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僕も僕なりに大変なのだ

作者: 頭山怚朗

「ここ座っていいですか? 」


 あの日、K珈琲店でノートパソコンに向かっていると女が僕に声をかけてきた。知的な美人だった。歳は三十前か? でも、女は疲れていた。折角の美人が台無しだった。

 店内は混んでいて皆お喋りに夢中で、空席は僕の前だけだった。

 まだ十代の僕に、美人に声をかけられ異議などあるはずがなかった。「どうぞ! 」

「何、書いているの? 」と、女は席に座ると言った。

「小説……。目指せ芥川賞! ……ですよ」 言ってから僕は笑った。

「いいじゃない。私も趣味で小説を書いている。ただし、最近は忙しくて全然書けてないけれど」と、女は言った。「私達、ライバルね! 」

「世の中の小説家は大抵、偏差値の高い有名大学の文学部卒。でも、そんな人、国民の極一部ですよ、そんな頭がいい人が人口の九割の凡人の悩みが分かるか? 分かるわけありませんよ」

 女は小さく頷いた。

 調子に乗った僕は話を続けた。「凡人の庶民の悩み・苦しみ・喜びは並外れた優秀な人には書けない。凡人が書くしかない。“二流大学”と言ったら褒めすぎの大学文学部の僕なら書ける」

 僕は僕の理屈を笑った。

「あなた、結構、意外と、頭、いいかも? 」と、女は言った。「ただし、偏差値の高い有名大学卒でも、馬鹿ばっかりよ。私も含めて……」

 女は苛立っていた。

 一時間後、僕たちはホテルのベッドの上にいた。女は初めてだった。僕が女の体の中に侵入した時、女は痛がったが僕は構わず攻めた。初めての僕には余裕なんてなく、“あっ”と言う間に終わった。シャワーを浴びてまたセックスした。終わると、また、シャワーを浴びて……。終わると、また、……。

 翌朝、目覚めると女は見違えるほど元気になっていた。

「ありがとう 」と、女は言った。「私、決めたわ! 」


 僕たちは半年後、結婚することにした。彼女のお腹には僕の子どもがいた。

 僕たちの周り、特に彼女の両親はびっくりした。彼女のお父さんとお母さんは一人娘が“中央官庁のキャリア”を連れてくるものと信じていたのだ。それが聞いたこともない大学の現役大学生を連れてきたのだから、驚くは当然だ。それで、当然、反対した。これも、当然だ! しかし、彼女は「二人で一緒に婚姻届を提出しに行く」と僕に言った。

 成人式には僕は娘のオシメを変えていた。

 僕は大学を卒業し就職せず“主夫”になった。下の生まれたばかりの娘のオシメを換え、上の娘の幼稚園への送り向かい、食事をつくり洗濯や掃除をする。夜中に起きて下の娘にミルクを飲ませるのも僕の仕事だ。

 妻は産休だけで育休を取らずに職場に復帰した。帰宅時間は早くて夜十時だ。僕は疲れて帰ってきた妻のマッサージをしてやる。

 凡人の庶民の悩み・苦しみ・喜びの小説の方は“主夫業”に忙しくてご無沙汰している。


 それから、僕には大事な仕事がもう一つある。

 妻をセックスで満足させることだ。

 妻は今、内閣総理大臣補佐官の下で働いている。

 妻は日本のあらゆる諸問題に対して上司に自分の意見を伝える。

 上司は総理大臣にそのまま助言する。

 A総理大臣はそのまま決定事項とする。

 つまり、妻が日本の進む道を決めているのだ。

 で、その妻の調子に大きく関係しているのが僕との“セックス”だ。

 僕は同い年の友達が遊びまわっているのに子育て。十歳年上の妻にマッサージ。それと、セックス……。


日本の将来は僕の<何>にかかっているのだ。僕も僕なりに大変なのだ、皆、分かって欲しい……。


ヤフーブログに再投稿予定です。

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