第17話・雨降って威固まる
※真視点です
第17話・雨降って威固まる
雨が続いていた。
ずーっと豪雨って訳じゃないけど、だらだらとぱらぱら降り続けていて、時折豪雨になったりしている。
自然災害…か。
晴れずに鬱屈とした気分になるからか、惑意も増えていた。
けど…
「はあぁっ!!!」
「っ!」
そんな事お構いなしに、僕と稔は打ち合っていた。
山の斜面、木々のおかげで地すべりとまではいかないものの、濡れて滑りやすくなった地面の上で、服を体を汚しながら鉄パイプでの殴りあい。
…木刀が湿って痛むからって代わりがこれと言うのもどうかと思うけど。
「スナイプセイバー!!」
全身を使って跳躍まで繋げた斬撃。
持田さん相手に挑発がてら使った、意外と使えそうだった型を技に仕立ててみたもの。
下から斜め上に。首あたりを狙う感じになるんだけど…
屈んだ稔に、潜る様にあっさりよけられた。
「跳躍技は自重も乗るが、着地まで隙だらけだな。」
「あたぁっ!!」
叩かれて墜落気味に落ちる。
途中見えた稔の姿は、こっちを振り返りすらせずに背後に向かって鉄パイプを振りぬいた姿だった。
跳躍の速度や角度から大体の位置を把握して振り返りもせずパイプ振りぬいたんだ…
勘じゃない、動体の速度とか、感性とか、相手の姿勢とか、そう言うのを見えてる間に把握した上で先読みまでした結果だ。
最早ある意味超能力。これも昔の達人とかなら当たり前に持ってる感性なんだろうか?僕はこれはちょっと無理だな。
「やっぱり駄目か…付け焼刃、のつもりは無いんだけどなぁ…」
「当てる技でもないだろ。さっき言ったとおり、自重も乗せられるから対空の上で威力の出る技だとは思うが。」
稔に言われて、僕は稔が考えた応用技を思い出す。
轟牙はともかく、旋牙だって防がれたりはじかれたりした所からの繋ぎを考えての技だった。
…確かに跳躍から振るう一撃、綺麗に強く打てるようにはなったけど、当てに行く技じゃない。
「確かに、威力は出ても単発じゃ稔に当てられる訳無いか。」
「褒めすぎだ、そこまで完璧超人でもない。」
謙遜、と言うかむしろ呆れ気味に言う稔。
スサノオ様と打ち合って負けたり、色々あるんだろうけど…少なくとも僕から見れば手も足も出ない気しかしない。
「六芒魔法の本を見た時から思っていたのだが…」
「ん?」
「自作に拘る訳でもあるのか?例えば、スサノオ様の扱う十拳剣『天羽々斬』を作れば、おそらく竜殺し等の力が乗る筈だ。」
稔から言われた事の意味が分からず、少し考える。
練想空間は、それが現実みたいな風景を象っているのは、『皆がそういう場だと思っている』から。
地形は勿論、信仰等で力を持っている神様とかも、思われたそのまま力を持っている。
この間の貧乏神のおじいさんとか、竜殺しの力を持つスサノオ様、櫛として加護を与える力を持つクシナダ姫。
小さい所で言うなら、人が翼や優なんて名前をつけられる事も、そこに意志を込められ、見知った人がそうだと認識することになる。
だから僕が、本気で『天羽々斬』を作る気で魔法剣を作ったなら…きっと、天羽々斬が持つ伝承の…ヤマタノオロチを屠った力、竜殺しの力を大なり小なり発揮するはずだ。
考えて、ようやくそこまで思いつく。
僕がある程度考えた所で、稔が再び口を開く。
「それでなくても、剣の型なんかは限界がある。基本の型は誰がどう考えても九つしかなく、連携もそれらを繋いだもの、防御反撃もそれらに対応するために生まれる。お前が知っているものを使わない…私やスサノオ様を真似ないのは、無意味に隙を増やす縛りにしかならないと思うが。」
「うーん…確かにね。」
ようは、奥義まで使うかはともかく、乱や轟、空なんかは僕も使ったらいい。って言う薦め何だろう。
剣は稔に習った訳だし、そうそうおかしな話じゃない。
「けど…ちょっと拘りはあるかな。」
確かに、きっかけとは関係ないかもしれない。
格好いいと思ってみてたのはテレビだし、それからだって初めの頃は真似とかで作ってた。
それを考えれば全部自作だけで纏める必要は無いのかもしれない。でも…
「自作で纏めるようになってから、今まで調べた伝承とか見てきたものをそれで超えたくなったんだよ。それまで適当だったりとか、デッドコピーみたいなのであんまり考えて大事にしたものって思えなかったからさ。」
「一応死にかねないって言うのに、それでも拘る所か?」
「強くなればいい稔が、実戦用にって鍛え始めた割に銃火器や槍術に変えずに剣を主体にしている位にはね。」
僕の返事に、稔は手元を見て頷いた。
当然火器を扱ってしまえば強いし、それでなくても金属部が少なくて軽くても長射程の長槍を両手で扱った方が取り回しが良い。
勿論、それまで剣道で振ってたって言うのもあるんだろうけど、剣に有利と言われてる槍に持ち替えてスサノオ様と戦おうと思わないあたり、稔も剣に拘りがあるはずだ。
「そう言われたら返す言葉も無い…か。」
「まあ六芒魔法と魔法剣に関してだけにするよ。純粋剣術で僕が稔にけちつけるなんて千年早いし。」
僕の答えに頷くと、稔はパイプを構える。
「なら乱からいくか。お前の場合剣自体の威力があるから、連撃乱撃の類を習得したほうがいいだろう。」
「あ、よ、よろしく…あはは…」
構えて楽しそうに笑みを見せる稔に、僕は引きつった笑みを返すしか出来なかった。
…間違いなく、『体で覚えろ』って事だろうから。
ただでさえ風邪引きそうな天気なんだけどなぁ…頑張るしかないか。
次の日も雨だった。
台風の影響らしいけど、こっちまで風は強くないから雨雲が溜まってるんだとか。
ニュースで説明をしているけれど、そんなに頭のいいほうじゃないから詳しくは分からない。
「こう長く続くのも珍しいわよね…大丈夫かしら…」
「んぁ?大丈夫って何が?」
不安げな母さん相手に暢気に返す父さん。
うーん、相変わらずだなぁ二人とも。
「川とかダムとか…」
「いやぁさすがに大丈夫だろ。川はちと近づかないほうがいいと思うが…」
軽く喋る割には結構真面目な父さん。
と、川の話まで出て父さんは僕を目を細めて見て来た。
「まさかお前白兎ちゃんと激流水泳訓練とか企画してねぇだろうな?」
「まさか!それはさすがに僕も止めるよ!」
とんでもない話が出てきたとは思いつつ否定する。
…多分やらないとは思うけど、地滑りとかを考えると山で鉄パイプでの殴りあいやってるのも十分危険な気がしてきた。
なにより、雨に打たれながらやってるから風邪は引きそうだし。
「それは、って言うけど…雨の日まで訓練なんてやらなくてもいいんじゃない?服もぐしゃぐしゃになるし、体に悪いわ。」
「うーん…さすがにサボるのはちょっとね、1日休んだらとりもどすのは大変って言うのは常識だし。でも…うん、屋内で出来たらって相談はしてみるよ。」
雨にさらされながら外で鉄パイプを振り回す。
…下手したら通報ものだし。
テレビのニュースでも、長雨で土砂崩れや川の氾濫が起きてる様子がいくつか映っている。
普段ない所でこういうことになると、対策とか対応とか慣れてないから大問題になる。
この辺でも、こんな長雨は珍しいんだ。気をつけないと…
夢現同化。
ふと思い出した単語に、頭の奥でチリ…と何か音がしたような気がした。
意志の力が引き起こす現実の変化…いや、元々分かれていなかったのに分けられた現実と練想空間が重なるほど強い意志の力。
…駄目だ、僕が不安がっても仕方ない。
心配なら後で稔に話してみればいい。どうせ修行はするんだし問題ないはずだ。
「川を見ておきたい?…言っておくが激流水泳なんて馬鹿な訓練をする気は無いぞ?」
「稔までソレ言う?」
朝一番で会った稔に持ちかけた話への返しがいきなりこれだった。
訓練で一番無茶なのは稔だと思うんだけど…
「そうじゃなくて…夢現同化だよ。」
「何?」
「強い意思…真威で以って、現実と分離させられた練想空間で使っている力を現実で引き起こす。でも、一人分の不安ならともかく、この前のホラースポットみたいに皆不安がったら影響出るんじゃないかなって。川とか、ダムとか。」
事前に散らしておけば問題ないはずだ。
本気で何かなってしまってからじゃ遅い。
「なら放課後にでも川沿いをダムまで向かうか。単なる走り込みになるが偶にはいいだろう。」
「あはは…了解。」
…川沿い突っ走るって、いくつか候補はあるだろうけど、ダム目指すなら軽くフルマラソンじみたことすることになるんだよなぁ…
当たり前みたいに言っちゃってる稔も自分も明らかになんか壊れ始めてる気がして笑ってしまった。
放課後になって、予定通り近場の川沿いまで走ってくると、嫌なものを感じた。
川が氾濫する程度の事なら今まで何度かはあったけど…
ダムのほうから嫌な感じがした。
嫌な感じ…あの廃病院と同じような、いや、それ以上の…
と、稔に腕をつかまれた。
「え、な、なに?」
「一旦帰れ、練想空間に入ってこい。」
「この辺で入れば」
「川沿いで寝てたら川が氾濫したらどうなる。いいから家に走れ!」
練想空間にいる間生身は意識が無い。
言われるまで気づかなかった僕が止めるまもなく、稔は家に向かって走っていってしまった。
少し長いけど、家まで位なら軽いダッシュでもつかな。
急ぎみたいだし、息を切らせながら家まで走って、練想空間に入る。
練想空間内ではもう生身のレベルじゃない。
シデンノタチを手に、全力でダムを目指す途中、稔と合流した。
車を置き去りにするような速度で、僕たちはダムを目指して駆ける。
やがてダムが見えてくると、轟音がした。
ダムが揺れていた。
…何がいるか知らないけど、間違いなくろくなことになってない。
ダムまで来て、水中を見る…までも無い。
白い蛇みたいな何かがダムに体当たりしていた。
「うわっ…大きい…」
恐竜も恐竜で大きかったけど、その恐竜と比較できる大きさの頭と同じ位の太い胴が、蛇みたいな長さ続いている。
全長って意味だと桁違いだった。
そんな代物がダムに体当たりを繰り返して…
「っ!不安はこれか!」
夢現同化。
現実に影響を及ぼす意志の力。
おそらく、水害にかかわる化け物の象徴があの白い蛇みたいなのなんだろう。
今の内に何とかしなきゃ、ダムが壊される。
僕はダムに…蛇の真正面に向かって駆け出そうとして…
「来るなっ!!!」
鋭い声で呼び止められた。
ソレと同時に降りてくるスサノオ様。
ダムの柵に着地したスサノオ様は、ダムに飛び込んだ。
「スサノオ様…?災害とかじゃないと動けないんじゃ…」
「そういう…ことだ。」
搾り出すような稔の声に視線を移すと、稔は険しい表情でダムを見ていた。
「アレは蛟…古来から水害の象徴になっている蛇だ。」
「蛟…」
やっぱり水害の象徴らしい。
あの規模なら相当強いだろうから覚悟して…
思った直後、スサノオ様が吹っ飛んできた。
空中で身を翻しているあたり、自分で飛んで出てきた訳じゃな
轟音。
どう形容したらいいかも分からない、鈍いくせに大きな音と共に、ダムが崩れて水が流れ出した。
乗る様に、あるいはまるでその水そのものであるかのように、巨大な蛟は川の周囲を破壊しながらダムから出てきて川下に向かう。
…見てる場合じゃなかった。早くアレを止めないと
「ったく、来るなっつったのにいつまでもいるなよ。」
「スサノオ様!?でも」
「俺らが『動ける』ってことがどういう事か察しろ。神話級の代物相手に人の出る幕じゃないんだよ。」
『任せてください…と、言えない結果になってしまってるですが、お二人は他の惑意をお願いします。』
スサノオ様と…その髪に刺さっている櫛から聞こえるクシナダ姫の声。
それらについてまともに話を聞くまもなく、スサノオ様は蛟の後を追うようにして駆け出した。
神様が動ける。
それは、『人が自力で解決する課題ではない』ことを意味する。
ソレが分かるなら…身の程を知れって事なんだろうけど…
遠く、蛟を切りつけるスサノオ様の姿が見えるけど、明らかにまともに効いた様子は無かった。
神様に祈るものは減ってきている。
祈ったり願ったりしていても、昔の如く本気で存在を信じ、祈るものは少なくなっている。
でも、災害は災害だし、恐怖は恐怖。
実在する恐怖を象徴する結果まるで衰えを知らない災害相手に、出る幕だから出させろと向かった師匠に近しい弱っている神様。
放って逃げろって…そんなことできる訳が無い。
駆け出そうとして、動けないことに気づいた。
「稔?」
稔が、震える手で僕の腕を掴んでいた。
「あれは…無理だ、絶対。見れば判るだろ。」
未だ届いていないスサノオ様が櫛になったクシナダ姫と共に向かっている。
それで、傷を負わせる程度。蛇のような巨躯がガードも何も関係なしに横殴りに叩きつけられる。
剣をつきたてたスサノオ様だけど、穴一つ開いた程度じゃ焼け石に水。
盛大に吹き飛んだスサノオ様は民家に突っ込んだ。
「体の一部が傷ついても起きれてるからって軽く考えすぎなんだよ!二度と目覚めなくなったらどうする気だ!?いや、どうもこうもない!それで終わりなんだぞ!!」
稔の叫びはよく判る。死んだらそれで終わりだ。
練想空間で消えるって事は、意識の力が消えるって事、二度と意識の戻らない人間…それを、生きていると誰が言うだろうか。
…うん、怖い。でも…
「ごめん、それでも行かないと。」
「お前」
「ここで引けるような、ちゃんとした出来のいい大人に『ならないように』…僕は、ここまで来た筈だから。」
幼い頃見た宝物。
諦めかけた頃見た、宝物を砂の下に埋めるように汚して封じて見ないようにした子供達。
独りで諦めずに進んで出会った…強くて優しい女神様。
僕はあの日から見てきた稔を、本気で凄いと思ってきた。
震える手で僕を止めようとしている今だって、それは変わらない。
昔の達人達が人間の限界超えるような鍛錬をして来たのは、『負けたら死ぬ』戦いに死なずに上に行く為だ。だから、体を壊すような無茶を乗り切っている稔がそれでも敵を見て死ぬから止めろととめるのは、決して間違った事じゃない。
むしろ、間違っているのは僕だ。
でも、その不正解を…正解を虚ろな目で選んだ人達の二の舞にならないようにあえて選んだ僕がここでどうするかなんて…一つしかない。
稔の手から力が抜けた。
引き剥がすまでもなく、そっと引くだけで外れてその手が下がる。
「まぁ大丈夫だよ、僕帰ってきても結婚しないし。」
笑ってそれだけ言って、僕は再び巨大な蛇…蛟を見据え、駆け出した。
大丈夫…な訳がない。
そんな事は判っているんだ、でも…
引く訳には行かない…いや、僕の真威が引きたくないんだ。
「助けて!誰か助けて!!」
氾濫した川で孤立した子供が叫ぶ。
それでも、誰も神様に祈らない。その名を呼ぶ事すらない。
「くっそぉ…っ!蛟相手に普段よりマシな程度じゃ話にならねぇっての!!」
「だから来てみましたっ!!!」
荒れ狂う蛟を前に苦い表情で叫ぶスサノオ様に声をかけて、僕は氷の短剣を投げた。
「フリーズケイジ!!!」
蛟に直撃した氷の短剣を中心に、巨大な氷解が形成され、蛟の体を包み…
軽く動いただけで氷が砕かれ一瞬も拘束できなかった。
だあぁっ!神話級の化け物ってこういう代物か!
「おまっ…何やってんだ馬鹿!」
「はい馬鹿だから来ました!!」
「あ…が…」
明るくきっぱりと言い切った僕に、開いた口が塞がらないとばかりに固まるスサノオ様。
ってちょ!蛟来るから!!
「前!前っ!」
「わーってるっつの!!」
大口を開いて突っ込んでくる蛟が接近してきた所で、その鼻先に飛び乗るスサノオ様。それと同時に頭に剣をつき立てる。が、硬さが災いしてそんなに深く入らなかったらしい。少しの赤い光が漏れたものの、蛟は頭を振って上に乗るスサノオ様を振り落とす。
いつかの恐竜くらいの顔の白い蛇…近くで見てると本当しゃれにならない太さで大きさだ。
「ライズ!ガイアクレイモア!!!」
全てを押し止める石の大剣。
僕に突っ込んできた蛟の鼻先に向かって、真っ向から剣を振り下ろして…
「い…ぎ…ぐ…っ!!」
…止まらなかった。
土砂の壁位には衝撃進攻を押し止める力を持ってるはずの石の大剣も、さすがに氾濫した川の象徴である蛟の突撃は真っ向から止める代物じゃないらしい。
がりがりとアスファルトを削りながら、剣を振り下ろした体勢のまま押され続けて、建物に押し込まれる。
そこで止まった。大口を開いた蛟の頭が目の前にある。
鼻先に衝突していた石の大剣を、その口の中に放り込む。
「マテリアルダスト、スパイク!!!」
棘状の破片に分かれた石が、蛟の喉で炸裂する。
内部からあちこち刺される形になって…
放り込まれた家が軋む様な音を立てた。
あれ?これまさか…
「っ…馬っ鹿野郎!!!」
唐突に響いた声とともに上が斬り開かれる。
と殆ど同時に、入ってきた人影に掴まれて…
気づいたときには、宙から家に巻き付く蛟の姿を眺めていた。
…うわ、あの中にいたのか。抜けてなかったらぐしゃっと行ってたな…
「お前なぁ…」
「はは、すみません…」
「ったく、引けって言っても引かないんだろ?」
家を潰してとぐろを巻いている蛟を眺めながら、僕とスサノオ様は笑いあう。
それなりの付き合いだからか神様の慧眼か僕がわかりやすいのか、スサノオ様はもう帰れとは言わなかった。
「俺が前に行く!お前は一撃を頼んだぞ!!」
「了解!」
それだけで頼まれた事を理解する。
今の所、僕自作の剣の中でもとっておき。
「ライズ…ミカグチノタチ!!」
二属性の力を持つ剣を生成すること。
炎雷の力を湛え、竜種の腕すら斬り落とした剣。
ぅ…さすがになかなか持ってかれる。けど、あれからの日々も無駄じゃないらしい。
何気なく作れるほど作った機会がないから、結構な時間がかかってしまった。
スサノオ様は…
「ぅらぁっ!!」
その姿を探していると、蛟の鼻先に斬りかかるスサノオ様を見つけた。
さすがにただの人間の僕と違って思いっきり口まで届く切り傷を作った。
けど、水害自体は今発生しているもので、そして蛟はあまりに強大すぎて、あっさりと赤い光を伴い治ってしまう。
「だあっ!くそこの馬鹿蛇め!!」
飛び離れるスサノオ様。
…でも、分かった。何をすればいいかは読めた。
あくまで水害の象徴となっている巨大蛇、蛟。
全てを飲み込もうとするから…
「こっちだっ!!!」
案の定、叫んだら僕に向かってきた。
大口を開けて僕を丸呑みにしようと迫ってくる蛟。
余り僕に力は残ってない、けど!
あれだけ大口開けてくれれば、この剣を放り込む位は出来る!!
思いっきり振りかぶって、全身で投げる。
くるくると回りながら投げ放たれた太刀は蛟の口元に吸い込まれ…
「バーンライトニング!!!」
魔法を開放した。
太刀が光り、赤い雷撃が開かれた蛟の大口に吸い込まれるように入っていった。
バチバチと、雷の轟音が響き渡り、しばらくして…
僕に向かってきていた蛟は、途中で止まって落ちた。
…顔だけ浮かせて向かってきていたのが、力尽きて倒れた、って感じだろうけど、このサイズだとビルが倒れたようなものだから、巨大な頭が落ちたようにしか見えない。
「赤い…雷撃?」
「普通通電しても、通った所々が熱で焦げる程度だけど、炎熱雷撃のこれは、通電した場所全部を焼いて回る炎雷なんです。水蛇の蛟相手なら…」
「…惨いなオイ。」
沈黙して動かなくなった蛟が口から煙を吹いているのを眺めながら、スサノオ様が珍しく苦々しい声を出した。
うーん…編纂してたときにはよく出来たとしか思ってなかったけど、惨いのかな?
赤い稲光を見て上手くいったとか思ってたけど、血中を伝った電撃が全身の血管を焦がし破裂させていく生々しい想像をしてしまう。
う…惨いのかも…
「っ!おいっ!!!」
「え?」
ただでさえぼうっとする頭で思考を他所に取られた僕は気づけなかった。
蛟が、動いていた。
…あぁ、そうは言っても神話級。所詮人間の僕の一撃じゃどうにもならなかったのかな?
それとも、水害の規模と惑意が強すぎるのかな…スサノオ様がどうにもならないくらいだし。
大きく頭を横に振りかぶった蛟は、そのままなぎ払うみたいにしてその頭を僕に向かって…
気づいたときには、どこかの屋上にいた。
直撃して吹っ飛ばされたなら、元々ふらふらの僕じゃ持ちこたえられなかったと思うんだけど…
「よう…無事か?」
「え…ぁ…」
ぼうっとする頭でよく見ると、気づけば僕の前にスサノオ様が立っていた。
右腕がつぶれて、青い光が散っている。
…って、蛟に気づいて叫んだスサノオ様が片腕潰される理由なんて…っ!!
「ぼ、僕をかばっ…」
「まーそうなんだがな…っつか、本来あの規模の惑意は俺らが始末つけなきゃならん代物なんだし、お前は気にすんな。」
動く左手でぐしゃぐしゃと自分の髪をかき乱したスサノオ様は、頭に挿していた櫛を抜いて投げる。
と、櫛は光って人型…クシナダ姫の姿になった。
「スサノオ様…」
「そいつら頼むな。首刎ねればおとなしくなるだろうし…行って来るわ。」
言いつつ笑みを最後に蛟に向かって飛び出すスサノオ様。
呆然と…と言うより、さっきの剣の開放に真威を持っていかれて集中できない頭のままで見送るしか出来ない僕。
と、そんな僕にクシナダ姫が両手を翳す。
青い光に包まれて、だんだんと僕の力が戻ってくるのを感じた。
「って、こんな余力があるなら僕じゃなくて」
「真さんも、妥当な事をしなかったでしょう?」
こんな時まで優しい口調で窘めてくるクシナダ姫。
それが原因でこうなってる事を顧みれば、僕じゃなくスサノオ様のほうに行ってくれ、なんて言える訳が無かった。
よく見れば、クシナダ姫にしたって顔に精彩を欠いている。
きっと、神威を消耗してるんだろう。
凄いことに、完全に近いくらい回復していた。
さすが神様…って事なんだろうな。
視線を移す。
蛟の頭を見るが、誰もいなかった。
青い光が塵のようにして宙に散って解けていく。
生身のある僕たちとかと違って、前倒したけど再戦出来たウンディーネみたいに、関係する神威が消失したってだけで、お祭りや祭事なんかがあったり、時間がたっても忘れられなければまた戻ってこれるんだろうけど…
「…ごめんなさい、クシナダ姫。」
「気にしなくても…って真さん、まさか…」
「折角回復してくれた所悪いんですけど、もう一戦してきます。」
言って魔法陣を描こうとした所で、その腕をクシナダ姫に抱きとめられた。
「だ、駄目ですっ!真さんは十分以上頑張りました!それにスサノオ様は何れ戻ってこれますけど、貴方は…」
「分かってます。でも、妥当な判断ってのをしなかったから僕はここにいるんです。さっきクシナダ姫が言った通り…ね。」
安全だから、危険だから、そんなの知った事じゃない。
僕を守って散った神様を前に、苦渋を飲んで我慢する。
そんな理屈…ごめんだ。
だから…
「勝算があるのか?」
背中から聞こえた声。
聞こえる筈が無い声。
僕みたいな馬鹿じゃない、実戦がどういう物かちゃんと知ってるからこそ来ない事を選べた、戦士として武士として剣士として正しく成長してる筈の…
「稔…なんで…」
「答えろ、あれに効きそうな剣がまだあるのか?」
稔は言いつつ剣を抜いて僕をまっすぐに見る。
『私と戦ってでも…と言うなら、好きにすればいい。』
無茶を無作為に繰り返す僕相手に告げた、稔の宣告。
叩き返されれば、それで練想空間から叩き出される事になる。第一、回復した身で稔と全力戦闘なんてやって、終わった後にアレの相手なんてもっと無理だ。
アレに効きそうな…剣…
ただがむしゃらに向かおうとしていた僕は、全く考えてなかったけど…ちょっと考えたら、一つだけまだ試していないもので思い当たるものがあった。
「…うん。」
だから、僕は頷いた。
稔はそんな僕に近づいてきて…
通り過ぎて、屋上の柵を飛び越え、柵の外側に立った。
「どうせミカグチノタチと同じで時間がかかるんだろう?時間稼ぎは任せろ…真。」
硬直。
僕の腕を止めているはずのクシナダ姫の感触も何もかも消し飛んだ。
稔が僕を名前で呼んだ。
稔が時間稼ぎを引き受けた。
命がけ所か、殆ど死にに行くような相手に前衛を引き受け、後を僕に譲った。
役割だけを見れば正しいと、スサノオ様含めてずっと言ってた事だけど…
『自分が強くなって強敵を超える』事を真威として鍛えてきた稔が、それを曲げる価値があると僕を認めて賭けてくれた。
目指す神様所か、後から沸いて出た夢見る少年相手に、時間稼ぎを名乗り出てくれた。
それがどれだけ重い事かなんて、この数ヶ月を一緒に必死に位ついてきた僕は、よく知っている。
「み、稔さんまで何言い出すんですか!スサノオ様がどうにもならなかったのに真さんも止め」
「任せて稔!!!」
僕の傍で叫んでいるクシナダ姫の声を素通りさせながら、僕は強く答えた。
僕の声に反応した蛟がこっちを向く。
「っ…あぁもうっ!!!」
クシナダ姫が稔の元へ向かって、櫛に姿を変えてその髪に刺さる。
『私も残る全てを賭けます!二人とも死なないでくださいね!!』
「大丈夫ですよ、帰って結婚予定がないと死なないらしいですから。だろ?」
「あはは、そうそう。」
『なんなんですかその変な理由っ!』
言いつつ、屋上を蹴って蛟に跳びかかる稔。僕は、その背を見送りつつ、手元を見る。
『例えば、スサノオ様の扱う十拳剣『天羽々斬』を作れば、おそらく竜殺し等の力が乗る筈だ。』
万人がそうだと思い描き、僕自身がそれを作ると信じて紡ぎあげれば、その名を冠する剣はそのまま名前通りの力を発揮する筈。
それが信仰であり、神威であり、練想空間と言うもの。意思を込めることを力とする。
本当なら、僕が自分で編み上げた剣で超えたかった伝説の剣。
今この一度だけ…死ぬほど認めたくない事を認めて、僕を助けに来てくれた稔に応える為にも…
僕の全てを使ってでも、編み上げてみせる。
燃焼雷撃って、温度しだいですが一瞬で大災害に…物騒な(汗)




