第9話・望まれぬ夢
※真視点です
第9話・望まれぬ夢
「ふふふっ…」
朝のHR前から、僕は一人自分の席で笑っていた。
昨日からずっとこの調子だった。
気持ち悪い。
傍から見て、それ以外に感想なんて無いだろう。
でも仕方ないほど、僕は浮かんでくる笑みを抑える事が出来なかった。
何しろ、稔に魔法剣の…六芒魔法のノートを貸してくれ、何て頼まれたんだから。
これまで何度も何種類も編集してきたノート。
本当に初めの頃は「ほのおがてきをもやす、つよい」とか、振り返って何してるんだろうと思うような纏めをしてたもので、当然そんなものを完成品に残しておく訳も無く、おかしいと思ったら書き直して、何て事を繰り返した。
西洋の記載とか五行思想とか調べて真似てみたり、結局何も出来ずに終わったりして、自分で一から編み上げようと決め、少しはそれっぽい形で情報を使えるようになってきても、当然ながら魔法を扱えるようになるわけじゃなくて…
一年ほど前から、思う所があった。
新しい法則を作って試して出来ずに、何て言うんじゃなくて、一度真剣に編み上げたものを練習するべきなんじゃないかって。
そうしてやってきたのが今回の六芒魔法。練想空間にまで辿り着いた、僕の編み上げた宝剣の詰まったノート。
あの稔にそれを貸した。
おふざけでも、信じてないわけでもない、同じように荒唐無稽な代物を目指して進んでる稔に。
喜ばずにいられる訳もなく…
「姫野。」
「…え、あ、はい。」
「今言った内容を復唱してみろ。」
いつの間にか来ていた先生の指示に、まず今何か言ったのか聞いてすらいなかった僕が答えられるわけも無く、硬直する。
「中間テストは終わり、気を抜きたいだろうがあまり呆けすぎるな…と言ったんだ。今のお前のようにな。」
「あ、す、すみません…」
実際に浮ついていた僕に否定する事もできず、素直に頭を下げる。
名指しで悪い例になってしまった為、周りからは小さく笑い声が起きたけど…
「テストでは自分が積み重ねたものが出る。人を笑ってないで、また比べて落ち込まずに不足を満たし、積み重ねていけ。以上。」
クスリとも笑みを見せずに僕を笑った人に釘をさしてHRを終わらせた。
「あーあ…俺なんで今年氷の教師と同じクラスなんだろ…」
何処かの席から聞こえてくる疲れたような声に、僕は少しだけ同感だった。
今年も僕のクラス担任の…氷の教師こと川崎世一先生。
きびきびしていて真面目な人…なんだろうけれど、笑みも見せずに授業を進めて、今みたいに油断してると注意されるので、気疲れが酷い。
別に怒鳴ったりとかは無いので恐怖って意味じゃ薄いけれど、没収された代物が『保護者宛』に返されたり、注意に延々と時間をかけたりは無いものの三者面談とか通知表には容赦がなく、ちょっぴり不真面目な生徒からすれば最悪の先生だった。
まぁ授業は分かりやすいし、教師としてはきっと優秀なんだろうけれど…
去年から一緒で今年度の初めの進路指導で延々と押し問答をする羽目になったことを思い出すと、僕も正直関わりたくは無い。
とは言え、散々に怒られ続けたのに絶対反省しないと駄々をこねるように抗った結果、初めて練想空間に辿り着いたって経緯を考えると、僕にとってもありがたかったのかもしれない。
…ともあれ、先生の方針がどうだろうと授業は真面目に受ける気ではいる。
いろんなところに神経を張っているからだろう先生の真面目さを、せめて関係ない所では邪魔しないように、気を引き締めよう。
僕は自分の両頬を叩くと、一時間目の準備にかかった。
そうして昼食まで終わって昼休み。
廊下に出て、僕はその光景を目にした。
「ブレイズリッパー…フローズンダガー…」
知らない男子達が僕のノートを手にして廊下で囲んでいた。
ありえない…と思ったけど、そんな事無いのにすぐに気づく。
移動授業で稔が席を外している間に漁ったのか…女の子の荷物漁るって意味でも、あの稔の荷物を漁るって意味でもとんでもない奴らだ。
最低は最低だけど、その度胸にだけは少しだけ感心しつつ、僕は男子達に歩み寄る。
「…知ってると思うけど、それ僕が稔に貸したノートなんだけど、返してよ。」
「これ本気で使える気?」
「見せてみろよほらほら。見せたら返してやるよ。」
窓から外に向けてノートを投げるしぐさをしながら僕を笑う三人組。
僕は彼等を睨む。が…少し迷っていた。
昔だったら無理やりにでも奪い返そうとした。喧嘩っぽくなって、当然ながら僕の方が割を食う事になるけれど。
ただ…今本気で奪い返そうと思ったら、多分僕は三人とも叩きのめして取り返せる。
強くなった結果、喧嘩が弱いものイジメになっている。それが僕が躊躇っている理由だった。
隙を見て窓側を塞ぐ様に距離をつめて、ノートだけ奪い返そう。
そう決めて様子を伺い…
窓から離れた瞬間を狙って踏み込んだ。
「おっと!」
ノートを手にしていた男子が僕から…窓から離れる。
本人は身をかわしたつもりなんだろうけれど予想通り。
窓側さえ防いでおけば訳はない。出来るだけ無理はしないようにノートだけ狙えば…
「ちっ!」
逃げ切れないと思ったのか、ノートを放り投げる男子。
廊下を滑るように投げられたけれど、別に仲間がいるんじゃなければ拾えば…
ひょいと、ノートを拾い上げる人がいた。
そのノートを追うように視線を上げると、ノートを手にしていたのは…
「あ、せ、先生…」
氷の教師こと川崎先生だった。
その姿を見て、ノートを投げた男子が引きつった声を出す。悪事の現行犯だからだろう。
見つかって怯える位ならこんな事しなきゃいいのに…
別に僕だって模範生って訳じゃないけど、先生に見つかったからと言って何か変わる事はない。
先生は無感情にも見える瞳で僕達を見回した後…
ノートを開き、縦半分に裂いた。
「は…ぁ?」
先生は呆けた僕の前に裂いたノートを投げ捨てる。
「学校にこんなものを持ち込んでいるから騒ぎになる、進路指導といい、いい加減にしろお前は。」
膝をついてノートを手にした僕を見ながら、先生は僕を睨むように見下ろしていた。
歯を食いしばって立ち上がろうとして…
「貴様ああぁぁぁっ!!!」
僕の背後から、廊下を断ち切るような怒声が響いた。
振り返ると、駆けてきている稔の姿。
「っだ…駄目だ稔!!!」
「な…」
僕を通りすぎようとする稔。
僕は殆ど反射的にその腰に抱きつくようにして彼女を止めた。
僕が止めるとは思っていなかったのか、腰元に顔から突っ込んでいる僕に何をするでもなく、足を止めた。
怒り、悲しみ、動揺、色々が身体を心をぐちゃぐちゃにかき回す中でだから、稔を止めた理由が分からなかったけれど、少し考えるとすぐに気づいた。
今の叫びと駆け出し方、あれは練想空間で敵に向かう時のそれだった。真威がはっきりと告げていた。
放っておいたのならきっと今頃先生は…
「駄目だ稔、さすがにそれは…」
「だが姫野あれは…くっ…」
引き剥がすでもなく、稔はゆっくり僕の身体を少し離れさせると、屈んで破かれたノートを拾い上げた。そして、そのまま僕の手を掴んで引くと歩き出す。
僕の教室から遠ざかるように。
「何処に行く気だ、教室に戻」
「「「ひっ!!」」」
背後から聞こえてきていた先生の声が途中で止まり、それと同時に幾人かの生徒から悲鳴が上がる。
僕の手を引きながら前を歩いていた稔が振り返って後方を睨んだ、ただそれだけで。
けれど、無理も無い話だった。
たった一人、呂布を含めて乱世の人間とすら斬り合う強さの真威を持つ稔に、『殺す気』で睨まれて平気な一般人なんている訳が無かった。
邪魔をする人間が出たら多分稔は今度こそ容赦しない。同じく練想空間にいる身として、それがはっきり感じられた。
「…早退で片付けておけ、邪魔をするな。」
言うだけ言うと、再び僕の手を引いて歩き出した稔は、そのまま僕を連れて学校を出た。
稔を止めるときだけは必死になれたものの、ショックが過ぎてろくに思考が働かないまま連れて行かれたのは、いつも修行している神社裏の山中だった。
つくなり、近場に荷物を置いた稔は、木刀を二本取り出して一本渡してくる。
「打ち合うぞ。」
「え…いや、で…っ!!」
さすがにいきなりが過ぎてごねようとした所で、いきなり打ち下ろされた。
食らったらただじゃすまない事を体が知ってる僕は、咄嗟に渡された木刀を手に転がるようにして避けて立ち上がる。
既に構えなおしていた稔は、再び僕目掛けて木刀を振るってきた。
受けなきゃ死ぬ。
嫌も応も無く、僕は死合じみた打ち合いに持ち込まれる事になった。
しばらくして気づく。
普段ならとっくに痣だらけになってるだろう時間打ち合っているのに、まともなクリーンヒットが一つもない。
手加減されている…なんて程度じゃない。
僕が全力で動けて、全て防げる程度に調整してくれている。
僕は、胴に向かってくる一閃を防ぐ…
フリをして、木刀を引いた。
「ぐっ…」
「な…お前、何やってる!!」
有らん限りに腹筋に力を込めて耐えたものの、加減してるとは言え稔の剣。
しかも木刀、さすがに痛い。
「う…つっ…で、でも目は覚めた…かな。」
流されるまま、惰性で動いてた今までと違って、ワザと受けると決めて覚悟して一撃受けたから、いろんな意味で目が覚めた。
「ありがとう稔。でも、剣で手加減までして僕を遊ばせるなんて、らしくない。」
僕がお礼を言うと、稔は驚いた後で僕から眼をそらした。
きっと、僕が何も考えずに、色々と忘れて気晴らしが出来るように、気を抜けない程度に危険を感じさせながら、怯えたり落ち込んだりしないように直撃を避けて、無心に動かせてくれたんだ。
しばらくして木刀を手放して深く頭を下げた。
「…すまない、あまり好印象の無い身なのは知っていたが、移動教室の時間を狙って私の持ち物に手を出す度胸のある人間がいるとは思わなかった。」
本気で謝ってくれている。それが良く分かった僕は首を横に振った。
「そんなの…予想する必要なんて稔にある訳ないよ。それにきっと…僕が浮かれて守雄と話していたのを耳にした奴が面白がってやったんだ。でなきゃ、僕のノートを稔が持ってるなんて誰も知らない筈だ。稔のせいじゃない。」
席を外すなんて当たり前だ。大体、四六時中ノート持ってうろつく方がおかしい。
それに…
「それに…先生がああまでするなんて予想出来る訳ない。」
ゲーム機や携帯はあっさり取り上げられて、保護者宛に返されると言うあの先生でも、さすがに人の物を壊すような真似はしない。
授業に不要なものって事で僕も以前そうなった事はあったけれど、家が緩かったからむしろ先生の方が窘められていた。
その挙句、2年初めの進路指導。
先生にしてみれば、僕は『間違った迷惑な学生』なんだろう。
静かにだけど…本気で怒ってたんだ。
それと…
「稔もね。」
「何?」
「あんなに怒ると思わなかった。稔…先生殺す気だったでしょ?」
僕の問いに、稔は小さく俯くように頷いて、傍においてある破れたノートに視線を移した。
「六芒魔法…相関図に効果の設定、陣を描いて生成する剣、その正負の効果。ただ一人で考えて編み上げた非現実を練想空間で扱えるまでになった。普通は神様を生み出すように、数多の信仰心や祈り、それに沿うことで辿り着く場所だって言うのに。」
「あ…」
ノートに描いた設定を並べるように言う稔。丁寧に読んでくれたんだな…
ギリ…と、何かがすり潰れるような音がした。稔が握った拳が軋む様に音を立てたんだ。
「…踏み絵のつもりかあの野郎。」
踏み絵。神様を信じる人を炙りだし、排除する。
その為の、自分の宝物を自分の手で汚すか、それを嫌って殉じるかを選ばせる、決定的な『心の否定』。もしそれを人にさせようと言うのなら…稔が殺す気で先生にかかろうとしたのも無理も無い。
命と秤にかけるような物を破壊したと、稔は怒っているんだ。
「けど…さすがにシャレにならないって。」
「…まぁ、それは分かってる。すまないな、分かっていても加減する冷静さが無かったから死なせてただろう。」
苦笑いでたしなめる僕を前に軽くしょげる稔。
今の稔のダッシュからの渾身の一撃なんて、一般人が顔にでも食らったらそれで昇天ものだ。
格闘家なら素手で人を殺すなんて当たり前だし、競技のレベルを外れてる稔だってそれと似たようなものだ。
「加減なしは…いつも通り僕だけに。よろしくね稔先輩…なんてね。」
木刀を構えて僕は振り切るようにそう言う。
忘れないけれど…落ち込んでる場合でもない。
進む為にこうするなら、稔に気遣ってもらってる場合じゃない。
僕の意図を察してくれたのか、稔は手放した木刀を手にして笑う。
「別にいいが…一つ訂正した方が良い。」
「へっ?」
「加減なし…で、いいのか?」
言いながら木刀を構える稔。
向かい合い、嫌な汗が首を伝うのを感じる。
あー…っと…
「加減は…いつも通り程度にお願いします。」
「そうしよう。」
僕が頭を下げると、稔からの威圧感が少しだけ和らいだ。
いっつも僕頑張ってくらいついてたつもりだけど…いつもも加減してくれてるわけね…はは…
結局ボロボロになって家に着いた僕は、破けたノートを机に出す。
ショックこそあったけど、改めてノートを選んで纏める事はできる。
それでいい…とも思わなかった。
練想空間。
真面目で修行だけで来た稔すら巫女服に鎧をつけたようなあの服装。
僕だってそれ用の服装を用意した。
「剣や服を自前で用意して練想空間での姿に近づくのは無理があるかもしれないけれど…」
六芒魔法を纏めたノートは、信仰心の篤い人の仏具とか神棚とかと同じだ。
だと言うなら…
「そんな代物を市販の姿のノートで済ませるのも…ね。」
急になったけど、始めないと。
僕は机の上に並べた材料に手をかけた。
って言っても、いつも通りまで動いた訳で…
「手が痛い…」
皮がむけてる手を筋肉痛の腕で動かして材料を持っても折っても、遅々として進まなかった。
うー…って言っても修行さぼるわけにも行かないし、これ何時出来るんだろ?
徐々にでも進めようと思って、今日のところは途中までにしておく事にして切り上げた。
夜になって、いつも通りに練想空間に入った所で、僕はすぐにその惑意を感知した。
稔も同じように惑意の方を目指していて、少しして合流できた。
「結構強い惑意だね…」
「下手をするとこれも私のせいかもしれないな、何人か腰砕けになっていたようだし。」
余程怒っていたのだろう稔が、学校での皆の様子を振り返って呟く。
トラウマになってる人がいても不思議じゃないけど…
「それならそれで喜んでおこうよ、僕達にフォローの手段がある事をさ。」
「…お前といると肩の荷が軽いな。」
「それは良かった。」
並走していた稔が小さく笑みを漏らしたのが見えた。
どうやら本当に稔の言う通り肩の荷を軽く出来てるらしい。何よりだ。
一軒家の窓を断ち切って進入する。
中にいたのは…
「っ…先生…」
僕の担任…今日、僕のノートを破いた張本人。
リビングらしい場所で一人、飲むでも食べるでもなくテーブルに突っ伏していた。
そして、その傍らに赤い光が人影を成してきていた。
「姫野…」
「身内とか、知り合いとか関係なく…惑意を排除する…でしょ?」
「…分かった。」
僕の様子を伺う稔に、いつも通りを促す。
稔も、そんな僕を見てそれ以上何も言わなかった。
稔が剣を抜くのと同時位に、惑意の影がこっちを見てきた。
笑う、嗤う、哂う。
その惑意は、僕の知らない人のようで…そもそも、こんな人がいるのか、と言うような雰囲気を持っていた。
「おそらくこれは、『人間』とか、そういう単位で惑意となっているせいだ。男女とか関係ないと特長とかがはっきりしなくなる。」
「人間って…」
「たとえばの話だ。大人には見えるから教師とかかも知れない、とにかく複数人纏めて惑意の原因になっているんだ。」
守雄はお兄さんという単体だったけれど、種族とかで纏めて見れば誰かは特定できなくても不思議じゃない。確かに目の前の惑意は、大人には見えるけれどほかはフワッとしていて男の人か女の人かもよくわかんない感じだった。
その理屈は分かった。けど、そんな事じゃなくて…
それはつまり、先生はそんな特定じゃない複数を、嫌うか苦手にしてるか責められてるか…とにかく、複数の人を相手に惑意を抱えている。もしこれが稔の予想にあった教師さん全体なら、自分の周りが自分を追い詰めるもので出来ているわけで…それがなんだか大変そうに思えた。
「姫野真に白兎稔…くくっ、丁度件の問題児二人が来るなんてついているな。折角だ、こいつらをここで潰してしまえばいい。」
僕達に向かって近づこうとする惑意。それに向かって構えた剣を振ろうとした稔。
けれど…
人型を成した惑意の腕を、青い光の人型が掴んだ。
現実で突っ伏している先生のすぐ傍らに立つ青い影、それは…
「な…せ、先生?」
「…普通は自力で惑意を掃うものだ。自力で止められるなら越した事は無いが…」
剣を振るわず止まった稔の言葉に、以前話した事を思い出す。
自分の迷いを自分の意思で…真威で掃う。意思の修行と言ってもいいそれは、普通の人でも当然やっている事で…僕達もやたら強い惑意以外は放って置くスタンスだ。
でも、それを練想空間でやる程となると、惑意は勿論、真威も余程強いって事になる。
冷めた人だって皆思ってるけど、案外そうじゃないんだな先生。
「…ふざけるな。」
「いまさら、何格好つけようとしてるんだ?他人の事なんかどうでもいいだろうに、玩具にまで手を出して注意されてよぉ。こんな奴らの面倒なんざ」
「俺の生徒だ!!」
惑意を振り切るように叫ぶ青い影。
それは、僕にとってあまりに予想外の台詞だった。
そして、形だけじゃないのは知っている。何しろ、惑意を掃うのは真威なのだから。
作った言葉や建前なんかは、ここには存在しないも同然。
だからこそ、あまりにも驚いた。
だって僕は、間違いなく敬遠されているものだと思っていたから。
「よく言うぜ、生徒様の宝物ぶち壊しにしておいて。」
「社会の力となり…社会からの恩恵を受ける…それが仕事をすると言う事だ。あのまま一人、無意味で誰も望まない夢を進路にまで持ち出させるわけにはいかない。俺は、あいつらに未来を示すのが仕事だ!!」
「で、その結果下手したら自分がクビってか?とんだ大間抜けだ…なっ!!!」
型を成し、僕達が見た中でも割と強い部類に入る惑意に抗う先生の真威。
けれど、結局僕達みたいな人並みをいろんな意味で外れているのと違って強い惑意には抗いきれないらしく、殴られて青い先生の影はぶれて形を失う。
そこで惑意は再びこっちに向いた。
そして、掌を突き出してきて…
「避けろ。」
「へ?っ!!」
あっさり言って横に跳躍した稔を見て、僕も慌てて掌の直線状を外す。
次の瞬間、直線状の壁で衝撃音がした。
…はい?あれのイメージ普通の人間なんじゃ?
「単なる人型でも、心霊現象に当たるものは偶に使える惑意がある。霊が『何』なのか知っている今なら分かる話だろう?」
心霊現象…幽霊…怨念…『死んだ人の意思の塊』。
「つまりあれ?ポルターガイストにあたるもの全部使えるって事!?それもう反則だよね!?」
何年も修行したり、何年も夢に見たりして、ようやく来れたって言うのに、単なる人型の惑意が好き放題できるって言うのはなんというか、ちょっと納得いかなかった。
ウンディーネとかインキュバスとかみたいに、何かを象徴して惑意になったのがその能力を使ってくるのはともかく、これじゃ誰でも何にでもなれるみたいだ。
「並ならそんな事も無いんだがな、彼の惑意が相応に強いものだからだ。氷の教師が聞いて呆れるな、大した熱血教師だ。」
怒っていた筈だった稔が素直に感心していた。
…それも当然か。
稔は、真威を大事にと僕のノートを破いた先生に怒ったんだ。
だったらその理由が、現実に即した信念といっても自分の仕事の進退までかけたものだったと知って、稔が先生に怒る訳がない。
「でも稔…幽霊と同じって言うならウンディーネの時みたいに斬れないんじゃ?」
僕の問いを無視するように稔は剣を振りかぶる。
直後、周囲の家具が浮かんで飛んできたけど、稔はそれらを切り払いながら踏み込んで、斜めに一閃した。
下がった惑意の表面を掠めるように通過した剣によって斬られた服が、赤い光を散らす。
「私達も真威の塊だ、それは特に問題ない。」
「なるほど。」
剣の通じないモノ、と言う特性を持っていたのと違って単なる惑意の塊だから、普通に斬るだけでも問題ないんだ。
「くそっ…お前ら問題児が初めからいなけりゃあ…クラスにいなけりゃあ…姫野おおぉぉぉ!!!」
惑意らしく、壊れた感情をむき出しにするかのように向かってくる人型。
僕は魔法陣を描いて手を添えて…
「ライズ、サイレントダーク。」
闇の短剣を取り出した。
紺のようにも見える静なる短剣。
力…惑意としては強いものの動き自体は見やすい人影の拳とすれ違うように近づいた僕は、展開した短剣を胸に突き刺した。
呂布とかの例もあるし、この程度だと消滅しない惑意もあるから気をつけないといけないんだけど…
「…こ…れは?」
「魔法剣。今はここでしか使えない僕の真威、宝物。いつか外でも使うつもりだけど、今は修行中。」
本当に全部を説明するわけにはいかない先生の惑意。
だからせめて今くらいはと、胸を張って説明した。
暴走や力を鎮める力を持つ闇の短剣。
惑意で幽霊の特性を持っている人型相手だから、鎮魂のように静かになって、しばらくして動かなくなって…ゆっくりとその姿を消していった。
「…なんだかんだであの中間テストも利いているな、多少出力が高い程度の人型じゃ相手にもならないか。」
「だね、怒鳴られてもびっくりはしたけど緊張まるで無かったや。」
楽だった、とか言う訳じゃないけど、竦んだり強張ったりとかは全く無かった。
動作もはっきり見えて、身体もすんなり動いた。
もうその辺の人一人分なら早々手間取らないかもしれない。油断はよくないけど。
僕は、現実で机に突っ伏している先生…そしてその傍らに揺らめく青い影を見る。
「先生も…練想空間にこれるのかな?」
「そもそも現実から外れたもの、外れた域を目指し望まなきゃならない。それに、影こそ浮かんでいるものの、夢を見て覚えている程度だろう。」
「なるほど…」
夢を覚えている程度。それは、確かに分かる気がする。
…とは言え、先生が僕達に助けられる夢を見た事になったとして、そんなのまるで信じられないと思うけれど。
「…全く、これだから傍目に見えるものだけを真実だと思うのは危険なんだ。」
「そうだね。」
先生が冷酷だ何てとんだ勘違いもいい所だった。
実際に社会に未来につながらない事に固執して必要な事に目を向けていないように見える僕だから、それを何が何でもとめる為のモノだったんだろう。
宝物を壊す行為だって事は、先生も分かってくれていたんだから。
あの惑意の台詞を聞く限り、この騒ぎのせいで学校で他の先生とかに睨まれてるんだ。
それでも…惑意だった、先生の真威は止めようとした。
「ごめん稔、今日は先に帰るね。」
「…あぁ、程ほどにな。」
何かをするのは察しがついたのだろう稔に見送られて、僕はその日、練想空間を離れた。
目を開いて、布団から出る。
机に座って、広げてあった材料に手を伸ばした。
帰ってきたときよりは大分マシになっている、これなら大丈夫。
作ろう、明日までに。
先生の真威を見たばかりで、先生が僕の本を破いたばかりの今じゃなきゃ駄目だ。
次の日…
僕は廊下で先生と対峙した。
向かい合う僕の手には辞書みたいなしっかりした装丁の本。
昨日…ってか、今日日が昇るかどうか位までかかって仕上げた、破かれたノートの代わりの六芒魔法を記載する為の本。
「お前…」
「僕は折れない。」
顔をしかめて僕を見下ろす先生を見上げながら、胸を張って言い切った。
「意味がなくても価値がなくても、未来が感じられなくても。僕は絶対に折れない。」
「…ふざけるな。」
「ふざけているようにしか見えなくても、誰に解らなくても…僕は魔法剣士になる!賢い正しい大人を名乗るなんて下らない事のために宝物を投げたりしない!!」
翌日にいきなりもっと上等なファンタジーを仕上げて持ってきた僕を見て遠巻きにひそひそと言っていた、周囲の皆の声が止んだ。
きっと、誰から見ても正気じゃないからで…それでも僕が本気なのは伝わったからだろう。
先生が僕から視線をはずす。その視線の先を追うと、稔がいた。
成り行きをただうかがうつもりだったのか、僕達が見ると稔は目を閉じてうつむく。
疲れたような溜息を吐く先生。
それは、機械のように怒鳴り散らすでも笑うでもなく処理していく氷の教師とまで呼ばれた川崎先生にしてはあまりにも珍しい事で…
「…授業中には出すなよ。」
絞り出すようにそう呟いた。
…納得や理解何かじゃなくていい、諦めでもなんでもいい。
あの川崎先生が僕の説得をやめた、できないと判断した。
先生の本心を知った今、僕にとってそれは物凄い偉業に感じられて…
「はいっ!!!」
きっとこの場で僕だけが異常なんだろうけれど、僕はそんなことも気にならずに嬉々として返事を返した。
奇妙な空気になっている周囲をまるで意にも介さず僕のもとにくる稔。
「言霊。」
「え?」
「言葉に意味を…意思を込めることで力にする。最近はいい加減につける親もいるが、名前なんかは分かりやすい例だな。」
噂程度に聞いたことがある。
紙にいくつも字や名前そのものを書いて、丸をつけたり線を引いたりして、悩みに悩んで決めるものだって。
真…僕が変でも両親に怒られず見守られているのは、僕に偽りがないことを感じてくれてるからだろうか?
だったら尚更…真面目な人間と言えなくても、『真』を偽らずにはいたい…かな。
「今日の事は覚えておけ。」
「うん、そうする。心配かけてごめんね稔。」
僕のお礼に、稔は何も言わずにフイと顔を背けた。
…練想空間にまでいる割に、稔は素直じゃないなぁ本当。
真を大事にとか思った直後だったから、なんかそんな稔の様子がちょっと可笑しかった。
で、昼休み…
「本を仕上げる為に寝不足だったせいで授業中眠って居残り指示されたと。」
「たはは…川崎先生の授業は耐えたけど…ちょっと無理だった。」
しっかりオチがついた大間抜けな僕は、稔に叩かれた。
…授業は真面目にって言ったんだし、本当気をつけよう。
宝探しに船用意して海にもぐったり山を掘ったり…ロマンって、成果出ないまま関係ない人から見ると大変な割に意味不明だったりするように思います(苦笑)。




