神様は。」
唐突に、クシナダ姫が重々しく口を開く。
「善意や甘言が全てそのままでは無いように、悪口や悪態に込められている思いにも、必ず悪意が込められているわけじゃないんです。」
「はぁ…」
話は分かった。
けれど、どうしてその話を今するんだろう、と思った。
剣舞を交わす二人を前に、クシナダ姫は僕を見て少しだけ寂しそうな笑みを浮かべる。
「だから…裏を探れ、何て言いませんけど、いつか言ったように皆の真威を大事にしてあげてくださいね。真さんや稔さんがここに来れたように。」
「はい。」
「ん、いい返事です。撫ぜ撫ぜ…」
話のタイミングとか理由とかそういうのは分からなかったけれど、わざわざ忠告してくれるくらいだから大事な事で、同時に、僕が絶対大事にしたい事でもあった。だから迷い無く返事を返した。
望んだ答えが聞けたからか、クシナダ姫は嬉しそうに僕の頭に手を伸ばして撫でてきた。
喜ぶべきか照れるべきか、微妙な気分を味わいながら眺めていた試合が稔が倒された事で終わり…
「さて、次は真だな。ほら来い。」
「え…」
稔に追いすがろうとしている最中の僕にはあまりに遠い次元の演舞に見えていたスサノオ様にあっさりかかって来いと言われ…
気づいたら朝になってた。生きてて良かった、うん…
テストの終わったその日の夜、強い惑意を感じた。
しかもこれは…
「…神社?」
守雄の家が管理してる神社の方角だ。
…そう簡単に惑意にやられてどうこうなる事はないとは言え、万一守雄に何かあったら目も当てられない。
練想空間での情報を現実に使わない決まり事。
それは別に、練想空間で友人を助けちゃならない事にはつながらない筈だ。
僕は全力で強い惑意の発生源に向かって駆けた。
現地に向かう途中で稔とも合流する。
「須佐の家?家の手伝いとか言ってたが神主関係者なのか。」
「そういう事。でも、何だってこんなタイミングで…」
「行けば分かる…いや、相談もされてないのに知らなくても良い事だ。惑意にうなされているなら払って気分よく眠らせてやるだけだ。」
神社に着くと、夕食も終わって寝るようなタイミングだって言うのに守雄は頭を抱えて階段に腰掛けていた。現実で。
そして、その前に強い惑意の姿。
「彼は?」
「守雄の…お兄さん。」
詳しくは知らない。ただ、少し聞いている。
他人でも知ってる人は多いと思う。何しろ万能の天才なんて称されて、出来ないことがないなんて評を受けるくらいらしい。
「何でも出来る尊敬できる化物で、同時に目の上のたんこぶだって言ってた。」
「成る程、兄弟の確執と言う奴か。だが何で今さら…」
稔が疑問を口にしかけ、軽く頭を振って剣を抜く。
「気になるからこそ、早々に消すべきだな。知人の心中の葛藤を覗き見ようなどストーカーの発想だ。」
「だね。」
練想空間に入れるものとしてのけじめ。
確かに僕も守雄の惑意は気がかりはあるけれど、覗き見しようなんて気はない。
僕が準備する間もなく、稔はお兄さんに斬りかかった。
きっと僕に知り合いの姿をした惑意と戦わせないためだろう。
大概の惑意は稔の一閃で片付くし、僕も剣を展開してさえいればその辺のには負けない。
それなりの悩みなんだろうけど一人分の惑意相手に手間どる訳がない。
神速の袈裟斬りが放たれ…
剣を捕まれた稔は、柔らかく宙に浮いた後地面に落ちた。
「は…っ!」
尻餅をついた状態で顔面に蹴りを放たれた稔は、咄嗟に剣から片手を放して顔をかばう。
まともに蹴りをガードした稔は、境内を滑るように吹っ飛ばされた。
…あ、勢いも収まらないうちに回転しながら体勢立て直した。片手放したのに剣も手放してないし、さすが稔。
「な…んだ、今の奇妙な技はっ!?」
ダメージどうこうと言うより、剣を力まずにつかんで柔らかく持ち上げられた現象の方が驚きだったんだろう。稔は僕を見てそう叫んでいた。
えーと…そう言えば…
「たしか、武道の有段者だったと思う。合気道…だったかな。」
「知るかそんなマイナー武術!!」
八つ当たり気味に叫んだ稔はそれと同時に駆け出す。
…いやマイナーって…名前くらいなら僕でも聞いたことあるのに。
叫んでる割に初手から倒す気の一撃だったさっきと違って、乱の連撃で詰め手にかかる稔。
何だかんだで冷静に判断してる稔の凄さを感じながら、同時にそれと相対して避けている守雄のお兄さんの惑意にビックリしてた。
捕まれるのを避けるため剣の間合いギリギリで仕掛けてる稔に対して、半歩下がって回避して、すぐ踏み込んで逆に距離をとらせてと、高校の制服が似合わない位仕事人さながらの戦いにすら見える。
少しの間神社の中央で演舞さながらの戦いが続き…唐突に動く。
「はっ!!!」
今までより深く踏み込んでの横薙ぎ。
飛んだり跳ねたりしない上に防具もないお兄さんにはそれを防ぐ事も避ける事もできない。そう思って…
直後に期待を裏切られた。
横薙ぎに振るわれた稔の一閃。その剣の先端を押し込むようにして踏み込んだ。僕にはただそれだけに見えた。
それだけで体勢を崩した稔に掌底を放り込むお兄さん。
今度はまともに顔面に入って地面を転がる。うっわぁ…上手い。
「って、感心してる場合でもないか。」
稔はまだやれると思うし、出来るなら神様に届きたいと鍛えている稔が一対一で戦ってる時に無粋な邪魔をしたくは無いんだけど、練習でもないのに余裕もある僕が静観して稔が命がけなんてあまりに馬鹿馬鹿しい。
凄い上手い惑意のお兄さん。だけど、上手いのは『武術』だ。
この間のウンディーネみたいに、剣を普通に鍛えた結果練想空間に辿り着いた稔の技が捌けても、僕が有利な場合がある。
「ライズ、ブレイズリッパー。」
生み出したのは、炎の剣。これで戦えば、そもそも剣を触れない。
あたれば終わりだ、それくらいならいける。
「魔法剣…受けてみろっ!!」
燃え盛る剣を振り上げて、守雄のお兄さんの姿をした惑意に斬りかかる。
直後、お兄さんが僕の目の前にいて、剣を振り上げた僕の肘を掴んでいた。
「へ…ふぐっ!?」
剣に触れられない、なら剣に触れなきゃいい。あまりにも簡単な理屈が分かった時には、みぞおちを殴られた挙句に掴まれていた肘を中心に奇妙な感覚を感じながら地面に伏せさせられていた。
まずい…倒れてる頭を上から踏まれたりしたら普通に砕け散る。
殴られた以外のダメージは皆無に近かったから起き上がろうと必死になれば割りとすぐに身を起こせた。
丁度稔が振るった剣を回避している所だった。かえって無理をさせたかもしれない。
…そんなんで良い訳あるか!!
「稔飛んで!!」
言いながら、僕は二人の近場に向かってブレイズリッパーを投げて…
「ブレイズバースト!!」
魔法を展開した。
地を焼く炎が神社に広がる。
さすがに技術でどうにもならないだろうと思ったけど…
タイミング合わせて跳躍してくれた。
いや万能の天才とは聞いてたけどっ!これ出来良すぎるでしょっ!?
乱発は出来ないし下手したら危険なんじゃないか…僕がそう思った瞬間。
「おおぉぉぉっ!!!」
神社の屋根側面に向かって跳躍していた稔が、未だ空中にいるお兄さんに向かって、屋根の縁を蹴って斬りかかっていた。
手を出してどうこうとしようとしていたらしいお兄さんだったけど、対処できずに両断された。
…普通の武術、空中でやる前提じゃないもんな。
逆に言うと普通にやり合ってたら稔と僕二人がかりでも危なかったのかと思うとどんなトンデモ人類なのかと思う。惑意とはいえ、そんなに力自体は強くも無かったのに。
燃え盛る地面に着地させるわけにも行かないと炎を収めた所で、二人が着地する。
守雄のお兄さんは、斬られた身体を見た後で僕達に視線を移し…
「出来損ないの友人にしては大したものだ。」
「なっ…」
冷めた目で、捨て台詞のようにそう言って、赤い光に変わって散っていった。
出来損ない。
悪態つきながらも、尊敬できる人だと守雄がそう言ってた自分のお兄さんから放たれたその言葉は、あまりにも意外なものだった。
「おそらく、須佐の奴が言われた尤もショックだった言葉なんだろうな。だからあの惑意が吐き捨てていった。」
「そんな馬鹿なっ…」
「お前が話した噂ほどの出来のいい人間から見れば、そう言う選民思想じみた発想が生まれるのは珍しい事じゃない。兄弟の確執なんかいくつ処理したかも分からない。」
淡々と語りながら稔は武装を解く。
それと同時に、現実の守雄は階段から腰を浮かせ、帰路へとついた。
惑意を消したから一応すっきりはしたんだろう。尤も、問題が解決したわけでも事実が無くなったわけでもないのだけど。
「分かってるな。」
「あ、うん…」
稔に念を押されて、僕は頷いた。
明らかに度を越した被害だったいじめなんかと違って、個人的な事情は山ほどある。
いくらなんでも僕だって、そう言う事に練想空間で得た情報を利用するなんて事はするつもりは無かった。
「ならいい、今日のところは帰っておくぞ。」
「ん、分かった。」
テストの返却にあわせて…つまり、多分明日以降多くなると思われる惑意。
想定外の強敵とあたって消耗したのにこれ以上今日無理をしなくてもいいって稔の指示には、僕も同感だった。
それに…気がかりを抱えたままで戦闘なんかに身が入る気がしなかった。
で、翌朝…
「元気ないみたいだけど、何かあったの?」
当然の如く元気の無かった守雄にそう問いかけた。
稔にちらりと横目で見られて肩を落とされた。
別に練想空間で得た情報を利用してないから大丈夫…うん。
「…お前に気づかれるようじゃ相当だな。」
茶化していう守雄だけれど、覇気がない。
昨日の惑意を思い出す限り、お兄さんと何かあったんだろう。
「家を出るんだってよ、兄貴。」
「へえ…」
絞り出すように言った守雄。
確かに少しは驚く話だったけれど、田舎のこの辺りからは仕事や勉強に出るのは珍しくはない。
鈍い僕は全く気づかないまま、稔の方が何かに気づく。
「ん?と言うことはお前…」
「あぁ、家が神主やってるのは真に聞いたか。家の神社、俺が任される事になるんだよ。」
「え、あ…」
僕よりも察しの早い稔に、守雄が現状を疲れたように話す。
僕の方はそこまで聞いてようやく長男がいなくなることの意味に気づいた。
家の手伝い…嫌々やってるって言ってた守雄がもし昨日いきなり聞かされたなら驚いただろうな…
「しかもあの野郎、いきなり押し付けた上に人を出来損ない呼ばわりしやがった。俺だって田舎にこもってたい訳じゃねーってのに…」
「守雄…」
たまには聞いた話では、憎たらしいとは思いながらも仲の良さを感じられた守雄とお兄さん。
けれど、今の悪態には怒りが込められていて、昨夜の惑意を思い出すとやりきれない気持ちになる。
「無理も無いな。」
そんな中、稔が何でもないように呟いた。
よく知りもしない筈の稔に、憤りを抱いた事件を一言で片付けられた守雄は稔を睨む。
「嫌だった田舎の家業を押し付けられ、見下された。こう表現するならお前の憤りも尤もだが、家業が嫌な程度でたいした目標もなかったお前に指針を譲り、特別な才も目標もないことを自覚させる為に罵倒した、と言い換えれば、ただの八つ当たりに聞こえるな。」
「な…っ…」
「万能だ何だと持て囃されても、何もしてないなまくら者が大した成果出せるわけが無い。お前と違って兄君は家を出るだけの何かをしてきたんじゃないのか?」
「稔!」
酷い物言いに、稔と守雄の間に割って入って叫んでしまう。
そんな僕を見て、怒るでも謝るでもなく、稔は小さく首を横に振った。
「言っておくが侮辱じゃない。状況の全てと戦ってでも成したい何かがある人間なんて、私以外は姫野しか知らない。家業を捨て、親と対立し、望まれない事を分かっていてでもしたい何かがある須佐の兄君の出来が桁外れに良いだけだ。姫野を侮辱せず、私にも偏見を持たない須佐は、十分『出来のいい中学生』だ。」
「っ…は、はは…」
怒るでも、謝るでもない稔の言葉は、冷静に僕の怒りの間違いを訂正するもので、同時に冷酷に事実を告げたものだった。
守雄が俯いて乾いた笑い声を漏らす。
何度かは僕も聞いて怒った。『お兄さんと違ってどうしてこんなに出来が悪いんだろう』なんて評されるのを。
だけど、稔はそんな事はないと言って、同時に『だとしてもお兄さんに届いてない』と事実を告げている。
「真…お前よくこいつと修行なんて出来るな…」
「守雄…」
「今までで一番痛ぇよ。無責任でいい加減な評価じゃねぇから。」
お兄さんが何をしてきたかなんて、傍で見てよく知っているんだろう。
だから、ただお兄さんの方が上だっただけ、何て言われれば…どうしようもない。
「死ぬほど無理してでも兄君を超える覚悟が無いなら腐るな。お前の兄君がどんな性格か知らないが、性悪でないのなら、両親と家業を護る役を任せる程度には信用されているんだ。繰り返しになるが、お前は同年代では随分良い奴だと思うぞ。…幼馴染を病院送りした人間を信用できるなら、普通には胸を張っていい。」
苦笑交じりの稔の好評に、守雄は俯いていた顔を上げる。
「そう…だね。お兄さんに馬鹿にされたのだって稔の言うとおり発破かけただけかもしれないし。」
「…何か悪かったな、二人とも。俺の話で朝っぱらから気分悪くしたってのにフォローまで。」
お兄さんの意図が悪いものだと思いたくない僕も重ねるように言うと、そこで守雄にようやくいつものノリが戻ってきた。
「ちょっと振り返って考えてみるわ。兄貴へ聞く事とかも含めてな。そういう訳でお先に。」
手を振って駆け出す守雄を見送った所で、稔は溜息を吐いた。
「…須佐には悪いが、惑意とは言え私の剣を素で捌くような化け物が、普通の優秀な人間『程度』であってたまるか。」
呪詛のように呟く稔。
その声には、守雄がお兄さんの話をする時のような苛立ちが少し混じっていた。
僕も昨日のアレを思い返してちょっと同感だった。もしアレが本当に守雄のお兄さんに出来るのなら、僕と稔の普段の死に物狂いの修行は何なんだろうとどうしても思ってしまうから。
「ひょっとして、その苛立ちも混じってた?」
「…かもな。全く、悪い人間かどうか知らないが、図抜けた才能って言うのは大変な代物だな、本人も回りも。」
言いながら、稔は僕を見る。
…え?は、はい?まさか僕に言ってるわけ…ないよね?
「あ、あの…稔?」
何で見られてるのか分からない僕が首を傾げると、稔は小さく笑った。
「いや、私も人に大変だ何だと言えるような身分じゃなかったと思っただけだ。」
「あ、そっか。僕は稔といれて嬉しいから気にしなくていいよ。」
高い才を昔から磨いてきたのは稔だった。
その傍にいる僕を心配してくれたんだろうと察した僕は素直に嬉しいと言って…
「…黙れ図抜けた朴念仁。」
「あたっ!!!」
何故か鍛えられた結果尋常じゃなく痛いデコピンを食らった。
図抜けた才のある人を見ると匙を投げたくなるなまくら者側な作者(汗)
自己肯定感ってなんだろなー(棒)




