第10話・ともに刻まれた傷跡
※稔視点です。
第10話・ともに刻まれた傷跡
破かれたノートを再編して、あろう事か装丁まで凝った物に変えて完成させて持ってくる。何て作業を一晩で済ませた反動のせいで授業を眠りこけた姫野。
結果少しばかり課題を出されて残される事になった姫野を待って、私は廊下にいた。
一人でも出来る事は色々あるが、この段まで来ると姫野がいたほうが修行も都合がいい。
だから、課題のプリントを片付けさせられている姫野を待つ事にしたのだ。
「ねぇ見た?」
「ううん、又聞きしただけ。」
「あたしは見ちゃった…」
だらだらと喋るのが好きらしい女子達が遠巻きにひそひそと会話している声が届く。
若干の苛立ちを感じつつも、自業自得の感は否めない為、仕方がない。
姫野を連れ出して早退した昨日の噂が知れたらしく、こんな感じだ。
睨んだだけで、それもその視線の中にいただけで何人か腰砕けになった挙句、氷の教師の異名のを持つ先生すら黙らせた。
超常現象にすら近いそれのせいで騒がれているのだ。
姫野の方も多少話題に出ているが、私のせいかもう手を出そうとか直接絡もうとする奴は出てこなかった。
「少しは鍛えてるみたいだけど、別にそんなに強い訳でもないのにね。」
「そうなの?」
「ウチの団体戦に入れない位よ。」
同じクラスの剣道部の女子が解説するかのように他の人に話す。
わざわざ大きめの声で軽い口調で喋っているのは、気のいい人らしい彼女としては、私が作った妙な緊張感を晴らす為なんだろう。
それは親切でいいんだが…授業の運動関係は『思いっきり』手を抜いている為当たり前なんだが、見てて気づかないあたりこの学校の剣道部の底が知れる。
…まぁ、そもそも騒ぎになった原因なんだから多少待遇が悪くなるのも仕方ない。遠巻きに騒がれるだけならいつも通り放って…
「だ…まれっ!!」
唐突に響いた声は、無視できないものだった。
殆ど無意識に首が動く。声の主を見るために。
穂波が、遠巻きに話している女子達に向かって怒ったものだった。
彼女達を挟んで向かい側にいる穂波と目が合う。
形相のようで苦痛を堪えるようで、歪んだ表情のままその体がわずかに震え始める。
少しして、穂波は逃げるように自分のクラスへ飛び込んだ。
「あの持田さんでしょ?病院送りにされたのって。」
「震えてたじゃん、あんたもあんまり調子乗らないほうがいいんじゃ…」
遠巻きの女子達が再び喋り始めるのを聞き流すように、私は穂波のクラスを眺め…
「ごめん稔、お待たせ。」
帰り支度を済ませた姫野に声をかけられ我に返る。
私の様子がおかしい事に気づいたのか姫野が首を傾げる。
「何かあった?」
「いや…なんでもない、行こう。」
周囲の全部を振り切るように、私は下駄箱に向かって歩き出した。
かんかんと、乾いた木を打ち合わせる甲高い音が山に響く。
私の手にした一本の長い木刀と、姫野の手にする二本の短刀が打ち合わされる音。
もはや私の独壇場ではなく、所々で姫野も仕掛けてくる。
尤も、私が捌ききれないと言う訳ではなく、攻撃を仕掛ける…防ぐ、または回避させる事で私の攻め手を減らす代物だ。
それでも、そもそも今の私に仕掛けに出られると言うだけで中々な力量だ。
目の前を通過する姫野の斬撃。振るっているのが短刀なのに風切り音がする。
姫野が踏み込んできて振るった左の一閃を下がって回避した私は、結果前に出ている左足に向かって木刀を振るう。
狙いが斜め下の分、長い木刀が丁度よく…
前に向かう勢いをとめず、かつ沈み込んだ姫野がそのまま右膝を地面につきながら、右手の短刀で左足に向かう木刀を防ぐ。
捉えたと思ったが、ここまでは凌いだか。だが…
「座ったらすぐ動けないだろう。」
「っ!」
膝を突いた姫野の顔面に向かって、右足で蹴りを放った。
左腕で防いだ姫野だったが、蹴りを片腕で防ぐと言うのにそもそも無茶があり、そのまま背後にひっくり返った。
後転する勢いで立ち上がった姫野は、左手の短刀をダーツのように投擲して駆け出した。
右手は引いている。投擲を避けたら避けたで狙って突きで追ってくる気だろう。
身体の中心目掛けて放たれた短刀を、両手で握った木刀の柄で受け、かつ距離をつめてきた姫野目掛けて袈裟斬りにつないだ。
突き出そうとしていた短刀で受け止める姫野。
だが、片手持ちの短刀で、斬撃の中でも割と強力な部類に入る両手持ちの袈裟斬りを止めきれる訳も無く、肩を打たれた姫野はそこで膝を突いた。
「…っぐ…」
座り込んで、打たれた肩を抑える姫野。
勝負あり…だな。
大分保つようになってきている。
格闘技とか剣道どころか、運動そのもののど素人から3月ほどでよくやる。
練想空間内とは言え、歴代の偉人まで含めて結構な相手とも戦っているから経験としては凄まじいものがあるからな。実戦叩き上げなんて評をするととてつもなくアンバランスで物騒な気がするが…結果的にこれだけ戦えるんだからとやかくは言うまい。
それも、夢現同化に尤も遠い異能の癖に、身体強化が主の私について来ているのだから、凄いと言わざるを得ない。
「ったた…さすがに届かないか…」
「こんな短期間で、しかも夢現同化が体外発生の異能系で全く使えないくせに、現実の打ち合いで勝機があってたまるか。」
打たれた肩から手を放して苦笑いでこっちを見てくる姫野を私は冷めた目で睨む。
期間もそうだが、姫野本来の魔法剣は今実際には使えていない。
退魔師や神術使いが実際に不思議な現象を起こす事はできていた。姫野の夢現同化の最終地点はそこになるだろう。
だが、体外での発生となると、尤も現実から遠いのだ。
対して私にとって主となる、自身の身体に作用するスタイルのイメージ反映や身体能力の強化などは一般人でも多少は出来ている事が多い。
木刀等の手にする武器等への意思の反映はその次、姫野のような超常現象に至るのは尤も遠い話だ。
経験の差以外に、現実で反映できる度合いが私のほうが大きいと言う理由もあるのに、あっさり届かれても困る。
「稔と並ぶとしたら噂の持田さん位なのかな、やっぱり。」
切り出された名前に少し自身の体が強張るのを感じた。
私のトラウマと言う訳ではないのだが、わざわざ姫野が名前を挙げたのに違和感を覚える。
「急にどうした?」
「え、いや…」
やっぱり意図があったらしい姫野は、少し言いよどんだ後で、話を切り出した。
「僕は稔に六芒魔法の事とか知って貰えて、目の敵にされてた先生とも一区切りついて、色々整理ついたりしてるけど、稔の方は触れないようにって…ずっとそうしてるみたいで。僕みたいな未熟者でも話くらいは聞けるし、練想空間は意思の…真威の働く場所だから、解決とかあるならって思って。」
「逃げている…と?」
踏み込んでくる姫野の物言いに、私は少し眉を潜める。
そんな私を見ながら、引いたり言いよどんだりはせずに、姫野は緩い笑顔を浮かべて続けた。
「そんな事無い…って言うか、逃げなのかどうかすら知れてないから。稔に認められてない僕は、そんなの聞く器じゃないのかもしれないけど…僕は稔の力になりたいし。」
「っ…」
素直で曇りの無い姫野の反応に、私は視線を逸らす。
暗に触れるな、と脅迫じみた事をしている自分が、あまりに情けない事をしているような気がしてくるのだ。
「相互理解…か、まぁいいだろう。」
少なくとも姫野は、『無関係の他人』等とは最早言えない。
きっぱり拒めばそれでもう聞きたくても聞いてこないだろう姫野を前に、それができる程拒めなかった。
穂波とはかつて剣道を共に志した仲だった。
幼いながら負けず嫌いも相まって、年上だろうがなんだろうが片っ端から挑んで負けて、そいつに勝つ方法を二人で考えて勝っては更に上に挑み…そんなことを繰り返していた。
強くて目立つ女子二人。おまけに酷評だろうが事実なら容赦なく言っていたとなると、鼻につくガキだったのだろう。
ある日、私達は負かした中高生のグループに呼び出され袋叩きにされた。
幸いなことに治る程度の軽傷なうちに大人が来て、中高生グループは纏めて道場を止めさせられた。
穂波は気にしないと言った。だが、私は違った。
復讐じゃない、ただ…自分が弱いことをわかったからこそ徒党を組んで剣道外で襲いかかってきた彼等にやられたことを、敗北だと思った。
だから、剣道を止めた。
強くなろうと剣を振って、ルールじゃないから負けていいなんてことはないと。
それから一年程、医学とか指導とか無視して昔の達人がやってたらしい一週ぶっ通しでの訓練なんかをやって、悲鳴をあげる身体を無視して一度壊しかけてそれでも続けて、気が付いたらそれまでの領域を外れていた。
ちょうどそんな頃に、穂波が私の修行場に来た。
「稔、こんなことしてないで剣道に戻ってこいっ!!」
「…断る、あの日私達は負けたんだ。強くなりたいなら、一対一で狙わない場所まであって良いわけがない。」
私の返答は穂波にとって予想の範疇だったんだろう。穂波は私の修行場である山中にも関わらず、臆す事無く持ってきていた竹刀を構えた。
「なら私と戦え。」
「何だって?」
正気じゃない。
穂波だって分かっている筈だ、こんな所々木の根があって石砂利柔らかい土なんかがあるこんな場所で、摺り足もまっすぐな踏み込みもまともに機能しない。
だからこそ、ルールがまともに機能する場所でしか戦ってこなかった今までを覆すためにこういう場所を修行地に選んだって言うのに、道場で剣道の試合しかしてないはずの穂波がここで私と戦えるわけがない。
けれど、怒っているのか悲しんでいるのか、まともじゃない目の色で私を見据え、穂波は竹刀を突きつけてくる。
「剣道も何も関係ない。独り遊びで一年を過ごした今の稔が、私に勝てる筈なんて無い。」
真っ直ぐそう言う穂波に対して、私は木刀を構えた。
思えば、ここで応じずにやめておけばよかったんだ。
けれど、私のここまでを舐めたような…いや、全否定する気で来たのだろう穂波に抱いた怒りと、真正面から来てくれた友人に全てを出そうと決めた私の…昔ならいつも通りだった対応。
その結果…私は穂波を壊した。
合図も何もなく閃光のごときスピードで放たれた穂波の面をまともに受けた私は…
終わったとばかりに止まっている穂波に対して、ニ連撃を叩き込んだ。
額から流れてくる血と痛み。
そんなものとうに慣れた私は無視して、涙を流している穂波を見る。
私が穂波に放り込んだニ撃は左の二の腕と右の脇腹を捉えていて、彼女も我慢して立ってはいるがそれがやっとと言う有り様だった。
『剣道』の『試合』なら、私の負け。けれど、竹刀では死なない。まして、手首の返しのみで振るわれたそれでは、頭の皮を裂いた程度。対して、もう活動不能の域にある穂波。
これが違い。どちらが強いかと言うなら…
「まだ…だっ!」
それでも尚、穂波は足を震えさせながら近づいてきた。
何がそうさせるのか、剣道なら勝利してるって言うのに、それでも今この場で私に勝てないのがそんなに嫌なのか、右の片腕だけで握った竹刀を前に構え、ずるずると向かってくる。
そんな穂波に私が踏み込みから振るった一閃は、竹刀をへし折り穂波の右腕を捕らえた。
肉が潰れた感触。それを無視して振り切った木刀を斬り返し足を薙ぐ。
穂波が前に出していた右足を捉えた私の一撃によって、それまではどうにか気力を繋いでいた穂波は地面に転がって痛みにのた打ち回った。
それで終わりを感じた私は帰り支度をして…再び倒れている穂波を見た。
動かない。
いや、きっと動けないのだろう。
骨はどうか知らないが、筋肉が潰れる感触は腕でも足でもした。
命に関わりそうな脇腹だけは加減したが、どの道動けなければ帰れない。
荷物を放って私は穂波を抱えて病院に連れて行った。
公式の試合でもない場で防具もなしに全身を叩き重傷に追い込んだため警察に事情聴取まで受けたが、別に事情を聞かれた穂波が自分から仕掛けた事を告げた為、厳重注意で済まされ解放された。
けれど、当然それでは終わらなかった。
「お前友達になんて事を!自分のした事を分かってるのかっ!!」
家につくなり両親と向かい合う形で座らされた私に、父は掌を机に叩きつけて怒鳴ってきた。
両親を前に私は無言で目を閉じていた。
悪い事をした、両親に迷惑がかかっている、それは理解はできている。
けど、友達だからそうしたんだ。
穂波に私が手を抜くなんて、まして剣の話でああも怒りと共に本気で向かってきた穂波相手に加減するなんて、そんな選択肢は私の中になかった。
警察に呼ばれ、両親に怒られたその時でも、私はそんな事で後悔する気には微塵もならなかった。
「何とか言いなさい稔!」
「剣道も止めて一人で木刀を持って何をしているのかと思えば、友達を怪我させるなんて…そんなのが強い人な訳ないだろう!」
殺し合いなんてない現代では、武道は精神性を鍛える意味合いも強い儀式的なものも含むようになっている。その観点から、友人を病院送りにするような人間が強い訳がないって言うのはまともな話だ。
でも…
「…今後は修行なんて木刀振り回すのを禁止する、学校が終わったら家の手伝いをしなさい。」
父が放ったこの一言には、従うわけにはいかなかった。
私は無言で席を立つ。
「待て稔、何処へ」
「家を出て、その辺の山に篭ります。」
「何?」
「警察につかまるかもしれない、のたれ死ぬかもしれない。けど…」
立ち上がった私は、席に座っている両親を真っ直ぐに見る。
「穂波を叩き伏せておきながら、自分は命掛け程度で引く軽さだと思ってるなら…貴方達は私を舐めすぎだっ!!」
本気の一喝。
いくら大人でも所詮普通の農家に過ぎない二人は私の気勢に硬直する。
「ま、待ちなさい!待って!それでどうする気なの!?」
二人を無視して家を出ようとする私を引き止める母。
私は首だけで振り返ってその問いに答える。
「動物か虫、草でも狩って食べます。木刀代わりはその辺の木を折ればいいですし、人の私有地の場合私も手配されるんでしょうが、さっき言った通りその程度知った事じゃない。」
「お前」
「力ずくで…止めてみますか?」
机を叩きつけるようにして立ち上がった父と、振り返って向かい合う。
二人がかりで包丁を持っても、私が素手でもどうにでもなる。
何より、幼馴染の穂波を病院送りにまでした私に恐怖していたのだろう。父はそれで何も言わずに部屋へ逃げ帰った。
けれど、母は泣きながら縋るように私を見る。
「お願い…そんなこと止めて。」
未成年である私が問題を起こせば、どうしたって勝手に両親にも迷惑がかかる。
そんな事は知ってたし、別に迷惑をかける事が目的なんじゃない。
訓練して今まで通りでいいのなら、その方がいい。
「木刀と食事だけあれば…今まで通り学校に行って普通にしてます。それで…いいですか?」
単に覚悟があるだけで、悪い自覚はあったので凄まじくバツが悪かったが、それを母が承諾してくれた結果、冷戦のような状態になった。
幼馴染を病院送りにして両親と折り合いが悪くなった一連の話を全て終えて…
「うわぁ…」
姫野は、言いようが無いと言わんばかりに開いた口をそのままに固まった。
「とりあえずそれで落ち着いているんだが…問題が残った。」
「問題?」
「穂波が…剣を握れなくなった。」
私の言葉に一瞬緊張したように真顔になる姫野。だが、少しして首をかしげた。
「あれ?でも穂波さん普通に歩いてるし後遺症とかは見えないけど…」
「精神的な理由だ。剣道の授業は見学すらままならない。」
「あー…」
私の言葉に納得したのか、苦い表情のままで頷く姫野。
しばらく竹刀の打ち合う音を聞いているだけでだんだん震え、青ざめてくるらしい。
「私はただ、自分の全てを示す為、そして、穂波と道を違えた事を示す為、全力を以て戦っただけだったんだ…穂波から剣道を奪うつもりなんて無かったんだが…な。」
「稔は真剣で優しいもんね。」
優しい等と言われても全く救われた気はしなかった。
姫野はいつもこんな感じだし、真剣に応えようとした結果が望まぬトラウマではどうしようもない。
「ちなみに、惑意を晴らすのは稔はルール違反?」
「いや…だが、アレは人格や記憶を弄っているわけじゃない。一時的にストレスを晴らす程度の代物だ。それでどうこうできるわけじゃない。」
「そっか…」
姫野は何か噛み砕くように呟いた後、立ち上がる。
投げて落ちていた短刀を手にした姫野は、構えを取る。
「話してくれてありがとう稔、それじゃもう一試合。」
「姫野?」
「もう休憩十分だし。ね?」
打ち合いの催促をしてくる姫野。
つい先日、私が姫野にそうした…わだかまり、憤り、悲しみを紛らわせる為に、全力で動かさせた。その気晴らしの真似のつもりなのだろう。
折角だ、乗らせて貰うか。
私は明るく振舞う姫野に向かって斬りかかった。
結局いつも通りにズタボロにした姫野と別れて家に帰り、置いてあった地味だが丁寧な食事を済ませて片付け、部屋に戻り…
大して物もない部屋で、一冊のノートを手に取る。
穂波と纏めた、今まで試合してきた相手の欠点や攻略なんかを考えて記載してきたノート。
ぱらぱらとめくっていくと、振り返るのと同時に今日の事を思い出す。
『だ…まれっ!!』
怒りを見せた穂波。私を見て逃げ出した穂波。
私は未だにアイツのトラウマ…か。
『稔は真剣で優しいもんね。』
姫野の言葉を思い返して心が痛む。この有様で何を言っているんだか…と。
悪い…とは、言えない。
私はただ、自分の全てを以て応えたつもりだし、それを間違いとは言えない。
けれど、望んでいた…とは、言えない。
道を違えたと示すためだっただけで、あいつから剣道を奪う気なんて欠片だってなかったんだ。
何の気なしにノートをめくり続けていたらしく、いつの間にか何も無い最後のページを開いていた。
静かにノートを閉じて棚にしまう。
…奪ってから一人で苦悶していても仕方ないな。
何より、何度も自分に言い聞かせてきた事だが、私は何事もなく、多くを失ったのは穂波のほうなんだ。私が傷つく理由はない。…あっていいはずが無い。
後ろ髪引かれるような気分を振り切り、私は練想空間に入った。
入って早々、姫野の真威を感じる。
しかもこれは…
穂波の家の方角だ。
くそ…っ!
たまたま私と真正面から見合っただけでか?
それと後で周りの連中に引っかき回されたか!?
それも、今の姫野が『交戦中』。相応に強い惑意じゃなきゃそんな事はありえない。
呑気にノートを眺めている場合じゃなかった。
とにかく全力で駆けつけると、姫野が穂波の家からたたき出される所だった。
今の姫野が魔法剣を手にしたままで押されている。
現実ですら私の攻勢を耐えしのぐ位の事が出来始めている今の姫野が練想空間で押される相手。
やはり私の姿の惑意なのか…いや、今はとにかく払うまでだ!
私は穂波の惑意と相対するため割って入り…
三連撃を受けた。
辛うじて防御は間に合ったが…速い。
そして、それ以上に驚いたのは…
「穂波…」
痛々しいほどに赤い光を湛えた幼馴染み、持田穂波の姿。
失念していた訳じゃない、『自責の念』はかなり強い惑意となる。
不幸や不満が人のせいだと思っている奴は、大抵本人は楽になっているものだ。
だが、自分からは逃げられない。
自分を責めているなら、我欲や怠惰に負ける弱い惑意と違い、かえって自分に厳しいものの方が強い。
「…稔、はは…あははははっ!!!」
私を視認した穂波は、笑いながら木刀を振るってくる。尋常でなく速い。
二撃を受けて切り返すも、音もなく下がった穂波は私の剣を完全に回避したところで突きを放ってきた。
喉めがけて放たれたそれを咄嗟の跳躍でわずかにずらした私は、胸部の防具を破壊されながら吹き飛ばされた。
…強い。
惑意としてはさすがに恐竜程じゃないものの、剣道を割と修めている事もあって間合いや反応がいい。
おまけに、見かけは木刀だが、私の防具を破壊する辺り武器としての性能は五分だろう。
「ふふっ…全く、良いところに来るわね稔。」
何より、私を見てから、この惑意は強くなっている。
「こっちは早く倒したくて仕方なかったのよ、お前みたいな卑怯もののクズ。何が実戦よ、同じ条件で戦うことから逃げただけの癖に。挑んでも挑んでも上がいて、キリが良いところで切り上げて楽になりたかっただけでしょ?」
醜い言葉を隠す様子もためらいもなく吐き続ける惑意。まるで何かの儀式のようなそれは、言葉を吐けば吐くほど力に満ちていく気がする。
「挙げ句男作っていちゃいちゃと…舐めた真似してくれるわよね、人から剣道を奪った挙げ句、自分は手頃なお子さま捕まえて青春謳歌しようなんて。ふざけんなっての!!!」
木刀を振る。振っただけで地面が裂けた。
惑意としての質はもう完全にインキュバスの時を上回っている。テストの時の伝承級だ。
なのに、私を前にした彼女の罵声は未だ続く。
「でも…お前とあのクズ男がまとめて現れたなんて、好都合。お前らを潰せば、お前らを消しきれば…私は剣を振れるようになる!!!」
嬉々として…あるいは狂気を孕んだ笑みで、正眼に構える惑意の穂波。
私はそんな彼女を前にだらりと両腕を下げて立ち…
「死ねぇ稔っ!!!」
面胴の二撃を剣で防ぐ。
間髪入れずに放たれた突きを…
剣を手放した左手でつかんで止めた。
「…れ。」
「な…に?」
「黙れえぇっ!!!」
叫ぶと共に一閃。
とっさに下がった穂波だったが、私の剣は彼女の胴をとらえて砕いた。
「稔…悲しいのは判るけど」
「違う!!」
「え?」
旧友に罵倒されて傷ついて怒っている。そう感じたのだろう姫野を一蹴する。
理由は簡単、本当に違うから。
確かに、今の全ては穂波の内から湧き出そうな物だろう。そして、私自身そんなことを思われていても当然だと思っていた。
だが目の前の彼女は…
「穂波の『惑意』なんだ、穂波の内から生まれて自身を食いそうになっている『自責の念』なんだ、アイツは…こんなこと思ってたまるかと穂波が認めなかったものなんだ。」
「あ…」
私が彼女を苛む原因なら、私の姿の筈の惑意。
それが、彼女の姿をして、彼女が言って当たり前の不満を言っている。
なら…あれを抑えて喰われそうになっている彼女の真威は…
「姫野、絶対に手を出すな。この惑意は私が戦い…アイツの真威に応えるんだ!!!」
下がった穂波の惑意に向けて突きつけるように剣を構える。
それを見て、頭を押さえた穂波の惑意は…
「ふふっ…はははははっ!!!」
盛大に笑ったあとで木刀を正眼に構えた。
「剣道を捨てて私を捨てて今更…何が応えるだあぁっ!!!」
狂ったように叫びながら斬りかかってきた。
仕掛け技もなにもあったものじゃない踏み込みからの乱撃は、竹刀を手首の返しを活かしてようやくできるかどうかと言った、とてつもない速さの代物であると同時に、まるで真剣を振るわれているかの如く重かった。
私はそんな穂波の剣舞を、剣の最も近い部位を駆使してやり過ごす。
姫野が私の斬撃をやり過ごすために覚えた手立て。隙が出来る場合は容赦なく斬り込んだから、その防御効果は折り紙つきだ。
「邪剣…めぇっ!!!」
剣道の範疇にない防御にイラついたのか、穂波は片手を離して振りかぶった木刀を…
全力で横に振り抜いた。
とっさに受けたものの、そのまま地面を抉るようにして吹き飛ばされる。
「っ…」
片手の逆胴とは…どっちが邪剣だ。
内心で毒づき、脱力。
「『乱』っ!!」
力むことなく最短距離を繋ぐ最速の乱撃。だが…
「無駄無駄ぁっ!!」
「っち!!」
私は振り切ることを前提にしている為、手首の返しのみで振るわれる穂波の剣に全てを止められる。
だが、そこまではわかっていた。乱の連撃からそのまま…
「『轟』!!」
強打の一閃。
受ければ木刀ごと切断でき…
切っ先のみ触れた木刀に軌道だけ逸らされた。
胴につないでくる穂波。
私は咄嗟に左手で腰の鞘を掴んで抜いた。鞘で受けたが押される。
乱も轟も、繋げてもそれぞれじゃ通じない…か。
分かっている。
本気の持田穂波を破るのに、私の友を破るのには…
本気で応えなければ…ならないんだ。
切っ先を前にした剣を腰まで下げて引く。
全身を溜め、脱力。深く呼吸を整える。
一閃の一瞬に全てを込める強斬撃『轟』。
高速動作による乱撃『乱』。
この二つは…元々名前も何も無い所から私にやりやすく教えてくれる為にスサノオ様が分解してくれた代物だ。
そう…『分解』してくれた…代物。
ヤマタノオロチ…八つの頭を持つ、再生能力の高い神話の竜種。
分解前は…その首の全てを絶つ八連斬撃。
「八括魔!!!!!」
乱の繋ぎをそのままに、一閃の斬撃ごとに全てを断ち切る奥義。
今の私には、何かを狙ってとか器用な事も出来ず、それどころか本来八連のそれは練想空間ですら四連が限界で…
無心に振るった剣閃は、穂波の惑意に『五つの』線を描いていた。
「今…の…」
「神様直伝の奥義だ、未完成だがな。」
「…はっ…はは…」
赤い光となって薄れて散り行く穂波の惑意。
その顔が、泣き笑いのように歪む。
「夢でも…私はお前には勝てないんだな…」
憑き物が落ちたようにすっきりした顔をしながらも、涙を見せながら穂波の惑意は散って消えた。
「お疲れ。」
様子を見ていた姫野が笑顔で声をかけてくる。
言われて…と言うか、無我夢中で穂波の惑意と向き合っていたからだろう。今更になって自身の消耗を自覚する。
「よかったね。持田さんが稔の事大事に思ってて。」
自分のことのようにうれしそうな姫野だったが、私としては素直には喜べなかった。
「…一応、あれも嘘じゃない。穂波がそんな事を思う自分を嫌がっただけで、全く思っても無いって事じゃない。」
「稔…」
無邪気に喜んでいた姫野はそれでどうしていいか分からなくなったのか、口を閉ざして黙りこんだ。
私は、熱も冷めたように小さく笑う。
「あれだけの事があったんだ、無理もないさ。それに…」
「それに?」
「アイツが剣を振れない理由が私なら…やっぱり許されないさ。」
謝罪は出来ない。
強くなろうと自分で決めてこうしてここまで来た。
だから…その結果が穂波を、両親を失望させるものなら…
私が拒まれるのも…仕方がないんだ。
私よりも暗い顔をする姫野の額を軽く小突く。
「私のことでお前がへこむな。それに、収穫もあったからな。」
「え?」
「奥義『八括魔』…名前どおり本来八連なんだが、今まで練想空間でも四連が限界だった。今回五連になっていたのはお前と修行できたおかげだろう。」
一人でスサノオ様達から教わっていた間は『空』も使える兆しもまるで見られなかったし、姫野のおかげだろう。
穂波や両親と仲違いしてまで求めた本来の目的の方が、強くなるほうが進んでいるんだ。姫野に悪い顔をされてはたまらない。
と、意識がぶれるのを感じる。
後先も何も考えず穂波の惑意に集中して向かい合った上で未完とは言え奥義まで放った。想像以上に消耗しているらしい。
「…悪い姫野、今日のところは後を任せていいか?」
「任せて。」
嬉々として引き受けた姫野は、私が戻るのを見届ける事もなく惑意を感じる方に向かって駆け出した。
気を使ってくれたのか、それとも単に気合が空回りしてるのか…一人の時間をもらえた私は、穂波の家を眺める。
…練想空間だからと、入る訳にもいかないな。
物思いもそこそこに、振り切る事にした私は練想空間を出て眠りについた。
翌朝姫野と合流すると、いきなり上機嫌だった。
素直な奴だから見てすぐ分かる。
「よかったね。」
「何がだ?」
「持田さん。あれが惑意なら少しこじれたのさえどうにかなれば仲直りできそうだし。」
明るくいう姫野だが、私はそう軽い気分じゃなかった。
姫野も私の様子に気づいたのか心配そうに私を見てくる。
「トラウマになってるのは違いないからな、私と顔を合わせただけであの有り様だ。」
「あー…ひょっとして僕を待ってた時?」
「まぁな、顔を見ただけで震え出す有り様だった。我慢して話させるわけにもいかないだろう。」
自分を病院送りにした人間となんてそう会いたくはないだろう。私だって穂波の傷を掘り返したい訳じゃない。
「でも、やっぱり悲しいよ。そりゃどっちかが目の敵にしてたならしょうがないけど、稔も持田さんも互いに大事な幼馴染だって言うのに仲違いしたままだなんて。」
優しく素直な姫野の言葉は、時折聞いていると胸が痛い。
逃げられない本音をつつかれるような、そんな気分を味わう事になるから。
「姫野…触れないで貰えるか?」
「稔…」
「全て上手くはいかないと受け入れたフリをするのがせいぜいで、穂波に無理をさせる気もないし、何より私のせいなんだ。」
嘘偽りなく飾らず優しい姫野の言葉は無理をしている身には辛いものがある。
その上、折れない強さと真威による真っ直ぐな問いと来たら、逃げようがない。
情けない事に、私のほうが懇願するような形になってしまった。
「それでいいの…って聞いても、よくないけどどうしようもないから…って事だよね。分かった。」
「全く…全部掘り返そうとするな。」
私の注意にも首を傾げつつ頷く程度の姫野。頭が痛い。
悪気がないから怒りづらいが、余計に性質が悪いのかもしれない。
多少抜けた事をしだしたらすぐにでも注意していくべきなのか?
いや、そもそも私は別に姫野の教育係って訳じゃないんだ。
こうも頭を悩ませる必要はない筈だ。
「あ、僕の方は何か気がかりなら聞いても全然大丈夫だからね。真の名に従って、ちゃんと答えるよ。」
にぱっ。
と言う感じの邪気のない笑顔で告げる姫野。
悩む必要はないはずなんだが…頭が痛い。
初対面すぐに子犬のようだと思ったが、本当多少躾ける必要があるんだろうか?
がつがつしていると言う訳でもない癖に無邪気に踏み込んでくる姫野を見ていると、なんだかその内とんでもない事をしでかしそうな気がしてならなかった。
作者的には良い子なんですが…傍目から経歴だけを聞くととんでもない不良にしか見えない現状(汗)。




