―エピローグ ルダ―
佐鞍トオルは眼が覚めた。うっかり電車の中で眠っていたらしい。なんだか悪夢 を見ていた気がするが、佐鞍はよく思い出せない。
とりあえず遠いところに旅行しているわけだが、窓の外には広い広い田んぼが見えて悪夢から心を洗ってくれる気がした。
向かい合わせで満席だからか知らない女の人がすーすー寝ている。知らない人なのけれどどこかで見た事のある顔だった。
そして電光掲示板を見るとニュースが流れているのを発見した。
「○×ビルが原因不明の半壊。ビルの中で3人の男性、阿奴田タツヒコ(38) と眞鍋ケイタ(66)樋口テルオ(37)が心停止で死亡。ビルから離れたスクランブル道路上で芹澤ショウコ(27)が火傷で死亡しており、有毒ガスの爆発などの恐れがあると見て警察は周辺住民に避難を呼びかけています。」
恐ろしい事件もあったものだな、と佐鞍は思う一方、あれ、この名前、どこかで見覚えがあるような・・・という思いも過ぎった。さっき見た夢の中かな。ひょっとして夢の中でその現場に居合わせたのだろうか。いやいや、そんなわけが。
その時電車がガタリと揺れて向かい合わせで寝ていた女の人がそのまま横によろめいて椅子の手すりに頭をぶつけそうだったので思わずその肩を抑えた。
「大丈夫ですか?」
「あ・・・はい・・・いえ・・・ありがとうございます・・・」
見れば見るほどその人は何かに似ている気がした。
「あの、以前お会いした事ありません?」
「え?」
「あ、すみません、人違いでしたね。」
「ああ。」女の人は笑った。「いつも誰かに人違いされるんです。そんな平凡な顔してるんですかね」
「いえいえ、そんなことないです。」
「ちょっとぶしつけですが、誰に似てると思ったんですか?」
「うーんと・・・ええ?」佐鞍は混乱した。「高校の同級生にも似てたし、仕事仲間、喫茶店店長、バーテンダー、妻・・・あれ?」
「すごい沢山いるんですね。」 女の人はニコニコ笑った。
「ていうか私に妻いなかったぞ。これは夢かな。」
「さっき私の顔見たから、もしかしたら夢でその記憶が現れたのかもね。」
「そうかもしれませんな。いやいやすみません。」
「いえこちらこそ・・・あ、旅のよしみですしお名前お伺いしてイイですか?」
「あ、はいはい。佐鞍トオルです。」
「佐鞍さん。私は瑠田ルリです。」
「瑠田さん。また会えるかわかりませんがよろしくお願いします。」
ひょんなことから変な会話になってしまったな、と佐鞍は少し恥ずかしくなって赤らめる。
「佐鞍さんはどちらに行かれるので?」
「私は、高知です。」
「おお。私は香川に向かいます。」
「いいですね。おいしいおうどん食べてください。」
「いえいえ、ありがとうございます。あ、駅に着いてしまいましたね。」
「おお。」
「ではお先に失礼します。椅子から支えてくれてありがとうございました。」
「いえいえ。」 瑠田はそして席から去る。佐鞍は一人で窓から外を見る。やっぱりどこかで会ったような気がするが、
「切符を拝見しますね。」
駅員の声が聞こえたので佐鞍は慌てて特急券を財布から取り出す。現れた駅員は頭頂部がはげている年齢不詳の雰囲気の男であった。切符にハンコを押した後、駅員は言った。
「はい、大丈夫です。」
駅員のその眼差しは、ビー玉のように澄んでいて、佐鞍はなんだか怖くなった。駅員はニコリと笑って、「大丈夫そうですね。」と言ってその場を去っていった。
=完=