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夢現の旅人  作者: 黒影翼
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第6話・縺れ固まる結び目

※稔視点です




第6話・縺れ固まる結び目




姫野を突き放し、迎えにも行かなかったその日、クラスも違う私達は顔を合わせることも無く放課後を迎えた。

落ち込んでいるのか避けているのか、少し気になったが、そんな危惧は一瞬で吹き飛んだ。

普段姫野との訓練に使っていた場所で、姫野はダッシュを繰り返していた。


…勝手にしろと突き放した結果、勝手に過酷な修行に乗り出した。


私は小さく溜息を吐く。

一体どういう結果になれば満足だったのか。

落ち込んだり避けたりしているならと様子を見に来た割に、自分で言った通り勝手に頑張っている姫野を見てイラついていれば世話無い。


言った通り勝手にしているんだ、これ以上気にしてどうなるものでもない。

関係ないと振り切るように踵を返し、私は自分の訓練にむかった。



姫野との打ち合いに興じていた為あまり全力では振るえていなかった剣。

全く試していなかった訳でもないが、気兼ねなく全力を振るうのは久しぶりになる。


山林で木刀を構え、一本の木を見据える。

真威を集中…


「はああぁぁっ!!!」


脱力状態から三撃を叩きつけた後、四撃目を全力で踏み込んで振りぬいた。

木刀がへし折れて弾け飛ぶ。



複雑な気分だが、悲観する事はない結果だった。



かつての退魔師のように真威を現実で使う。それにも段階がある。

一般人…スポーツ選手のように人の限界以上に身体能力を発揮させる為の力。

これは今の私は結構使えてきている。

中学平均かそれ以下程度の身長の身の私だが、真威を使った上で走れば100m10秒台程度という普通にはありえない記録が出せる。

だが逆に言うと、自分の身体能力ですらそんな人間上位程度に収まっているのに、自分の体から外れている木刀に力を注ぐ事など遥か遠い。

姫野の魔法剣を現実でやろうと思ったら…それこそ気が遠くなるほどの話だ。


ただの木刀の四撃で傷だらけになっている木を見る限り間違いなく真威を扱えてはいるから悲観する事はない。のだが、それでも人並みに収まっている自身と折れた木刀を見ると、喜ぶ気にもなれない。


「贅沢か…怠慢か。いずれにしても私の弱さに変わりは無いが。」


日に何本も変わりを用意できる身ではない私は、予備の木刀を手に、後は素振りに費やす事にする。

仮想敵と戦闘、なんて器用な練習方はまだ出来ない。第一、自身に意識を…真威を集中しなければならない。

だから、思い出すのは練想空間での自分自身。

恐竜を断ち、神様と斬りあう、そんな姿。それを重ね、動く。



夢現同化。



『完全に成れば』そう呼ばれる代物だが、結局掌を破るほどに木刀を振り回しても片鱗にも辿りつけなかった。











血塗れの手を洗いつつ、持ち帰った折れた木刀を処分する。

テーブルの上にいつも通りにある冷めた食事に一礼して箸を伸ばす。


いつも通り。

いつも通りの独りに戻っただけ。


「っ…」


頭の中でいつも通りと繰り返すが、余計に食事の味気なさが際立つだけだった。

当然両親に苦情などある筈も無い、自業自得だが…


『え、いや、好きなもの食べれて嬉しそうなのが可愛いなって。普段かっこいい感じだから。』


思い出した光景と今独りである事の差異が酷く心に刺さる。

他人の姿なら事ある事に意味も無く集まって喋っているのを見て無意味と呆れていたものだが、今さらになって寂しいなどと思っているようでは他人を呆れるような身分でもない。


「…くそっ。」


八つ当たり気味に、調味料を叩きつけるようにかけて度が過ぎる程濃い味にしてから、残りを平らげた。


片付けを済ませて部屋に戻り、練想空間に入る。

相も変わらずあちこちから感じる惑意。とりあえず手近な大きいもの目指して、私は駆け出した。








体重絡みの悩みか、粘性のギトギトした質感の惑意を微塵に刻んで霧散させ、太めの女性の部屋を出る。惑意にうなされるほど悩むなら痩せれば良いだろうに…等と思うのは私の通常運動量が常人から見て明らかに壊れているせいなのだろうか。

ともあれこれで今日3つ。恐竜やらインキュバスやら相手にしたのはいい経験だったのか、その辺の雑魚惑意の群れや個人的に怖がったり嫌ったりして発生している程度の惑意なら動じる事もなくなった。

姫野のように、何かしらするたび激しく消費するようなことも無い私は、武器さえ型を保っているなら大した消耗が無いのも大きい。


姫野…か。


思い出して少し嫌な気分になる。


「よぉ稔、最近は特に見事だな。」

「何か用ですか?」


唐突に現れて、スサノオ様が声をかけてきた。

…と言うか、あまりにタイミングのいい現れ方に少し返しが粗っぽくなる。

そして、予想通りスサノオ様はニヤニヤしながら今一番聞きたくない話題を持ち出した。


「真の奴はほっといて良いのか?付きっきりで面倒見るとか言ったらしいのに。舌の根も乾かない内に投げるたぁお堅いお前らしくもない。」

「側にいて死に辛くなるなら良かったんですが、私の為に無茶までするようじゃかえってこっちが落ち着きません。」

「ふぅん…」


つまらなそうな気の無い声を漏らすスサノオ様。

私自身面白くない返しだと思うし無理はないが、実際に面白くないのだ。

我慢できずに女生徒を助けようとするし、私を守ろうと全力を振り絞ってまた消えかけるし、正直やってられない気分だ。


「お前がそれで良いなら良いけどな。」

「…何で楽しそうなんですか?」


これだけ含んだ言い方をしておいて、言葉通りだ何て思うほど素直じゃない。

けれど、スサノオ様は笑顔で明後日の方を向いて笑う。


「神様は一から十までの手伝いは御法度なんでな。後はお前の宿題だ。」

「引っ掻き回すだけ引っ掻き回してそれですか…」


もはや呆れるしかなかった。

スサノオ様が含んだ言い方になる理由なんてものが私の内から出てくる訳がないと言うのに宿題扱いされても答えようが無い。


もう流す事にして、私は剣を構えた。


「今日のところは大体惑意も片付けたので、からかいに来る位なら少々ご指導願えませんか?」

「おう良いぜ。早くご指導が一試合になるといいな。」


笑いながらスサノオ様も十拳剣を抜く。

さすがに今の身で自分から試合などと自惚れることは出来そうに無いことは分かっていたが、わざわざ言われるとやっぱりそう気分はよくなかった。









なんだかんだで色々と為になるようには教えを貰えるものの、スパルタと言うか滅茶苦茶と言うか、惑意との戦闘よりはるかに消耗した私は掌を破るほどに木刀を振り回した肉体の消耗も相まって、翌日学校の授業をまともに受けられなかった。

眠くてふらふらすると言うか、起きていても頭が働かないと言うか。


「まーたやってるよ!懲りない奴だな!」

「使ってみろよ!」


呆けた頭をどうにかする為に廊下に出てみると、姫野のクラスから声がした。

自然、少し足を向ける。

遠巻きに様子を見れば、何人かの男子に囲まれてる中で一人机に向かっている姫野の姿があった。

話の内容から察するに、勉強をしているというわけでもないのだろう。

机の上は見えない。が、横顔…目を見れば分かる。

真剣だった。必死と言ってもいい。


私と違って怖がられたりしてるわけでもない姫野は、関わろうとしない学生以外に、人で遊ぶ事を趣味にしているような連中にたかられている。

だが、それらに怒るでも関わるでもなく机に向かっている様を見ていると、苛立ちや怒りがわいてきた。


姫野へのでは無く、自分への怒りだ。


アイツが昨日何をしていたか、私だって見知っている。

今はまだ私のほうが上だからと言って、歩みを止めて…否、走らずにいていい訳がない。


昨夜…否、ずっと言われている、『空』を使う事。

現実で鍛えて練想空間に至った私は、身体動作を並外れたものとする事は比較的得意としているが、姫野のような超常現象は扱えない。

スサノオ様がわざわざ考え伝えてくれている斬撃の遠当てである『空』、そんな現実から一歩はずれた程度すら。

姫野は今も手をつけているんだろうノートの編纂で辿り着いたのに、全くやってこなかった身体訓練を私が課すだけ…いや、それ以上にやろうとしているのに。


私は自分の席に戻り目を閉じる。

眠る為じゃなく、練想空間に入るために。


剣を構え、集中する。

斬れる…空だって斬ってみせる。




こんな所で足踏みしていられるか。











スサノオ様がいて指導されていても簡単に行かない代物が休み時間だけでいきなり扱えるようになるわけも無く、残りの授業を余計にふらつく頭で受ける羽目になった。

が、そんな事を気にしている余裕も無い。


ダッシュと素振りを繰り返す。

心のどこかで、練想空間での動きについていけないのを当たり前としていたような気がする。

真威を全力で込めたところで日進月歩がせいぜいだと言うのに、惰性で作業のように動いていたってたかが知れている。

いつも通り…否、いつも以上に動き回って…


木刀がすり抜けるように吹っ飛んだ。

近場の木に当たって地面に落ちる木刀についた赤を見て、私は掌を見る。

豆が潰れた血で滑ったらしい。掌がぐしゃぐしゃに赤くなっていた。

少し手を振って風にあてた後で、その赤を握りつぶすように拳を握る。

当然痛いが…知るか。木刀を拾い、再び構える。


人間の限界との勝負のようなものなんだ、引いてたまるものか。










夜になった所で身体を引きずるようにして家に帰った私は、一通りの瞑想を済ませると練想空間に入る。

大事が無ければ空の修行をしようかと思ったが、放っておくのが割とまずそうな規模の惑意を感知した。

練想空間を回るのは大概夜なので、大概は他人の家に踏み込むことになる。

今回も例に漏れず民家に入ると、うなされている男の子の姿があった。



そして、私の前には…赤い光を纏った青い少女がいた。



「こんにちは、日本のお嬢様。私はウンディーネと申します。」



青い…水で出来た人型の少女が、ウンディーネと名乗る。

私でも聞いた覚えがある水の精の名だ。


日本だって言うのに随分外の代物の方が広まっているんだな、日本にも蛟とかいるんだが。

それ以前に…


「貴女は惑意の側の方じゃないでしょう?」


私でも聞き覚えがある通り、彼女は水の精だったはず。

惑意で出てきて人に害をなすような者ではないと思うが…

聞くと、彼女は小さく一礼する。


「神様でも天罰災害の象徴となる場合もあるでしょう?あくまでこの子が私を怖がっているので、今回私は惑意として活動せざるを得ないんです。」


良いながらクイと首を傾けたウンディーネが示したのは、一冊の絵本。

西洋題材の代物で、目の前の女性に近い姿の絵が描かれていた。


「なるほど…貴重な話をどうも。」


今まで遭遇した事のない例だったので、彼女の話はありがたかった。

聞くだけは聞いた、もう十分だ。

水を怖がり悪夢を見ている子供、その悪夢を晴らす為にも、早々にかたをつけさせて貰おう。


剣を抜いて構える。

そんな私を前に、彼女は楽しげに微笑んだ。


「では、行きますね。」


言いながら水滴を数個浮かべた彼女は、それを弾丸のように私に向かって射出した。

インキュバス同様出力はともかく扱いは上手いらしい。

が、狙いは正確でも小型の直射弾など直線状を外すだけで回避できる。


すれ違うように踏み込んだ私の斬撃を、彼女は解けるようにして回避した。

水らしく床に広がる彼女。足を掴まれるのを避けるため床を蹴って天井に足をかける。


「ふっ!!」


天井を蹴って床を薙ぐ。一瞬床を斬り裂いた斬撃は、しかし彼女にはかわされた。

着地した私の前で人型になる彼女。


「ではこれはどうでしょう。」


言いながら腕を振る彼女。三つの水の刃が三方から同時に向かってくる。

私を囲むように飛んできたその刃を、力を抜いて振るった剣で全て斬り払った。


「あら…」

「轟。」


武装も何も無い水の精。

深く踏み込んで振るった横薙ぎを防げるわけも無く、私の一閃は彼女の胴を断ち切った。

バシャリと地面に広がる。


地面に…広がる?


直後、ぬるぬると型をなし始めた水の精は、再び無傷で私の前にいた。


「すみません。剣士さんには卑怯な身体ですね。」


にっこりと笑顔で謝られる。

どうやら斬撃が効きそうに無い。普通に剣士相手には卑怯と言ってもいいかもしれない。だが…


「お気になさらず、どうせそう言うのも斬るつもりですから。」

「あら…ふふふ。練想空間に来る方ですね。」


無視して剣を構えた私を前に、ウンディーネは楽しそうに微笑んだ。





あくまでも惑意としては出力が低いのか、攻撃の全ては大した事は無い。

だが、普通に斬っても倒せないのは大分問題だった。

水だから。なら…


「はっ!!」


剣を左手で持ち右手を開けた私は、突きの要領で強く踏み込んで平手を叩き付けた。

高所から面での落下時の衝撃は、水面もコンクリートと大差ないと聞く。だから、拳ではなく平手にして面を増やした上で叩き込んだ。


想定通り押されるようにして吹っ飛ぶ彼女。そのまま壁に叩きつけられた彼女に向かって…


「乱っ!!!」


有らん限りの全力で以て連続斬撃を放り込んだ。

一斬りで治るなら、ばらばらにして散らす。

それに、芯を絶つような強斬撃より、速い方が散りがいい。彼女のような相手に限っては一撃の効果も含めて乱の方がいい筈だ。



微塵に刻んだ水精が周囲に散って…


「む…ぐっ!?」


背後からいきなり抱きかかえるようにくるまれた。

鼻と口にまとわりつくように水で出来た腕がある。


「凄い剣術でした。でも、斬ってもどうにもならないんですね。」


振りほどこうと腕を掴もうとしたが、今度は水の中に手がめり込んだ。

呼吸困難のようなダメージが浸食してくる。

ふざけた真似を…っ!纏わりついてくる水なんてもの、厄介極まりない。

どうにか振りほどこうともがいていると…



唐突に、水が細切れになった。

解放された私は、咄嗟に水から離れて剣を構え…



視界に写ったのは、シデンノタチを手に微笑んでいる姫野だった。



細切れになった水は、型を成そうと集まってはいるが、その集まりは悪い。


「六芒魔法相関…水は雷に弱い。」

「ろ、くぼう?そ、それは一体…」

「僕が編み上げた魔法剣さ。」


型を成そうとしていたウンディーネを両断するようにシデンノタチを振り下ろす姫野。

バチバチと紫色の光が瞬くと、内側からはじけるようにして散ったウンディーネは、赤い光になって散って消えた。

うなされていた子供の顔が穏やかなものになったのを確認した所で、姫野は私を見て、外を指差した。










完全に助けられたような状況下での誘いに突っぱねるような事も口に出来ず、ずるずるとついていく。

道路まで出た所で、姫野は軽く頭を下げた。


「ごめん、先に謝っておくね。」


微笑んだ姫野は、私を真っ直ぐに見て…




「もう遠慮するのは止めるから…稔。」




覚悟でも告げるかのように、私を名前で呼んだ。


「僕今弱いからさ、でしゃばるなって…きっと稔の言う方が正解なんだと思う。でも、今まであった惑意との戦闘で言われるまま引いたり、あの子を助けに入らなかったりするのは、きっと僕の『真威』じゃない。」


どこまでも、馬鹿正直と言わんばかりに真っ直ぐな姫野。


「見逃して何て頼まない。もし、稔がそんな僕を放置できないって言うのなら…ここで殺しに来ればいい。」

「お前…っ…」


真っ直ぐに私を見て淀みなく言い切る姫野に、私が気圧される事になった。


『私と戦ってでも…と言うなら、好きにすればいい。』


これは、私が言った事。

後ずさりするように一歩下がった私を前に、姫野は展開したままのシデンノタチを強く握る。


「勿論ただでは消えないけど。稔が降参してくれるまで、僕も戦う。…本音を言うなら、こんな事しないでも仲直りしたいんだけどね。」


先に謝っておく。と言ったように、なんだか我儘を言っている自分の方を申し訳なく思っているらしい姫野は、苦々しく、それでも笑みのままだ。


こんな事を言っているのは敵意じゃなくて、私に『認めて』貰う為だと、そう示すように。


そんな事は姫野の言葉を聞いていれば十分分かる。

姫野は自分を殺せと言った。でも、私に降参してもらうと言った。

それはきっと、姫野の言葉や行動を『断ち切って』来た私と、それらを捨てずに『一緒に』動く為。


まさかそれを、命を天秤にした注意に立ち向かうなんて形で求めるなんて思わなかったけど。


昨日一人走っていた、今日クラスメイトの囲みを意にも介さず机に向かっていた姫野の姿を思い出し、私は苦い気分になる。

だが…



「…お前の身に降りかかる無茶を見逃しても、あの子の時のような真似は無秩序にさせるわけにはいかない。」



私は、剣を構えた。

姫野自身の事だけなら覚悟で済ませて良いかもしれない。

だが、こう真っ直ぐのままで何もかもお構いなしに人助けに走られても問題だ。

其方も許せと言うのなら、そこまでは出来ない。


「…だよね。」


私の回答は姫野の予想の範疇だったのだろう。

姫野は、少し肩を強張らせただけで特別動揺を見せなかった。


叩き伏せるしかない。


私は手にした剣を引き、間合いを一歩でつめながら突きを放った。

が、姫野はそこに既にいなかった。


「な…っ!!」


寒気がして勘で防御する。

姫野は私の踏み込みより遥かに速く、突きを放った右腕の死角に滑り込んでいた。

動き出した姫野が続けたのは、ここ最近恒例になりつつあるシデンノタチによる高速攻撃。


ただ、今までのそれは練想空間に入っても真威を動作速度に反映できない姫野が、魔法剣だけはしっかり展開できていたから、速度負けしないよう恩恵を受けるため…言うなればその補助付きでようやく対等だったのだが…


「はあぁぁぁっ!!!」

「っ!?」


今はデタラメな速さだった。

乱の応用で受け手に回って捌くが、剣速はともかく移動は明らかに私より速い。つまり…

身体も練想空間で動くそれになった上で魔法剣の恩恵を受けられるようになっている。


どうにか一撃を弾いて横薙で切り返すが、あっさりとバックステップで距離をとって回避した姫野は、私に手を向ける。


まずい…っ!!


「サンダーロード!!!」


咄嗟に左手で腰にある鞘を抜いた私はそれを眼前に投げてバックステップ。

道を繋ぐように分解されたシデンノタチから放たれた紫色の雷は、私の投げた鞘に直撃してバチバチと甲高い音を立てた。


…殺せとかよく言う。


こんなもの直撃したら私の方がシャレにならない。


「っ…はは、さすが稔。だけど…っ!」


距離をとった私の前で陣を描き出す姫野。

しかも、両手同時に。


「ライズ!フローズンダガー!!」


氷の短剣を二本手にした姫野。

徐々に出来るようにしていた…訳がない。たった二日前に倒れたばかりなんだから。

だったら…このたった二日で…




ノイズのように、昨日の光景が蘇る。




私がいないからと手を抜く所か、下手をすれば私でもやらないほどに必死に走っていた姫野の姿。

遠目から、表情も伺えない距離で見たその姿に、目の前の姫野の瞳が重なる。


楽な訳が無い。今の今まで魔法剣とその開放は、練想空間から消えるほどの消耗を姫野に課してきたのだ。

それらをこなした上で更に新たに二本展開、楽な筈が無い。

実際に苦しげな表情の姫野。おそらくは倦怠感や脱力感のようなものに襲われているからだろう。


だけど…その姿にはいつものようなブレは無かった。


私を見ている姫野。

けれど、牙をむくようなその目には、私が映っているようには見えなかった。

それはまるで、自分と戦っているようにも見えて…



「まだ…だあっ!!!」

「っち!」



特攻じみた勢いで駆け出す姫野。

シデンノタチの恩恵が無いから、さっきまでのデタラメな速さは無い。

間合いに入られる前に乱による連撃を放り込むが、姫野は二本の短剣でかろうじてそれらを受けながら無理やりつめてくる。

剣を振れない間合いでもする事はある。


一気に深く身を沈めた私は、そのまま足払いを一閃。

練習中転倒での事故を避けるため、剣で打ち合うことしかしてこなかったが、わざわざ剣道を離れて強くなるために修行に移った身だ、剣を握っていても扱える蹴り技については使えそうなものを見繕ってある。

倒れた姫野に向かって、低姿勢のままで剣を突き出す。


「くっ!」


右手を叩きつけるようにして転がった姫野はそれで私から距離をとってどうにか突きをかわし…



氷の剣が残っていた。



確認と同時に跳躍後転。




「フリーズケイジ!!」




直後、姫野の声と共に氷の剣が破裂するのが見えた。

私の居た位置を包み込むように氷の塊が出来上がる。


私は着地すると同時に地を蹴り、形成された氷の塊の先端に足をかけ、そこから更に姫野に向かって飛び掛る。


「轟っ!!!」

「っ!!」


私の一閃を残っていたもう一本の氷の剣で受け止めた姫野だったが、尻餅をつくように倒れると共に手にしていた氷の剣は砕けた。

魔法二発に剣三本。いくら恐竜を相手にするほどの規模じゃないものの、こんな消費は初めてだろう。

強打を受けた剣が砕けるのも無理は無かった。


座り込んだ状態で私を見上げる姫野に剣を突きつけると…


姫野は、ぶれて消えそうな身でよりにもよって微笑んだ。



くそっ…どうかしてる。



「…分かった、降参だ。」



私は剣を下げて、搾り出すようにそう言った。

命をかける。何て言葉、普通…いや、余程の鍛錬修練を積んでいるような人間でも軽口だ。

本当に危機に至ってまでそんな台詞が吐ける人間はそういない。

だから、脅しと言うか、さすがにそこまでの覚悟は無いだろうと脅威を感じさせて引かせようと思ったのだが…消えかけで剣を突きつけた段に至ってまで微笑んでくるようじゃ、もう脅しも何も無い。


いくら私でも、いじめから女の子を救ったから殺す…なんて出来なかった。


姫野は私を見て少しぼうっとした後、目を閉じ、ゆっくり消えていった。

一瞬焦るが、惑意の消滅の時と違って散るような感じはない。単に練想空間を出ただけだろう。

安心しつつも、一応は自分から姫野に降参を申し出た事に複雑なものを感じて肩を落とす。


「雨降って地固まる…なのです。」

「っ!クシナダ姫!?」


と、見計らったかのように背後からかけられた声に弾かれたように振り返ると、クシナダ姫とスサノオ様が揃ってこっちを見て笑顔を見せていた。


「しっかし突き放したフリして自重させようとしてたのに、そんなのごめんだって勝負まで挑まれるとは思ってなかったんじゃないか?大変だったな。」

「え…ぅ…」


スサノオ様に言い当てられた全く自覚していなかった自分の内心を省みて、だんだんと自分のしてきた姫野への対応の意味に気づいてくる。


関わるなと言いながら様子を見に行って、余計に無茶を繰り返す姿に心を痛めて、でも感心して。

助けられた挙句礼も言えずそのくせ関わってきた事に文句も言えず。


好きな子を振り向かせたい小学生男子か、自分で振り返って恥ずかしくなってくる。


「何だよ可愛い反応しやがってこのこの。惚れたんなら色々リードできるように教えてやるぜ?え?」

「だ、誰がっ!別にそんな事はありません!目に付いた美形を片っ端から欲しがってた神話の男子と一緒にしないでください!!」


ただでさえこれ以上振られたくない話だと言うのに、更に変な方向にまでまぜっかえしてくれるスサノオ様。

…言いたくないが、酔っ払った親父かこの人は。つくづく残念すぎる。


と、クシナダ姫が札を一枚投げてスサノオ様の背中に当てるのが見え…




「どぉあぁぁ!!?」




雷撃が発生した。

さっき私も姫野の雷撃に鞘を当てたが、さすがクシナダ姫。

傍目から見ていても姫野のそれより高い威力なのが見て取れた。


背中から煙を上げながら振り返ったスサノオ様に逆に頬を膨らませて詰め寄るクシナダ姫。


「稔さんも言ってますけど、そーゆー話は今は大人限定なのですっ!大体やっと落ち着けたばかりの稔さんに変な事言わないでくださいっ。」

「わーったわーった、妬くな妬くな。」

「べ、別にそういうんでもないですよぅ…」


怒っているクシナダ姫を片腕で抱え上げたスサノオ様は、空いた手でわしゃわしゃと頭を撫でる。

どう見ても夫婦には見えないんだが何気に仲はいいんだよな…


「お前に昔の退魔師の決まりを話したのはな、別に全部遵守させようって為じゃねぇ。右も左も分からないままだと何をしたらどうなるかも想像つかないだろうから伝えたってだけだ。」


クシナダ姫を片腕で抱えたまま、私を見ながら話すスサノオ様。

姿が姿だけに真剣な話と思いづらいが、軽口には感じられなかった私は黙って続きを待つ。


「真の奴が強かったと思うなら、きっとその辺型にはまってねぇからだ。くそ真面目なお前にルール教えたのは、案外邪魔になっちまってるかもな。」

「お見通し…ですか。」


負けるとは思わない。

けれど、型にはまっていると言われたら否定できない自分がいた。

その証拠が、剣を振るう事による遠当て斬撃の『空』。あの程度の事も練想空間で使えていない私に対して、あんな現実離れした魔法剣なんて代物を使いこなしつつある姫野。


決定的な違いではある、と思う。


「だからって真さんのモノマネして非日常ばかりを目指さなくてもいいんですよ。稔さんは稔さんに素直になっていればいいのです。」

「…覚えておきます。」


抱えられたままのどう見ても幼子にしか見えないクシナダ姫に諭すような話をされて、苦笑交じりに答えを返す。



自分に素直に。



分かってはいる。けど、だからこそ何処までも素直な姫野が練想空間に来てこうも大成しつつあるのだと思うと、喜んでもられないアドバイスだった。



















翌朝、私はおっかなびっくりと言った気分で姫野の家の前に来ていた。

姫野はともかく…あの3Dイベントをデートにしたがっていた母君にとっては、あの後二日顔を出さなかったのは裏切りに見えかねない。

姫野に対して過保護な上で私を警戒しているらしい母君と対面するのは、少し気まずいものがあった。


チャイムを鳴らすのに躊躇っているうちに、ドアの方が開いた。


「あー、おはよー稔ー。」


あまりにも無理を押して真威を使って戦闘した翌日だからだろう、未だにボーっとしている姫野が私を名前で呼ぶ。その背後には姫野の母君。

ぼーっとしている姫野と硬直している私を見比べるようにして、だんだんと笑みを濃くしていく。


「あら、あらあらあら。」


いきなりの姫野の爆弾投下。

母君からすれば、デート後に数日会わなかったかと思ったらいきなり名前呼びになっている女子である。長話は面倒になる事間違いない。


「…失礼します。」


私は寝ぼけた様子の姫野の手を引いて、さっさと家を離れた。





「…名前で呼ぶようにしたのは、遠慮しないとか言ってた関係か?」


家から少し離れたくらいでようやく目も開いてきた姫野に、練想空間からずっと変わってる所について聞いてみる。姫野は私を見てしっかりと頷く。


「同級生の女の子、凄い凄いってはしゃいでたらいつまでも何も変わらないって思って。それに、全部言う事聞いて迷惑かけないつもりならともかく、そんな有様でいるのが嫌だって言うなら尚更ね。」


それだけを理由に命まで張れるのだから大したものだと本気で思う。

まさか私が手抜きをするなど思っても無かっただろうに。


「…言っておくが、今回の件では殺す程非情になれなかったと言うだけで、許した気も認めた気も無いから私は名前で呼ぶ気は無いぞ。」

「それは勿論。稔が認めてくれたらでいいよ。それに、稔と戦ってでも…って譲れない事以外は我慢もするから。」


にこやかに言う姫野。

朝の様子を見る限り心身ともに疲れてくたくただろうに、いつも以上に上機嫌だった。

命のやり取り…いや、姫野は私を『降参』させる気で、私には『殺される』と思っていたのだから、全部平和に片付いた今の気分はさぞ明るいものなのだろう。


姫野がどうしても、絶対に止めなければならない大事以外は止めないと決めたのだ。

名前で呼ばれる事位いちいち拒む気はない。それそのものは。

しかし…だ。


「いよう御両人、仲直りしたのか?」

「ありがとう守雄、とりあえず稔には及第点を貰ったよ。」


どうせすぐ学校に着くのだが、須佐にでくわした瞬間に早速やってしまう。


とめる気は無い。

のだが、いきなりこんな調子だと、周りの同級生が騒ぐだろう事は想像ついているんだろうか?

女子関連に食いつきの良い須佐の事だ、どうせ騒ぐだろうと思ったのだが…


「お、結局名前で呼ぶ事にしたんだな。」

「まぁね。これだけ一緒にいて他人行儀もやだし。」


あっさり受け入れていた。

…いきなり名前で呼び出して変だとは思ったが、どうやら須佐が一枚かんでいたらしい。

私が睨むと、須佐は一歩私から離れる。


「お前な…」

「ど、どうどう。仲いいのは本当だろ?」

「そんなに嫌なの?」


私の反応に、姫野が少し心配そうに私を見る。

別に嫌っているとか丁寧に喋れなんて言う気は毛頭無いんだが…


「嫌っては無いが、学校で知れればまた面倒だろう。馬鹿には特に。」


ある程度人間出来てればこんな事でどうこう言う事は無いだろうが、人間出来てない馬鹿学生が騒ぐんだ。

一緒に登校してるだけで落書きをするような奴がいる以上、面倒になる事は間違いない。


「んー…皆に騒がれるって事?稔が嫌なら気をつけるけど、僕は稔と仲いいって言われても嫌じゃないし。」


あっけらかんと言ってのける姫野に、私はおろか須佐すら硬直する。


「さらっと言うよなぁ…」

「…知るか、好きにしろ。」


素直すぎて聞いてるこっちが照れるような事も平然と言う姫野に、私はたしなめる気もなくなった。



その日、当然のように名前呼びの件で突っ込んでくる奴が出て、相手にしなかった私のせいか、単に仲のいい異性がいない奴の勘違いによる僻みか、発生した雑魚惑意を休み時間中排除する事になった。

やれやれ…





連日惑意との戦闘してて、結構物騒な気がしますが、練想空間に入れる人間がいる分平和な町と言う…喜んでいいやら悲しんで良いやら(汗)

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