第16話・夢現の狭間で
※稔視点です
第16話・夢現の狭間で
ここ最近出会う惑意は中々厄介な代物が多い。
私一人の時はそんなに変わったものとは出会わなかった。一年程度早いとは言えここ最近練想空間で裁いてきた代物を考えると、姫野と私に経験の差はないと言ってもいいかもしれない。
しかも、貧乏神ときたか…
惑意とは言え神を冠する相手を一人で越えたとなると姫野も大したものだ。
とは言え実際危なかったとも聞く。
こんな状況を丸々受け入れているのもどうかと思うんだが…スサノオ様も姫野も…命懸けの重さが軽すぎるな、全く。
スサノオ様の方は仕方がない。
あれでも神様だ、志半ばで死んだ人間何てものは掃いて捨てるほど見てきた筈だ。
だが、姫野は自分の事な上に一回切りだと言うのに軽すぎる。
「はぁ…はぁっ…し、ぬ…」
「普通に見ていると、とても命がけが当たり前のような戦士には見えないんだがな…」
一通りの走りこみを終えて思索に耽っていたが、姫野の声が聞こえて途切れた。
私もさすがに汗だくで息こそ切れていたが、姫野ほどはくたびれていない私は青ざめた顔で息をしている姫野を見下ろしながら、先に考えていた無茶が当然のような姫野の姿と今の姿が重ならず、複雑な気分だった。
「命がけが…当たり前って…そんな事無いって…」
「結構な無茶を繰り返しているのにか?」
「うぅ…」
言われて仕方ない自分の状況を認識したのか、疲れも伴って肩を落とす姫野。
…うん、つくづく子犬のように見えるな。
今はうなだれた尻尾と耳が見えるような気さえする。
これで格好良くなりたい…か。
いい奴なんだが、どうしてもそのイメージと結びつかなかった。
祝日も終わった月曜。
私と姫野は学校で須佐に呼び集められていた。
「ホラースポットが見つかった?」
「ずいぶん早いね。」
先週片付けた廃病院の事もあって、噂でも聞いたら教えてほしいと頼んでおいたホラースポット。
そのホラースポットを見つけたと言うことだった。
「ま、女の子の知り合い欲しさにいろいろ声かけてっからな。噂位なら教えて貰えるって訳さ。」
「広く浅くじゃ恋人作りとしては間違ってるんじゃ…」
自慢げに語っていた須佐が苦笑いの姫野の指摘でピタリと動きを止める。
肩を落とした須佐は、睨む様に横目で此方を見てきた。
「おーおー…さすが深い仲のお二人さんは違いますねぇ。」
「そう拗ねるな、私と姫野の非常識な接点よりは遊び友達からのほうが発展するさ。」
「…ボケに真面目に励まされるとなんか悪いな。」
思春期男子にとっては普通は結構重要な所なのだろうと励ましたのだが、私の返しが予想外だったのか須佐は照れたように視線をはずした。
交友関係の広さはともかく、いい奴なのは間違いない。
…むしろ、見てきた惑意から考えると変な女子に引っかかって酷い目を見ないかが心配だ。
「ま、デートは結構だけど学校サボらないようにな。また課題山盛り食らうぞ。」
「はは…あれは正直僕もごめんだし、そうするよ。」
「同感だ。」
姫野じゃないが私も別に成績だの学歴だのに興味は無いから、あんな無駄に時間のかかる作業は出来ればやりたくないものだ。
それに、前回は解体業の時間帯に出ている必要があったからサボった訳だが、出来るならあんな真似は避けたい。両親との約束もあるし一応は義務だ、安易に破る人間には成り下がりたくは無い。
「…デートに突っ込まないのな。」
「その辺のとっかえひっかえ出来る安い恋人なんかより、余程大事な相方なのは間違いないからな。もう好きに言え。」
「言われてみればそうかもね。」
私の投げやりな感想に、姫野も苦笑いで頷いた。
排除した惑意の中にろくでもないものを見ている私と姫野としては、関係の名よりも其処に込められた方針や意志…真威の強さのほうが気にかかる。
勿論強い真威で繋がってる両思いもいるんだろうが、排除に回るのが惑意だけ…つまり、ろくでもないものを見るのが大概だったため、仲の良さをからかわれる風に思えなくなりつつあるのだ。
惑意ばかり見て回ってこのまま思考が荒まないといいが。
自分の事だが人事のように呆れ混じりに私は肩を竦めた。
須佐から示された場所は、廃校だった。
一階に降る雨、さまよう亡霊、独りでに鳴るピアノ、トイレの花子さん、動く人骨標本。
割と聞く程度の話に加えて、廃校になるにあたって現れた狂気の殺人鬼がいるらしい。
つくづくベタだ。
尤も、ベタという事は一般的にそのイメージが抱かれやすいと言うこと。
つまり、惑意が集まっていても不思議は無い。
だが…
「うーん…今回は外れかな?」
練想空間を見る目で廃校を眺めているのだろう姫野が、当てが外れたと言った様子でつぶやく。
多少なり雑魚惑意がうろつく場にはなっているようだが、あの廃病院と比べれば正直何も無いに等しいほど平和だった。
だが、そもそもあの病院と同等規模になったら対処が出来ないという事で事前に噂を聞いておいたんだ。小規模だろうと入る余地はある。
「とりあえず中に行ってみるぞ。」
「え、あ、うん。」
練想空間で活動してるのはあくまでも真威の塊。
惑意には直接飲まれる事になる。
対して、生身で様子見をして回るならいきなり真威が直接飲まれることは無い。
様子見にはちょうどいいし、近隣に目立たない場所もないからトイレや教室の隅なんかで練想空間に入らないといけない。
何も無い、そのはずだったのだが…
「わっ!?」
「何だ、どうした?」
「い、いや、水が…雨も降ってないのに屋内でなんで?」
天井を見上げる姫野。
天井に入ったヒビから、僅かに水が漏れて湿っていた。
「上に行くぞ。」
「え、あ、うん。」
入ってすぐが二階と繋がる形になっているため、すぐに上ってみる。
すると、罅の入った床が湿っていた。
「…どういうこと?」
姫野が床を見て首をかしげる中、私はあたりを見渡す。
夕暮れ時、斜めに入ってくる光に照らされる床の一部の光り方が違う。
なるほどな…
「いくぞ、とりあえず一通り見て回ろう。」
「へ?あ、うん。」
上がってきたのに戻る意味も無く、二階から見て回ろうと少し歩く。
と、窓から入る光に、ゆらゆら揺れる影が浮かぶ。
「っ!?」
姫野が慌てて外を見るが、ここは二階。当然外に人がいる訳は無い。
「どういう…強い惑意は感じないのに…いっ!?」
姫野が考えている最中に、傍らの窓ががたがたと揺れる。
驚いた姫野は、とっさに低く構え…
「馬鹿待て、今壊したら器物破損だ。」
「あ…」
練想空間内でもないのに普通に窓を殴り壊そうとした姫野を制止する。
怖がってると言うわけじゃないんだろうが、惑意も感じないのにこう次々妙な事が起こるから焦り気味になっているらしい。本当色々と素直な奴だ。
「どうなってるんだろう、そんなに強い惑意は感じないのに…」
「…別に窓が揺れようが影が通ろうが被害は無いんだ、対処は一通り回ってからでいいだろう。」
「んー…そうだけど…」
落ち着かない様子であたりを見回す姫野を放って、私は先へ進んだ。
音楽室の前を通りかかると同時、低い複数の音を同時に押し込んだようなピアノの音が聞こえてきた。
開いてみるが、誰もいない音楽室。
「…これ、結構な値段するんじゃないの?よく廃校におきっぱなしに…」
ピアノを見てさっきまでと違ってのんきな感想を抱く姫野。
「独りでに鳴ったのは気にならないのか?」
「いや、それはさっきから全部気になるから。でも考えてもわかんないし…稔は?」
「見たところ鍵盤に何かあるわけでもないしな…」
鍵盤に仕掛けがあるわけでもなく、何故鳴ったのかは私にも分からない。
「聞いてた七不思議がおきてるよね…って事は…」
女子トイレを見る姫野。それと同時に、中から声がしてきた。
姫野は私を見る。怖いとかじゃなく良識の問題から入り辛いんだろう。
私が中に入ったが、ざっと見たところやはり人の気配は無かった。
「当然だが人の気配はなし…だ。見事に七不思議が起こってるな。」
「って事は次は…」
「理科室だな。」
人骨標本が動くと言う話だった。
…正直、動いたところで私も姫野もどうとでもなる。
これほどホラースポットうろつくのに向かない子供もそういないだろうな、怖がらせるって意味では。
で、案の定と言うべきか…
理科室に飾られている骨の顎が、ガクガクと動いてカチカチ歯の接触音が響いた。
一応襲い掛かってくるのを想定してかまえていたものの、ただそれだけで終わった。
「うーん…外から見て変わったところも無いけど…」
骨の頭に近づいて様子を見る姫野。
少なくとも、それでも変な様子は無いみたいだった。
割ってみれば中も確認できるが、私物でもないのにそれは出来ない。
「これで事前に聞いた6つの内の五つは確認できた訳だ。そうすると…」
「あれ?七不思議になってないよ?」
「七つ目が無い、って言うのも定番らしいな。」
「ふうん、変わってるね。」
姫野が良く分からないままで頷く。
私も惑意がらみで知った程度で、正直そんなこだわり知った事じゃない。
が、とにかく七つ目が無いのが七不思議の特徴らしい。
…そんな事はいい。
ともあれ、他全てが終わったと言うことは、おそらく最後の…
足音が聞こえてきた。
靴の音すらしない、奇妙な足音。
振り返って見れば、草履なんて代物を履いて、日本刀らしいものを手に、ボロボロの和服を着て、般若面を被った女が歩いてきていた。
「キ…キエエェェェェェッ!!!」
裏返ったような甲高い声を出して日本刀を手に駆けだす女。
あんな物をつけている割に中々速い。
「くそっ…させるかっ!」
「あ…」
私を庇うように飛び出した姫野が、振り下ろされる日本刀を裏拳でそらしながら女に踏み込んで、左拳を女のわき腹に叩き込んだ。
「ぐ…っ!!」
「…あれ?」
殴った女が声を漏らしながら崩れ落ちる。そのうめき声に、姫野は緊張を解いて恐る恐る女の般若面に手を伸ばす。
面を外す姫野。その下にあったのは…
「穂波…さん?」
引きつった顔でわき腹を押さえている幼馴染の顔だった。
やれやれ…
「やりすぎだ馬鹿、自業自得だ。」
「う、うるさい…誰も文句言ってないだろ…」
わき腹を抑えながら返す穂波。
少しして、篠原と須佐も姿を見せた。
「え?え?」
「三人の仕込みだったんだよ。まだ分からないのか。」
未だに状況が良く分かっていない姫野にそう言うが、それでも口をあけてキョロキョロと三人を見回す姫野。
…見事に間抜けとしか言いようが無いな。
「何だ…白兎は気づいてたのか。いつからだ?」
「入ってすぐだ。」
最初にあった床の色の違い。あれは埃が積もった所を誰かが…多分下見していた須佐達が歩いた跡だったんだろう。
途中の仕掛けについては種は知らないが、手品も種があるくらいだ、出来なくはなさそうだと思っていた。
「え、えぇ!?それなら教えてくれても良かったのに!」
「わざわざ仕込みしたのに堪能しないと悪いと思ってな。姫野は気持ちよく反応していたから尚更だ。」
「さすがに泣いて逃げたりはしなかったみたいだけどな。結構考えたんだが…」
姫野一人でも色々驚かせてそれなりに満足はしているのか、三人とも楽しそうだった。
「水は普通に上の階からこぼしたんだろうけど、あの影とか窓の音とかどうやってたの?」
「上から布をつって影が中に映る位置で振ってたんだよ。窓も死角に糸を繋いで遠くから引っ張っただけだ。」
妥当な所だろうが、知恵を絞れば中々面白いことも出来るものだ。
「ピアノは鍵盤でなく中に仕掛けをして、トイレには一声音声を発する機器を、人骨標本は顎が動く玩具を探しまして。」
「…ずいぶん手間をかけたな、大したものだ。」
世の全てを不思議で片付けてたら成立しない人の知恵。
飛行機で空を飛びロケットで星を出て…と、不可能を潰してきた人としては、これもある意味現実を超えられる力の一つって言えるのかも知れないな。
多分心霊スポットの情報を頼んだ私達へのサプライズのつもりで用意してくれた企画だったんだろう。
下調べから準備、ばれないようにする移動法とか手順まで色々考えるのに苦労したはずなのに全部をいきなり台無しにするのも悪いと思って色々堪能させてもらう事にしたんだが…
「だが…これはやりすぎだろう。」
穂波の持っていた模造刀を手に取る。
中々の出来だ、刃がないというだけで、鈍器としては十二分に機能する。と言うか、穂波の斬撃の直撃なら斬れるんじゃないだろうか?
「模造刀まで用意するか普通?」
「完全な玩具だと振っただけで壊れるからな。それより何も気づいてないのに日本刀に素手で向かってくる姫野のほうが怖いぞ私は。」
全うな注意をしたつもりだったが、穂波の返しに姫野を見る。
そう言えば、仕込だと気づいて無かったなら本物の刀剣相手だと思っていたはずなんだよな…
それで迷いなく素手で踏み込む…さすがにどうかしてるな、確かに。
穂波ですら引いているのに、なぜか手を組んだ篠原はうれしそうに笑顔を浮かべていた。
「白兎さんを守るのに一生懸命だったんですよね。」
「あー…体が勝手に。正直そこまで考えて無かったかも。」
「うえ、考えなしに動いたら日本刀相手に庇うほうになるのかよ…マジでカッコいい主人公っぽくなってるじゃねぇか。」
賛辞を送られ、まんざらでもない様子で返す姫野。
仕込みに気づく目もないままで算段なしで日本刀に突撃をするのを褒めると言うのは正直危険な気しかしない。
だが、それを姫野に言っても仕方ないのはあるし、普通の学生から見れば肝が据わって格好良く映るのも無理ないのかもしれない。
…やれやれ。
釘を刺す程度の事はしておくべきと思ったけど、水を差すからと三人を止めなかった私がここで姫野にだけ注意なんていまさら無粋だと思い直し、談笑する三人に合わせて、危惧は飲み込んで置く事にした。
「で…だ、ここまで企画実行してくれた三人には悪いんだが、ホラースポットで遊びたかった訳じゃないんだ。」
「あ?」
私の言葉に首をかしげる須佐。
それも当然だ。探してくれと頼んでおいてそこに興味が無いと言っているようなものなんだから。
「姫野が霊感があると言うような話をしたな?その関係で本当に危険な場所を知っておきたいんだ。だから、噂されてる場所を聞いてそこに行って見るまでが重要で、別に肝試しがしたいと言う訳じゃなかったんだ。」
何も知らない常識人が聞いたら『こいつ何言ってんだ』と言いそうな台詞だが、この間の廃病院の事もあって誰からもそんな声は出なかった。
「じゃ、じゃあ二人でどうにかしようって?」
篠原が私と姫野を見て驚いている。
…彼女を助けた事もあるし、人知れず人助けのような真似をしている聖人にでも見られているのだろうか?
「姫野の父君が解体業だから、もし仕事先が危険な場所なら伝えたりしておく必要もあるからな。」
「そういう事。ごめんね皆、色々して貰って。」
あまり感心されるのもばつが悪いと言うかそんな扱いはごめんと言うか。とにかく気が進まなかった為、解体業の話を出した。
身内のお手伝い、と言う表現なら誰でもやる事だからそこまでとんでもない感心は買わなくて済む。
説明には乗っかっておいたほうが無難だと判断したのか、姫野もそれにうなずいた。
「やれやれ、私は殴られ損か。」
「お前は呆れてないで模造刀を振り回す最強剣道部員と言う危険な代物にあっさりなった事を反省しておけ。」
「馬鹿言え、誰があっさりだ。お前等二人が相手だからに決まってるだろう。」
あっさりと言い切る穂波を軽く睨む。
こいつは…人をどれだけの化け物扱いしているんだ。
並の相手ならいざ知らず剣持ちの穂波相手に素手はそれなりに危険だと言うのに。
「まぁまぁ、とりあえず出ようよ。」
「ですね。これでも一応ホラースポットなので、長居はしたくないです…」
至極全うな要望が姫野と篠原から挙がる。
それには同感だが、お前の特攻が原因で盛り上がってると分かってるのか姫野。
所々を除いた基本的な所は私より余程普通である姫野から窘められると、納得するべきかその所々の異常についてツッコムかで悩まされるな、まったく。
その夜。
夕方に案内されたホラースポットがそこまで遠く出なかったこともあって、少し感じていた惑意の殲滅を計る。
元々溜まる前に片付けるのが目的だったのだから、多少でも惑意があるなら片付けておく方が無難だ。
尤も、大した感じも無かった廃校。
私一人で容易に片がついた。
「よう、さすがだな。」
「会うたび言われてますが?」
様子見のつもりかひょっこり顔を出したスサノオ様に淡白に返す。
「可愛げねぇなお前本当に。元々出来るし会うたび強くなってんだよ。実感ねぇのか?」
言われて自分の手を見て、握って開いてと繰り返してみる。
会うたび強くなる…か、それはむしろ…
「真のほうだってか?」
「っ…」
心中を綺麗に言い当てられて隠すことも出来なかった。
露骨に動揺してしまった私を見て呆れたように笑みを浮かべるスサノオ様。
「この辺は可愛いお子様だな。」
「…本当にお子様なので別に何も言えませんけど。」
お子様との評を素直に受け入れてみたものの、その程度で落ち着けたとも思えない。
「姫野が強いのは分かってます。ですが、それでも無茶を薦めすぎではないですか?」
「あん?」
「近辺に惑意を集めすぎと言った時も、あっさり流しましたし…死んだらそれまで、と言うのはそれこそ私たちお子様よりスサノオ様のほうが重々承知している所でしょう?」
むしろこれは、スサノオ様のような戦国も見ている神様に向かって、今更私のような一般の子供が口にしていい所なのかと躊躇うほどの話だ。
「…お前もいい加減認められるといいんだけどな。」
未だに名前で呼ばずにいる事含めての指摘なのだろうか?
別にどう呼べ、なんて言いたい訳じゃないだろうが、私が認めたら名前で呼ぶと決めて約束しているから、姫野を認めてない証明をしていることになる。
別に、そこまで弱いなんて馬鹿にしてかかっているわけじゃない。
ただ、そんな簡単に認める…頭を下げるような行為を受け入れるのは、あっさり抜かれるようで…
って違う違う。
「それは私だけの話でこの近辺で惑意を集めすぎてるのには関係ないでしょう。」
今言ってるのはその姫野含めて危険が乱立しすぎてないかと言う話だ。
前回会った時だってすさまじく楽しげに死んだら死んだでしょうが無いみたいなノリの話をされたが、それは正直どうかと、そう言ってるんであって…
「あいつは乗り気でお前は慎重だもんな。」
「…少なくとも、実戦で慎重さを丸投げするのはどうかと思うんですが。」
修行でなら限界にあたるのも当然としてるし、体を壊す程度のリスクは受け入れてる。
と言っても、いきなり実戦、それも生死がかかった場面で対強敵の連戦なんて危険極まりない。
「ま、ここにいるなら自分から逃げるなんて不可能な話だ。何れ気づくか。」
つくづく思わせぶりな発言を繰り返すスサノオ様。
…その本当の所を私が図るなんて出来るわけも無い。だが…
「うん?」
剣を構えた私を見て、スサノオ様が首をかしげる。
「ようは、姫野以上に逃げなければいい。なら…」
「俺に勝てばいいってか。そりゃ妙案。さすがに貧乏神よりは力も使えるしな。」
せっかく現れてくれたのならそれほど好都合なことも無い。
幸いに大した惑意も感じないし、姫野も回っている。
スサノオ様は剣を抜いて…
「舐めんな戯け!!!」
「っ!!」
前例が無いほどの速さで踏み込んで打ち下ろしを放ってきた。
かろうじて横に回避。だが、返す刃が煌いて私に向かってくる。
とっさに剣で防御するも、そのままはじかれ壁に叩き付けられる。
止まった私に向かって更に剣を振り上げ…
「空っ!」
「お、っと。」
切り替えした。
追撃する気だったスサノオ様は、飛来する刃を剣の塚で受ける。
舐めんな…か。
「失礼しました。」
「ん?」
「スサノオ様相手なら殺されずに姫野以上の相手を試せる。そんな気持ちがどこかにあったのを見抜いての怒りでしょう?」
自分でも無自覚だったが、話の流れを考えるとそうとられても仕方が無い。
人を認めず自分は安全圏からの実験に神様を借り出そうとする。怒って当たり前だ。
「ですが…私も宣戦布告を吐いた以上、やっぱりやめたはありえない。剣士として、全力でいきます。」
命がけとなっても。
こればかりは策や安全確保なんかとは違う話だ。
戦うものとして他者をけしかけた身としての礼節にして、譲ってはならない大事な部分。
さすがに、ここで今更危ないからやっぱやめる、とは私も言わない。言える訳が無い。
「お前そーゆーとこ糞真面目なんだよなぁ…本当。」
「どうも。」
謝罪しながら引く気の無い私に呆れたのか、肩をすくめるスサノオ様。
そして…
「ま、そういう若者には…本気で応えっかっ!!!」
力強い踏み込みから放たれる打ち下ろし。
私はそれを額を掠める程度に下がって回避し、突きの体勢になる。
「ふっ!」
「っとぉ!」
正中線のど真ん中、水月めがけて放った突きは、剣の柄に阻まれた。
全体的には大味な割に反応や技量は並大抵のものじゃない。
こっちは紙一重でよけた最初結構賭けに近かったって言うのに。
だが…
「旋牙っ!!!」
まだ終わりじゃない。
突きから旋回斬撃に繋ぐ技。
姫野相手に試し程度には使ってある。
一撃目を軽めにしないと旋回にすぐ移れない事さえ見抜かれてない間なら、変に返される危険も少ない上、旋回斬撃は遠心力を乗せられる。
「へぇっ!」
スサノオ様は引いていた剣をそのまま縦に構えて私の一撃を受けた。
びりびりと衝撃が響き渡る。
「いい一撃に繋がるが、全身回ってっから来る方向バレバレだな。」
初見であっさり受けてそれか…
さすがに旋回から放った一撃そのものは簡単に返されなかったものの、競り合って勝てる訳もないため一度距離を
「よっと!」
とろうとした所に空を放り込まれた。
しかも縦、横の二つを立て続けに。
バックステップの最中に避けられるわけもなく、二発ともを剣で受ける。が、空中で余計なものを受けたせいで着地が乱れた。
「これは轟牙っつったか?」
「っ!?」
轟を利用した応用突き。
私が撃ってもそれなりに威力が出る代物をこんな筋骨隆々の神様に撃たれたら…っ!!
ダン!と、すさまじい音がして、地面が割れた。
強力な踏み込み、それに伴う突き。
ぎりぎりで身を捻ってかわしたものの、直撃を避けようと受けた剣が欠けて、勢いで尻餅をついた。
出鱈目だ…が!
尻餅をついた勢いのまま後転して立ち上がる。
引かない、と、言ったんだ。
吐いた言葉をやすやす飲み込む軽さでこんな所にはいない。
「ふ…やっぱり見事なもんだが…」
「っ…」
構えを変えたスサノオ様の姿に私は自然後ずさる。
…八括魔…だ。
ついていけなくても、同じものを使う他無い。
私も合わせるために構え…
「でえぇぇいっ!!!」
唐突に押しのけられた。
直後、私の前で八閃の煌きが瞬いた。
重なり響き渡る鈍い音。
死へいざなう八つの斬撃を受けたのは…
「っぁ…保ったぁ…ぎりぎり…」
砕けて散った地の大剣を眺めて息を吐く姫野だった。
「おぉ、耐えるか。ま、それでいっぱいいっぱいみたいだが。」
「はぶっ!!」
楽しそうに言ったスサノオ様が足を振り上げ、蹴りを直撃した姫野が跳ね上げられた後地面に落ちた。
つくづく剣は見事だが、あんなものくらいよけるか防ぐかしろ、まったく…
「…で、どうする?」
「どうふるもなにも…訓練でばらばらになるまできりあわらくても…」
「お、おきてたか。」
私に続けるかを問いかけたスサノオ様の言葉を断ち切るようにして、ふらふらと立ち上がる姫野。
…引かない、とは言ったものの、確かに興がそげた。
「お前だけ命がけで神様とかと戦ってるから俺くらいは倒しておきたくなったんだと。」
「い、いや、貧乏神ってスサノオ様と違いすぎるから。そもそも戦闘って姿じゃなかったし。そんなんで無茶されても心臓に悪いよ。」
スサノオ様の説明に慌てて私を止めようとへりくだる姫野。
確かに、言ってることは正しい気もするが…
「お前が私に言う台詞か?」
「あぅ…それは…まぁ…違います、はい。」
私の返しに固まった姫野は、その後しゅんとうなだれた。
「ははっ、なんだかんだうまくやれてるみたいじゃねぇか。剣で俺といい感じに打ち合うわ、腕はへっぽこなりに魔法剣とやらで俺の全力を耐え切るわ、大したもんだぜ二人とも。」
手放しで褒めてくれるスサノオ様。
自分の掌を見つめながらさっきまでの試合を思い返すが、本当にいっぱいいっぱいと言う感じでとてもじゃないがいい所までいけたと思えないのだが…
姫野を見る。
あっさり蹴られたものの、魔法剣、と言う形の質ではスサノオ様に及んでいた。
この点と別方向に同じ位置、と見るなら、私は剣技で競えて出力で手も足も出てないことになるのだろうか?
「元はと言えばお前が無茶をするのが基本になっているから上がった話なんだからな。生身で日本刀相手に向かっていくのもまだ過ぎた話だろう。」
「心配かけてごめん。」
つい、と言うか流れで先に廃校を出たときには言わなかった話まで持ち出してしまった。
だが、それでもすぐに謝るあたり、どうやら調子に乗って浮かれていた、とかそんな事は無かったらしい。
…余計な注意だったか。
「ま、その調子で上手くやってくれ。練想空間に来れるのも珍しいからな。」
「その珍しい身で危険極まりない賭けを繰り返してると」
「聞いた聞いた、おかんかお前は。」
スサノオ様は手を振りながら去っていった。
おかんって…未だ中学生の身になんて事を言う…
「稔。」
「何だ?」
「約束もだけど…稔自身にさえ素直になってくれれば、別に僕の事は気にしなくていいから。ね?」
いつもどおり少しゆるくすら感じる笑顔で告げる姫野。
邪気も邪念も無い純粋な親切心からなんだろうが、それだけに逆に刺さるものがある。
素直になれ、と言われてばかりだから、逆に言えばそれだけ素直から遠いんだろう、私は。
大した量も無かった惑意は、姫野が来た時点であらかた片付けたらしく、スサノオ様が去ったことで解散した。
練想空間を出て自室に戻り、天井を仰ぎ見る。
と、ちょうどぽつぽつと水滴の落ちる音が聞こえ始めた。
「雨…か。」
本格的に夏に入る前、季節の変わり目を示すそれなのか、いきなり降り始めた雨は途端に土砂降りの様相に変わった。
これが終われば、期末テストも終わっていて夏休みと言う時期だろう。
今回は本格的に修行出来るから有意義…
「姫野のおかげ…なんだよな。」
分かっている。
穂波と道を違えて以来、一人でか、スサノオ様に手加減されて叩きのめされるかの二択になりがちだった修行。それが二人で出来るってことも、そもそもちゃんとついてこれるようにとアイツがどれだけやってきたかも、わかっている。
名前くらい呼んでやればいい、そう思わなくも無い中、どうしても姫野を認める気になれない自分がいる。
その瞬間何かが折れ…
『…お前もいい加減認められるといいんだけどな。』
スサノオ様のしみじみとした呟きを振り払うように頭を振った私は、布団を被りなおして目を閉じた。
ただでさえ明るい気分ではないのに、なんだか嫌な気分を誘う雨音を子守唄代わりに、私は眠りについた。今日の色々を忘れるように。
七不思議用の仕掛け、出来そうかつばれなさそうな手法を考えてみたんですが…ばれますかね(汗)




