保険のおばちゃんがしつこいです。
保険のおばちゃんの空気読まない電話に苛っとしまして。こんなお話ができました。忙しくて不在ですから~。などと嘘をついてごめんなさい。でも、ポイントとか消滅しても構わないの。ホントごめんね。
はいはい。どーせ、いつもの異世界トリップですよー。
もうこのネタいいよ。ネットで散々、楽しんでるよ。
他人事だったら楽しめるけども、今日の俺だとノーサンキュー。いらん。
俺は今すぐ、誰とも関わらず寝たい。超展開もイベントもいらん。
やさぐれぎみです。どーもこんにちは。
仕事で残業してさ。
夜の9時すぎに牛ノ丸よって、牛丼かっこんで帰宅したらさ。
玄関、開けたら異世界でした。
うん、まあ。あのね。俺を寝かせてくれ。
疲れてんだよ。まじで。
風呂はいって、ぼーっとエロ動画を見て、なんも考えないで寝たいんだ。
勘弁してくれよ。頼む。
ドアを開けたら森が広がってるんだよ。
もふって、かさって、落ち葉を踏みしめる感覚、
ささりと足元に触れる熊笹っぽい植物。
これでやっとおかしいって気づいたわけ。
俺の部屋、どこいった?
ドアから戻ればいいんじゃね?って思うだろ。
俺も振り向いたよ。そしたら、無いでやんのドア。
金属製の無愛想なドア、どこいった?
ぽすんとビジネスバックを落とす。
ぽすんかよ。ぽすん。本当に異世界だよ。森の中だ。
それも深夜の森。暗闇に虫の声。なにも見えねー。こえー。
……はぁ。
そうだよ。スマホ見てましたよ。悪いかよ。
前方不注意で、なんも考えず一歩を踏み出したら、この有様だ。
笑うなよ。疲れてんだからさ。
仕事でストレスマックスだったんだ。
残業してさ。明日は朝一、謝罪まわりよ。
なによ。あのづら親父にゆとり坊主。なにしてくれんの?
なんで、ゆとりがしたミスを親父が承認したのに、
俺が始末書、尻拭い、謝罪コースなの?
とどめに森で遭難かよ。
みんな禿げて、爆ぜて、もげて、逝っちまえ。
あ、やばいな。全てにおいて苛々してきた。
これで誰かに会ったら第一印象は最悪だ。
まあ、そんな感じで俺の異世界生活は始まったわけです。
完――って言いてー。めんどくせえ!
その日、俺は大きな大木のえぐれた『うろ』に隠れて夜を明かした。
うろってでっかい穴の事だな。
つーんとした独特の木と腐葉土の匂い。ハサミムシとかいそう。
虫が這うんじゃないかって不安もあったけれど、
そのへんに寝るわけにもいかない。
気がついたら、
腹食われてるとか頭かじられてるなんて状態は嫌だ。
野生に勝てる気はしない。
もしかしたら、野生じゃなくて魔性かもしれんけども。
異世界だけに。
時々カサカサとか、本当にやめてくれ。
もう最悪だ。やさぐれから気分は鬱モードに変更されました。
手元で仄かに光るスマホが大変ありがたい。
圏外だったので、アプリ切って画面の明るさ暗くして、タスクのキルした。
でも、たびたびこうしてスリープモードを解除してしまう。
悪いかよ。心細いんだよ。
暗闇、こええ。帰ったらライト買おう。スマホ充電器を買おう。
防災グッズだって買う。絶対だ。
ビジネススーツのジャケットを布団にしようかと思ったんだが。
露出するのが怖くて、そのまま寝ようとした。
まったく、眠れなかった。
……エマージェンシーシートは必ず買おう。
超展開もイベントもいらんとは言ったけどさあ。
もうちょっと難易度は下げてくれないか?
チチチと鳥の鳴き声。朝だ。
まったく寝られなかったとは言ったけれど、
さすがに少しはうとうとしたらしい、明け方の意識が飛んでいる。
完全に明るくなるのを待って、辺りを確認してから恐る恐る外にでた。
身体からパラパラと、木屑なんだか土なんだか分からんものが落ちる。
じっとりとケツが濡れてる。木皮に触れていた部分もほんのり……
朝っぱらから欝だ。爽やかなんかじゃない。これっぽっちも無い。
目をシパシパさせて、雑木林を呆然と見つめて。深呼吸をひとつ。
しんと冷えた空気はしっとりと湿度を含んで、これが森林浴だったら。俺はとっても幸せだった。
ああ。そんな嬉しいものじゃあ、まったくもって無いんだがな。
それから、スマホを確認する。とりあえず習慣か?
会社、無断欠勤しちゃってるし。社畜はつれーよなぁ。
って!
「ち、着信があるーーー!?」
俺は叫んだ。喜んだ。歓喜バンザイ。跳ねた!
あれ?しかし、俺のスマホは相変わらず圏外……。
おかしいな?かけなおしても当然、繋がらなかった。
番号はアドレスに登録していないやつだ。
これってホラー展開なのか?この期におよんでやめてくれ。
時刻は、午前10時半を少し回ったところだった。
思ったより遅かったが、この時間だと確実に会社は始まっている。
謝罪まわりもある事だし、キレたはげ親父からの電話ぐらいあってもよさそうなんだが。やはり圏外だしな。そもそも異世界の可能性もあるし無理か。
むーん。と悩んでいた時に再び、スマホが鳴った。
「はいはいはいはい!高畑京太郎の携帯です!」
食い気味でとった俺の心中を察してくれ。
「あ。どうも~、お久しぶりですぅ。私、エンデバー生命のぉ。井元といいますぅ」
保・険・の・お・ば・ち・ゃ・ん
保険のおばちゃんだったあー。
俺のジャンプ返せ!
「ええと、いまぁ、お時間よろしいでしょうかぁ?」
……良くねえよ。第一、異世界に来てなくても、この時間だったら普通に仕事中だよ。ものすごく落胆したものの、スマホを切っていいかどうか。俺は迷っている。あっちの世界に繋がるゆいいつの通話なんだよな。これって。
「……はあ」
「えーとですね。特に契約のお話では無いんですけどもね。高畠さんのぉポイントがぁ、もうすぐきれちゃうのでどうかなーと思いまして」
ポイントとか激しくどうでもいい。
でも、おばちゃんは反応の薄い俺に焦ったのか、キンキン声でどんどんしゃべる。
ゴーヤでも丸かじりしたような苦い、ジリジリしたこの気持ち。どうしたらいいんだ?
「えっとですね。ポイントもったいないですよね。ポイント。ですのでぇー、一度、どっかでねぇ。お時間いただけないかなぁと思いましてえ」
とりあえず、会って営業したいらしい。
そうだった、このおばちゃんしつこいからアドレスにいれずに、ずっと無視してたんだった。
向こうは俺の状態を知らないだろうけども、
この状況下に置かれて、下心満載なおばちゃんの営業トークにもの凄く嫌悪感をもってしまった。しかも、営業が下手だ。
30近い独身男がしょぼい保険のポイントなどに喜ぶものか。
だったら飲みに行きたい。可愛い子にちやほやされたい。美人とホテル行きたい。100歩許して猫喫茶までが限度だ。
親が入っていた保険にそのまま入った過去の俺がにくい。
帰れたら外資系生保に変えてやろうか。
「ええ。ええ。もちろん、高畑さんのお時間のいい時にですねぇー」
落胆と、怒りと、うざさと、どうしたらいいんだ?
ついでにスマホの充電!そうだ充電が気になる。
おばちゃんに付き合うメリット無かった。
「あの、俺、ちょっと」
「あ、お忙しいですか?ほんのちょっとなんですけどもぉ。」
イラ
「はい、忙しいんで」
「お仕事なんでしたっけぇ。いつくらいになったらお時間……」
イライラ
あ゛~。もう、うぜえ!引き伸ばし工作うぜえ。
俺は今日、無断欠勤して遭難してるよ!悪いかよっ!
どうでも良くなって、通話を切ろうとして俺は叫んだ。
「今なら、俺は暇ですけどっ。超暇ですよ。超絶暇してます。来れるもんなら来て下さいよ!でも、電話はもうしてこないで下さいね。ちょっと手が離せませんので!自宅で待ってますので」
「えっ、えええ?分かりましたぁ」
「ではっ、さようなら!」
荒々しく、通話終了ボタンをタップする。
興奮しすぎてアイコンが上手くタップできずに、更にイラついた。
保険は絶対、解約してやる。
その時の俺は嫌味を言ったつもりで、
おばちゃんに今から来いって言ったつもりなんだが。
ぶっちゃけ八つ当たりで、
無人の自宅にご招待したはずなんだが。
――30分後。
「こんにちはー」
「ほあっ?」
来ちゃった。保険のおばさんすげぇ。
俺が夜を過ごした大木の大きなうろ。
一番奥の木肌が長方形に切りさかれて、ドアの形に開いていた。
ちょっぴり。ほんのちょっぴり開いている。遠慮がちに。
「い、いらっしゃいませーーー!」
「ええええ?」
俺は、がつんとその隙間につま先をはさみ、こじ開けるようにして扉を開ける。だって、また閉じたら消えてしまうかもしれない。
おばちゃんを先に入れてしまって、うっかり二人で森の中とか、死んでもご遠慮したい。
内側にドアを勢い良く引いて、身体ごと外に出る。
勢いでおばちゃんに抱きついてしまった。
とても肉厚だ。
肩に手を置いて冷静に引き離す。
そう言えば、久しぶりの人肌だったナー。
「た、たたたた高畑さん!?」
「いや失礼。慌てて出ようとしたら、つんのめってしまいまして」
頬を染めてうろたえるおばちゃんなんぞ、どうでもいい!
これが俺の世界。
うろを抜けたら、いつものアパートの外廊下。
向こうは隣のマンションの壁だ。視界が相変わらず悪い。
……涙でた。帰ってこれた。
その後、俺は恐る恐るおばちゃんを玄関先に案内した。
そうっとドアを開けても、なんて事のない単身者アパートの狭い玄関だった。
良かった。あの時、森に繋がっていたのはなにかの間違いだったようだ。
異世界か異空間か。
空間も渡る、保険のおばちゃんの厚かましさ、まじサンキュー。
解約は今回はやめとくよ。
それからは一言でいうと。割りに合わない。
まったく遺憾である。
おばちゃんの保険のオプション勧誘をやんわりかわして、
スマホを覗けば、今朝は無かったはずの鬼のような着暦。今更かよ!
あわてて、はげ親父に謝罪し、会社に行って謝罪し、取引先に行って謝罪した。
なんだよ。この謝罪祭り。何故、はげ親父もゆとりも俺の代わりに行っていないんだ?仕事しろやって言いたいけども、無断欠勤したのは俺だとさ。
半笑いのゆとりにヘッドロックかましてぇ。なに余裕こいてんだ、コラ!
遅刻と連絡しなかった言い訳だが。
通勤途中に貧血起こして、駅員室のベッドで寝てた事にした。
でも怒られた。そりゃ病院行ってないけどさ。大人って厳しいよな。
そうそう。恩人だもの。おばちゃんには特別丁寧に接客したよ。
ポイントはなんか良く分からんマグカップになった。正直いらん。
どうして、俺の玄関先が異世界に繋がったのか、大体、あそこはどこだったのか?
何故、保険のおばちゃんの電話だけ繋がって、おばちゃんにドアを開ける事が出来たのか。
謎ばかりが残っている。そんで踏んだり蹴ったりの俺。
おばちゃんとの出会いのためですか?無いです。
おばちゃんは高校生の息子持ちだ。
運命の出会いとかでは微塵もない。断じて無い。決して無い。
全てにおいて納得が行かないけれど、
ライトとスマホ充電器、防災グッズにエマージェンシーシートは装備した。
もうひとつ。歩きスマホは絶対にしていない。金輪際しない。
まあ、そんな感じで俺の異世界生活は始まらなかったわけです。
もしかしたらホラー的展開や凄惨醜悪な展開が待っていたかもしれないし。
おばちゃんありがとーう。上司と後輩は爆ぜろ。
―ー完――
くだらないお話ですが、色々たくさんコネタを入れました。
今朝、読み直すとフィラレルディア計画とか浮かんで来ました。こええ。
おばちゃんが来なかった場合の主人公はどうなっていたのかな?
転移した人間ってそんな恵まれた状況にはなりそうも無いですよね~。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。