第11話・剣を繋ぐ魔法
※真視点です。
第11話・剣を繋ぐ魔法
昨日持田さんの惑意を片付けたものの、今朝会った稔は仲直りの為に動くつもりはあまりないらしかった。
どっちかが死ぬほど嫌ってるとかならともかく、トラウマがある事と与えた事で関わり辛くなってるってだけで、おまけに二人とも互いを大事に思ってるなら仲違いしたままなんて見てられない。
稔が自分から積極的に動けないなら僕がやろう。
とは言うものの、持田さん別のクラスの知らない女の子なんだよなぁ…ホイホイ話しかけられる程気さくな中学生なんてやってない。
「ねぇ守雄…」
「うん?」
「女の子とうまくやるにはどうしたら良いかな?」
餅は餅屋。
少なくとも僕よりは女の子と話してるだろう守雄から話を聞けば少しは使える話が聞けると思ったから聞いてみたんだけど…
守雄はニヤニヤしながら詰め寄ってきた。
「とうとうその気になったか?え?」
「その気にって…」
「ナニをするんだろ?白兎稔ちゃんと。俺も予習までだがド素人のお前には」
「だあぁぁっ!!」
声を潜めて話してくる守雄を弾き飛ばすように突っぱねる。
嫌な予感はしたけどきっちりお約束どおりに反応する守雄もどうかと思う。
「あぁもう!いきなりこれだけ切り出したのも悪かったけど、毎回悪ノリが酷いって!」
僕の抗議に守雄は腕を組んで目を細める。
「そうは言うけど、あの白兎と一緒にいながら別の娘に声をかけようって算段じゃねぇだろ?」
守雄の言葉に、その展開を想像してみた。
うん、落胆と言うか軽蔑と言うか、とにかく寂しい目を稔に向けられるのがあっさり想像ついた。
「そこ、怖がるんじゃなくて落ち込むのな。」
「稔は他人の邪魔したりしないからね。自分を譲らないから固いけど。」
「結局お熱いこって。」
守雄がひらひらと手を振りながら苦笑する。
恋愛とかじゃないけど…うん、多分その辺の人より『熱い』かも。
って違う違う。本題から脱線しすぎだ。
「持田さんと稔の事をどうにかしたくて。持田さんと話そうと思って。」
「お前…そりゃさすがにお節介とか言われねぇ?」
「そうなんだけど…きっと放っておいてもなんにもならないから。」
完全に対立離反してなんにも思ってないならともかく、お互いに嫌ってなくて大切で、それが原因で触れられないって悲しすぎる。
けど…守雄の言う通り僕が勝手に派手にあれこれするのはどうかとも思うし、どうしたものかと。
「ま、そんじゃ俺から声かけてみっか。ようはわだかまりが解消できりゃいいんだろ。」
「まぁ…うん、そうだね。」
「鉄は熱いうちに打て…ってな。お前がこのタイミングで動きたがる何かがあんだろ?もとが疎遠なんだから荒療治でも今より悪くはならねぇだろ。」
ちょっと物騒な気もする守雄の台詞に苦笑するも、荒療治でも今より悪くはならないって言うのは『確かに』と思ってしまった。
まぁ強いて言うなら…
下手な事した僕がめためたに怒られるくらい…かな。
何もしないで欲しいと、望んでない望みを進むのを怖がって告げていた稔の姿を思い出すと、怒られそうだと思う反面、絶対に何とかしたいとも思う。
…いや、何とかしてみせるさ。
挑まず逃げて悲しんでる稔の姿なんて、僕が見ていたくない。まして、誰一人望んでない事だって知ってるんだから。
話して良い限りを守雄に話して、作戦を伝えられたんだけど…
僕から頼んだだけあって中々に重い役目を振られた。
「持田のほうに声をかけて誘うのは俺がやる。絶対駄目そうならお前らが修行してる所に顔出すから、もし俺が来なかったら6時にレスタフェに来い。」
そう言う守雄からレストランの場所が書かれた地図を渡された。
何気なく受け取ったんだけど…
それはつまり…アレだ、僕が、稔を店に連れて行かなきゃならない。
気づいて思う。難題が過ぎるだろそれぇっ!!!
何しろ、『下手に弄るな』と言い続けてきた稔に、『守雄と一緒に持田さんと話す状況作ったから来て!』と、僕から言う事を意味する訳で…どれだけ人の神経逆撫でする気なんだ僕は!
とは言え、もう既にクールダウンの体操に入っていて…いい加減覚悟決めないといけない。
「姫野。」
ちょっぴりいつもより低めの声で名前を呼ばれて、肩が跳ねる。
ぁ…なんかちょっと嫌な予感…
「な、何?」
「…お前には、嘘も隠し事も出来ないし似合わない。試合中も気が引けていたし何かずっと考えているし、何かあるのはバレバレなんだ。」
「あはは…ですよねー…」
無理だ。
上手く誘い出す、と言うのは僕に出来る事じゃない。
僕は深呼吸した後、両手で自分の頬を叩く。
「稔!今から夕食に行きたい店があるんだ!一緒に来て!!」
覚悟を決めて、真っ向からそう言うと、稔は少し驚いたように表情を崩して、首を横に振った。
「冷戦状態近いとは言え一応夕食作るだろうからな、さすがに連絡も無しに」
「連絡できればいいんだね!」
「は?」
稔の言葉が終わらないうちに携帯を取り出して、稔の家に電話をかける。
倒れる程鍛えてるから使う事もあるかもしれないと一応交換しておいた連絡先。
当然ながらここで使うべき代物だ。
3コールほどで受話器が外れる音がする。稔もそうだけど真面目で対応早いのかな、稔の家の人。
『はい、白兎ですけど…』
「あ、稔の友人の姫野真と言います!今日夕食を一緒に食べるのでいらないと伝えるのに、話し辛いと言う事で僕が変わりに連絡を」
「馬鹿野郎!いきなりそれだけ知らない番号から言われて信用する奴がいるかっ!!!」
嬉々として電話にペラペラ喋っていた僕は思いっきり頭をはたかれた上で携帯を取り上げられた。
頭を抑えて蹲ってるウチに小さな声が少しだけ聞こえると、顔を上げた所で丁度稔は携帯を閉じていた。
「ブレーキを外せば外したで嬉々としてアクセルべた踏みで突っ走るなお前は…」
「だ、だからって全力で頭叩かなくても…」
目がチカチカして声が遠く聞こえるくらいだった。
叩かれた頭を抑えながら稔を見ると、稔は閉じた携帯を僕に差し出してくる。
会話が聞こえてなかったから稔がどうしたのか分からない。
「えっと…」
「…さっさと案内しろ、私は何処に行くかも聞いてないんだ。」
戸惑う僕に届いた稔の言葉が、夕食の承諾だと言うことに気づくまで数瞬かかった僕は…
「やったっ!ありがと稔!」
思わずガッツポーズをして、稔に呆れられた。
下手をすると徒歩圏内のチェーン店に、地図が必要な僕と稔。
大分変な生活してるんだなぁと思いつつも、別に方向音痴とかではないので時間内には辿り着いた。
僕は稔より先に入ると、軽く中を覗き、守雄が手招きしている席があるのを確認した後相席だと店員さんに伝えて守雄のいる席へ向かった。
稔も何の気なしに後に続いて…僕の隣まで来て固まった。
四人席のテーブル、守雄の向かい側の席に腕を組んで座っている女の子の姿があった。
持田穂波さん…稔の幼馴染。
練想空間で見たときのような憎悪や気勢こそ感じないものの、背筋を伸ばして座っている姿からは何処か凛とした空気を感じる。
持田さんの惑意は稔と斬り合えるほどに間合いを把握していて、踏み込みや握り手も自然だった。
惑意も彼女の意識から生まれたものだから、持田さんはきっと今でも剣道の感覚を覚えているんだ。
稔と道を同じくした幼馴染…さすがだなぁ。
「やるんじゃないかと薄々思ってはいたんだがな、強引極まりないだろ…」
僕が感心していると、隣の稔が呆れ気味に呟きを漏らす。
そんな稔を見て、すぐに俯く持田さん。
守雄が苦笑いで僕を見てきた。多分明るくは話進まなかったんだろうな。
「えぇっと…初めまして持田さん。姫野真です、宜しく。」
「あぁ…」
覇気がなく緊張気味の持田さん。
まさか初対面の女の子の横に座る訳にはいかないけど、そうなると…
当のトラウマになっている稔が持田さんの隣に座る事になる。
僕が守雄の横に座っても、硬いままの持田さんを見て席に着くことを躊躇っていた稔は、少しして息を吐いた。
「…慣れなければそもそも話にもならないな。目を閉じて座っているから弄るなり何なりするといい。」
「へっ?え、ちょ、稔?」
稔は持田さんと少し間を空けて座ると、目を閉じて本当に動かなくなってしまった。
「弄るって…よけりゃ俺が」
「いい訳ないでしょ!!」
「OK判ってる、そんな怒るなよぉ。」
調子にのって机から身を乗り出す守雄を怒鳴り、改めて稔を『見る』。
真威を…練想空間を見る目で。
稔は持田さんから生まれている、トゲの惑意を斬り続けていた。
『一時的にストレスを晴らす程度の代物だ。』
…成る程。
今無理してる持田さんを楽にさせて、その間に稔が近くにいる状況に慣れようって事か。
守雄に頼んで、稔を無理やり連れ出したのは僕なんだ。状況が分かってるのも僕だし、頑張らなきゃ。
「持田さん、稔と手を繋いでみたら。」
「は?」
「慣れだよ慣れ。怖く見えてもちょっと強いだけの優しい女の子なんだから。」
稔の奮戦もあって少しは落ち着けている持田さん。折角付き合わせたのにここで慣れないと全く意味がない。
持田さんも、来てくれたってことはそれなりに前向きらしく、意味がわからないなりにやるだけはやってみる気になったらしい。恐る恐るではあるものの目を閉じて動かない稔との距離をつめて、稔の手にそっと自分の手を重ねてみる。
うん、大丈夫そうだな。
「うーん…」
「どうしたの?」
「女子同士ってのもありか。…分かった悪かった、無表情で睨んでくるな。」
隣で馬鹿言ってる守雄を睨む。
二人とも大変で、冗談でやってるわけじゃないんだから。
とぼけた守雄に付き合っている間に、持田さんは稔の手を引いて、その掌をまじまじと見つめていた。
何を見ているのか、少しして察しがついた。
掌のたこだ。
「治りは早い方だけど、連日しびれるくらいまで振って打ち合ってってやってるからね。」
「そう…か、そうだな…」
持田さんは稔の掌を眺めながら、しみじみと呟いて、自分の掌を見る。
「私が怯えている間も、お前は進んでいたんだな…」
まるで自分の手を握り潰すように握りこんで拳を作った持田さんは、深い深呼吸を一つする。
その身体には、もう震えも緊張も無かった。
「全く…随分あっさりと解決したな。」
稔が目を開いてそう呟くように漏らした。
そして、ゆっくり隣の持田さんを見る。
「すまない穂波…私は…」
「謝るな、お前の全てを嘲笑って負けたのは私なんだ。謝られたら…」
「違う。疑った…疑ったんだ。あの状況で、お前が私のせいにするような奴だと思ったんだ。自分から近づくのも避けていた。」
「お前が泣きつくな、全く…」
感極まって持田さんに頭を下げたまま顔をうずめる稔。
持田さんはそこへ来てようやくやわらかい笑みを浮かべて、稔の頭をそっと撫でた。
僕が練想空間に来て修行するようになるまで、自分は独りみたいにしてずっと過ごしてきたんだ。しかも、大切な人に負い目を抱えたままで。無理も無い。
隣で親指を立てて笑う守雄に、鏡あわせのように僕も親指を立てて笑顔で返した。
「つー訳で、幼馴染の仲直りを祝して乾杯っ!!!」
守雄が音頭を取る中、僕も稔も当然ながら、持田さんもそう言うのに慣れないのか、無言で飲み物だけ突き出して打ち合わせた。
「って喋れよっ!」
ノリツッコミのように叫ぶ守雄。
ついて行く程一般の子じゃないけれど、守雄の指摘が合っているのは僕でも分かる。
「飲み屋の中年のテンションだぞお前。」
「近所のチェーン店に来るのに地図が必要な夫婦コンビがいるのに俺が中年扱いかよっ!」
持田さんからの辛辣なツッコミに、守雄が僕と稔の間くらいを指差して怒る。
うん、それにも正直何も言えない。メニュー見て何を頼んだものかと思ってた位だし、稔にいたっては泣いてた所から慣れないメニュー漁りに移ったからお酒の欄から飲み物選びそうになってたし。
「夫婦コンビに突っ込まなくていいのか?」
「今更だからな、それに…今日は須佐と姫野には何も言えないさ。」
持田さんの問いに肩を竦めて答える稔。
そんな二人のやり取りを見ながら、この場を作れて良かった…と心底思ったんだけど…
「何つーか、双子の武人が並んでるみてーだな。目を閉じてたら女子と会話してる気になれねぇよ。」
…守雄に台無しにされた。
普段から普通の女の子に声かけまくってるんだろう守雄には二人の会話が女子のそれに聞こえないんだ。
僕はそれでも二人が仲良くやれたらいいと思ってたんだけれど…意外な所から苦情が放たれた。
「こいつと一緒にするな、私は剣道やってた以外は女子やってたと思うぞ?大口開けてチリドッグに噛り付いて袖で口を拭って済ませるようなズボラなのと一纏めにされるほどは女子止めてない。」
隣を指差して守雄に文句を言ったのは持田さん。
僕はその様を想像して思わず笑う。稔、辛い系好きなんだなぁ本当。
「別に私は体裁気にしてないが、怖かったのは穂波の方だぞ。武道は精神修行も兼ねてるのに負けたら半日はキレてたからな。」
「あー…」
稔の冷静な呟きに、僕は練想空間での持田さんを思い出す。
惑意だから口汚かったのはしょうがないんだけど、使ってた言葉の種類に関しては本人が把握してるもの、罵る場合に使うものなんだろう。
火がつきっぱなしみたいな持田さんとそれを止めつつ一緒にいる稔の昔の姿がなんだか想像できる。
「あーって何だ!お前そんな所に納得する程は話してないだろ!」
「いや、少なくとも今俺も納得したが。」
「ぐっ…」
稔はともかく初対面の僕にあっさり怒りやすい人認定されて、評価通りに怒ってしまった持田さんは、しみじみ頷く守雄の言葉に口を閉ざす。
つい、と言う感じに笑みを漏らしてしまった稔を横目で見た持田さんは…
「笑うな!やる…の…」
流れのまま稔に怒りそうになって、息を呑んで硬直した。
稔もその持田さんの豹変に驚いたようでいぶかしげに持田さんを見た後、何か納得したように目を閉じた。
「…昔は、穂波が怒ると試合していたんだ。じゃれあい程度から本気まで、様々だけどな。」
そこまで言われれば、今何が起きたのか分かった。
流れから喧嘩しそうになって、同時に惨劇がフラッシュバックしたんだろう。
料理を持ってきた店員さんが様子を伺うのを大丈夫と追い返した頃には落ち着いたけど…
今までどおりに気が置けない仲に…って訳にも行かないのかな。話せるだけでも良かったけど。
「くそっ!」
握り拳で椅子を叩く穂波さん。
そして、俯いていた顔を上げ、僕達を見た。
「…頼みがある。私が剣道を取り戻すのに…竹刀を振るうのに力を貸してくれ。」
痛々しい表情で放たれた言葉。それは正気と思えない代物だった。
震えを力任せに殺さなきゃならないようなトラウマに、自分から飛び込もう何て言うんだから。
恐怖症関連について全く知らない人の中には『それ位何とかしろ』と軽々しく言うような人もいるけれど、火に触った熱さと痛みを知った状態で炎の中に飛び込めと言う位の代物、意思の逆走と言ってもいい。出来る人の方がむしろ異常だ。
ただでさえ、思い出と友情で震えを堪えて稔と顔を合わせたばかりだって言うのに、そんな無茶…
「手伝ってやってくれ、その程度なんとでもなる。」
「稔…」
今さっき考えたばかりの問題発言をしてくる稔を、少し厳しすぎだと思って睨んでしまう。
が、そんな僕に、稔は軽いままで続けた。
「トラウマの払拭が困難なのは分かるが、それをやるのは持田穂波だ。道を違えただけで、私と肩を並べてきた旧友がその程度できない訳がない。」
「全く、簡単に言ってくれる。」
軽い…明るいままで告げた稔の言葉に込められている信頼。
分かっているのか、持田さんの方もそれを聞いて笑みを浮かべた。
「剣を取り戻したいのもそうだが、旧友と話すのにおっかなびっくりなんて疲れるからな。乗りかかった船って事で力を貸してくれ。」
「うん。」
改めて頼まれて僕は迷いなく頷く。
そもそも、持田さんの頼んできたそれを本当に実行するのにどれだけの勇気がいるのか、傍目から見ていても良く分かる。
稔の望みでもあるし、僕としてもできるだけのことはしたかった。
「話すたび喧嘩っ早くなきゃおっかなびっくり会話しなくてもいいんじゃね?」
「そっちは無理だな、持田穂波だから。」
「お前らな…」
椅子に背を預けて正論を告げる守雄に、稔がさっき持田さんを褒めた時と同じ様に名前を呼ぶ。今度は馬鹿にしてるけど、ようはそれだけ知った仲って事なんだろう。
守雄と稔を続けざまに見て握り拳を振るわせる持田さんには悪かったけれど、僕は可笑しくてつい笑ってしまった。
「つくづくハイペースな荒療治な気がするけど…大丈夫?」
「無理位するさ…稔にいらない無理をさせているのは私のせいなんだから。」
険しい表情で剣道場に立つ持田さん。
稔に慣れるのにだって時間が要ったんだ、トラウマの払拭なんて無理があるのは当然だ。
それでも、持田さんはここに来た。
稔が自分に両親に引け目を感じているのは、私が剣道から逃げているせいだと。
「つー訳で、ほら真、頑張れよ。」
「へっ?」
「いきなり白兎が相手すんのは無茶だろ。俺は剣なんて知らねーし。」
なんだかんだで同行してくれた守雄が、僕に剣道具一式を渡してくる。
あ、僕がやるんだ。
「姫野は私と鍛えているからな、的なら須佐が引き受けてもいいと思うぞ。」
「的って…オイこらひでぇな。」
稔に的扱いされた守雄が引きつった笑みを浮かべる。
まぁこのメンバーだと並の人は誰が来てもそうなっちゃうだろうけど。
明るく話す二人の声を横耳にしながら僕は面を被って…
やっぱりやり辛い。
僕は面を外して、竹刀だけを持った。
「姫野?」
「稔とやるとき木刀防具なしだし、これで大丈夫だよ。いきなり僕に直撃放り込めるくらい流暢に動けるようになったら、それはそれで嬉しい話だし。」
僕は竹刀を持って構える。
持田さんの方はちゃんと全身に防具をつけていた。トラウマの払拭が目的なんだからいきなりノーガードなんてありえない。
「穂波、大丈夫か?」
「ふ…うっ…」
稔が持田さんに声をかけるけど、当の持田さんは身体にがちがちに力を込めてどうにか両手に握った竹刀を構えて立っている感じだ。
でも立てている、慣れればいい。
「とりあえず受けるから好きに打ってきて。」
「…っ…はあぁっ!!!」
緊張を振り切る為か、大声と共に持田さんは動いた。
力んでがちがちで、かえって見やすい適当な振り。
僕はそれを軽く動かした竹刀で受ける。
当てる場所くらいしか剣道のルールは知らないけれど、少なくとも片手持ちなんてしないのは分かる。
普通を装う為に両手で軽く握った竹刀を左右に振るって持田さんの竹刀を受けるけど、がむしゃらなりに動けているなぁ…
動けて…って…ちょ、これ…っ!?
だんだんと、握りが和らいで、振るわれる竹刀が派手な音を立て始めた。
何気なく受けていたんじゃ次第に竹刀がぶれるようになってく
スパァンッ!
綺麗に、竹同士の甲高い音じゃなく、布の上から何かを叩くような音が響いた。
気づいて後から痛みが走る。
僕の胴を、綺麗に持田さんの竹刀が捉えていた。
…三撃の内二撃は受けられたけど、最後間に合わなかった。繋ぎが早すぎる。
「…お前やられんのはえぇよ。それで修行してんのか?」
「守雄、見ててそう言うけど、速さだけなら稔と大差ないんだけど…」
当然、普段木刀でやってるから単純比較するものじゃないんだけど、少なくとも一刀を両手で正眼に構える必要がある剣道にあわせて、しかも専守前提だと今のはついていけなかった。
深呼吸を一つして、正眼に素振りをする持田さん。
鋭い。
「…よし、動ける。姫野、すまないが一試合頼めるか?」
「あ、うん。」
振り回しているだけじゃ解決って言えないからか、久しぶりに動いてみたいのか、試合を頼まれて相対する。
…授業でやった程度で細かいルールは知らないし、本当なら突きが許可されてるとか聞いた気もするけど、条件も分からない。
「学生だけだしな、面胴小手の命中判定だけをやる。二人ともいいな。」
「あぁ。」
「うん、了解。」
審判を勤める稔の指示通りに、持田さんと向かい合って構える。
速い。普段はない命中判定がどうのと妙な話もあるし、本気で動かないとどうにもならない。
集中して…
「始め!」
「面っ!!」
開始の合図と共に閃光の如く放たれた持田さんの面を軽く弾きつつ、胴を狙って…
「はっ!」
踏み込んで振るった僕の一撃は、硬直した持田さんに直撃した。
僕と違って防具をつけてるから問題自体はないと思うけど…
「っ…は…ぁ…っ…」
面でよく見えない中から、詰まったような苦しそうな呼吸。
極度の緊張を押し殺すような、そんな無理のある息。
「…くそっ…くそぉっ!何で、何でっ…」
「穂波…」
一杯一杯に力を込めているのか、震えるほどに強く握られている竹刀。
大丈夫、大丈夫と自己暗示のように繰り返して、竹刀も力まず振れて、試しに試合をと思った矢先にこの結果。きっと、攻撃をされるのにはまだ身体が拒絶反応を示すんだろう。
悲しげにその姿を見つめる稔。
さっきまでの持田さんの動きを見ていた僕も、どれだけの熱を注いできたのかが感じられた。
それを台無しにしたのが幼馴染の自分だと思っているなら、稔の辛さは計り知れない。
「…真、ちょっと耳かせ。」
「へっ?」
傍から二人の様子を見ていた僕にそっと近づいてきていた守雄が、二人に聞こえないように耳打ちしてくる。
「ガキっぽい魔法剣で剣道を馬鹿にしてやれ。」
「え?」
「お前にとっての本物じゃなくて、噂通りを演じてやるんだよ。多分それで上手くいく。」
言い終わると、守雄は僕の背を叩いて押した。少し考えて、守雄の意図に気づく。
ちょっと好みじゃないのは確かだけど…
今の一連の流れに、稔すら気づいてない。
それだけ重い大切なものを取り戻すためになるなら…
やってみよう、そう思った。
「これだけ付き合ったんだ、僕の方も披露させて貰うよ。」
竹刀を突きつけて高らかに言う僕に、稔と持田さんは揃って視線を向けてくる。
僕は、そんな持田さんに向かって…
「行くぞ!ハリケーンスラッシュ!!」
明るく叫びながらぐるぐる回って竹刀を振り回した。
こまのように回転しながらぶんぶんと竹刀を揺らす。おぉ、何となく逸れっぽい。
唐突に振るわれた竹刀。ただでさえ硬直していた持田さんは避けることも出来ずに肩辺りに命中する。
って言っても、踏み込みも絞りも返しも何も無いただ振れただけの竹刀からは、殆どまともな手ごたえはなかった。
稔は多分守雄が引き受けてくれるだろうから、無視してそのまま続ける。
「スナイプセイバー!」
斜め上に飛びながら、飛んだ勢いのまま面の正面を斜めに叩く。…あ、これはちょっと使えるかも。
今度も動かない持田さん。
着地したところで、僕は竹刀を右の逆手に持ち返る。
「ストライクサンダーっ!!!」
ばたばたと走りながら逆手の竹刀をそのまま動いていない持田さんの背中目掛けて…
静かに振り返った持田さんの竹刀の柄で、僕の竹刀は止められた。
「…遊ぶなあぁっ!!!」
怒号と共に放たれた彼女の胴をまともに受けて道場を転がった。
っぐ…き、効いた…竹刀なのに中々重い…普通軽いから表面に来るはずなんだけど…
「へ、へへ…これで一対一…かな?」
「な…に?」
「打たれてても動けたじゃない持田さん。」
「ぁ…」
竹刀に残る感触をようやく自覚したのか、自分の手を見る持田さん。
怒りっぽいらしい持田さんを前に剣道を馬鹿にして、トラウマを塗りつぶさせる作戦。
ピエロを演じるのに魔法剣を語るのは気が進まなかったけれど、持田さんと稔が全てを払拭できる方が優先だ。上手くいったならそれでいい。
立ち上がった僕は、竹刀を隅に置いて変わりに短い竹刀を二本両手に持つ。
「大丈夫だよ。君の宝物は、君を絶対裏切らない。まして、僕や稔と違って手を伸ばせばちゃんと届くんだ。」
「姫野…真…お前…」
両手に短刀を握り、脱力と言う程でもないけど力を抜いて楽にして、持田さんを見て立つ僕。
両手に握った竹刀を以て半身で構えていた最初とも、右手だけで持って派手そうな動きだけをしていたさっきとも違う、今の僕の『構え』。
稔と訓練してるときの…現実での…
「僕の宝物…魔法剣士姫野真。さっきの『遊び』のお詫びに披露するよ。いいよね稔?」
「何が披露だ、お前がアレだけで済ませたくないだけだろ?」
「あはは、バレた?剣道じゃないから、持田さんが許してくれるなら…って所だけど。」
呆れ混じりではあるけれど、稔は笑顔だった。
後は…
持田さんは、僕に向かって真っ直ぐに構えていた。
「…行くぞ。」
「うん!」
静かな宣言。そして…
踏み込みと共に鋭い連撃が放たれた。
繋ぎが尋常じゃなく速い竹刀。稔と打ち合っている僕でもついて行ける程度だ。
竹刀を手首の返しで振るっているから、受ければ止められるんだけど、それにしてもこの速さだと距離を詰めるのも中々厳しい。
一撃で持田さん本人を狙うほど距離をつめるのは無理だ。けど…
「ふっ!」
「な…」
胴に向かってきた一撃を防いだ右手の竹刀。その更に前になるように、逆手に握った左の竹刀を振り下ろす。バツ印を描くように交差した僕の二刀の間に、持田さんの竹刀が挟まっていた。
返しのみで振るわれる竹刀の速さ。ただ踏み込むには厄介だけど、竹刀本体は僕に届いている…距離を詰めなくても触れられるから、その軽い斬撃を止めることは出来る。
交差させた竹刀をそのままに、前足を軸に回転しながら蹴りを放つ。
狙いは小手。竹刀さえ落とさせれば…
そう思ったのだけれど、持田さんが素早く引いた為簡単にかわされた。
おまけに、二本の竹刀で挟んでいただけで摩擦も抵抗もなかった為、止めていた竹刀をあっさり引き抜かれる。
けど、距離は出来た。
逆手持ちにしていた左の竹刀をダガーのように投げ放つ。
そして、間髪いれずに右の突きを
スパァンッ!!!
景気のいい派手な音が道場に響き渡った一瞬後で、僕は道場に転がった。
「いったあぁぁっ!!?」
後から来た背中の痛みに気づいて叫びつつ、何が起こったのかに気づく。
転がったままで稔を見ると、案の定僕がさっき置いた普通の長さの竹刀を手に僕を見下ろしていた。
「阿呆かお前は!たった今トラウマ払拭しかけてる所にお前が全開で行ってどうする!!」
「あう…ご、ごめんつい…持田さん強いから…」
ぐうの音も出なかった。
それを払拭しようと『剣道』をやって、馬鹿にして怒らせる事で恐怖を怒りで超えさせて…と手順踏んできたのに、稔にやられた実戦のノリで僕が全開で持田さんに勝ったりしたら台無しだ。
惑意と稔のあの激戦を見たのと、少なくとも速さではまるで勝てる気がしなかったのとでつい本気になってしまっていた。
「それに…穂波、面を取れ。」
「ちっ…」
稔に催促されて、面に隠れた中から舌打ちが聞こえてくる。そして、言われた通りに面を外すと…
髪までぐしょぐしょに濡れて汗だくになった持田さんの顔が出てきた。
「いくら元々強かったといっても鈍ってるんだ。見ての通りアレだけ動けばスタミナ切れだ。」
「…休みなしの全開で一試合分動けるほどの体力はさすがにないか。情けないな。」
「筋力よりも体力が一番影響大きいからな、仕方ないだろう。」
面で顔が見辛くて全く気づいてなかったけど、僕、この彼女に連撃叩き込もうとしてたんだな…
そりゃ稔も怒る。一回それで失敗しているんだから尚更だ。
「いやぁ…しっかし本当にすげぇんだな…言ってる事は昔と大差ないからただのお子様に毛が生えた程度かと思ってたのに、アクション映画さながらな回し蹴りまで放ちやがって。それをブランク明けであっさり避ける方も避ける方だし、俺みたいなか弱い少年からするとおっかない集まりだな。」
言いつつ、守雄は汗だくの持田さんにタオルを投げ渡して、飲み物を手渡す。
台詞やテンションの割に紳士的なんだなぁ。女の子にもてたがってるから気を使えるようにしてるのかもしれないけど。
話している守雄と持田さんを何の気なしに眺めていた僕は、稔が帰り支度をしている事に気づいた。
「行くぞ姫野。」
「へ、いいの?」
昨日今日の無理でようやく話せるようにもなったのに、さっさと…多分いつもの訓練に出ようと僕に声をかけてきた稔。
僕は持田さんを指差して問いかけたけど、稔は笑顔で頷いた。
「道自体は違えたままなんだ、私は私の行く先に行くさ。」
「それはいいと思うけど…」
「それに、どうせ明日からならいつでも話せる。…お前達のお陰でな。」
正直、勝手に無茶をした自覚はあったので、手放しで褒められるとなんだかむずがゆいものがあった。
僕も手早く道具を片付けて道場を出る。
出掛けに振り返ると、守雄がこっちに手を振っていて、持田さんに頭を下げられた。
見る目を切り替える。けれど、惑意は見当たらず、むしろ持田さんからは普通の人よりは強い真威が感じられた。
宝物…取り戻せたんだな、本当にやってよかった。
ちなみに、それから一週間もしないうちに、持田さんが剣道部員全員相手に勝利したと言う話を聞いた。稔は『以前の段階で高校生以上ともやりあっていたから田舎の部員程度相手なら当然だ』とか言っていたけど…
改めて、僕凄い人に鍛えられてるんだなぁ…と、ちょっと戦々恐々とした。
意図してはないはずですが、男性陣の方が立場弱い気が…現代だなぁ(遠い目)




