涙の味のアマンドショコラ
4年前の冬の誕生日は、未だに忘れられない。思い出すと今でも涙が出てくる。
当時小学2年生だった、娘の愛菜が迷子になったから。
私の誕生日プレゼントを買いに行こうと出かけたまま、迷子になったのだ。
数日前から、なにやらコソコソと楽しそうに作業していたのを知っていた。だからこそ、その日も「一人で行ってくる。すぐ帰ってくる。」と言う愛菜を止めなかった。
そろそろ帰ってくるだろうと、近くの交差点で愛犬を抱いて一緒に立ち続けること20分。
当時小学4年生だった息子の春樹も心配しだした。
ケーキ屋“ダムール”に電話して、愛菜の特徴を伝えると、店員さんはあんな小さな子が一人で買い物に行ったせいか、髪のゴムの色まで覚えていた。返事は、
「40分ほど前にチョコレートを買って帰られましたよ。」
店まではスムーズに行けたようだ。お礼を言って受話器を置く。
「おかしいよ。探しに行こう!」
風邪で熱も高いのに玄関に向かおうとする春樹を止め、電話番を頼んで車を出す。
どこ?どこ?愛菜!
救急車のサイレンは聞こえていない。落ち着いて。事故の可能性は低い。
スピードをできるだけ落とし、見渡しながら車を走らせる。水色の自転車が停まっているかもしれない。茶色のお気に入りのコートを着て、泣いているかもしれない。
間違って入っていきそうな道を順番に通ってみる。
事故じゃないとしたら…?
どこにいるの?知らない人に捕まってしまっているの?チョコレートを投げつけて逃げておいで。
どうか神様、あの子を家に。どうか神様、お返しください。
いくつもの、恐ろしい結末が脳裏を占領する。
涙をこらえてハンドルを握り直した時、カーラジオの音声が途切れ、ナビの画面が切り替わった。携帯の着信がBluetoothにつながり、呼び出し音が鳴ると同時に表示が出た。学校からだ。
「はい。香川です。」
電話の主は教頭だった。愛菜を保護してくれた人がいて、警察を通して学校に連絡があったのだと。
「あ、あの。愛菜は無事なんですか?声を聞かせてください!」
「いえ、保護してくれた方の家にいるそうです。今からそこの電話番号をお教えしますので。」
停車して、番号を控える。イタツさんという方だそうだ。教えてもらった番号にかけると、女の人の声。
「お嬢さんを警察にお願いしようと思ったけど、お近くにいらっしゃるようですので、直接こちらにお迎えにいらしてください。」
場所を聞き、ナビを設定する。早く顔を見たい。
「そうだ!」
家で電話番をしている春樹に電話を入れる。
「愛菜、見つかったよ。無事だって。今から迎えに行って一緒に帰るから、もう大丈夫だよ。」
電話の向こうで安堵する息遣いが聞こえた。
車を再び走らせていると、またBluetoothがつながった。今度はイタツさんだった。
「黒い車ですよね?手を振っているのが私です。」
携帯を片手に手を振っている人が目に入った。パトカーも来ている。慌てて車を停めて、駆け出す。
「ご迷惑をおかけしました。香川です。」
イタツさんらしき女性に頭を下げる。
「今、お連れしますね。」
愛菜!愛菜!早く顔を見たい。
愛菜はすぐにイタツさんとともに出てきた。
「愛菜!ケガしてない?痛いところ、ない?」
黙ってうなずく愛菜。
「良かったぁ~。」
抱きしめると同時に涙がボロボロと止まらない。
イタツさんにも警察の方にもお礼を言って、連れて帰ると春樹が愛犬と一緒にガレージまで飛び出してきた。泣きそうになっていたようで、目に涙がにじんでいる。
「お帰り…良かった…」
言葉少なに言うと、すぐにリビングのソファに横になった。よほどしんどいのだろう。
ほどなくして、愛菜がきれいなリボンをかけた包みを差し出してきた。
「ママ、お誕生日おめでとう。」
「ありがとう。」
受け取って開けてみると、中に入っていたのは、ダムールのアマンドショコラ。ケーキ屋さんのチョコレートは、2年生の愛菜には、決して安いものではない。お小遣いを貯めていたのだろう。
ほっとしたのと嬉しさで、また涙が出てくる。
一粒口に入れてみると、カリッという音とともにココアのふんわりした香とアーモンドの香ばしさが広がる。
「これを買いに行ってくれたんだね…。」
言いながらまた涙がこぼれる。
愛菜をまた抱きしめる。良かった。本当に無事で。
アマンドショコラは、まさに涙の味だった。




